「あ゛ーーーっ!!」
「キャハハハッ! にぃに、よわ〜〜い♡」
ソファに並んで座るあたしたちの前のテレビの画面から、にぃにが操作するキャラクターが吹き飛ばされて居なくなった。残機を無くしたにぃにの負けが確定し、勝利リザルトが流れる様子をにまにまと眺める。
「あれあれ〜? もう3連敗だね♡ あたしより2歳も年上なのに、情けな〜い♡」
「お゛ま゛ッ……次は絶対勝あぁぁぁぁつ!!」
「きゃはは!!」
顔を真っ赤に染めて怒るにぃにが面白くって、あたしはもっと楽しく笑う。
肩が触れ合って、身体の左側がちょっと温かくて。
そんな思い出の時間は、いつもキラキラと光っていた気がした。
「あ、そういえばアンタ。ユウくん来るよ」
「え?」
ソファに1人で座ってテレビゲームをしていると、台所から思い出したようにママが言った。
ユウくん……にぃには、4年ほど前まではよく一緒に遊んでたいとこの男の子だ。叔父さんの仕事の都合で遠くに引っ越してからは、めっきり会わなくなっちゃってた。
一番最後に会ったのは、引っ越す前の挨拶に来た時。あの時は、変な意地を張ってしまって、殆ど口を開かなかったし碌に目も合わせなかったのを覚えている。だって……急に引っ越すとか、言い出す方が悪いから。
「アキラが仕事で色々回らなきゃいけないらしくてさ。1人にするのはアレだから、夏休みだしユウくんウチに預けていいかって」
「……どんくらい泊まるの?」
「2週間ぐらいだって」
その大きな数字を聞いた私は、無意識にちょっとだけ頬を上げていた。ハッと気付いて、私はしかめっ面を作る。別に、嬉しくなんかないし。
「久しぶりだけど、仲良くしてできそー?」
「……ま、アイツが変なことしなければねー」
「こら! そういうこと言わないの」
敵を一掃した私は、にまにまと笑いながら高速でしゃがんだり立ったりを繰り返す。
そういえば、にぃにが来たらまた一緒にゲームが出来るのか。なにして遊ぼっかなぁ、やっぱりアレとアレと、そうだ、アレもしたいなぁ。
「ああ、そうだ。ユウくん今年高校受験だから、あんま迷惑かけちゃだめだよ?」
「……はーい」
……高校受験ねぇ。
どうせ、にぃには勉強なんて全然してないと思うけどなぁ。冬休みが終わるギリギリまで宿題をやってなくて、情けな〜く私に泣きついて来たことあるし。
あ! そういえば、にぃにの家に遊びに行ってたときに先生から忘れ物の多さについて電話が来たこともあったっけ!
「……きゃはは♡」
思い出すだけで笑えちゃう。
にぃにが帰ってきたら、勉強バトルでも仕掛けてみよっかな。もしかしたら、一年生の私が勝っちゃうかも♡
足をぶらぶらさせながら、私は敵の頭を撃ち抜いた。
そして、1週間と少しが過ぎた日の朝。
今日から、にぃにのお泊まりが始まる。
鏡の前で着飾った私は、くるっと一回転した。
ふふーん、にぃにが恥ずかしがる様子が目に浮かぶなぁ。あはは、想像しただけでキモいんですけど♡
「あ、来たよー!」
インターホンの音とママの声を聞いて、私は部屋から出てトテトテと玄関に向かう。
扉が開いて光が差し込み、出て来たのは──
「こんにちは。お久しぶりです」
適当に跳ねていた黒髪は、すらりと整えられて分けられている。恐竜がプリントされた半袖半ズボンではなく、白い長袖のTシャツとオーバーサイズのズボンにネックレス。カサカサしていた肌は、艶があるけれど落ち着いた肌に。私より少し高いぐらいの身長は、見上げるほどに。
「いらっしゃいユウくん、久しぶり。それにしても、伸びたねぇ……」
「あはは、まあ4年振りですからね。これから暫く、お世話になります」
ママに頭を下げてから、こちらに向き直る。
「リナちゃんも、久しぶり」
そして、にこっと笑った。
「あっ………ひす……ひ、ぶり」
声が、うまく、出せない。
「もうこの子ったら、緊張してるのかしら。ささ、上がって上がって」
「あ、はい」
靴を整えた後、部屋に案内されていく後ろ姿を私は胸を抑えながら見つめていた。
「じゃあ、お留守番お願いね。お昼はレンジでチンしたのを2人で食べてね」
「……行ってらっしゃい」
そのすぐ後、仕事に向かうママを私は玄関で見送る。
ガチャリと音を立てて、扉が閉じられた。
………気に食わない。
ちょっと大きくなったからって大人ぶっちゃって。どうせ、中身は昔と変わんない情けないやつのくせに。あーもう、ムカつく!
