自分の事をNTRエロゲの竿役だと思っているおじさんVS幼少期から光源氏(動詞)されたが嫌いになるわけないシスター 作:心理的継続性を持つおじさん
「なっ…!」
絶句、それは言葉すら失った状態を指す。驚きや悲しみといった感情に支配され、何も言えなくなってしまった人のことだ。おじさんは絶句していた。なぜなら、自室の扉を開けた途端、みっちりと詰まった毛皮が目の前を占領していたからだ。真っ白でふわふわ、触ってみるとほのかに温かい。生き物……!
おじさんの自室は突如として謎の生き物に占領されてしまった。一日の終わり、寒々しい夜で今日を終えようとしたおじさんは突如としてホームレスを余儀なくされる事実に愕然とする。
嘘だろ……とポケットから零れるカイロが寂しくカランと音を立てた。この時代にもカイロはあるものの、石を温めてポケットの中に入れる所謂
おじさんは末端冷え性だ。末端冷え性にとって足先、指先の冷えはとてつもない苦痛に駆られる。おじさんが前世を思い出したあの時も、ちょうど末端冷え性により足先の感覚が待ち針よりも鋭く尖っていたことに起因するのだ。
おじさんは恐怖していた。もし、二度目の激痛が起きた時、自分はどうなってしまうのかと。おじさん…細かく言うと前世の精神体であるおじさんは足をぶつけたことによる走馬灯で目覚めた。激痛をどうにかしようと肉体がこれまでの経験を遡ったが、今世のおじさんにロクな記憶がなかったので仕方なく前世のおじさんが参照されたという事である。
もし、もしもだ。おじさんがまた足をぶつけた時、走馬灯が起きるかもしれない。そして、その走馬灯は前世のおじさんの知識までも遡って、ロクな知識がないと判断した場合に、前前世のおじさん……いやおじさんと決まったわけではないが、不確定かつおじさんの可能性とおじさんではない可能性を踏まえてシュレティンガーのおじさんとしよう……前前世のシュレティンガーおじさんを招聘する可能性がある。
おじさんの住んでいるところは貴族に相応しく客室というものがある。おじさんはそこにあるベットまで足をぶつけずに辿り着かないといけない。唐突に始まったスぺランカーに、おじさんはいよいよ自分自身の終わりを感じた。末端の感覚がなくなってきたのだ。触れているという感覚さえ覚束ない。
そもそも、目の前の生き物はなんなんだ。おじさんは慟哭しそうな気持ちを目の前の自室を占領する謎の生き物の壁にぶつけようとして……やめた。
生きている。どうしようもなく生きているのだ。前世の倫理観がおじさんに動物虐待の示唆を与えた。被害者はどう考えてもおじさんだというのに、おじさんは優しさを捨てきれなかった。
生き物なのだ。生きているのだ。おじさんは知らず知らず泣いていた。もう何の涙かさえわからなかった。ただ無性に泣きたかったのだ。部屋を占領している謎の生物がいなければ、今頃、ベッドでぬくぬくしているハズだったのに、寒々しい廊下に一人、ぽつんと立ち尽くしている。ただ、生き物特有の生暖かさだけがおじさんの心をえぐった。どうして生き物に手を上げようというのか。……そうだ、思い出した。この暖かさ、この優しい生き物の暖かさは……
「クロ……」
なぜ、今まで忘れていたのだ。おじさんは前世の穴あきだった記憶が唐突に復元された。懐かしい記憶、子供の頃飼っていた犬の名前で、真っ黒だからクロと名付けた。一緒に遊んで、一緒に寝て、おじさんがまだおじさん未成熟期の時に老衰で亡くなったのだ。わんわん泣いて、その失われていく身体の熱を必死でかき集めた記憶がある。
どうして忘れていたのか。人間は成長していくと昔の記憶が忘れていく。いや、正確には忘れているわけではない。ただ記憶の奥に便箋のようにまとめて引き出しの中にしまわれているだけなのだ。
人間、年を取ると昔のことをよく思い出すようになるのは、引き出しにしまいこんだ便箋の一つずつを開けているだけなのだ。自らの最後を悟ったとき、引っ越し作業で偶然取り出したアルバムをめくるように。この身体にさよならする前に、この身体で経験してきたアルバムの一つずつを捲って、読んでいく。
おじさんは古い古い記憶にむせび泣いた。目の前にいる生き物は全くクロでもなんでもなかったし、なんなら体色は白、純白とさえ言えた。先にも言ったように、人間は身体にお別れを言う前にアルバムを開く生き物だ。おじさんの末端冷え性は、人生を終わる手前のアルバム捲り作業を強要していた。それほど、本能が諦めきっていたのだ。
