自分の事をNTRエロゲの竿役だと思っているおじさんVS幼少期から光源氏(動詞)されたが嫌いになるわけないシスター 作:心理的継続性を持つおじさん
神からの救いの手は思いのほか乱雑だった。
「あぁぁあぁぁああぁぁあぁあぁあぁぁぁぁぁああぁああああ!!!!!」
断末魔の叫びと呼ばれる声がある。
人が死の間際に発する苦しみの声だ。末魔を断つから断末魔であり、人体に存在するとされる急所で絶たれると死ぬから断末魔なのだ。断末魔単体で扱うと、ただ人体の急所を断たれて苦しみのた打ち回って死んだだけになるので叫びを付け足す必要がある。
上記のように人の死ぬ間際で発せられる声だが、最近では死なないまでも悲劇的な事や死ぬ直前までいった人が挙げる叫び声も断末魔の叫び声と形容されることがある。それは誤用ではあるのだが、言語は時代の変遷とともに移り変わるものだ。やや定義を広くする必要もあろう。
聖女は断末魔の叫びをあげた。それは聖女にとって慨嘆の絶叫だったが、周囲の者にとっては福音だった。
ようやく面倒くさい公演を無事に終わらせる事が出来てルンルンで帰宅してきたところだった。愛想よく笑って、手を振って、パンダさんの役目を全うしたシスターさんはもう頭をヨシヨシされることでしか満足できない身体になってしまった。駄々をこねる気マンマンなのだ。そんな甘えが一瞬にして吹き飛ばされた。
迫真の絶叫、声帯を一から十まで使い尽くした抑揚のある絶叫は多分に現状への悲観と怒りが込められていた。目の前のことに対する悲しみと怒りである。
知らない女がおじさんにべったりと張りついている。さながら粘着質なテープのようにべっとりとだ。引き剥がすには並大抵の苦労では済まないだろう。実際にはもうどうにもならなくなって引っ付いてるに過ぎないのだが、それが幸か不幸か功を奏した。生憎、粘着が強いテープはドライヤーか何かで温めることで剥がす事が出来るのだがこの世界にはまだドライヤーが存在しない。そもそも人間が持ちうる粘着質にドライヤーが効くのかさえわからなかった。
しかし、無理に引き剥がせば跡が残るようにおじさんに被害が出るだろう。それがたとえ自暴自棄になってヤケになった行動だとしてもだ。聖女さんはテープ跡が残ると無性にイラつくタイプだったため、綺麗に引き剥がそうと必死にテープの端を爪で引っ掻くしかない。おじさんの気持ちが考慮されていないという指摘はシスターさんには届いていない。誰が段ボールに気遣う人が居るというのか。いや、段ボールではないのだが……大事なのは綺麗に剝がせるかどうかであり、貼られている物についてはそれほど頓着していないのかもしれない。
兎角、聖女さんは自らの所有物に勝手にクッソ粘着質の強いシールを貼りつけて所有物だと宣う幼児にキレる幼児のようにその幼い暴力性を発揮した。シスターさんは確かに大人になったが、恋愛に関しては幼児以下と言えるだろう。未だ、親愛と恋愛と執着がごっちゃになっており、なまじ区別する必要性もなかったからそのまま奇怪なオブジェとして形成されている。
柏手を打つ。何度でもいうがシスターさんは魔法を扱う事が出来る。魔法とは魔物達が夢を見る為のものであり、いずれ終わりがあるものと認識されている。夢をずっと見続ければそれは夢ではなくなり、新たな現実となる。夢には終わりがなくてはならない。
覚醒の名を冠する権能は、その場にいる者を正気に戻す力がある。副次効果としてあらゆる病や怪我を治すという効果もあるがそれはあくまでおまけであり、その本質は夢から覚めることだ。
この瞬間、キーウィとおじさんの素晴らしい舌戦が白熱し、互いに引けなくなってしまった故に最悪の末路を辿ろうとしていたのをギリギリ、奈落へと着地する一歩手前でマットを差し出されるようカバーされた。
「私のから離れろ血吸い狂いッ!神命に背いて生き永らえる背教者めッ!」
帝国のお偉いさんに対してドエライヘイトスピーチだが、事実キーウィ……キーウィターティス・マルクス・ルキウス・マメルクスは、シスターさん達の住む国においてはそれなりに教えに背いていた。まず、人間として生まれ、人間として生き、人間として寿命を終えることを神の与えた命として神命と言う。そして、そこから反れるような行いは背教者として扱われる。もちろん、この数世紀にも渡って歴史の要所要所に顔を出す御仁は端的に言えばストライクゾーンど真ん中のスリーアウトチェンジだった。
宗教というのはとても面倒くさく、必要な時が多いから不用意に取り除く事も出来ない厄介な代物だ。何故死ななければならないのかという問いに対して『神が命じたから』とするのはとても簡単に説得力が生まれてしまう。何故善く生きなければいけないのかという問いに対しても『神がそうしなさいと命じ、そうしなければ天罰が下る』と言ってしまえば非常に
ようは宗教とは独り勝ちを許さないシステムなのだ。誰かが突出することを許さず、隣人を愛するように幸せを分かち合う。平等というシステムのアーキタイプが宗教であり、多くの人がそれに従うから強制力と納得が生まれる。
だが、キーウィのように例外が生まれてしまうとどうだ?誰だって永く生きたいし、死ぬのは怖い。それを避けられる方法があるとするなら?もしその方法が実際に成功してしまったら?夢物語ではないとするなら?
