自分の事をNTRエロゲの竿役だと思っているおじさんVS幼少期から光源氏(動詞)されたが嫌いになるわけないシスター 作:心理的継続性を持つおじさん
「このくらいなら私でも描ける」
多くの美術の成績が「1」だった者が言いそうなことを言ったシスターだが、それはおじさんとて言わずとも同じであった。
ここは美術館、世の著名な画家や彫刻家達の栄誉が並ぶ芸術の館であり、おじさんの政治的付き合いに難癖つけて同行することに成功したシスターが目の前の絵画に対して発した感想が以上のようなものであった。
目の前の絵画は、なんというか素人目でも多種多様な色を使っている事しかわからない。タイトルは『心』であり、これを心と呼ぶには些かグロテスクな塗り方だった。まず、筆を使わず手で描いてある。手形がびっしりと並び円形を象る中には渦を巻くナニカがあって、それをよーく見ると指の指紋で埋め尽くされているという恐ろしい絵だった。
はっきり言ってこれを描いた人間は病院に行ってほしいと思うくらいの重症さを感じる。末期症状の幻覚と言われても額面通りに受け取るだろう。こんなのが見えている奴がマトモだというのであれば、世に蔓延る多くの自称狂人が本当に可哀そうになってしまう。案内役の館長も苦笑いしているが、何も言わないということはそういうことだ。実際、これを描いた絵描きは後日精神を病んで亡くなっている。最後の作品がこれなのだ。
呪いの絵画っぽいなにかを見たシスターは、全体を改めて見てもう一度言う。
「このくらいなら私でも描ける」
大事なことだから二回言ったのか?それとも、心を病んだ絵を自分も描けると豪語したのか?後者であるなら大変だ。おじさんはすぐさまシスターを病院に連れて行かなければいけなくなる。一抹の不安がよぎる。
「ねーねー、私も絵、描いてみたい」
「……館長」
ほぼ呪いの絵をみて創作意欲が搔き立てられたかもしれないという不安の種はおじさんの頭に根付いて離れない。シスターは結構そういう気質があった。たまに気配もなく後ろに立っていることがある。死ぬほどビビる様をみて笑っているのだが、たまに何も言わずに見上げている事があるから、本当に心配になってくる。そんな幼少期を思い出して、おじさんは言い知れぬ恐怖を感じた。大丈夫なのだろうか……?
おじさんの不安をよそに、館長は富裕層向けに設けられた体験室へ案内した。お金持ちは美術館に来ると大抵シスターのように自分でも描けると思うのだ。その商材を逃さずキャッチした館長は体験室を用意し、金を巻き上げると同時に富裕層の鼻っ柱をへし折ることに執念を注ぐ。芸術というのは、お金持ちの支援なくしてはなりたたないから自給自足しようとするのを全力で阻止している。それに、館長とて一介の芸術家である。自分にも描けそうと思わせているだけでそこには芸術家しか知らない苦悩や技術がある。芸術家としてのプライドにかけて、それらを軽んじられるわけにはいかない。
シスターとおじさんは貸切られた体験室にて一人一つずつ与えられた真っ白なキャンパスに相対している。
さて、自分も描ける等と豪語したシスターだが、いざキャンパスを前にすると何を描けばいいかわからなかった。ひとまず、魔物を描いてみる。よく接触する個体…一つ目で尻尾のトゲトゲがチャーミングな子だ。筆が動くように描いてみる。……うん、上手く描けた。1時間も経たずに描かれたソレにシスターは自信ありげだった。
館長がそっと後ろから覗いてみて絶句した。そこに描かれていたのは先ほどの精神を病んで自死した絵描きよりも病んでいるとしか思えない生物が描かれていたのだ。
シスターは画伯()だ。本来の見た目と比較すると、まず風船状に見える身体は尻尾であり、無数の足と思われているのはトゲトゲだ。多角形のカーブのように見えているソレは引っ付き虫…オナモミと呼ばれる植物の種子が持つ棘と酷似しているからそうなっているに過ぎない。釣り針のようになっているから引っ付いても離れず食い込む事が出来る。その特徴を表しているだけに過ぎないのだ。
