自分の事をNTRエロゲの竿役だと思っているおじさんVS幼少期から光源氏(動詞)されたが嫌いになるわけないシスター 作:心理的継続性を持つおじさん
シスターのダメさ加減筆乗りすぎちゃってね……。今回はほどほどに抑えつつ、ラブコメします。つまり、野菜口論……後半戦です。
戦いは後半戦へ突入した。
ゴングの音を切り裂いたのは驚くべきことにおじさんであった。おじさんの先制攻撃、中年男性が抱える健康診断の黄色信号と日々対峙していたおじさんは健康という面ではこの場に居る誰よりも詳しかった。何もしなくてもオールグリーンだった若い頃から、何をしても基準値を下回らなくなった恐怖がおじさんを強くする。
「シスターメレア、野菜は食べるべきだ。それはなぜだかわかるか?」
「……不健康になるから?」
「あぁ、確かにそうだ。だがもっと細かいところを話そう」
おじさんはボルシチから玉ねぎを取り出した。スプーンに掬われ、少し冷めた玉ねぎをパクつく。うん、今日も美味しい。おじさんは料理人の知られざる苦労を知っている。栄養面と美味しさの両方を追求するのはひどく難しいからだ。下手をすれば、生野菜をそのまま齧ることになる。
「玉ねぎは血をサラサラにする効能があるという。もちろん、たったこれだけで水のようになるわけではないが……日々の積み重ねだ」
「……それが?」
疑問を呈する聖女、だがそれは周りとて一緒だ。おじさんの知識はこの時代のはるか先、下地として人体の構造を知っておくことを要求するものだ。だからこそわかりやすくかみ砕いて説明する。
「逆にこうとも言い換える事ができる。玉ねぎを食べなさ過ぎると血がドロドロになる。もちろん極端に言えばのことだがね」
血がドロドロになるということは血液の流れが遅くなり、最悪動脈硬化……血が固まって詰りになるということだ。おじさんはそれによってどのような症状が表れるかを話題に出した。
「血液がドロドロになると色々な症状が出る。血の流れが遅いから、本来身体に巡るはずの血が遅れて行き届かなくなるということでもある。頭が重い、目眩や目の疲れ、肩こり、手足のしびれ、朝起きるのがより辛い……といったものだ」
観客の下女達(一部の下女は自らの肩や目に手を当て)が一斉にハッとした。心当たりがある……!最近のシスターはベッドから出ることもままならない。よく『疲れた〜』や『怠い〜』と言っていた。これを下女達はいつもの奴だと流していた。いつものニートだ。だが、そうではないとしたら……?
ここでシスターの反論、続けさせるわけにはいかない。内心、本当はそうかもしれない……という孤独な焦燥感に駆られていたから、言葉はシスターの信じたいものになっていた。
「そ、それが正しいという証拠がない!第一、聖母院や救護院の者でもない限り、素人の診断は信用できるものじゃないはずだ!」
確かにそうである。下女ジャッジは上げかけた旗をすんでの所で下げた。素人の言葉とお医者様の言葉、どちらが信用に値するかなんて誰にでもわかる事。だが、それすらもおじさんは織り込み済みだった。次弾、狙いすました弾丸はシスターの急所を見事撃ち抜いた。短く吐き出された息が銃口の煙をかき消すように言葉を打ち出す。
「では聖母院や救護院にて検査してもらおう。それで病気じゃないかどうかは分かるはずだ。それに、健康だとしたらそれは願ってもないこと……下女ジャッジ、容赦なく叩き起こせるのではないかね?」
これは……!