神の教えというものを捨て去る事など容易だろう。
そう、キーウィというこのエグ目のジロニストは宗教にとって非常に迷惑なのだ。存在していること自体が不利益そのものと言っても良い。なにせ、キーウィが存在している事が神が居ない事の証明にもなってしまう。不満を持つ者は言うだろう。
『なぜ、あの背教者は教えに背いているのに天罰を食らっていないのか』と……。
ちなみにだがキーウィには天罰と呼ばれるものはもう与えられている。そう、不死という罰だ。だが、それは人から見れば恩寵とも見えるもので神というシステムに疑いを持つ理由にもなっている。前話で述べたように不死には不死でしか理解できない苦しさがあり、それははたから見れば自慢なのだ。どれだけ自分は辛いかをアピールしたところで不幸自慢どころか、幸せ自慢だ。殺す理由にすらなる。殺されていい理由だ。何なら人魚の肉のように解体して寿司にするかもしれない。いや、馬刺しかもしれない。食べたら不老不死になれるかもしれないからだ。何の調理法にせよ、生で食べた方がより効く可能性もある。健康にいい成分というのは大抵火に弱いからだ。不死成分は火に弱いかもしれない。
だが、今はそんなことどうだっていい。シスターは諸々の戒律をぶん投げた。
大事なのはこの怨敵(今決まった)を討滅する理由があるということだ。今この瞬間、大義名分という言葉ほど好きな言葉はないとまで言わしめるシスターさんは地面を思いっきり踏みつけた。
唐突だが、夢現と呼ばれる状態がある。夢と現実の境界が曖昧でぼんやりとしている状態だ。それは言い換えると夢と現実の狭間に居るという事でもある。また、夢の中と自覚してしまえば凡そありとあらゆる事が出来てしまうことを明晰夢と言い、これらが重なり合うと、シスターさんは夢のルールを現実に持ち出す事が出来る。本来夢は覚めるもの……持続力に欠け消えてしまうものだが、夢か現実か定まっていないから、ある程度の制約を対価に夢を現実に定着する事が出来る。数少ない夢を現実にする方法の一つだ。
シスターさんの足が早送りになった。地団太は次第に高速になり、そして複数の残像さえ見える。だが、不思議なのはその残像さえも実体を持っているようだった。複数のシスターさんが同座標に重なり合っていて、不規則にかつ連続的に足で踏みつけている。夢から過程を省略し結果だけを持ち出しているのだ。残像はあくまで夢の中の出来事に過ぎず、砕け散る床だけが現実に持ち出されている。
砕けた瓦礫片が宙を舞う。それに対してシスターさんは脇が締まったジャブを繰り出した。その拳もまた幾重にも重なり合っており、それぞれが当たり判定をもっているようだった。砕かれた瓦礫群が一息で拳を打ち込まれる。
「シィ───ッ!!」
短く噛みしめた空気を吐き出したシスターさんが、鋭くストレートを打ち放った。人体を木っ端微塵に出来るほどの威力が瓦礫群を細かな石弾群へと姿を変える。
渾身のストレートと共に撃ちだされたショットガン小瓦礫弾は正確にキーウィを打ち据えようとする。凡そ聖女が繰り出していい技ではないが、聖女さんは武闘派なのだ。火や水を固めて撃ちだすよりも、鋭く尖らせた岩で相手の後頭部を殴った方が早いと思う人種であり、それは人類の理だった。遥か昔、この世界でも人間が覇権を握るようになったのは投石という武器が存在したからで、ましてや人間を殺すために態々火を付ける必要もない。石を投げれば殺せるならそっちの方が早いに決まっている。お猿さんが投げてきた石は遍くすべての生き物を一つ下の位に引きずり落した。
人類の礎を発展させ、遂には未来の武器であるショットガンと同様の道に辿り着いたシスターさんは自らの力を過信していなかった。本能が告げていたのだ。この程度で終わる相手ではないと。
事実、キーウィは生き残っていた。まるで守るように右手をおじさんの前に掲げている。そこにはいつの間にか存在していたマントがあった。瓦礫弾はそのマントを打ち据えているが大した痛手になっていない。たった一枚の布切れに阻まれた事実が信じられなかったが、そんなことが出来るから不死身なのだろうと結論付けた。
さっきの攻撃、おじさん諸共の攻撃に見えるがシスターさんがそんなことをするわけがない。シスターさんは魔法を持っており、飛んでいくがれきが対象に危害を加えるか否かはシスターさんが決めることだ。反発係数をいじっておじさんから跳弾してみぞおちに打ち込む挙動さえできるだろう。