また、四角形のデキモノこそが身体であり、それぞれの角が異様に曲がっているのはモモンガに似ているからである。皮膜を伸ばした姿を描こうとした結果だった。苦悶の表情は顔の過半数を埋めているがゆえに表情のように見える一つ目だ。目のディテールを凝ったに過ぎない……。
シスターは身体の特徴を強めに描く個性があったから、尻尾と一つ目に焦点が当てられまるでそっちが本体のようになってしまった。また、間違った線をそのまま残すという天才的な荒業のせいもあるだろう。線画というよりもはや一枚の紙に別々のアニメーションを描こうとしているようなものだった。
ある意味、天才かもしれない……。館長は芸術家のプライドに掛けて、この才能を評価せざるを得なかった。
館長は見てはいけないものを見てしまったような気持ちになった。そして、シスターの言い分は間違っていなかったことを理解する。『このくらいなら私でも描ける』……確かに、こんなバケモノを容易に描けてしまうなら先ほどの絵描きが自身の死を代償に描いた遺作なんて児戯にも等しいだろう。
館長がシスターの才能に恐れ慄いてる頃、おじさんもまた悩んでいた。実際描いてみるとなると全く何を描けばいいかわからなかったからだ。とりあえず、前世を思い出す。ここは一つ、知識チート的なものをしてみようかと思い立った。おじさんは別に芸術に詳しいわけではないが、それでも有名な絵というのはなんとなく思い出せる。接待で行く高級料亭等にはよく飾られているのを見ていたから、細部に詳しくなくてもなんとなくこうだったという風に描けるだろうと思っての行動だった。
おじさんは一生懸命に思い出して描いてみた。描くのは日本の水墨画だ。特にこれと決めたわけではないが、あの濃淡だけで描く世界は不思議と脳裏に残っている。なぜ筆の繊細さが特に重要な水墨画をましてやキャンパスに、油絵で描こうとしたのかわからないが、兎に角やってみるだけやってみようのスタンスだった。
結果、出来上がったのはなんとなく濃淡で人に見えなくもない絵である。一応、シスターを描いてみたのだが如何せん技術も時間も経験も何もかもが足りていなかった。辛うじて、女性ということがわかるくらいである。
急に恥ずかしくなって白の絵の具で消そうとするのをすんでのところで止められる。シスターかと振り返った先に居たのは館長だった。
「勿体無いですよ。これは」
優しい声色だった。館長はおじさんの絵を見ていくつか気づいた点がある。まず、モデルはきっとシスターであろう事。おじさんは初心者であるが絵の描き方を誰かに習っていたのだろう事。おじさんの描いた絵は決しておじさんのアイデアではなく誰かのアイデアで、そしてそれはきっと人々が積み重ねた先のものなのだと。
絵画は人の歴史そのものだ。別になくても生きていけるものなのに、それは昔から人のそばにあった。表現方法とは人が積み重ねた変遷であり、芸術家の人生そのものだから、館長はそれがたとえ誰かの真似であろうと消す事を惜しんだ。第一、始めは誰か、何かの真似から始まるのだ。
「……屋敷において置くというのもな」
自分のつたない絵を毎日見ることほど苦痛なことはないという様に一定の理解を示した館長は密かに伝える。
「プレゼントした方が良いかと……。喜ぶかと思いますよ」
「……これをか」
頬を掻きながら自分の絵を見つめる。この絵はおじさんが未だ恋心を失っていない象徴であり、おじさんがずっと想い続けてきた証拠でもある。それを相手に送るのは少しどころではない恥ずかしさだが、それでもおじさんは勇気を出してみた。拒否されるのが怖いからといって、ずっと一歩を踏み出せなかった。ただ、誰かに背中を押してもらいたかっただけかもしれない。館長に背中を押されて、思わずと言った風に前に飛び出したおじさんは、それでもやっぱり恥ずかしいから館長に頼み込む。
「済まない、これを梱包してくれないか。中身が見えないように」
