・回答その一
ナルト「オレが火影になって、もう二度と犠牲が出ないように里を変えてやるってばよ! 兄ちゃんが守ろうとした里を、今度はオレが守るんだ!!」
オサキ「特に思い残すことないわ」
・回答その二
サスケ「木ノ葉を潰す」
イタチ「万華鏡写輪眼に仕込みして、ナルト君にそれ託して、穢土転生したら幻術使って――」
――中忍選抜試験・本選、近づく!!
一ヵ月後のそれに備え、各々が修練や準備に勤しむ中、ナルトもまた強敵である日向ネジ打倒の為に修行を始めていた。
当初、ナルトの修行に対する意気込みは凄まじいものだった。
ネジを必ず倒す――という強い決意を抱いていたこともあるが、修行のことをカカシに相談しに行ったナルトを迎えたのがオサキだったのだ。
「兄ちゃんが修行つけてくれんの!? やったぁ!!」
ナルトのやる気は天上知らずに高まり、兄と修行が出来ることに歓喜していた。
本来ならば苦しく、辛い修行も、大好きな兄が一緒にいてくれるならば全く苦にならない。むしろ楽しみですらある。
すっかり浮かれたナルトに、オサキは一瞬物憂げな視線を向けた。
「……修行の為に場所を変える。ついてこい」
「うんっ!」
ナルトはニコニコしながら、オサキのあとをついて行った。
辿り着いた場所は、温泉である。
ナルトは最初、修行とは全く関係がなさそうなその場所に訝しげな表情をしていたが、すぐに納得したかのように笑顔を浮かべ、
「そっか! 修行の前に風呂入るんだってばよ!? よーし、兄ちゃんの背中、オレが洗ってやるからな!」
何もかもが前向きに考えられるほど機嫌の良いナルトは、そう言って意気揚々と暖簾を潜った。
しかし、オサキは脱衣所を通ることなく、貸し切りとなっている温泉の一角にナルトを案内した。
ここに至るまで、オサキは無言である。
さすがのナルトも、僅かに不安そうな顔になっていった。
「……兄ちゃん、風呂入るんじゃねーの?」
「いや、このまま修行を始める」
「そ、そっか! じゃあ、この温泉でどんな修行をするんだってばよ!?」
ナルトは一瞬酷く落胆した表情を浮かべた後、それでも気を取り直すように元気よく訊ねた。
兄と一緒に修行が出来ることには違いないのだ。
「ナルト。勘違いしているようだが、お前に修行をつけるのは俺じゃない」
「……え?」
「もっと教えるのに向いた、適切な人に頼んでおいた」
そう言って、オサキは漂う白い湯気の先を指差した。
そこには男湯と女湯を遮る仕切り板にへばりついて、下品な笑い声を洩らしながら、その先を覗くいい歳をこいたおっさんが居た。
「あの人がお前の先生となってくれる、自来也さんだ」
オサキの宣告は、ナルトの浮かれていた気分を無慈悲なほどバッサリと切り捨てた。
「……ぇええええええええええええっ!!?」
◆
チャクラを足の裏から一定量放出し、それを維持することで水面に立ち続ける。
足元はただの水ではなく、高温の温泉である為、チャクラの放出が乱れれば、熱湯に煮られることになる。
「――『水面歩行の業』か。随分とオーソドックスな所から始めていくのォ」
適度な危機感に煽られる修行を、ナルトは文句を垂れながらも何とかこなしていた。
しかし、文句と言っても修行の内容に対する不満ではない。
自分を騙した兄と、いきなり現れて師匠面をすることになったエロ仙人への不満だった。
事前に伝えなかっただけでオサキは別にナルトを騙してはいないのだが、そんな理屈は通用しない。
完全にヘソを曲げたナルトは自来也の言葉に聞く耳を持たず、オサキが指示を出して、ようやく修行を開始したのだった。
「ナルトのチャクラコントロールは、まだまだ未熟です。それを鍛えるべきだと判断しました」
「ふむ。まあ、間違っちゃいねぇのォ。欠点を克服するのも修行の一つだ」
オサキと自来也は、温泉から少し離れた場所でナルトの様子を見守っていた。
小声で話せば、集中するナルトの耳には会話が入らない程度の距離である。
「だが、ワシに言わせりゃやるだけ無駄だの」
自来也は断言した。
「……この修行に意味はないと?」
