王子の婚約者である私ですが、ヒロインを全力で支援します   作:幸イテ(旧名:kouta)

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第二十三話 永遠

 

 ウェンディと会うのは丸々一年ぶりだろうか。あの時のソフィアはまだ平民の特待生であったから、男爵であった彼女の刑は学校を退学するだけに留まった。それ以降の動向については情報でのみ知っている。その後も要観察対象として私が指定していたから。

 あの事件の後、しばらく大人しくしていたはずのウェンディだったが、ソフィアがアルベルトの新たな婚約者と発表された事を受けて戻ってきていた。そこにきな臭いものを覚えた私が調べた結果、今回の孤児院襲撃について発覚したのである。

 

 杞憂であって欲しかった。しかし現実で私とウェンディは相対している。

 

 ウェンディに刻まれた顔の傷は今もなお残っていた。これこそが私刑に走ってしまった私の罪の象徴。胸がじくじく痛むのを感じながら、私は毅然とした態度で彼女と目を合わせた。

 ウェンディはずっと私を睨み続けている。その深い憎悪は一体どこから来るのか。気圧されそうになりながらも私は状況を説明する。あなたは詰んでいると。

「残念ながら孤児院の子達はここにはいないわよ。私が先回りさせてもらったわ」

 周りには我がセイファート家の騎士も潜んでいるし、もう彼女の計画が成功する事は無きに等しい。これで観念してくれれば話は早いのだが、突然、影から数名の男達が唸り声を上げながら突進してきた。一か八かの賭けに出たのだ。

「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 月の光に照らされて何かがきらりと光る。彼らのその手には刃物が握られていた。この時点でこちらに危害を加える気があるのは明らかだ。でも私は動じない。それも我が騎士達は想定済みなのだから。私は威勢よく号令をかける。

「セイファート家の精鋭たちよ!」

 すると寸分たがわぬタイミングで、隠れていた騎士達が一斉に姿を現した。

「ナタリア様には指一本触れさせんぞ!」

 騎士は彼らの進行を遮るように身を割り込ませると、正確に先頭の男の武器の持つ手を剣で貫いた。

「あがぁ!」

 腕を斬られた激痛で床に転がる男を見て、後続の者達が怯む。所詮は烏合の衆である。そしてその隙を見逃すセイファートの騎士達ではなかった。あっという間に包囲すると男達は観念したように武器を手放した。これでウェンディは万事休すだ。

 

 しかし――

 

 それでも彼女の気迫は衰えない。さらに増しているようにすら感じられる。

 

 ウェンディが危害を加えようとした子供達はとっくの昔にいない。そして彼女の勢力は今この場で鎮圧された。男共が我が騎士達に連れられて行くと今度こそウェンディは一人となる。

 

 こんな状況で一体彼女は何を選ぶ?

 

 しばらく睨み合いが続く。気がすり減る重い時間を私は必死に耐え続ける。私達のにらみ合いは次第に根競べの様相になる。一体これがどこまで続くのか考え始めた時、初めてウェンディは言葉を発した。

「どうして……」

「えっ?」

 その声は怒りとは程遠かった。

「どうしてそこまでソフィアに尽くすのです?」

 私は強烈な違和感に見舞われる。彼女の帯びる熱は異様なほど熱い。ソフィアに対する憎悪も本物だ。でもどうしてこんなに切なげなのか? 

 

 どうしてこんなにも儚く見えるのか?

 

「どうして!!?」

 

 繰り返されるその言葉に感情が込められていく。

 ウェンディの叫びは怒りではない。悲しみの叫びだった。

「ウェンディ……」

 その悲しみに対して、私はずっと疑問に思っていた事をウェンディに聞いた。

「あなたはどうしてそこまでソフィアを嫌うの?」

 今だってそう。何故、私の質問に傷ついた顔をするの? ウェンディが持つ恨みだけじゃない何か、それが私を惑わせる。何か、何か大切な事を見落としている。そんな気がしてならなかった。

「質問しているのは私です」

 ウェンディはかたくなであった。彼女は私を逃がさないといったように追い詰める。

「答えてくださいナタリア様。私とソフィア、何が違うというのです」

「あなた、一体……」

 とうとう私は一歩後ずさってしまった。まずいと思って険しい表情の仮面を作り直す。その矢先の事だった。

 

「ナタリア様、私では駄目だったのですか?」

 

 泣き笑いのような表情を浮かべて、ウェンディは私に問いかけた。この時になって私はようやく気づけた。むしろ気づいてしまったと言うべきか。ウェンディがソフィアを恨んでいたのは私こそが原因だったのだと。

 

 そう、

 

 ウェンディが本当に望んでいたのは私だったのだ。

 

