王子の婚約者である私ですが、ヒロインを全力で支援します   作:幸イテ(旧名:kouta)

26 / 44
第二十六話 ぬくもり ソフィアサイド

 

 屋敷に帰ってきた私はどこか晴れ晴れとした気分でした。これからする事を思うと緊張はあります。ですがそれ以上に負けてなるものかという思いが強く、気力に満ち溢れていました。

 

 屋敷の玄関で出迎えてくれたのはナタリア様のご両親です。二人は私の帰りを待ちわびていたようでした。

 

「ただいま戻りました」

 

「アルベルト殿下と良い話は出来たかね?」

 

「はい」

 

 侯爵様の問いかけに私は真っ直ぐ答えました。

 

「その様子だとナタリアの事は任せても良さそうね」

 

 安心したように奥様が微笑みます。二人の顔を見て私はかねてからの疑問を口にしました。

 

「どうしてお二人は私に託してくれたのですか?」

 

 二人はナタリア様の実の両親です。普通であれば先にナタリア様を救っていてもおかしくありません。何故私からだったのか。私はお二人のナタリア様に対する愛情を知っています。だからなおの事気になりました。

 

「私は君の事をもう一人の娘だと思っているのだかね」

 

「一見柔らかく見えるけどその強情さはナタリアと一緒よ。二人で姉妹なんだもの。どちらが先とかはないわ」

 

 侯爵様達は当然と言わんばかりに私を娘だと、ナタリア様と姉妹であると言いました。私は二人の温かさに感極まり、思わず泣きそうになります。でも今はまだその時じゃありません。代わりに私は二人に言いました。

 

「私がちゃんとナタリア様を救えたら、その時はお義父様、お義母様と呼んでもいいですか?」

 

 二人は破顔して頷いてくれました。

 

「もちろんだとも」

 

「今のあなたなら大丈夫よ。母と呼ばれるのを今から楽しみにしているわね」

 

 

 

 

 

 私は侯爵様達に見送られ、ナタリア様の元へと向かいます。屋敷にいる時のナタリア様は、いつも自室の窓際で外を眺めていました。今日もきっとそこにいるはずです。はやる気持ちを抑え、廊下を進む私でしだが、ふと今の自分の事を考え、笑ってしまいました。

 

「ふふ、昨日の私が今の私を見たらどう思うのでしょう?」

 

 落ち込んでいた時との差があまりにも大きすぎて、どうにも笑いが止まりません。その時アルベルト様の言葉を思い出しました。

 

 

 

 生きているからこそ。

 

 

 

 そうです。たった一日で人はここまで変われます。生きている限りは何時だってチャンスに溢れているのです。フラン、あなたは本当にもったいない事をしました。あの状況からでもきっとあなたはナタリア様と仲良くなる機会は得られました。死んでさえいなければ。

 

 

 

 見ていてください。私が生きているという強さをこれから証明しましょう。

 

 

 

 

 

 ナタリア様の自室の前に到着すると私は一度深呼吸します。もうやる事は決めていました。後はただ実行するだけ。意を決して私はドアをノックしました。

 

「どなたかしら」

 

「ソフィアです」

 

「入っていいわよ」

 

 部屋の中に入ると、ナタリア様は相変わらず普通に振る舞っていました。優雅に紅茶を飲みながら、窓の外の景色を楽しんでいる、ように見えますが、よくよく観察するとおかしいのは丸わかりでした。

 

 お茶請けのお菓子は減ってませんし、紅茶だって何時淹れたものなのか。

 

「一体どうしたの? 先ほどはどこかに出かけていたみたいだけど」

 

 ほら、もう違いが出ています。いつものナタリア様であればよく来たわねと、すぐに私の方へとやってきて、歓迎してくれます。理由なんて二の次なのです。

 

 逆に今のナタリア様は言葉こそ柔らかいものの、椅子に座ったまま顔だけを私に向けた状態です。裏では誰にも会いたくないと思っているのは明白でした。

 

 ずっと探しているのでしょう。あの時どうすれば良かったのかを。

 

「……」

 

 私は無言でした。話せなかったのではありません。あえて話さない。それこそが私の選択でした。

 

 

 

 アルベルト様は私に大きなヒントを与えてくれました。生きてさえいれば、その言葉は私の胸に強く残っています。

 

 

 

 一体どうすれば私はナタリア様に自分の想いを伝えられるのだろうか?