「そこまでは言わん。だが、誰にでも得意・不得意があるもんだ。その点、あのナルトにそっち方面のセンスはあまりないのォ」
「――」
「長い目で見た修行ならばこれでも構わんが、期限は一ヶ月。しかも、即戦力となる技能を身に着ける必要があるんだろ?」
「そうです」
「だったら、もっと見るべき点があると思うがのォ」
自来也は傍らのオサキを一瞥した。
ナルトを見守るその横顔から、オサキの内心を探ることは出来ない。
しかし、自分が何を言わんとしているかは伝わっているはずだ。
「オサキよ。お前なら、気付いているはずだ。あいつの長所は別にある」
他の人間にはない、ナルトだけが持っている長所。
兄であるオサキがそれを分かっていないはずがなかった。
しかし、オサキは答えなかった。
表情に変化はないが、横顔が何処か頑ななものを映しているように見える。
自来也は呆れたようにため息を吐いた。
「……お前、本っ当に弟には甘いのォ。ワシにナルトの修行を頼んだ理由が何となく分かるわ」
「申し訳ありません」
「まあ、自覚しとるんなら別にいいわ。今更お前ほどの忍に説教なんぞ必要ないだろうしな。
――修行については、ワシに一任するってことで構わんのォ?」
「ええ。よろしくお願いします」
「やるからには、ワシも甘いことはせんぞ」
「それが今のナルトには必要です」
そう告げるオサキの声色は、言葉とは裏腹に僅かな寂しさを感じさせるものだった。
「オサキ、お前は四代目を――父親を恨んでいるか?」
視線を前に向けたまま、自来也は訊ねた。
オサキもまた、その問い掛けに対してナルトを見つめたまま答える。
「いえ……」
「ナルトに施された九尾の封印を見た。ただ九尾のチャクラを封じるだけではなく、あの子のチャクラとして還元出来るよう細工を施してある。ワシはそれを、四代目があの子を守る為にしたことだと受け取った」
「――」
「お前は、違うかのォ?」
「――」
「いずれ九尾の力がナルトを乗っ取るかもしれん不完全な封印――そう見ることも出来る。内に眠る獣が、ナルトにとっては武器となるか呪いとなるか」
「……それは、ナルト次第です」
「それが分かっていながら、なおも不安になるか?」
「ええ……情けない話ですが」
「兄だのォ、オサキよ」
自来也は嬉しそうに微笑んだ。
「あらゆる種類の術に天才的な素質を見せながら、お前が敢えて封印関連の術を極めることを優先した理由がそれか」
かつて、オサキに九尾に関する情報やその封印術を教えたのは自来也だった。
明確な師弟関係だったわけではない。
自来也は事情により、一つの場所で長居出来ないのだ。
オサキに課すことの出来た修行は断続的なもので、足りない部分は本人が独学で補っていた。
そうせざるを得なかったとはいえ、自来也はかつての自分を悔やんでいた。
適切な内容の修行を、適切な期間に渡って、適切に続けていれば、うずまきオサキは今よりも更に高い実力をつけていただろう。それだけの才能がある。
しかし、その優れた才能の開花を環境が邪魔した。
十分な密度のない中途半端な修行期間が、オサキの成長を妨げてしまった。
もちろん、彼はまだ若い。まだまだ伸びしろがある。
それでも『惜しい』と、自来也はオサキを見る度に思うのだ。
自分がもっとしっかり教えていれば――と。
そして、封印の術に執着しなければ――と。
「お前なりに、ナルトを守ろうとしていたんだのォ」
――万が一、ナルトの中に眠る九尾が開放された時には、父の代わりに自分が完全に封印する。
自来也に師事する時、オサキはそう答えた。
最悪の事態に備えるだけではない。封印が綻んだ場合、逆に封印を緩める必要がある場合――あらゆる状況に対応する為、備えようとしたのだ。
「……俺がナルトの為に出来ることは、可能な限り生きる道を増やしてやることだけだと思っていました」
オサキは独白するように言った。
「父の真意は分かっていました。だが、もしも九尾の存在がナルトにとって重荷にしかならず、日々を嘆き、呪いながら過ごすしか出来ない生き方になってしまうのならば、そうなる前に全てを捨てる道も頭の中に残していた」
「……封印を完全なものとし、忍の世界から離れ、木ノ葉の里からも抜けるということかのォ?」