ドカドカと足音を立てて、にぃにが案内された部屋に向かう。ノックもせずに扉を開けると、にぃにはダンボールの中から本の束を取り出している最中だった。
「うぉっと。リナちゃん、どうしたの?」
「ゲームするよ!!」
「え? ……そうだね、ちょっとだけ久しぶりにゲームしよっか」
ニカっと笑うにぃにを見て、私は胸の奥が満たされていくのを感じる。
あはは、やっぱにぃにってダメな人じゃん!
本を机の上に置いたにぃにの腕を引っ張って、リビングまで連れて行く。そしてソファに座らせると、ゲームを起動して、にぃにの腕にコントローラーを押し付けた。
「今日はなにやるの?」
「スマ○ラ! 負け越してるにぃにに、挽回のチャンスを与えてあげる♡」
「え? あー! 確かに最後は俺が負けて終わってたね」
ボンッと真隣に座った私は、ボタンを連打してキャラ選択画面に移り、早速最近練習しているキャラを選んだ。
「あれ?そんなキャラ居たっけ」
「でぃーえるしー、っていうので追加されたんだよ! そんなことも知らないの〜♡?」
「へぇ〜、そういうのがあるんだ。知らなかった。どんなキャラなんだろ、戦ってみたいな」
「キャハハハッ♡ せーぜー瞬殺されないようにしてね♡」
にぃには、昔からよく使っていたゴリラのキャラを選んだ。
そして、試合が始まる。
「よっ。うわ、当たんねぇ」
「あはは♡ そんなヘナチョコ攻撃じゃ、一生当たんないよ〜♡」
………あれ?
こんなに、弱かったっけ。
「おりゃっ……あー、やられちゃった」
結局私は一回も残機を削られることなく、圧勝で終わってしまった。
「……ざっこ〜♡ 流石に弱すぎてビビるんですけど♡」
「ごめんね、良い相手になれなくて。やっぱ強いなぁ、リナちゃんは」
……ほんと、ザコすぎ。
……何故か、私は心が冷えていくのを感じた。
(あれ? なんか……いつもと、違う?)
なんとなく、左側が涼しいことに気付いた。
「あ」
真隣に座っていた筈のにぃにが、いつの間にか1人分離れた位置に座っている。
「……。」
「ん? どうしたの、リナちゃん」
私を見てる。けど、私だけを見てるわけじゃない。
昔とは、違う目。
……久しぶりだし、しかたないか。でも、もっと煽れば、また。
「もう一回やるよ。ざこざこにぃに♡」
「そうだね、次は負けないぞ。あ、でも色々準備したり勉強もしなきゃだから、この試合で終わりにしよっか」
「……え?」
私は思わず、コントローラーを握ったままにぃにを凝視した。
そんな私の顔を見て困ったように笑うにぃには、私の頭に手を伸ばす。
「ごめんね。じゃ、あと二試合にしよっか」
「……うん」
それからの試合は、つまらなかった。
でも、にぃには。
「あはは! そのコンボ懐かしいなぁ…」
すごく、楽しそうだった。
2人でお昼を食べ終わって暫く経った3時ごろ、私はお菓子を食べながらスマホをいじっていた。チョコレートが塗られたクッキーが、ぼりぼりとあり得ない勢いで口に収まっていく。
(もー、信じらんない! にぃにって、どうせ最近の冷笑系?ってやつに憧れてるんでしょ? どうせ今も、『うぉw 今時スマ○ラって…w』とか、何も生産的なことせずにネットに呟いてるに決まってる!)
小腹を急速に満たしながら腹を立てた私は、お菓子袋をドカッと音を立ててゴミ箱に捨て、にぃにの部屋に向かっていく。
そして勢いよく扉を開けると、椅子に座って勉強机に向かっているにぃにの姿があった。
「…………」
「ん?」
イヤホンを外したにぃには、優しい顔で首を傾げた。
「どしたの? なんかあった?」
「……ッ」
歯を食いしばった私は、にぃにをピシッと指差す。
「にぃにって、ホントに勉強してるの〜? 私がテストしてあげる♡」
「え」
机の上の教科書をひったくるように奪って、それに目を通す。
……あ、あれ? 中3の教科書ってこんなに文字ばっかりなの?