 

 

 

 悩みに悩んで、私は悟ったのです。今私がするべきたった一つの事、それは……

 

 

 

「ソフィア?」

 

 

 

 私は黙ったままナタリア様に近づきます。ナタリア様は戸惑う様子を見せましたが、私はそれを意に介さず、そのままナタリア様の背を包み込むように抱きしめました。

 

 

 

「っ……!」

 

 

 

 ナタリア様の体が一瞬強張ったのが分かりました。

 

「一体どうしたの? ふふ、寂しくなったとか?」

 

 茶化すように言いますが、声の端が震えているのを私は見逃しませんでした。私は何も言い返さず、ただナタリア様を抱き留めます。

 

「ねえ? ソフィア、聞いてるの?」

 

 それでも私は動きません。ただ私の熱をナタリア様に伝え続けます。

 

 

 

 私は生きている。

 

 

 

 そしてあなたも生きている、と。

 

 

 

 最初こそ戸惑いの表情を浮かべていたナタリア様でしたが、徐々に視線がせわしなく動くようになり、とうとう別のものが表に出てくるようになりました。

 

「やめて」

 

 ナタリア様は腰に回された私の腕を掴み、外そうとします。私はそれに反して抱きしめる力を強めました。

 

 

 

「お願いだから、やめて!」

 

 

 

 私が一向に離す様子を見せないでいると、ナタリア様はさっきよりも強い口調で懇願します。今にも暴れだしそうな勢いでした。ここまで来て私はようやく口を開きました。

 

「どうして、ですか?」

 

 

 

「離して!」

 

 

 

「嫌です。理由を言ってくれるまで離しません!」

 

 ナタリア様の必死の抵抗を私は全力で抑え込みます。ごめんなさいナタリア様。ここで逃がすわけには行かないのです。

 

 

 

 やっとあなたの本音が見えそうな今、絶対離してなるものですか。

 

 

 

「痛っ!」

 

「あっ……」

 

 何度かの攻防の後、勢い余ったナタリア様は私の顔を引っかきました。私の顔からうっすら滲む血を見て驚いたナタリア様は、抵抗をぴったりと止め、項垂れながら謝罪を口にしました。

 

「ごめんなさい」

 

「別にいいですよ。ナタリア様が辛いのは分かってます」

 

 私がそう返すと、僅かながらも安堵の表情を見せます。ナタリア様はもう抵抗らしい抵抗はしません。それでもナタリア様は言葉を発する事だけはやめませんでした。

 

「お願いだから離して」

 

 しかし今までと違うのはそこからさらに言葉が続いた事。

 

 

 

「このままだと私、私……泣いてしまう」

 

 

 

 

 

 

 

 届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 私はそう思いました。後は閉ざされた心を開いてあげるだけ。

 

 

 

 

 

「泣いたら、駄目なのですか?」

 

 私はナタリア様に問いかけます。

 

「私には泣く資格がないから」

 

「それは一体どうして?」

 

 再度問いかけながら私は願いました。どうかナタリア様、何があなたを苦しめているか教えてください。

 

 

 

 

 

 どれほどの間があったでしょうか? お互いの熱だけが感じられる中、ナタリア様は堰を切ったかのように話し始めました。

 

 

 

「だって私、彼女の事思い出せない! ウェンディの事思い出せないの!! あの子はあんなに私を求めていたのに!」

 

 

 

