このスケート漫画の世界で私は漫画を描く   作:クソ眼鏡3号

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これで終わりです


晴れのち晴れ

 

 

名古屋の一軒家で1人の少年が叫んでいた。

少年の名は司度(つかさど) 太陽(たいよう)

 

「オレ、スケート選手になりたい!」

 

と、少年は保護者である父と母に向かって宣言していた。

 

「急にどうしたの太陽?」

 

帰って来て早々に宣言した息子に母親は困惑した。

少年は4兄弟の末弟だった。

兄達は既に高校生、一番上の長男に至っては成人し仕事に就いている。

そして末弟である彼は現在中学生。

 

「今から初めても遅いって?そんなの分かってる!でもオレ…やっぱり諦め切れない!」

 

スケートで選手を目指すとなれば5歳の頃から始めるのが通例だ。

中学生から始めるとなるとどうしても他の選手との差が生まれてしまう。

 

「テレビで見て憧れたんだ!ああなりたいって…思えたんだ!」

 

少年は今まで、冷めた日常を送っていた。

あらゆる物に興味が持てず、ただ生きている毎日だった。

その少年が初めて憧れを抱き、夢に向かって走りたいと言っている。

 

「大変なのは分かってる!これがただの我儘だって事も!家族のみんなに…父さんや母さん…兄さん達にどれだけ迷惑をかけるかって事も!」

 

スケートは金がかかる。他の習い事とは比べ物にならない程に。

彼がスケートを始める事で家計にどれだけの影響を与えるか想像に難くない。

 

「それでも…それでもッ!」

 

「オレは、この夢を追いかけたいッ!」

 

それでも彼は宣言した。

 

少年の決意を聞いた両親は微笑みを浮かべる。

 

「言ってくれてありがとう。応援するわ」

「そんなに思い詰めなくていい。思いっきり頼ってくれ」と息子を抱きしめた。

そして部屋の隅でその様子を見ていた少年の兄達は「俺らもバイトでもして応援してやっか?」「そうだな」「給料の一部だけだぞ…」と密かに弟の夢を応援する決意を固める。

 

「一つ確認したいんだけど、太陽は選手になって何を目指すの?」

 

母親がそう尋ねると、少年はまさに太陽のような笑顔で答えた。

 

「決まってる、目指すはオリンピックのメダリストだ!」

 

少年の夢が始まった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

「………うぅ…良かったね…太陽さんッ!」

 

「司くんそれ私の私物なんだけど⁉︎涙でビチャビチャになってる!」

 

という漫画を見て明浦路 司は号泣していた。

だが、あまりにも感動のあまり司から溢れた涙がページどころか単行本そのものが濡れてビチャビチャになっていた。

 

「すいません…瞳さん。弁償します…」

 

「いいわよ、新しいの買うから。というか漫画はどうだった?」

 

季節は夏。ジュニアグランプリの選考会をいのりが突破し強化選手に選ばれて数日が経っていた。

ここはルクス東山FSCの休憩室。

まだ一般営業が始まる前の時間帯だったのだが、急に瞳から話があると司を呼び、そして漫画の単行本を手渡され今に至る。

 

「めちゃくちゃ面白かったです!感動しました!」

 

「うん、でもまさか漫画見て数分で泣くとは思わなかったわ…」

 

ちなみに先ほど司が見て泣いていた場面は第一話の終盤の部分。つまりまだまだ序盤である。

 

「その漫画、日本のスケート連盟が激推ししてる漫画なの!フィギィアスケートを題材にしてるのもあるけど、色んな賞も取ってるみたいだから話題性もバッチリ!って事で色々注目をされてるみたいなの」

 

瞳が司に見せた漫画【アポロン】は最近アニメ化が決まり、現在はネットでも話題となっている漫画だ。

 

「その作者の“柚子(ゆず)礼音(れおん)"さんが偶然名古屋に住んでるみたいでね。その柚子先生がここに取材させてほしいって電話が来たのよ」

 

「勿論、了承したんだけど営業時間中は私もレッスンで忙しいから先生が来たら司くんに対応してほしいの」

 

「え、俺がですか⁉︎」

 

ちなみに余談だが、このルクス東山は一般客の他に高峰 瞳の現役時代からのファンがレッスンを受けに来る事が殆どだ。

その為、司にレッスンを頼む客は一部を除いて殆どいない。

 

「というか向こうは殆ど司くん目当てみたいよ?あの結束いのり選手を育てたコーチがどんな人なのか興味があるってね」

 

「ああ…なるほど…」

 