 辿り着いてしまった答えに私は唖然とする。でも私には残酷な答えしか用意出来ない。ウェンディは本気だ。だからこそこの場で嘘を言っちゃいけない気がした。これこそが私なりの責任の取り方だ。

 

 私は冷徹に徹して、ウェンディに決別の言葉を口にした。

 

「あなたではソフィアの代わりになれないわ」

 

 

「そう……ナタリア様はあくまで私を遠ざけるのですね」

 

 不気味な静寂があった。背中がゾワゾワする。何か、致命的な間違いを犯した。そんな気がしてならなかった。瞬間、ウェンディは壊れたように笑った。

「うふ、うっふふふ、駄目よそれは」

「ウェンディ?」

 一度火がついたらもう止まらない。

「あっははははははは!!」

 ウェンディは笑い声は次第に大きくなり、辺りに響き渡った。その勢いのまま、ウェンディは金切り声を上げながら私を糾弾する。

「絶対駄目! ナタリア様! あなたが始めたんですよ!!」

 猛烈に嫌な予感がした。早く彼女を止めないと。止めないと良くない事が起こる。確信に近い何かがあった。でもどうすればいいか分からない。何か言葉にしたくても、何も思い浮かばないのだ。

「あなたが! あの時私に優しくしてくれたから、私は貴族になった! あなたのそばにいたくて!」

「ちょっと待ちなさい! あなた何言ってるの!?」

 頭がガンガンする。私とウェンディは昔どこかで会っているのか? そんな馬鹿な……

「あなたは残酷です。私に夢を見せておきながら、こうして奪い去る」

 待って。お願いだから止まって! ウェンディ! お願い!!

「今理解しました。私はあなたのそばに立つ事は出来ない。だったら」

 

 

「こんな命いらない」

 

 

「ウェンディやめなさい!!」

 やっと言葉を発する事が出来た私だったが一足遅かった。ウェンディは隠し持っていたナイフで己を貫いたのだ。瞬間、全ての音が消え去る。

 

 ナイフが石畳に落ちる音が、やけに鮮明に聞こえた。

 

「なんてこと!?」

 

 私は崩れ落ちるウェンディに駆け寄る。そしてぐったりした様子の彼女を抱きかかえた。私はもはや自分が何を感じているのか、まるで分からなかった。

「ああ、何でこんな……こんな! 血が止まらないわ!」

 ウェンディのドレスが赤く染められていく。周りの騎士達が駆け寄って来たのを見て、私は助けを求めるが、騎士達は一様に首を振った。

 

 もう、ウェンディは助からない。その事実に頭が真っ白になる。

 

 何? 何なのこれは? 私はウェンディを嫌っていたはず。にも関わらずこんなにも動揺している。心が悲鳴を上げている。焦燥感に駆られる中、ウェンディは嬉しそうに呟いた。

「ふふ、やっとここに戻ってこれた」

「……っ」

 私は言葉にならない悲鳴を上げた。何でそんなに満たされた顔をしているの? 戻ってこれた? それの意味するものは何? ウェンディ、教えてちょうだい。お願いだから。

 どれだけ私が必死に願っても、都合よく過去の記憶が戻るという事はなかった。今ここで思い出さなきゃいけないのに。後になってからでは意味がない。ウェンディに答えを聞けるのは今しかないのだから。

 私が苦悶の表情を浮かべる中、何を思ったのかウェンディは己の血を指に付ける。

「ウェンディ? 一体何を……」

 

 

 

 

 

 そして彼女はその指で私の唇に触れた。

 

 

 

 

 

「ふふ、これで私達ずっと一緒です」

 

 

 あまりにも純粋で幼い笑顔、私にはそれが心からのものだと理解出来てしまった。私は彼女から視線をそらせない。そのままウェンディの無垢な瞳に吸い込まれそうになった時、聞こえるはずのない声が聞こえてきて、私は正気に返った。

「ナタリア様! ご無事ですか!?」

「ソフィア? どうしてここに」

 ああ、ばれてしまったなと、私はどこか他人事のように考える。正気にこそ返ったが、もはや心が置き去りになっていた。私の持つすべての感情はウェンディに持っていかれてしまった。

 

 ウェンディは最後の力を振り絞って、私の腕の中でソフィアの方を向く。そしてソフィアに向けて何かを呟いた後、彼女は甘えるように私の胸に顔をこすりつけ、そのまま動かなくなった。

 

 

 

 彼女が目覚める事は二度となかった。

 

 

 

 

 




これがウェンディのナタリアに対する妄執の正体でした。好きだったからこそ憎くてしょうがなかったんですね。この回は色々語りたくなるのですが、なんか長くなりそうなので自重します。



来週は3回更新します。月、水、金の予定ですので、今後ともお付き合いください。

それではまた次回にお会いしましょう。
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