自分の事をNTRエロゲの竿役だと思っているおじさんVS幼少期から光源氏(動詞)されたが嫌いになるわけないシスター 作:心理的継続性を持つおじさん
「野菜は人が食べるものではない」
始まったぞ……
お付の下女は静かに覚悟した。聖女はやんごとなき御方で、しかも甘やかされて育ったからか好き嫌いの激しいところがある。それは週に1回行うことになっているおじさんとの食事会でも同じであった。いや、寧ろ今日は早いかもしれない。育ての親だからか……ゴングはとっくに鳴っていたのだ。
今宵の食事は玉ねぎとお肉がゴロゴロと入ったボルシチのようなものだ。北方より伝来し、元はビーツを使うのだがトマトをベースに作られている。ほのかな酸味と野菜、肉の旨味が美味しく寒さに耐えるにはうってつけだ。季節は初春、春の入り始めだからかまだ暖かさは冬ごもりしているらしい。寒さは今日がピークになりそうだった。
ずあっ、とボルシチを押しのけたシスターに、対面に居たおじさんは静かに言った。
「食べなさい。た、食べないと大きくなれないよ」
「これ以上大きくなるつもりはない」
強情だ……、下女はややおじさんが劣勢であることを悟る。何故なら、シスターはもう十二分に成長しきっていて、これ以上大きくなると本当にパンダさんになりそうだからだ。腐ってもパンダさんは熊であり、大きくなって野生に目覚めでもされたらたまったものではない。冬眠なんてされようものならお手上げだからだ。熊をどうにかする手段を下女は持ち合わせていない。
それに……、おじさんの言い分は些か弱い。もう成人した相手に対して大きくなれないというのは当たり前だ。大体の人は成人時点で成長が終わっている。
下女ジャッジはシスターに有効打の旗をあげた。試合開始から1分も経たず有効打を受けたおじさんは次弾を装填する。
「良いかい?食事は生産者である農家の方々や猟師の支えあってのものだ。それを残すのは教条に反しているとはいえないかい?」
「くっ……」
おぉ…、感嘆した下女ジャッジはおじさんに旗をあげた。さすがだ……急に人格者になったので乗っ取られたのでは?と噂されるおじさんはそのマトモっぷりを遺憾無く発揮した。下女は知らずに息を呑む。この試合、荒れるぞ……!魔物達も光学迷彩にて固唾を飲んで見守っている。魔物達は特段何もしなくても生きていけるからガヤとして召集されることが多いのだ。
試合に戻ろう……有効打だ。言われてみると確かにそうである。聖女は一応その宗教の象徴的存在で、そんな人が教条を守らないというのは風評に響くだろう。
「し、食材は神の恵みだから神に愛された私が神の恵みをどう扱おうがい、良い…か………わ…」
シスターも言ってて敗北を悟ったのだろう。追撃を紡ごうとして失敗した。それがまかり通るなら『神の恵みを聖女たる貴女が粗末にしていいのか?』という反撃がくる。おじさんに口を開かせるのはマズイ……!
「それな」そ、そもそも食材は神の恵みかもしれないが、売った人達は生活のために売ったはず…!人の欲が混じったこれは神の恵みではなく取引の末の商品だ!…なら、買う側……作った者の勝手でしょ!?神の恵みをどーするかは料理人の領分で私達にはないはず!それに食べる権利はあくまで私達だ!食べる権利を料理人が持つなら、料理人は汚泥を提供して食わせてもいいことになる!!」
これは……!