「一本!プレイス様に一本です!三本先取、二本目となります!」
見事、下女ジャッジの私情をガッチリ掴んだおじさんの一本である。この論争試合において下女ジャッジにルールを大きく欠くような不公平さはない。だが、だがしかし……!下女ジャッジとて一人の人間であり、ふとした瞬間に心が揺らぐこともあろう。スポーツの審判が真に私情を挟まずゲームを進められたならば、この世に名プレイは生まれていない。スポーツはある種、ドラマを見る為でもある。それはドラマの為には小さい穴は見逃すということだ。人は劇的なシーンを望む。それを作り出せるのはほかならぬ審判だけだから、審判は監督としての性質を持つようになる。今この瞬間、下女ジャッジの意向を掴めたおじさんの勝利なのだ。
ぬかった…!シスターは歯を食いしばるしかない。健康ではないなら野菜を食べさせられ、あまつさえ嫌いな注射をされるかもしれない。しかし、健康だった場合シスターの朝のごろ寝タイムは灰燼と化すだろう。逃げ場のない二者択一……二つに一つだ。どちらも手放すには惜しいから何もいう事が出来ない。
ここでシスターは巻き返しのため苦しい意見をぶつけた。論点ずらしと二枚目のイエローカードを出されるかもしれない。しかし、手負いの獣が一番危ないというように、追い詰められたシスターは時に思わぬ牙を剥く。
「だが…だが、それはおじさんや下女にも責任があるのでは……?」
シスターお得意の責任転嫁だ!だがこの一撃は思わぬ糸口になる……!
「ぐっ…」
そう、シスターを育ててきたのは他ならぬおじさんで、下女達にバトンタッチした今でも世話は続いている。おじさんの責任と言われれば反論の余地はない。何故なら、おじさんが甘やかさなければよかった話だからだ。そして、それは下女達も例外ではない。
下女達は聖女のお世話をするのが仕事だ。聖女がその職務に忠実でいられるように補助する仕事と言い換えても良い。だが、今の聖女はどうだ?自業自得と言えばそうだが、重い責任を負いたくない下女達が積極的に矯正しなかったのにも責任の一端はあるのではないか?目の前のニート聖女を見て、自らの職務を全うしたと本当に言えるのか?
言うなれば不発弾を盥回しにしていたのだ。誰も責任を負いたくないから、次から次へと人に回される。やるべきことは不発弾が爆発するのかの確認と、その処理ではないのか?そう問われれば、盥回しをしてきた誰もが口を開けない。開く資格を持たない。それは純然たる正論だからだ。
不発弾自らが、不発弾の責任を言及する様は正しく偉業だろう。この世界に自己言及のパラドックスが生まれた瞬間と言っても良い。お前が言うのかという言葉さえ飲み込むしかない。それを言ってしまえば強烈なカウンターが返ってくる。鏡が必要か?……と。
下女ジャッジすらジャッジを拒否するジョーカーを出したシスターは長い沈黙の末、絞り出すように言った。
「あの、……はい。たべる、から」
自己言及のパラドックスさんは自らの非を認めた。何度も言うようであるが、野菜は食べた方がいいのだ。シスターが食べてさえすれば、おじさんや下女達は自らの人生を振り返り、本当にこれでよかったのかと?疑義を唱えるような事は起こらなかったと言えよう。過去、踏みしめてきた
「たべ、たべる。たべるからっ……食べるからっ、それ、そ、やめて」
だが大人達は聞く耳を持たない。いや持てない。濁流の如く溢れ出した過去の記憶を前に必死に耐えているのだ。人、それを唐突に思い出した黒歴史と言うかもしれないし、過去は消えないとも言えるだろう。
後には戻れない、進み続けるしかない。大人が口々にそう言うのは止まってしまえばもう進めないからだ。足を止めてしまった時、次に一歩を動かすだけの勇気や気力が果たして今の自分にあるのだろうか?誰もそれに応えてくれないから、終わりのないランニングマシーンを歩き続けるしかない。進んでも進んでも、前に進んだ気はしないし、なんなら過去と同じようなことをしている気がする。正しくランニングマシーンだ。