結束いのり…司のレッスンのほぼ唯一の受講者であり共にオリンピック金メダリストへの夢を追いかける同志だ。

本格的にスケートを初めて一年で初級から六級までのバッジテストを爆速で合格し、全日本ノービスAの中部ブロック予選大会では1位を勝ち取り、更にその後の全日本ノービスでは表彰台こそ逃したものの4位という好成績を残している。

世間では天才少女と認知され、一部では同世代の絶対王者である狼嵜 光選手すら超えうる真の天才少女だとも目される名古屋でも注目を集めているフィギィアスケート選手だ。

 

「分かりました…その時はいのりさんの成長を一から千まで語り尽くしてみせます!」

 

「うん、語り過ぎて向こうから苦情が来たら嫌だから程々にしてねー」

 

無駄に熱意を燃やす司に瞳は慣れた様子で受け流す。

司は生徒の事、取り分け愛弟子であるいのりの事となると少々熱くなり過ぎるきらいがある。

可愛がりがいき過ぎてたまに暴走する事もある。

 

「でも、相手が漫画家の人だからもしかしたらいのりちゃんがモデルのキャラが今後のこの漫画で出てくる可能性もあるんじゃない?」

 

「いのりさんが漫画のキャラに⁉︎なにそれ絶対見たい!!」

 

可能性はなくは無い。スケートを題材としている以上、現在でも活躍している選手をモデルにキャラや展開を作ったりする事はよくある事だ。

 

「よぉし、さっそくいのりさんをプレゼンする為の資料を作成しないと!」

 

「ちょっと司くん?本当に程々にしてよね…?」

 

せめて暴走する事が無い事を祈る瞳であった。

 

 

 

 

 

そして数時間後、いのりのプレゼン資料を作成した司は待ち合わせ場所であるスケートクラブの下の喫茶店でソワソワしながら待機をしていた。

 

(…うーん、時間が無くて練習中に撮った動画と写真しかないけど…これでなんとかやってみるか)

 

まず相手が取材で来ているという事を少し抜けてしまっているようだが、司はいのりの魅力をちゃんと伝えられるように考えを巡らせいた。

が、その思考はすぐに中断する事となる。

 

「やあ、司君。そんなそわそわして何をしているんだ?デートの待ち合わせでもしてるのか?」

 

突然声をかけられて、その声のした方向を向くと、そこには今は夏という事もあってか露出度の高い服着た黒髪長髪の美女がいた。

その女性には司は見に覚えがあった。

 

「…礼音さん?」

 

「久しぶりだな司君。直接会うのは大体10年振りだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふふふ、驚いてる驚いてる。

せっかくだ、高校卒業以来の再会なのだからここは社会人として一つ挨拶しておこう。

 

「先日そちらに電話した漫画家の柚子礼音です。此度は取材に応じてくれて感謝します」

 

「あ…はい。こちらこそ今回は宜しくお願いします」

 

いつもは編集部の人達くらいにしか使わない社交辞令をすると司君はお辞儀で返す。

 

「て、ええぇぇーーー⁉︎」

 

「ふふっ、相変わらずいいリアクションをするな君は」

 

ノリツッコミとは腕を上げたな。

さて、久々の再会を味わった所で座って取材を開始するとしよう。

そうだ、せっかくだし司君の隣に座ろ。

 

「いや、一応お客さんなんだから上座に座った方が」

 

「堅いことを言うな、ビジネスマナーはひとまず置いておけ。私と君との仲だろ?」

 

司君がテーブルマナーを口にするとは少し意外だったが、私は見逃さなかっだぞ。

司君め、顔が少し赤くなってるな?

今は夏だ。よって今日の私は涼しい格好をしている。

少々露出度の高い格好をしているので横に座られると直視し辛いんだろうが、まあそこは友人との久々の再会という事で。

あくまでも今は友人としての距離感で行こう。このまま指摘したりして揶揄ったりしたら私が逆にセクハラになりそうなので程々にしておこう。

というかあまり揶揄い過ぎると拗ねちゃうしな。

 

「本当に久しぶりだな……司君」

 

「礼音さんこそ、まさか本当に人気漫画家になってたなんて…」

 

「ふふ…驚いたか?もっと驚いてくれ、それでこそ頑張った甲斐がある」

 

「はは…全く変わっていないようで本当に何よりだよ…」

 

おい、なんだその"全く変わってないようで安心したよ“みたいな顔は。

 

まぁいい、早速取材に移ろう。

 

「早速で悪いが結束いのり選手について聞かせてくれ。君の生徒なんだろう?」

 

「うん、俺の自慢の生徒なんだ。何処から聞きたい?」

 

「じゃあ…君達の出会いから」

 