そんな扉一枚……いや生き物一枚を隔てておじさんの自室の中はにわかに騒がしくなっていた。
「ない!!!エロ本がないぞ!!!」
シスターだった。
「エロ本がッ!ないぞ!!!」
二度も言った。
シスターは今日一日、魔物達の手を借りておじさんの屋敷に侵入、自室内でひたすらに怠惰を極めていたのだ。夕方まで寝ていたから、夜だというのに目が冴えてしまって、いっちょおじさんの性癖を暴いてやろうという非道な行いをしていた。
扉の前に陣取っていたのは狼型の魔物だ。純白の毛皮と成人男性一人のパワーをものともしない体躯を誇る。遮音性も強く、今この瞬間、エロ本の存在を叫ぶシスターと、末端冷え性により、人生最後のアルバム捲りを強要されているおじさんの慟哭をシャットアウトしていた。
シスターは未だ見つからないエロ本にいら立っている。
「なんでないんだ……!私似のエロ本だろうと高をくくってたのに…!」
シスターは不安だった。おじさんが自分を好きなことは疑っていない。しかし、もし、もしもだ。もしも、おじさんの部屋の中でシスターとは違う女のエロ本が見つかったならば……そう考えると夜も眠れない。昼寝たからだろという異論は受け付けなかった。
漁っていた。もし、おじさんが来た時のためにと足止めを命令していた狼型は我関せずだし、もうすぐおじさんが来てもおかしくない。それなのに、目的のブツは見つからない……焦りだけがシスターを襲っていた。
一方そのころ……
「どうしてわ、私の人生はこうなのだろう……」
膝をつき、項垂れる様は人生に絶望してこれから自死しようという姿にしか見えなかった。寒さはおじさんの頬を撫で、優しい眠りへいざなっていく。それは死のいざないであり、言い換えると天使の御誘いだ。前世、有名な犬と飼い主の男の子が天使達によって天に召されるように。
しかし、神はおじさんを見捨てなかった。暗がりの中、一つの灯がこちらに揺らめきながら近づいてくる。
「何を……何?」
使用人だった。心の底からの疑問が口を突いて出たのだろうその声に、おじさんは酷く安堵し、上擦る声で伝えた。凡そ貴族らしくない声色だが、人間追いつめられると誰でもこうなるのだ。
「きゃ、きゃく、客室に……案内、あんないしてくれないか………」
自室を指さすおじさん。使用人は指された先の生き物の壁を見て、あぁと納得した。よくあるのだ。魔物達は基本無害な生物だが、だからといって損がないというわけではない。平然と部屋の中に入ってくることもあるし、たまに人にじゃれつくこともある。ただ、それ以上の事はしてこないから、人間達もだんだん慣れてきて順応しているというだけなのだ。大方、魔物が寝る(フリ)場所を間違えて家主を追い出してしまったのだろう。
そう結論付けた使用人は静かに案内を始めた。おじさんの痴態は今に始まったことじゃないし、今までよりはマシだ。前のおじさんはそれはそれはロクでもなかったので、今の状態の方が使用人的には好感度が高い。人を物のように扱われるより、ちゃんと人として扱ってくれるからだ。この世界では人権意識も発展途上なので、使用人は道具として扱われる。その様に文句を言いたくなる時もあるが、身分がそれを邪魔していた。だが、今のおじさんはどこか自分達の目線に立ってくれるから、仕えがいがあるというもの。
だからこそ、泣きそうになりながら頼ってくる姿を見てもそこまで幻滅しなかった。前世を思い出す前に下げに下げた株はこれ以上下がらなかったともいう。底をついた信用はこうも言い換える事が出来る。これからは上がるしかないのだ。
おじさんが色々なものをかなぐり捨てて、使用人に助けを求めたそのころ……
「ない!!おじさんのエロ本!」
ついには魔法でベッドをひっくり返して迄探し始めたこのエロガキを一体どうしてくれようか……。部屋の隅から隅まで探してないのだから、おじさんの部屋にはエロ本はなかったということになる。だが、ここまで来てシスターは引けなかった。人間は結構そういうところがあるのだ。元には戻れないところまで行くと、たとえ損だとわかっているはずなのにお金をつぎ込んだりする。そう、ちょうどこの前シスターが大敗した競馬と同じだ。シスターは生粋の負け気質だったから、ここまでしたなら何かを得られないと損という気持ちに陥っている。
……そして
「そうだ…!なければ作ればいい!モデルは私が居る。私をモデルに描いてしまえば……」
のちに、呪いの本と呼ばれ、読んだ人間は非業の死を遂げると噂される奇書はかくもこうした経緯で生まれたのだ……。