王子の婚約者である私ですが、ヒロインを全力で支援します   作:幸イテ(旧名:kouta)

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第三話 心の棘 全ての始まり

 

 私こと、ナタリア・セイファートはアルカディア歴233年にセイファート侯爵家の長女として生を受けた。上には長男のアルフレッド、次男のステファンがいるため、長女であっても第三子の末っ子だ。

 侯爵家の跡継ぎ、言い方は悪いかもしれないが緊急時のスペック、両者がすでに揃っていた事から、私にセイファート家としての役目は存在せず、貴族の教育こそあれほとんど自由だった。もちろん将来的には婚約という役目はあっただろうが、幼い当時の私にはまだまだ先の事である。だから気にも留めなかった。

 両親も兄弟も私をないがしろにする事なく可愛がってくれたし、幸福な幼年期だったと思う。そんな私に重責が与えられたのは6歳の時であった。アルカディア国第一王子、アルベルトの婚約者に抜擢されたのだ。

 

 

 私が進むのは栄光への道、そこに疑問を抱いたのはある一言がきっかけだった。

 

 

 それは我がセイファート家に古くから仕えていた庭師がふと呟いた言葉であった。すでに老年に差し掛かっていた庭師のロイドは温厚な性格だったため、私は彼に良く懐き、見かければ遊んでと迫ったものだ。

 しかしながら私は貴族の令嬢でロイドは平民、私に怪我をさせてはいけないとロイドは気が気じゃなかっただろう。それでも最後には「しょうがないですね」とかまってくれる彼を私は好きだった。

 アルベルトの婚約者となり、貴族と平民について正しく認識した後は、流石に遊びに誘うような事はしなくなったが、たまに出会った際はよく話し相手になってもらった。

 私はいつだってロイドに対し、勉強で得た知識をひけらかしていた。どのような勉強をして、その勉強した事で何をしたいか、それをした事でどれだけの民の生活が良くなるかを熱弁する。実際は粗だらけの恥ずかしいものであったが。それこそ穴があったら入りたいくらい。

 王妃教育で勉学に励んでいても所詮は子供の戯言ではあった。思いつくのは簡単だが実行するのは凄く難しい。それを今の私は知っているが、当時の幼い私が知るわけない。ロイドはそんな私の机上の空論を楽しそうに聞いてくれた。ただロイドは私の話を聞いてくれた後、必ず私に何かしら一つ質問を返す。

「国民が飢えないように沢山食べ物を用意しましょう!」

 と私が言えば

「素晴らしい考えです。しかしどのように増やすのですか?」

 と返され、

「畑と家畜を増やすの!」

 と答えると

「なるほど。ではそれぞれ世話をする人はどれくらい必要ですかね?」

 と返す。

 ロイドは私の考えを決して否定しない。でも私がそれを実行するためにどういう準備をしなければならないかをやんわりと教えてくれる。

 ロイドは平民であったが、長年セイファート家に仕えてきて、私の父ではなく祖父の代から我が家の庭を担っていた。故にロイドは直接関わっていたわけではないが、祖父と父の領主としての仕事を長い間見て来ており、時には相談にものっていた事から、目的を成すために必要な事を良く知っていた。

 ロイドは言うなれば私の影の師匠みたいな人だった。もちろん家庭教師の授業も面白かったが、私としてはロイドとの語り合いも引けを取らないものであった。家庭教師とはあくまで先生と生徒、教える側と教わる側だ。

 ではロイドとの対話はなんであるかと言うと、学んだ事を実践する場だったように思う。言い方は優しいけどロイドの指摘は鋭く、私は考えに考えて指摘された部分を埋めていく。ロイドとの対話で考えがまとまった後、それらをレポートにして出すと先生も良く出来ていると評価してくれた。一人でもんもんと悩んでいる時とは段違いだ。

 アルベルトにはうらやましがられたっけ。王子と言う立場はどうしたって相手に遠慮されてしまう。でもロイドの本業は庭師であり、私的な理由で引き抜けるわけもない。

 それにロイドは長年仕えているセイファート家の令嬢である私だから遠慮しないわけであって、元から付き合いがない一国の王子となれば対等な議論は難しいわけで。私としては諦めてもらうしかなかった。

 私がアルベルトの相手をすればと思うかもしれないが、私とアルベルトは基本同じ考えをしてしまうので、そもそも議論にならないという。考えが似過ぎるのも困ったものだ。

 結局アルベルトの議論の相手は、アルベルトの世代の宰相候補であるミトラが来るまでお預けとなったのであった。

 

 話を本題に戻そう。

 

 私が疑念を持ったその日、私はいつものようにロイドに話を持って行き、いつものように談義していた。その時の話題が何だったかは覚えていない。一通り話し終えて、私が満足感を覚えた時、ふとロイドが呟いたのだ。

 

「しかしナタリア様の幸せはどこにあるんでしょうね」

 

 ロイドとしては無意識から出た言葉だったのだろう。でも私には彼の言葉がはっきりと聞こえた。

 

「……私自身の幸せ?」

 

 全く予期していなかった言葉に思わずオウム返しをしてしまった私を見て、我に返ったロイドはすぐに否定を口にする。

「すみません。偉そうに余計な事を言いました」

「いえ、聞いたのは私だし、大丈夫よ。だけど教えてくれる? あなたが何を考えていたのか」

 ロイドには私が不幸に見えているのだろうか? 私が再度問いかけるとロイドは思案顔になる。そのまま彼は無言で剪定ばさみを動かし続けた。いつもの私だったら早く答えてと急かしただろうが、そんなロイドの姿は初めてで声をかけられなかったのだ。