司君は頷き、そこから司君が語るのは司君といのり選手との出会いから今に至るまでの物語。

 

受付のお爺さんこと瀬古間さんとのミミズ取引によってこっそりとスケートリンクに出入りしていたいのり選手との出会い。

 

「あとこれはオフレコなんだけど、実はいのりさんがスケート自体を初めたのは本当は7歳の頃からだったみたいで、その頃からずっと例の取引でちょくちょくリンクに出入りしてたみたいなんだ」

 

「そんな歳から裏取引とは彼女もやるな…」

 

「事実だけど裏取引とかそんな言い方やめて…」

 

そして再会し、彼女の才能とリンクに対する執念に共感しコーチを申し出た時の事。

 

「実はあの時に偶然私も現場に居たんだよ。あの会話に感化されてアポロンを描いたんだ」

 

「そんな制作秘話が⁉︎」

 

初級のバッジテストの際に彼女の夢を聞き、彼女をメダリストにする事を決意した事。

初級枠で出場した名港杯。

続けて出場した京都での西日本小中学生大会。

そこから一年をかけて一気に六級まで取り、中部ブロック予選大会に出場。

 

「そういえばこの頃だったな、彼女が世間で有名になったのは。地方のテレビで取り上げられてるのを見てビックリした覚えがある」

 

「そうそう、勿論その辺の特集は全部録画してるよ。録画データまだ残ってるけど今度礼音さんも見に来る?」

 

「おっと、いきなり自宅に私を呼ぶとは積極的だな?まぁたまには2人っきりでゆっくりするのも悪くわない」

 

「いや加護さん達もいるし、別に2人っきりって訳じゃないよ」

 

「ちょっと待て!君はまだ加護さん達の家に住んでるのか⁉︎てっきり君の事だから一人暮らしをしてる物だとばかり…」

 

「一応前は一人暮らししてたんだけど、色々あってまた加護さん達の所に居候させてもらってる」

 

そして果たした念願の全日本ノービスAに出場。これは私も知ってる。

あの時のいのり選手の演技は本当に素晴らしかった。

 

「結果は…もう知ってるんだろ?」

 

「ああ、現場に行って見てたよ」

 

「いのりさんのあの演技は本当に素晴らしかった。思い出すと時々泣いちゃうくらいに」

 

「今まさに泣いてるじゃないか。でも泣く気持ちも分かるよ、スケートの演技を見て泣いたのはあれが初めてだ」

 

そして現在、ジュニアグランプリの選考会でいのり選手が強化選手として選ばれ今に至る。

 

「ざっとこんな感じかな。でも意外だったよ、まさか俺がいのりさんのコーチを申し出た時に礼音さんがあの場にいたなんて…なんか恥ずかしくなってきた…」

 

「君の声がデカかったからな。あの場に立ち合えて本当に運が良かった」

 

「ていうかあの場にいて、その後にアポロンを描いたって事は…もしかしてあの主人公って」

 

「ああ、司君をモデルにしている」

 

「やっぱり!どうりで境遇とか家族構成とかなんか身に覚えがあると思った!」

 

初めて会った時に「主人公になってみないか?」と誘っていたが、まさか本当にやるとは司君は思わなかったらしい。

その反応が見たかったんだ。

ああ、漫画を描いてて良かった…。

本当に、司君と出会えて良かった。

 

「君との約束もあっただろう?いずれ描こうと思っていたがあの場面を見たら描かずにはいられなかった」

 

「約束?」

 

おい待て、まさかと思うが…

 

「忘れたのか?高校卒業の時に賭けをしただろう?」

 

「………ああ!どっちが先に夢を叶えられるか?ってやつね」

 

「おい!私はずっと覚えてたのに君は忘れてたのか⁉︎」

 

「いやぁ…ごめんごめん」

 

幾らなんでもそれは無いだろう⁉︎

私がずっと片想いしてたというのに当の相手は忘れて知らんぷりとは流石に腹が立つ。

こちとら卒業の時にちゃんと告白したんぞ!

 

「そんな恨めがましく見ないでよ…本当にごめん…」

 

まあ、いい。

せっかくだ。ここは仕返しがてら聞いてみるか。

 

「その賭けの件だが、結局は先に選手として全日本まで行った君の勝ちな訳だろう?だから私は君の要望通りスケート漫画を描いたんだ」

 

実際はスケート漫画を描いたのはほぼ衝動みたいなもんなのだが、ここは秘密でいいだろう。

 

「え、なんで俺の勝ちなの?」

 

おい待て、どうしてそんな顔をする?