一周、二周と繰り返すたびに、見覚えのある足跡が見えてくる。それは自分のものではなかったかと気づいてしまうと心が挫けてしまうから、必死に先人の足跡だと嘯くしかない。
シスターはテーブルを回り、おじさんの背中にそっと抱き着いた。慰めてくれるかもしれないという一抹の希望があったからだ。だが慰めてほしいのはおじさんの方で、ただ背中越しに感じる湿り気を帯びた暖かさが心のよりどころだった。涙でびちょびちょの背中が記憶を掘り起こす。疲れて歩けないと泣いていたシスターをおんぶしていた記憶だ。泣き疲れて眠っていたあの子がこんなにも大きくなってしまった。
そっと、背中越しに頭を抱いた。優しく頭を撫でつけ、大丈夫と言うように優しく頬を撫でる。おじさんは言った。
「こういう、こういう大人にならないようにも、野菜は、食べなさい」
迫真の教えだった。だが、おじさんの心の奥底から吐き出された本心は確かにシスターさんに届いたのだ。
「たべ、食べる。食べるから……」
涙声でまるで子供のようだった。いや、実際シスターはまだ子供なのだ。本来、原作に則るならば、ちょうどシスターがおじさんの女性としての好意を理解し始めるころ、おじさんが我慢できずに襲い掛かり、未遂に終わるという事件が起きる。その時、親として稼いでいた好感度がすべて嫌悪感に反転するハズなのだ。だが、そういったことはおじさんが前世を思い出したことでなくなった。つまり、稼ぎ続けた好感度は今もそのままで、それは親として接することをやめられないということでもある。一人の男性としてみるよりも、やっぱり親という気持ちが強いから、まだまだ甘えた盛りのシスターはおじさんと離される現状を非常に嫌厭していた。知らずのうちに大人にカテゴライズされた怒りもあるかもしれない。大人になったという自覚すらないまま、大人になってしまった。そんな不安を抱えてすぐに、親と引き離されて不満に思わない子供は居ないだろう。
確かにシスターはあんまり良い子とは言えない。だが、子供が我儘を言うのはそれだけの理由があることを忘れてはいけない。長男が我儘を言うのをお兄ちゃんなんだから我慢しなさいと叱るのは酷く可哀そうなことだ。今まで可愛がられてきたのが、急に弟妹へその愛情が向かってしまったとして、それを一片も恨まないと言える子供が居るだろうか?それで世の長男、長女がお兄ちゃんらしく、お姉ちゃんらしくなるのは弟妹が出来たからではない。親と言う生き物に一つの諦めを抱えたからだ。前のように可愛がられることもなく、我儘を言っても聞き入れてもらえないから、子供に取れる行動は一つ……諦めるしかない。
だから、忘れてはいけないのだ。その我儘が最後の我儘かもしれないということを。良い子になるという諦めを抱える前の子供が最後に伸ばした手かもしれないということを。
子供のまま大人になってしまったシスターがそれでもと伸ばした手をしっかりと握りしめながら、おじさんは時間を恨んだ。
子供が現実を見ざるを得ないその時間の流れをなんといえばいいのだろう。その速さに悲しめばいいのか、成長の速さに喜べばいいのか。だがきっと、こういう時にこの言葉がぴったりだと思った。誰しもが平等に、無慈悲に流れていく時間に対して、前世の記憶からこの言葉を贈ろうと思ったのだ。
「
魔物達がはらはらと白い何かを降らす。それは雪のようで雪ではないナニカだった。手のひらに零れ落ちたものが ふっ と消えていく。魔物達は夢を見るために努力を惜しまないから、夢を再現するために演出家にならざるを得なかった。部屋の寒さだけが、人の温かさをより濃く、色濃く残すようだった。季節は初春、春の暖かさは未だ眠っている。
全然、レ・ミゼラブル見ながら書いてたらこうなりました。みんなも名作映画、見よう(すぐ影響されるマン)
追記(2026/02/07)
ちょっとおやすみしますん。伸び悩んでるのもあるけどちょーっと来週までハードになる故に……