「火影様や仲間には顔向けの出来ないことですが、俺はそれも道の一つとして考えていたのです」
「ふむ」
「自来也さん。どうやら俺は、宿命やしがらみといった類のものが随分と嫌いな人間のようです。俺自身はともかく、弟にそういった生き方を狭めるようなものを背負って欲しくはなかった」
そこで言うと、不意にオサキの口元が綻んだ。
穏やかな瞳は、チャクラ放出の持続が難しくなり、焦り始めているナルトを変わらず見据えている。
悪戦苦闘する弟の姿を、眩しいものであるかのように、目を細めて眺めていた。
「――だが、あいつは俺の懸念など吹き飛ばすように、決して歪むことなく真っ直ぐに、健やかに、そして強く成長している」
ナルトを見るオサキの顔は誇らしげだった。
「ナルトは、父や俺と同じ忍者になることを望み、その頂点である火影を目指すことを決意しました。険しい道です。しかし、ナルト自身が選んだ道です。そこを進む為に、九尾の力を封じるのではなく、活かす方法を学ぶ必要がある」
「そうだのォ」
「ならば、今のナルトに必要なものは、弟を信じきれない過保護な兄ではない。誰よりも厳しく、優れた師です」
「くくくっ……持ち上げてくれるのォ」
オサキは静かに踵を返すと、ナルトの修行風景に背を向けた。
「行くのか?」
「ええ。ナルトのことはお任せしました」
「オサキよ、最後に一つだけ訊いてもいいかのォ?」
「何でしょう?」
「実際のところ、お前ナルトにどれくらい期待しとるんだ?」
意地悪く笑って訊ねる自来也に、オサキは小さく微笑み返しながらハッキリと答えた。
「いずれは俺を超え、父をも超えた火影となるでしょう」
「大きく出たのォ。あいつはそれほどの傑物か?」
「担当上忍からは『意外性№1』の評価を頂いてますよ。物覚えは少し悪いですが、粘り強さは既に俺を超えています」
そう言い残して、オサキはその場から姿を消した。
一方、修行に集中していたナルトは、視界から兄の姿が消えていることに気付いて、慌てたように叫んだ。
「に、兄ちゃん!? 何処行ったんだってばよ!?」
「オメーの兄ちゃんはへっぽこなオメーと違って、真面目な上に有能だから忙しいんだってのォ」
「じゃあ、修行はどうすんだよ!?」
「ワシが見てやるから安心しろ」
「えーっ!? エロ仙人の修行なんかじゃぜってー強くなれねーってばよ!」
「何言っとるんだ、ワシはあのオサキに術を教えたこともあるんだぞ!」
「嘘つけ! ぜってー兄ちゃんの方がすげーもん! 修行つけてもらうなら、兄ちゃんの方がいい!」
「こんのガキャァ……」
不満たらたらのナルトに対して、自来也は青筋を立てた。
オサキの頼みでなければ、ぶん殴った後で放置していただろう。
しかし、そうもいかない義理がある。
オサキだけではなく、彼とナルトの父親に対するものも含んだ大きな義理だった。
「……オメーがそんな調子だから、兄貴が要らん苦労するんだってのォ」
「えっ!? ど……どういうことだってばよ?」
「修行も一人で出来ねぇ甘ったれの小僧は、兄貴の足を引っ張るだけだと言っとるんだ」
「オレは甘ったれてなんかいねぇ! ただ、兄ちゃんと一緒に修行した方が強くなれるから……」
「じゃあ、その兄貴は一体どうやって強くなった?」
「え……」
「お前には兄がいる。だが、オサキには兄がいない。それでもあいつは、お前よりも小さな頃から一人で修行を続けて、今のように強くなったんだ」
自来也の指摘に、ナルトは気まずげに黙りこんだ。
考えてみれば、その通りなのだ。
両親を亡くした時、ナルトは赤子だったが、オサキもまた子供だった。
その子供が、頼れる親もなく、幼い弟を抱えて、たった一人で忍者として生きてきたのだ。
ナルトにとって、オサキは常に自分の先を進む憧れの存在だった。
しかし、先を進むということは道無き道を自分の力で踏み抜いていくこと。
そして、自分がこれまでしてきたことは、そんな兄の作ってくれた道を辿っていただけに過ぎないのだと気付いたのだ。
「いつまでもガキみたいに甘えるな。お前は忍者だぞ」
自来也の叱責は、何よりもナルトの心を打ちのめした。