「あはは、ごめんねリナちゃん。あんまり勉強中は──」
首を振って最後の方のページを開いた私は、声に出して読む。
「男女が社会の対等な構成員として、性別に──」
「男女共同参画社会基本法?」
「ッ! じゃあ、1997年に地球温暖化防止のための会議が開かれたのは?」
「京都だっけ」
「じゃあ──」
暫くそんなことを繰り返した後、にぃには優しく口を挟む。
「これくらいで大丈夫だよ。勉強を手助けしようとしてくれたんだよね。ありがとう、リナちゃん」
「……ガリ勉」
「え?」
「にぃにって、ガリ勉になったんだね〜♡ かっこわる♡」
そう言われたにぃには、ほんの少し顔が歪んだ気がした。
それを見て、私はゾクりと興奮するのを感じる。
「そうだ! 腕相撲でもしよーよ♡ どうせ昔みたいに、年下の私に負けちゃうんだろうけど♡」
「あはは…。じゃ、一回だけだよ。腕相撲、よくしてたよねぇ」
勉強机は角に置かれているので、上手く腕相撲ができない。なので、昔のように床に寝転がってすることになった。
先に寝転がった私は、自信満々にスタンバイをする。そして反対側に、にぃにも身体を落とした。なんだか、良い匂いがした。
「よし…」
シャツを捲ったその腕を見て、私は唾を飲み込む。
「……にぃに、なんか始めたの?」
「あ、言ってなかったか。バスケ始めたんだ。まあ、全国にはギリギリ届かないまま引退しちゃったけどね」
「……」
腕の太さが、私とまるで違う。筋肉も、そうだけど……そもそも、どうしようもない“差”があるみたいな。
ぜんぜん勝てる気がしない。
「……もういい」
私は立ち上がって、にぃにに背を向ける。
「あっ…」
扉を乱暴に閉めて、私はリビングへと向かった。
目から溢れてくるものを、信じたくなかった。
部屋の中で布団を被り、死んだようにスマホを弄っていた私は、ノックの音で身体が跳ねた。
まだ、ママは帰ってきてないし……やっぱり、にぃにが来てる。
「リナちゃん、居るー?」
「……なに?」
「ちょっと、渡したいものがあるんだよね」
「……入ってもいいよ」
ベッドに腰掛けてそう返事すると、扉がゆっくりと開かれた。にぃにの手には、少し大きめの紙袋が握られていた。
「買ってきたのに忘れちゃっててさ。これ、リナちゃんへの粗品……っていうか、泊めてくれるお礼のプレゼントだよ」
「!!」
その袋の中には、にぃにの引越し先の北海道のお土産や、私が好きなチョコレートパイが入っていた。
「……いいの?」
「うん。喜んでくれたら嬉しいな」
……私の好きなお菓子、覚えてたんだ。
手渡された紙袋をぎゅっと握って、口元を緩める。
……うん。
そろそろ、認めなきゃね。
にぃには変わった。昔と変わんないままの私と違って、ちゃんと大人っぽくなってる。
私も……変わんなくちゃ。
「ありがとう、にぃに。お勉強、頑張ってね」
「っ! うん、頑張るね。ありがとう、リナちゃん」
そしたら……また、昔みたいに。
その夜、久しぶりに勉強しながら私は考える。
(そういえば、なんでにぃにはあんなに変わったんだろう……)
4年経ったとはいえ、あんなに急に変わるほど長くはないよね。
何か、キッカケがあったのかな。
「ちょっと、聞いてみよっかな♡」
私の部屋から出て、にぃにの居る部屋へと向かう。今度は乱暴に開けずに、ちゃんとノックをしようとして──中から聞こえてくる声に気付いた。
(……誰かと、話してる?)
ドアに手と耳を当ててみる。
「……えー? 今言って欲しいの?」
「もー、分かったって。……好きだよ、ミカ」
「は????????」
あーーーー。
そっか。
そういうことね。
うん。
いや、別に? にぃにってただのいとこだし。
あーーー……うん。
許さないけど?????
扉をバッと開けたあたしは、椅子に座ってスマホを耳に当てながら驚いて固まるにぃにに飛びついて、ぎゅっと抱きしめた。
「にぃにーー! えっちしよ♡♡」
「…え……は?」
にぃにのかっこいい顔の横から、女の怒り狂う声が聞こえてくる。
そして、プツリと電話が切れた。
「お゛ま゛ッ……ふざけんなよ!!!!」
あたしに向かって怒鳴るその顔は、真っ赤に染まっていた。
あぁ……やっと昔みたいに。
あたしだけ、見てくれた。
「きゃはは♡ 大好きだよ、にぃに♡」