ホシノに依存するまで 作:匿名
なんてことない日だった。
ただ、たまたま二人でいない時間が長かっただけの日。
いつだって二人組の仕事が求められている訳じゃない。そもそもの強さに差があるのもあり、時々ではあるが別れて行動することもある。
珍しいが、特別変でもない日のはずだった。
帰り道、人通りが少なくなって、閑散としてきた夕暮れ時。
寂しくなって、早歩きで帰っていた、そんな時。
「お久しぶりですね、御守レミさん。いえ、『先生』とお呼びした方がよろしいでしょうか」
「──なんで、ここに」
そこにいたのは、黒いスーツに身を包んだ大人。
「あなたの正体について、ようやく理解することが出来ました」
その言葉は、明らかに俺にとって不都合な真実を表していて。
「落ち着いて。その銃を下ろしてもらえないでしょうか」
(口封じ、しないと)
無意識に冷や汗が伝っていた。銃口を向け、セーフティーを外す。ホシノに知られる訳にはいかない。最悪、殺してでも──
「それに私を撃ったところで、あなたの望む結果は得られないでしょう。小鳥遊ホシノさんは、既に知っているのですから」
「……は?」
◆◆◆◆◆
「……黒服、今度は何の用なのさ。いつもの勧誘?」
傭兵の依頼に見せかけた、黒服からの呼び出し。
別に今回が初めてじゃない。借金返済を継続する意思の確認だったり、企業への勧誘だったり、何度もこいつに呼ばれたことはある。
ただ、一般的な傭兵バイトよりも割のいい金額は振り込んでくるから、毎回せっせと足を運んでいる。
レミを騙そうとした、汚い大人。それでも貴重な収入源だ。
「いいえ。あなたには是非私共の企業に来てほしいのは変わりませんが、今回の話は違います」
「あなたの同級生、御守レミの──落ち着いてください、別に危害を加えるつもりはありませんので」
「信用できると思う?」
「といっても、あなたはそうするしかないのでは?」
「…………」
それでも、何があっても、こいつのことは嫌いだ。
『生徒会長の死の真相を、知りたくはないのですか』
『本当にただの事故死だと、犯人なんていないと思っているのですか?』
『ここにサインするだけで、私はあなたの仇討ちのお手伝いを出来ます』
『……ふざけるな。先輩はそんなこと望んでない』
以前、先輩のことを利用したように、私の大切な人のことを踏み躙ろうとするから。
「この話について、あなたに対価を求めるつもりはありません。あなたに話を聞いてもらうことに意味があるのです」
「私に聞く理由があるとでも?」
「ええ、あなたは聞かなくてはならない」
「……ずいぶん、自信満々だね」
(冷静に、騙されないようにしないと)
レミを利用して私を脅そうとしているのか、あるいは私たちの仲違いを狙っているのか。何にしても、確実に何かある。
こいつの思い通りに動くわけにはいかない。
「単刀直入に言いましょう。御守レミ、あなたの同級生は──」
そうやって警戒していたのに。
「──記憶喪失と嘘を吐いてアビドス高校に取り入り、未来を知りながらあなたの先輩を見殺しにしたのです」
「──黙れっ!」
どうしても怒りが抑えられないのは、私の未熟さのせいなのだろうか。
◆◆◆◆◆
「──何で、分かったんだ。先生だとか、正体だとか。ヒントは何も無かったはずだ!」
「あなたの神秘からのアプローチでは、辿り着くことは出来なかったでしょう。記号としての観点……いやはや、やはり仲間とは大切だと再認識しました」
神秘、記号、仲間。意味ありげな言葉すら、頭を掠めて去っていく。
「まず、あなたが勘違いしているであろうことについて話しましょう」
「勘違い?」
「あなたはこの『キヴォトス』に来る以前に、自己が存在していただろう、そう思っているでしょう」
「……正体全部、分かったんだろ。先生なんてのも心当たりがある。俺が、この世界の事を知っていて、転生「それこそが勘違いだとしたら?」…………」
制服の裾に感じる砂埃が、妙に痛かった。
何だか息が難しくなって、心臓が嫌に鳴っている。
「あなたも薄々気づいているのでしょう?ここに来る前の自己が存在しないことに」
「…………」
ああ、分かっていた。家族も、趣味も、通っていたはずの学校も。ほとんどの記憶が、俺には無かった。
学校がどんなものかは覚えている。家族とはどんなものなのかも、友人とはどんな事をするのかも、知っているし理解している。
それでも、具体的な記憶が無かった。
家族の顔は、どんなものだっただろう。
友人とは、どんなことをして遊んだんだろう。
学校で、俺は何をしていたんだろう。
俺は……誰だったんだろう。
俺が覚えていたのは「自分が高校生だった」というだけの、あまりに表面的で抽象的な記憶。