兄との修行では感じたことのない辛さや苦しさがあった。
それはナルトが初めて経験する『厳しさ』だった。
――これでいいんだろう、オサキ? お前が教えてやれんことを、ワシがみっちりコイツに教えてやるからのォ。
ナルトに考え込むだけの自覚があることを確認して、自来也は密かにほくそ笑んだ。
どうやら、本当に兄に頼りきりの愚か者ではないらしい。
そうでなければ、自分が直々に修行をつける甲斐がない。
「それで、分かったなら何か言うことがあるんじゃないかのォ?」
「……エロ仙人」
「はい、第一声から失格ー! ちゃんと尊敬を込めて『自来也様』と呼べ!」
「ウッセー! オレはまだエロ仙人が兄ちゃんよりすげーなんて認めてねーからな! 認めて欲しかったら、オレに修行をつけてみやがれってばよ!」
「ったく、可愛げのねーガキだのォ……」
ぼやきながらも、自来也は内心で満足していた。
そう、それくらいの図太さがいい。
オサキよ。お前は弟を傷つけまいと、間違ったことを教えまいと、大切に扱っているようだが、その点に関してだけは間違っている。こいつはそんなに繊細な性根の奴じゃない。
こいつは、もっと雑に扱っても大丈夫なタイプだ。
鍛えるならば、何度も転んで立ち上がり方を覚えるタイプだ。
安心しろ。お前が『粘り強い』と評価するならば、こいつは本当にしぶとく頑張れる奴なのだろう。そこをもっと信頼してやれ。
「お前にやる気があるなら、兄貴が絶対に教えてくれないようなスゲー修行をつけてやるわい」
弟の身の安全を考えてやらなかった、危険な修行を。
「ワシはオサキほど甘くはないぞ、ナルト」
お前が目指す夢は、お前の兄を越えた先にあるのだ。
◆
「同盟国の砂隠れが、既に音と繋がっていたなんて……!」
驚愕の事実に、ハヤテは戦慄した。
音のスパイだと判明した薬師カブトが、砂の忍であるバキと密会していたのだ。
会話の内容の他にも、手渡された巻物から、何らかの計画が練られていることは推測出来る。
そして、その内容は状況からして不穏この上ないものなのだろう。
ハヤテは、木ノ葉に何かが起ころうとしているという漠然とした不安を抱いた。
――オサキの報告した内容から。
「以上が、オサキが持ち帰った情報じゃ」
話を終えると、火影は目の前の上忍達を見回した。
この部屋に集まったのは、ハヤテやオサキ当人を含む木ノ葉の精鋭達だ。
大蛇丸の存在を確認した後、火影は最も信頼出来る木ノ葉の忍であるオサキに情報収集を命じていた。
その結果得られた貴重な情報と、そこから割り出された見解を、今夜この場で明かしたのだ。
「残念ながら、計画の内容については情報を得られませんでした」
オサキが詫びるように言った。
しかし、それを批難するような者は、火影を含めてこの場には一人もいない。
むしろ、これだけの情報を集めたオサキに対する称賛の視線さえ向けられている。
「いやいや、十分すぎる働きでショ。下忍の中に紛れ込んでた音のスパイを見つけ出した上、芋づる式に砂隠れとの繋がりまで暴いたんだから」
「うむ、カカシの言う通りじゃ。危険な綱渡りの任務をよくぞやり遂げてくれた。おぬしでなければ口封じに殺され、何処かで線が途切れてしまっていても不思議ではなかったじゃろう」
「敵もまた精鋭。特に、砂隠れの忍は下忍も含めて注意すべき者が多いでしょう」
オサキの言葉に、火影は頷いた。
彼が見たという我愛羅の得体の知れない力も、既に報告を受けている。
そして、唯一実物を直接見たオサキには、我愛羅の力の正体がおぼろげながら掴めていた。
それを具体的に伝えることは出来ないが、オサキの抱く危機感は、彼を信頼する火影や同僚達に正確に伝わっていた。
「どうやら、予想以上に不穏なものが木ノ葉の里内で蠢いているようじゃの」
「やはり、大蛇丸が……!?」
結論を急ぐアンコに、しかし周囲から否定の言葉は出てこない。
全ての不穏な要素を纏める中心点として、大蛇丸の存在は違和感がなさすぎた。
「大蛇丸を含めた全ての事態が動くとしたら、おそらく中忍選抜試験の本選中でしょうね」
「うむ、間違いあるまい」