 私は衝撃を受けました。ナタリア様は方法を求めていたのではなく、自分の記憶の中のウェンディ自身を探していたのです。

 

 

 

 なんて、なんて優しい人。

 

 

 

 フラン、あなた意地を張ってる場合じゃなかったんです。この人は自分からあの時のフランですと言っていれば、きっとすぐに思い出してくれました。

 

 

 

 こんなにも一生懸命思い出そうとしているのですから。

 

 

 

 居た堪れなさを覚えつつも、私はナタリア様に語りかける。

 

「ナタリア様、今のままですとウェンディが悲しみますよ?」

 

「え?」

 

「だってウェンディはただナタリア様と一緒にいたかっただけなんです」

 

 それが私の結論でした。本当にウェンディが求めていたのはそれだけだったんです。

 

「それが出来ないと思ったから、せめて記憶に残ろうとしました」

 

 方法は最低でしたが。その言葉を飲み込んで私は話を続けました。

 

「別にナタリア様に苦しんで欲しかったわけじゃありません。記憶という形でもいいから、一緒に連れていって欲しかっただけ」

 

「そう、なのかしら?」

 

 フランの良くなかったのは、貴族としての自分、ウェンディに拘った事でした。貴族ならばこうする。これが全て裏目に出てしまったんです。

 

 ナタリア様のために磨いた自分が足を引っ張るなんて何て皮肉。彼女のした事は許せませんが、それでも私は同情せざるを得ませんでした。フランはありえたかもしれない自分。他人事じゃなかったんです。

 

 

 

 だからフラン、私はあなたに一つだけ餞別を贈りましょう。

 

 

 

「ナタリア様、良いんです。泣いても。むしろ泣いてあげてください。可哀想なあの子のために」

 

 私の言葉を受けて、ナタリア様は恐る恐る私に聞き返します。

 

「良いの? 本当に? 覚えてなくても?」

 

「それに関しては、隠したままいなくなっちゃうウェンディが悪いんです。ナタリア様のせいじゃありません! 思い出せないなら思い出せないで、いいじゃないですか。

 

 

 

記憶がなくともウェンディの想いは分かってるはずです。ナタリア様は確かに彼女の想いを受け取りました。

 

 

 

だからナタリア様……

 

 

 

あなたには泣く資格がありますよ」

 

 

 

 ナタリア様は目を見開く。私は自分がフランになったつもりで言いました。

 

 

 

 

 

「泣いてください。その方があの子は喜ぶと思いますから」

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 ナタリア様からの返事はありませんでした。それでも私はただ待ちます。ナタリア様の心が整理出来るまで。

 

 私の姿勢はナタリア様を抱きしめたままです。故にお互いの心音がとくんとくんと鳴っているのが分かりました。とても、とても安心する音です。

 

 

 

 ああ、ナタリア様は生きている。私はそれだけで嬉しくなってしまいます。

 

 

 

 しばらくするとナタリア様は肩を震わせ、声を忍ばせながら泣きました。

 

 

 

 

 

 

 

 心が締め付けられるような悲しい嗚咽でした。

 

 

 

 

 

 

 

 でもそれで良いのでしょう。やっとナタリア様は己の悲しみを吐き出す事が出来ました。

 

 

 

 フラン、見ていますか? ナタリア様はあなたのために泣いているのですよ。あれだけの事をしておいて、それでもナタリア様は泣いてくれたのです。

 

 

 

 私はナタリア様の頭に触れ、慈しむように撫でました。ナタリア様の涙が枯れるまでずっと……

 

 

 

 

 

 




いつもお読みいただきありがとうございます。今回、ナタリアの泣き声はあえて書きませんでした。なんか言葉で表現できる気がしなくて。作者的にもかなり感情移入して書いた話になりましたね。読者の皆さんにも届いていれば嬉しいです。


さて、来週の予定ですが今週と同じく月、水、金を予定しています。来週の3話で第2部完結予定ですので、楽しみにお待ちいただければと思います。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。