 その後剪定を終え、ロイドは私の方へと向き直ると言葉を選びながら慎重に語り始めた。

「誤解なきよう初めに言いますが、私はナタリア様は素晴らしい方だと思っています。これに嘘はありません」

「うん」

「ノブレス・オブリージュ、セイファート家の貴族としての責任をまっとうする姿は美しい。ただ私も年を取りました。三代に渡って見てきてふと思ったんです。はたしてセイファート家の方々は個を大切にしているのか、と」

「個って?」

「自分自身って事ですね。もちろん貴族であるからには責任を果たすべきなのでしょう。ですが私は思うのです。だからといってすべて我慢しなければならないのか。全力で尽くさなければならないのか……」

「でも私達が間違えば民の命に関わるわ」

 それは過去の歴史が証明している。私利私欲に溺れた貴族の起こした悪行は大勢の民を犠牲にする。貴族はそれほど大きな力を有するのだ。一度壊れてしまった信頼を取り戻すのはとてつもない時間がかかる。だからこそ力は正しく使わなければならない。

「ええ、そうですね。間違えないためにナタリア様は努力している。しかし今はやりたい事とやらなければならない事が同じ方向を向いているからこそうまく行っているのです。問題はもしもその二つがズレてきた場合、です」

「ズレてきた場合……」

 王妃教育が楽しいため、今一ピンとこない話であったが、それでもロイドの真剣さは伝わり、私はどうしたものかと唸る。そんな私を安心させるようにロイドは笑って見せた。

「今は分からずともいずれその時は来るでしょう。私からアドバイスするとすればただ一つ。もしもズレてきたと思った場合、ナタリア様は沢山悩むでしょう。セイファート家の方々は代々責任感が強い。それこそぎりぎりまで考え抜く。でも私はあえて言いましょう。個を殺してはなりません。最後の最後は自分を優先する事、です」

「え? それって逆じゃない?」

「いいえ、自分を優先する事こそが大切です」

 訳が分からなかった。でも、

「国を正しく治めるという事は国民を幸せにする事です。そこで一つ質問です。自分自身幸せを感じていない者が他の人を幸せに出来るでしょうか?」

 ロイドのその言葉は私の胸に深く突き刺さった。

「参考までに言うと、奥様と出会う前の旦那様はいつも張り詰めた空気を纏っていました」

「あのお父様が?」

 意外な事実に私は目を丸くする。

「ええ、といっても別に性格が変わったとかじゃありません。旦那様は元から優しかった。それこそナタリア様のようにね。ただ旦那様は奥様と出会った事でそれまであやふやだった部分に芯が生まれた。そしてちょっと我儘になられた」

 ロイドは嬉しそうに語るが、私はどうもピンとこなかった。お父様がお母様を得て幸せになったのであれば、私にだってすでにアルベルトがいる。伴侶を持つ事が幸せなのであれば私はすでに満たされているでは? 

 あえて私に聞かせるという事から、単純な伴侶の有無ではない事だけはかろうじて理解出来たが、それ以上の事は何も分からなかった。

「ナタリア様、先ほども言いましたが今は深く考える必要はございません。ただ心の隅に置いていただければそれで結構です」

「……分かったわ」

 私の中に小さな棘が打ち込まれた瞬間であった。真剣に考える事はない。けれど、ふと暇になった時に思い出す。その都度私は自身に問いかけた。私は何がしたいのか、と。もちろん答えなんて分かり切っていた。王妃となってアルベルトと正しく国を治める。そこにぶれはない。

 

 ただふと疑問に思う事があった。正しい事とは実際何なのか。

 

 アルベルトとの婚約は予め決められていたものではなく急きょ決まった事であった。セイファート家は侯爵である故に王子との婚約も認められているが、優先順位としてはより高位である公爵家にある。

 だからアルベルトの婚約者は初め、ダルク公爵家のシーナ嬢であった。それが何故私に変わったかと言うと、不幸にもシーナ嬢が病によってこの世から先立たれてしまったからだ。そして他の公爵家にはご令嬢はいなかったため、生きている令嬢の中では最高位である私へとお鉢が回ってきたわけである。

 その時の両親の表情が複雑そうだったのを私は強く覚えている。当時はどうしてそんな顔をしたのか理解出来なかったが、実際に王妃教育をある程度学んだ後にようやく理解に至った。

 きっと両親は不安だったのだろう。次期王妃の立場は栄誉な事であるが、それに伴う責任もまた重い。私としては実感が薄いというのが正直なところであったが。

 変な話、私が幼い子供だったのが良かったのかもしれない。子供だったからこそあまり難しい事を考えず、ただ素晴らしい王妃になるために頑張ろうと思えた。肝心なアルベルトとの相性も問題はなかったし、王妃になるための教育も新しい勉強だと、楽しく学べていたと思う。

 そして責任の重さに気づいた頃にはアルベルトとの信頼関係は確かなものになっていたため、責任の重さに耐えられないといった事もなく自然と己の内に消化する事が出来た。

 

 別に王子の婚約者の立場に不満はない。でも一度疑問に思った事は消えない。何故王子の婚約者に私が選ばれたのかと。

 

 理屈では公爵家に令嬢がいなかったから次の侯爵家は分かる。でもそれは私自身を指しているわけではなく、家柄で決まっただけの事だ。仮に公爵家に別の令嬢がいたとしたらそちらがアルベルトの婚約者になっていたわけで。

 アルベルトだってそう、たまたま王の息子だから王子の立場となっている。個人の資質など関係なく。それに正しさはあるのか?

 

 ロイドは今はまだ深く考える必要ないと言った。それでも私は気がかりであった。もしくは一種の予感だったのかもしれない。故に答えが同じであっても空いた時間があれば、私は同じ問いを繰り返した。

 

 私は本当は何がしたいのかと。

 

 いずれ来る時のために。

 

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