「畏まりました」
館長は上で挙げた芸術家としてのプライド等により、富裕層を金を落とすカモとしてしか見ていなかった。だがしかし、何事も例外があるように今この時だけはそのプライドを自ら圧し折った。いや、そのプライドを賭けたのかもしれない。芸術家とはそういう生き物だ。繊細で気難しく感受性が高いから、絵に込められた情念だけは見抜いてしまう。
静かに絵を受け取るとすぐさま引き下がる。なんだかやってしまったと後悔しそうになるが、それでもなんだか嬉しくなった。中年男性が仄かに抱えた恋心を伝えようとする様は恋愛したことないのかと言われそうだが、おじさんとはそういうものだ。内なる乙女が疼いたのかもしれない。
そして、蛙の子は蛙というように。シスターもまた同じようなことを思っていた。
即ち……
「プレイス様~~。これ、力作が描けたので上げますね。必ず家に飾るように」
純情おじさんと打って変わって気楽に差し出した絵に不意を突かれたおじさんはその絵を見て二重に不意を突かれた。禁断の二度不意打ちだった。
おじさんは必死に何かを言おうとして、喉から声にならない音が漏れる。本当に恐ろしい化け物を見たような音だったが、実際に化け物以外の何者でもなかった。モデルを聞けば魔物にどんな恨みつらみがあるのかと心配するほどだ。これはもう魔物に故郷を滅ぼされたくらいされないと描けないだろう……と。
二の句どころか一の句すら告げられなくなってしまったおじさんは、先の恋心もすべて恐怖に塗り替えられた。前世でもここまでの呪いの絵は見たことない。三回見たら死ぬどころではない。一度でさえ致死に至るだろう。なんなら見なくてもわかる人はわかるかもしれない。溢れ出る邪気がそう告げていた。
「こ………れ、はっ………」
必死に頭を回す。可愛い娘の力作なのだ。何を描いたのか、もしくはなんらかの絵の評価に合わせないと落胆させてしまう。見当違いの評価は子供に強い影響を与える。前世を思い出してすぐの頃、絵を見せに来たシスターに『えー、ゾウさん……かな?』と犬を描いたのにそう言ってしまったことで1か月くらい引きずられた経験をおじさんは覚えていた。だが間違えたってしょうがないだろう。ボルゾイという鼻が長い犬種も居るが、その絵は胴体よりも鼻の方が長く、また歪曲していて非常にフレキシブルだった。これで骨があったなら粉々になっているだろう。
補足すると、この世界にゾウに当たる生物はいない。ゾウのような魔物ならいる。しかし、鼻が十本以上あり、蛸のように移動する様をみて象だと評する者はいない。それと同じように、鼻がフレキシブルに動く犬型の魔物だっている。ちなみにいうと、シスターが犬だと思って描いたモデルは、猫型であることをここに記載しておく。猫→犬→象の変遷だ。尻尾が頭部についてしまった事実にシスターが気づけなかったというのが有力な説とされている。
さて、話を戻そう。おじさんは岐路に立っていた。負ければ地獄、勝っても得られるものがないこの状況……必死に考えた末に出した結論。それは……
「……シスターメレア。君はっ……そう。非常に、独創的だね。とっても、…そう、個性的だ」
非常に言葉を濁した物言いはしかしシスターに伝わることはなかった。いや、伝わった方が良かったのかもしれない。おじさんの評価が落ちることはなかったものの、事態は最悪な方向に向かっていた。
「そうですよねっ。私って個性ありますから。芸術家、成っちゃおうかな~」
「あっ……うっ……うあっ……」
苦悶の表情を浮かべたおじさんは奇しくもシスターの絵画と同期した。世に解き放ってはいけないものが入った檻を開けてしまったような……そんな後悔だけが胸に去来する。止めようとするが、可愛いシスターが悲しむ姿を考えると喉まで出かかった否定の言葉が止まってしまう。
「いや~、聖女って外出するのが厳しいので暇だったんですよね。趣味で始めちゃおうかな~」
おじさんは世にとんでもない巨悪を解き放ってしまった。