次弾、シスターさんは手を振り上げた。周囲のテーブルの時間が巻き戻っていく。まるで自分が元々は木であったことを思い出したように時間をさかのぼるテーブルたちはその場で青々と生命を茂らせた。シスターさんが一本を片手で掴む。木の棒を引っこ抜くように樹木を引き抜いたシスターさんはその樹木を振り回し、突撃した。
それは吸血鬼に対する最終奥義:丸太だった。
そもそもキーウィは吸血鬼ではないのだが、誰だって樹木で摺り潰されたら死ぬ。いや、キーウィは死なないかもしれないがおじさんは死んでしまう。シスターさんの自動選択機能を知らないキーウィはおじさんの安全を優先した。
キーウィがマントを広げ、おじさんを包み隠すとそのまま自身さえも隠し、そのままマントに絡まるように収縮する。大体カービィのメタ〇イトがマントで移動する姿を思い浮かべてほしい。それである。
「あー!あー…あー!あー!あーー!!!」
「君が聖女か。随分と暴力的だね。おっと、危ない。だが残念なことに彼は私のものだよ」
「いやキーウィ殿のものでもないのだが」
「私の!もの!!」
「シスターメレアのものでもないのだが…」
天井に逆さまで現れたキーウィwithおじさんにシスターはさらに発狂する。おじさんが自らの所有権は自分にあると主張するもその主張はそのまま退けられた。悲しいかな、この場におけるパワーバランスはシスターさんとキーウィに傾いているから、発言権もそのままそちらに重きが置かれるということになる。弱者が声高に救済を訴えても聞き入れてもらえるわけではない。弱者救済は本来、強者が声高に主張することでようやく話の舞台に立つ事が出来る。
「そんな執着する理由ある!?どうせ会おうと思えば会えるクセに!」
「その言葉そっくりそのままお返しするよ。だがそうだな……しいて言うならだが」
キーウィは思案する。ここで事を荒立ててしまえば帝国と聖国の関係は致命的なものになるだろう。だが、それももう致命的な事になっているから特に問題ないだろうと結論付けた。面倒くささが勝っただけとも言える。朝、起き上がる事すら億劫になるほど歳を食った人間だから吸血鬼等と噂されるのだ。起きる時間が一周半して午後になるくらいだから『執政官殿は太陽の光に弱く、当たると体が灰になってしまうから決まって日が翳り始める頃に起きる』とか言われるのだ。怠惰を極めると吸血鬼扱いされる。それはもう当たり前のことだった。
だがただで引き下がるわけにはいかなかった。火は水か、より強い火でしか消す事が出来ないように、9割致命傷となったこの事件を15割致命傷(またの名をオーバーキルと言う)にしなければ事は済まないだろう。今まで生きてきた人生全てを無為にすることと同じだ。
ラーメンの為に捨てた人生に何の価値があるのかと聞かれるとぐうの音も出ないほどだが、しかし、永く生きるということは多く決断するということだ。後悔する決断、喜ぶ決断、どうなるかわからない決断、様々な決断を重ねてきたキーウィにとって引けない決断というものが存在し、それが今だということが確信をもっていう事が出来たから、一瞬踏み込んだブレーキから足を離してアクセルをベタ踏みした。もう後戻りできないから家丸々一つ燃やす火を街一つ燃やし尽くすほどの大火にしてしまえという投げ槍ムーヴが決まったのだ。
「彼を主食にしたい」
「ぶっ殺すッ!」
性的発言と勘違いしたシスターさんは夢の世界からシスターさんを召喚した。もちろん、主食というのは物理的かつ食欲的な意味合いであり決して性的なものではないことを此処に記しておく。
「アストロォォォ!!!』
現実のシスターさんと夢のシスターさんが片手を重ね合わせ叫んだ。
夢現状態における奥の手……シスターさんという魔法を行使するうえでの基準点を二つにすることで交差集合を作り出す。現実の法則と夢の法則が交わり、共通した部分だけをもって新たな集合として取り出すのだ。つまり、現実でも夢でもない異界の法則を引っ張り出すという奥の手中の奥の手である。現実と夢の境目がないからこそできる芸当であり、シスターさんに途轍もない負荷が掛かるものだがそんなこと言ってられないほど状況は逼迫している。おじさんが食われるのだ。性的に(違う)
軽率に宇宙外の法則を持ち出したシスターさんは渾身の破壊呪文を唱えた。収斂進化という言葉があるように、人間というのは同じ歴史を辿る生き物である。即ちこの時の破壊呪文はこうだった。
「バ〇ス!!!』
バル〇だった。