両者ジャッジを見る。意見の差し込みはグレー行為だ。しかし、言い分としては評価の余地がある。農家や猟師が私達に神の恵みを届けるために育てたり狩猟したのかと言われればそうではないだろう。生活していくために売買している『商品』という言い分は納得出来る。商品をどう扱うかは買う側次第で、今回でいえば、料理人が購入したものを調理して提供した。提供した時点で料理人の仕事は終わりだと言われるとそうである。味の評価をするのは食べる側であり、料理人の仕事ではない。食べる権利はあくまで提供される側にあるというのはもっともな言い分だった。
「……イエローカード。しかし、有効打二つとみなす、1本」
悩んだ下女ジャッジはシスターにイエローカードを出しながら旗をあげた。悔しそうな顔をするおじさんとは対照的にシスターは勝ち誇った。……1本先取されたおじさんは厳しい状況にある。しかし、まだ1本とも言える。試合はまだ始まったばかりだ……。
続くシスターの攻撃、勢いは止まらない。さすがは聖女様だ。シスターに生まれていなかったら稀代の詐欺師になるだろうと下女達に謳われた才覚は遺憾無く発揮される。
「それにだ!先の話に戻るが……私は野菜を食べなくてもここまで綺麗に育ったぞ」
おぉ……!絶大な自信をもって繰り出されたガバガバの論、しかし、絶世の美女に育ちつつあるシスターが言うのであれば大きな説得力を持つ。落ち着きや経験さえ揃えば世界の美女達をなぎ倒せるだろうと言われた容姿は伊達ではない。
もし、シスターさんが現代に居たならばダイエットサプリでも売っていたであろうその物言い。爆売れ間違いなしだろう。詐欺を現実だと錯覚させてしまう程の美貌は世の女性に安心感を与える。痩せる薬があると美女が言っていたら誰でも信じるし、美女が肉を食っていたら安心するからだ。この人が食べているなら自分も食べていいだろうという一定の説得力を与えてしまう。
だが、それはおじさんに思わぬ切り口を与えた……!すかさずおじさんが話の終わりに結び付く。
「シスターメレア、貴女を育てたのは私だ。そして、私は君に幾度となく野菜を食わせてきた。今のように言葉ではなく物理的にだ。その私が言うぞ。君は野菜を食べていた……!だから今の君が居るのでは?」
魔物達が感心の声を上げた。審判である下女ジャッジの沙汰を待つ。いや、待たなくても結果はわかるだろう。素人でもわかる見事な返しだ。
「一本!プレイス様に一本!」
綺麗に決まったカウンター。さすが育ての親といったところか。過去、シスターはおじさんに食事を頼っていた時期がある。まだ自炊が出来なかった時だ。その時、いやだいやだと言っても食わせたあの所業をシスターは忘れていた。いやな記憶は封印するに限るから、自炊するようになってから野菜をあまり食べなくなったこともあって忘れていたのが理由だ。
互いに一本、拮抗している。ここでシスター、意外な手に出た。
「タ、タイム!」
言い訳のプロは勝負の流れを敏感に感じ取る。今この瞬間、流れはおじさんの方へ変わった。この流れを少しでも乱したかったから苦肉の策でタイムを取る。
下女ジャッジ、了承。タイムとなった。おじさんは近づいてくる
「厳しいな……」
「最初の有効打でやられましたね……。アレは悪手でした」
「申し訳ない……親心が勝ってしまってね。まだ小さい子供のように見えてしまう」
「後半戦、気を引き締めていきましょう」
凡そ、下女と貴族のやり取りではないがおじさんと下女達は最早戦友だ。長年、シスターの好き嫌いに立ち向かってきたおじさんと、最近になってシスターのとんでもない偏食癖に気づいた下女達の距離は急速に接近した。なんなら、平然とキッチンで何をどうすれば食べてくれるか作戦会議することもある。それがシスターは気にくわない。なぜお前がおじさんの隣にいるのだと思って余計に当たるから、おじさんと下女の仲は縮んでいく。お前が原因だというのに。
だが安心して欲しい。NTRはないことをここに記しておく。下女とおじさんの関係は前世で言う処の優しすぎるきらいがある中年上司と有能な女部下くらいの関係性だ。オフィスラブまっしぐらの属性だが大丈夫だろう。それがたとえ、旬の食べ物がおいしい店を知っているから今度、他の人も連れて行かないかと飲み会に誘っているおじさんであろうともだ。この世界にも忘年会の概念はあり、その幹事や費用をおじさんがすべてやってくれるというのだから、下女達の好感度はストップ高だ。下女達は基本仕事に終始している為、贅沢というのはあまりできない。そのたまの贅沢が人の金で食えるというのであればウマイ話である。この世界は現代と比べるべくもないが、発展途上だ。それは意識にも言える事である。セクハラを疑うよりも、人の金で食う飯が勝っただけともいう。
一方、セコンドの代わりとして呼び出されていた魔物が謎の鳴き声でシスターを励ます。
『キューッ』
「はい、はい。そーですね。難しいですね。まず腕は四本もないので」
『キュイキュイ』
「でも、グレースレスレが通ったのは運が良かったなと。いえ、足が三本あればいいという話でもなく」
何を言っているかわからない諸姉諸兄達、安心して欲しい。シスターもわかっていない。基本的に魔物達は肉体構造からして異なるので、先ほどの前半戦は腕が四本あれば勝てていたというよくわからないことを言っていたのだ。魔物達は腕がなければ生やす事が出来る為、手の骨を鳴らすくらいのノリで多腕、多脚を要求する。全くもってセコンドに向いてなかったがしょうがない。
事実、野菜は食べた方が良いからだ。セコンドに立候補してくれる下女達は軒並みおじさんについているという現実が物語っている。
「時間です。選手はテーブルについてください」
と、ここで下女ジャッジの声、タイムの時間が過ぎたようだ。ここからが後半、この勝負、どちらも負けるわけにはいかない。おじさんはいつまで経っても好き嫌いを克服しないシスターの偏食癖を今度こそ治すため。シスターは是が非でも食べたくない野菜を食べないため。
観客の下女達と魔物達が静かに見守る視線の先、後半戦の火ぶたが切って落とされた……。