 

「君は選手として全日本まで行ったんだろ?その時には既に君の夢だったスケート選手になるという夢は叶ってたんじゃないか。じゃあこの賭けは君の勝ちだろう?」

 

「ああ…そういう事か。確かに当時は選手になるのが目標だったけど、俺の夢は選手になる事じゃない。オリンピック金メダリストの夜鷹純みたいになりたかったんだよ」

 

なんだ、オリンピック金メダリストが夢だったのか?

そんなこと学生の頃に言ってたっけ?

 

「正確には、氷の上を俺の居場所にしたかったんだ」

 

なんだその詩的な表現?

 

「ほら、夜鷹純ってめちゃくちゃスケートが上手いじゃん。まるでスケートをする為に生まれてきたって言われるくらいに」

 

「夜鷹純は氷の上を自分の居場所に出来た。俺もそうなりたかったんだ」

 

なんとなくだが…なんか分かる気がする。

私の人気漫画家になりたい夢と似たようなもんか。

私だって色んな人から“この人は漫画を描く為に生まれてきたんだ"とか言われてみたい。

 

「だから、賭けは俺の負けでいいよ」

 

「ふえっっ⁉︎」

 

……………遠回しのプロポーズをされてしまった

おかげで変な声出ちゃったじゃないか!

 

「そうか…そうか…」

 

いやいや待て待て落ち着け私!

まずは確認だ。そもそもだ。そもそもだ!

 

「一つ確認したいだが…君がアイスダンスの選手だった時に君とカップルを組んでいたあの女性の事だ」

 

「え、瞳さんの事?それがどうしたの?」

 

名前呼びか…どうやら相当深い関係らしい…

いや妬いてる場合か私よ、落ち着け。

 

「以前にテレビで君とのアイスダンスの演技を見た時から思っていたんだが、彼女はもしかして結婚しているのか?左手の薬指に指輪がチラッと見えてから気になっていたんだ」

 

「?…なんで礼音さんがそんな事を気にするの?」

 

気にするだろ普通!プロポーズされたんだから!君が今ちゃんと独身なのかどうかなんてかなり重要だろうが!

君がもしあの彼女と結婚していたら私は今後独身確定だぞ⁉︎

 

「いや、もしかしてと思うが…彼女の結婚相手は…君か?」

 

恐る恐る聞いてみると司君はキョトンとした顔をして

 

「え、違うけど」

 

となんて事ないかのように答えた。

良かった…正直凄く安心した…

後から司君から聞いたがどうやらあの人は司君とアイスダンスでカップル組んだ時にはもう結婚してたようだ。

 

「そうか…そうか…」

 

つまり今の司君は独身。私も独身。

あの約束の条件は満たしているという事。

 

「では司君」

 

司君との結婚生活か。

正直あまり予想出来ないが、おそらくいのり選手に入れ込んでいる今の司君に新婚夫婦特有の甘い展開は無いだろう。

私も漫画で忙しいし、あまり妻らしい事は出来ないだろう。

おそらくしばらくはお互いに夫婦らしい事も出来ないだろう。

世の中には夫婦でありながらそれぞれ別の場所に住んでる者もいると聞く。

無理に一緒に住んで不和を起こすくらいならそうした方がいいだろう。

 

「君、これから時間はあるか?今日じゃなくても近日中に一日空いてると嬉しいんだが…」

 

「それなら大丈夫。今ちょっといのりさんが成長痛で休んでる所だから明日くらいなら時間はあるよ」

 

いや、そもそもご両親との挨拶が先だな。

私の方はそろそろ三十路の私に結婚してはどうだ?と最近うるさくなってきたので文句は言わないだろう。

問題は司君のご家族の方か。

司君のご家族とはあまり会った事がないな。司君が比較的に仲の良い兄の方なら会った事はあるが他は全然だ。

 

やれやれ…これでもしまだ司君がスケートをやってて今はコーチをしている事をまだ言ってなかったら一悶着ありそうだな…

 

「そうか、ではその時間を使って」

 

でもそれでいい

結婚する事で司君を私の元に繋ぎ止める事ができるのなら

 

「…婚姻届でも書きに行くとするか」

 

 

【挿絵表示】

 

 

司君と一緒になれるのなら、私は別にどんな苦労を背負い込んでも構わない。

 

「……え?…………………あっ」

 

おい待てさっき約束を思い出してただろう⁉︎罰ゲームの事も忘れてたのか⁉︎

もしかしてさっきのプロポーズのつもりで言ったんじゃないのか⁉︎私の勘違いか!

どこまで私の乙女心を踏みにじれば気が済むんだコイツは⁉︎

 

 

 

 

 

 

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