それと、ブルーアーカイブというゲームに関する記憶だった。
「あなたは、決して人ではありません。神秘を持つ生徒でもない。それなのに、あなたには神秘がある、生徒である、生きている。その矛盾は全て、このキヴォトスに貼り付けられた『学園都市』という大きなテクスチャによるものでした」
「……学園都市」
「あなたの正体は、外の世界から流入したただのテクストそのもの。魂がこの世界に来たのではなく、誰かが『生徒』だった残滓、誰かがこの世界の『
「……解決策、って、何だよ」
「あなたは、自らが神でないのにも関わらず、頭上にヘイローがあることに違和感を覚えたことはありませんか?」
言われてみれば、そうなのだ。自分は神でも、それに準ずる何でもない。それにも関わらず何故神性の象徴たる光輪が頭上に浮かんでいるのか。
「ここにおいて、生徒であるということは神性を持つ存在であることを意味します。ですが、あなたは『生徒』であったテクストはあるにも関わらず、神性を、実体を一切持ち合わせていなかった。『学園都市』はそんなあなたに、混ざり合ったテクストに、『存在』と『神秘』を与えることでエラーの収束を図ったのです」
「……つまり、俺は無だったんだな」
「えぇ、その通り」
信じていた過去なんてものはなくて、あると思っていた足場は無惨に崩れ落ちた。
(あぁ、俺は何者でもなかったんだな)
諦めのような、諦観のような、冷えている何かが全身を巡っている。
結局のところ、おれは誰の横にも居てはいけない人間だったというだけだ、元からわかっていた。
誰でもないから、おれという人間に背景はなかった。ここにいるだけの過去がなかった、蓋然性がなかった。
だってそうだろう。過去がないということは、ここにいる理由がないということは、明日がなかったとしてもおかしくないのだ。
もしかしたら、明日おれは消えているのかもしれない。アビドスのこと全てがなかったことになるかもしれない。無から生まれたのだから、いつ無に帰したっておかしくない。
「御守レミさん」
ふと、黒服の言葉が嫌に脳に響く。
「あなたの存在を肯定するものは、もう何もありません。過去も、新しく見つけた
「……うるさい」
ガンガンと、まるで鈍器で殴られているかのような頭痛がする。
自己認識の揺らぎが、少しずつ心を揺らしていく。
それでもこいつの提案に乗ってはいけないことは覚えていた。
「誰が、お前なんか」
ふらつく足で、黒服から離れる。住宅街から離れ、砂漠の方へ。
「……よろしいのですか?協力するのであれば、せめてアビドスの借金について便宜を図ることはできます。直接会うことはなく、小鳥遊ホシノの役に立てるのです。今のあなたにとっては垂涎の提案でしょう」
何か喚いているあいつを無視して、遠くへ。
歩いて、離れて、逃げて。
見上げた空には、夕日と夕月がまるで眼のように隣り合ってこちらを見つめていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
ざらざらと顔に冷たい砂が当たっている。背中に感じるのは、冷え切った砂漠の月明かり。
黒服から逃げた後どこにも行けずにいた俺は、ひっそりと砂漠に突っ伏していた。まだあいつとの会話から数時間しか経っていない。先輩に助けてもらった時とは違って、身体の自由は効いているはずだった。
それでも、心が動くのを拒否していた。
もう、何もなくなってしまった。唯一あったアビドスも、ホシノも、もう会えない。
意識が、砂と同化していく。まるで砂糖がコーヒーに溶けるように、どろどろと飲み込まれていく。
そんなおれを見ていたのは、月だけだった。
「──ミっ!レミっ!……気絶してる?」
「ひとまず、連れて帰らないと──」
やっと全く息してなかった必須タグの性転換について釈明ができる……レミちゃんはブルアカプレイヤーに男性が多かった残滓で男っぽいだけで、そもそも性別が無い感じなんですと弁明させてください。
それと6話の後書きを修正しました。その場のノリで入れたロケットペンダントが再利用できそうもない。
転生者にヘイローがある理由の解釈を出せて嬉しかったです。私の解釈としては、「もともと生徒なら神秘あるやろ?ヘイローあげる!」って『学園都市』に再定義されるって感じの、転生前が大人じゃない転生者にしか適応されない設定です。
ちなみに、ホルス神の両目は太陽と月を表しているらしいですね。ついでに月を表す左目は「治癒」「修復」「再生」の意味があるんだとか。
フレーバーテキスト以上の意味はないですけれど、エジプト神話を少しでも盛り込めて楽しかったです。