里の指導者である火影や、その御意見番である上役達よりも先んじたオサキの意見は、当然のようにこの場で受け入れられていた。
単なる憶測以上の説得力があるのだ。
それだけの実績と信頼を、うずまきオサキという忍は木ノ葉の里で築き上げていた。
「では、中忍選抜試験の中止を――?」
別の上忍が伺うように告げた提案に対して、火影は首を振った。
「いや、試験は予定通り行う。我々が音と砂の計画に勘付いていない風を装いながらな」
「罠……ですか?」
「計画の内容は分からぬが、それを実行する者が判明したのはデカイ。闇雲に警戒し、身動きが取れなくなる状況を避けられたのだからの。警戒すべき相手を絞り、起こり得る事態に備える。大蛇丸も、その場には必ず現れるじゃろう」
「そこを一網打尽にするというわけですね」
「リスクが大きすぎるのでは?」
「しかし、試験を中止にしたところで問題の解決には――」
肯定的な意見と否定的な意見が半々に挙がる中、
「……これは機じゃ」
火影は厳かに告げた。
「今のままでは、音と砂の同盟に疑いを残すだけになる。試験を中止にし、事態を未然に防いだところで根本的な問題は消えん。ただ機会を失うだけで終わる。大蛇丸を含め、水面下に潜った敵の次の動きを再び掴めるとは限らんのじゃ」
火影の瞳には覚悟の色があった。
「この機に不明な事態を全て明らかにし、その上で終息させる。木ノ葉の戦力を総結集し、里の平穏を乱す敵を――そして大蛇丸を、討つ!」
◆
ナルトが自来也の元で修行を始めて、三週間後――。
オサキは病院を訪れていた。
ある人物の見舞いの為である。
オサキは目的の病室に着くと、ドアをノックした。
「失礼する」
「あ、はい。どうぞ……って、えええ!?」
入室したオサキを見て、ヒナタは驚きの声を上げた。
「ナ、ナ、ナルト君のお兄さん……!?」
「見舞いが遅れてすまない。容態が落ち着いてから、と思ってね」
狼狽するヒナタを尻目に、オサキは普段通りの淡々とした仕草で持参したお見舞いの品を置いた。
「あの……ど、どうして、私なんかのお見舞いに?」
ヒナタは純粋に疑問に思っていた。
憧れているナルトの兄として、当然オサキのことは知っており、顔を合わせたことも何度かある。
しかし、付き合いとしてはその程度だ。
悪い関係ではないと思うが、それ以前の問題として付き合いが浅すぎるのだ。
何故オサキがわざわざ自分の見舞いに来たのか、ヒナタには本気で分からないのだった。
「ヒナタ君はナルトと仲がいいようだからね」
「そ、そんな仲がいいだなんて……わ、私が勝手にナルト君のこと、憧れてるだけだから……」
「しかし、君の為にナルトは随分とやる気になっているようだ」
「試験の、ことですか?」
「そうだ。君の無念を晴らす為に、あの日向ネジに勝とうとしている。きっと君を憎からず思っているからだろう」
「ナ、ナルト君は優しいから……」
ヒナタは照れたようにオサキの視線を避けながら、それでも意を決して言葉を続けた。
「でも、それだけじゃないと思います」
オサキを見上げる。
「ナルト君は、自分の言葉を曲げない為に……自分の忍道を貫く為に、勝とうとしているんだと思います」
「……ヒナタ君、ナルトは勝てると思うか? いや、君は勝つと信じているか?」
「はい」
「何故、そう思う?」
「ナルト君は、強い人だから……」
「どうかな? あいつはよく失敗をする上に、強がりだ」
「し、知ってます……。でも、失敗をするからこそ、そこから立ち向かっていく強さがあって……そんな強さが本当の強さだと、私は思うから……」
「――」
「だから、私はナルト君はすごく強い人だと思います……誰にも負けないくらいに」
ヒナタの話し方は、オドオドとした拙いものだったが、そこに込められた信頼は何よりも固いものだった。
話し終えた後で、ハッと我に返る。
じっと自分を見下ろしたまま、何も言わずに聞き入るオサキのプレッシャーに圧され、ヒナタは顔を赤くして俯いた。
自分は、何を偉そうなことを言っているのだろう。
相手はナルトの実の兄なのだ。家族でもない自分が、知ったようなことを言ってどうする?
しかも、予選落ちした下忍風情が、里でも有名な上忍に対して、なんて偉そうに――。
ヒナタは赤かった顔を、青く変色させた。
「ご、ご、ごめんなさい……! わ、私、勝手なこと言って……!」
「いや――」
上から聞こえた穏やかな声に驚いて、ヒナタはもう一度オサキの顔を見上げた。
「ありがとう」
そこには、初めて見るオサキの笑顔があった。
「え……えと、どういたしまして?」
何故、礼を言われたのかは分からなかったが、ヒナタはとりあえずそう応えた。
「ナルトの将来も含めて、色々と悩むことがあってね」
「そ、そうですか。お仕事大変そうですもんね……」
「だが、君のおかげで迷いが晴れた。先程のは、その礼だ」
「そう……なんですか?」
「やはり、見舞いに来て正解だった。ヒナタ君、これからもナルトを宜しく頼む」
「え……えええっ!? そ、そ、それって、どういう意味で……!?」
「君になら、安心して任せられるということだ」
「い、いや、ですからそれはどういう意味でしょう!?」
混乱の極みにいるヒナタの肩を優しく叩くと、オサキは『ゆっくり体を休めてくれ』と言い残して、一方的に病室を出ていった。
取り残されたヒナタは、オサキの言葉の真意に悩んで、それから一時間ばかり悶々とし続けたのだった。
病院を後にしたオサキは、その足で火影の屋敷へと向かった。
本当は、ヒナタの見舞いの後にナルトの様子を見に行くべきか迷っていた。
しかし、今や迷いはない。
その必要がないと分かったからだ。
ナルトを信じ、己は己の成すべきことを成す――決意だけがあった。
◆
――ナルト。
俺は愚かな兄だったのかもしれない。
弟であるお前を、信じていなかったのかもしれない。
お前を傷つけるものから遠ざけようとしていた。
しかし、それが違うと分かった。
お前は傷ついても、立ち上がれるだけの強さを持っていた。
そんなお前を、支えてくれる人が大勢いた。
俺は自分が失敗する前に、それに気付くことが出来た。
ならば、俺がすべきことは要らぬ心配を重ねることじゃない。
ナルト、お前はお前の信じる道を突き進め。
きっと多くの人が、そんなお前の後についていくだろう。
俺にはない力だ。
お前だけが持つ不思議な力だ。
ナルト、お前は俺だけではなく多くの人にとっての光だ。
俺はお前の兄であることを誇りに思う。
ありがとう。
そして、安心しろ。
お前はこのまま中忍となり、上忍となり、いずれ火影となって、この里をより良い形に変えていくんだ。
俺は自分のやるべきことが分かった。
迷いはない。
清々しいほどに。
例え死んだとしても悔いはない。
――俺はこの命を懸けて、お前と木ノ葉の未来を守る。
・カットされた音と砂の密会シーン。
カブト「いやね……正確に言うと正体バレたんじゃなく、バラしたんですけどね。アレで木ノ葉がどの程度動いて来るのか試したくてね……」
オサキ(やはり、こちらの動きを見る為にわざと情報を掴ませたのか――)
試しているのを見抜かれた上で、情報も持っていかれました。
カブト「どの程度の奴が動き回っているのか、しっかりと確かめる必要はありますね」
バキ「ああ、そうだな」
カブト「……」
バキ「……」
オサキ(早くこのことを火影様に報告しよう)→飛雷針の術
カブト「とりあえず、今のところは大丈夫なようですね」
バキ「ああ、ネズミはまだいないらしい」
普通にバレずに逃げ切りました。