王子の婚約者である私ですが、ヒロインを全力で支援します   作:幸イテ(旧名:kouta)

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第四章 次代を背負う者達
第四十四話 今為すべき事


 

 ベルナール領でスタンピートが起きた事知った私達は馬車に揺られていた。向かう先はもちろんベルナール領だ。

 私達の馬車にはアルベルトとソフィアだけでなく、アーニャの姿もある。ベルナール辺境伯とホープ子爵家は繋がりを持っているため、ホープ家の代表として着いてきてもらった。建前としてはホープ子爵家に雇われたエリシア商会と言った形だ。

 そう、私達は正体を隠したままベルナール領に向かっている。これには無論理由があるのだが、私は馬車に揺られながらスタンピート発覚直後の会話を思い出していた。

 

 

 

「起きてしまったのなら直ちに救援に向かわなくては! アルベルト様! 国から兵士の派遣を頼みましょう!」

「駄目よソアナ」

 偽名で呼ぶ事を忘れる程に慌てているソフィアを私は静止する。

「ナタリ、いえ、ナンシーさん、何故ですか!?」

 今だ焦りは残っているが、私がソアナと呼んだ事で自分の失態を悟ったらしい。ソフィアはちゃんと私の名前を偽名で呼び直した。まだ聞く耳は残っていたようで私は安堵する。これだと説明すればちゃんと分かってくれるだろう。

「辺境の地にサイヴェリア国の兵士が入る事は許されないからよ」

「それは……例の辺境の独立性があるからですか?」

「ええ、助けるためと言っても、ベルナール領からは侵略行為に見なされかねないわ」

「そんな……」

 動揺を隠せないソフィアに私はさらに冷酷な事実を告げた。

「危険はそれだけではないわ。もしもこちらの国の兵士がスタンピートで出てきた獣を追って、誤って隣国の地へ足を踏み入れでもしたら……後は分かるわね?」

 

「戦争に発展する恐れがあるという事ですか?」

 

「……そういう事。最悪な話、スタンピートもこちらが侵略するための自演だと言われかねないわ。こうなってしまっては隣国も辺境伯も敵に回るわね。たとえ善意であっても辺境の秩序を乱してしまった事になるのだから」

 流石に戦争までは想定していなかったのだろう。とうとうソフィアは言葉を失ってしまった。ここは政治を学び始めたばかりのソフィアと、幼い頃からずっとやってきた私達との差が出てしまった形だ。

「それくらい国境沿いとはデリケートな地帯なんだ。だが何もしないはしないで問題は残るだろうな」 

 アルベルトは心底面倒くさそうな表情を浮かべた。極端な話、スタンピートが自然に起きたものであれば、辺境伯に全任せでも良かったかもしれない。辺境の兵士は屈強だし、生半可なものであればすぐに鎮圧されただろう。

 だが今回は人為的なものだ。そこには奴の、オルフの意志がある。オルフには手を焼いている辺境伯こそが必要。スタンピートの規模は大きければ大きいほどいい。

「オルフは十中八九、国は助けてくれなかった、そう話を持っていきたいはずだわ」

「そうなるな。ベルナール辺境伯がそう簡単に口車に乗せられるとは思えないが、少なからず国への信頼感は落ちてしまうだろう」

 言葉にこそしなかったがもう一つの可能性として、オルフの所業がバレてその場で辺境伯から切り捨てられる事もあるかもしれない。彼は本当に辺境伯を騙しきれると思っているのだろうか? 国の機密を抱えているオルフが消えてくれるのは、私達にとっては嬉しい事であるが、それはスタンピートを止めるのとは別の話だ。

 

 国と辺境伯の関係を崩さない。スタンピートが起きてしまった今、これこそが重要だ。

 

「それではどうするのです?」

 

 八方塞がりで困り果てた様子のソフィアであったが、彼女の疑問に対する答えはすでに決めていた。

「毒を食らわば皿まで、って奴かしら?」

「えっと……?」

 

「国が駄目なら、エリシア商会で助ければいいじゃない」

 

「ま、そうなりますわよね」

 アーニャには私がそう言うだろう事が分かってたようであった。

 それもそのはず、今の構図は私達がホープ家にコンタクトとった時と似ているのだ。ホープ家とは王族として会うわけには行かなかった。だから私達はサンタナ商会に紛れてホープ家と接触した。

 今回だって同じだ。兵士を向かわせるのが問題だって言うのなら、ただの商人であればいい。一度やった事なのだから、二度目だってやれなくはない。

 

「討伐に参加はしないわ。もしもがあったらいけないからね。私達は戦力を提供するのではなく、必要な物資を届ける! あくまで商人としてね。まあ、変装してても私達の顔を見れば素性はバレるでしょうけどね。そうでしょアーニャ?」

 

「ええ、辺境伯様にはお三方の絵姿を頼まれましたからね」

 しれっと答えるアーニャであったが、私は別に怒りはしなかった。ホープ家とベルナール辺境伯が繋がっているのは知っていたし、私達の情報だって流れているであろう事は予測していた。

 

 むしろだ。

 

 ベルナール辺境伯がこちらに興味を持ってくれていた事が分かって、嬉しいくらいであった。無関心でいられるよりも全然良い。

「ナンシーさんはバレても良いと思ってるみたいですね?」

「ホープ家は私達の意図を察してくれたもの。ホープ家とやり取りしているベルナール辺境伯も同じくらい頭が良いと私は考えるわ。きっと分かってくれるわよ」

 ソフィアの疑問に私は自信を持った風に答える。あくまで風だ。そういう前提にしておかないと話が進まなくなってしまうから。すでにスタンピートが起きてしまった以上、時間の猶予はないのだ。

「前々から思っていましたけれど、皆さん随分と行動的ですのね。自分が動く事を当たり前として考えていますわ。会う事を想定しているって事は、つまりベルナール領に行くって事でしょう?」

 私はアーニャの発言をどっちに捉えていいか迷った。施政者としては危険地帯に行くべきでないと考えているのだろうか? それとも施政者だからこそ行くべきと考えているのか?

 政治的に考えて、実際今の局面は難しい。アルベルトは正当なサイヴェリア国の跡継ぎだが、王族として大きな手柄などはまだない。こうして私達がメインで動いているのは、現国王の手を借りずに手柄をあげる事で、アルベルトとソフィア個人の支持層を作りたいという側面があった。

 しかしながら事態はどんどん大きくなっていき、一王子としてどこまで責任を持てるのか、微妙なラインまで来ているのは確かだ。いっそ私達は引いて、最高権力者である国王に任せる方が良いのかもしれない。

 

「もちろん行くわ」

 

 それでも私は行くと宣言した。

 

「そうでしょ? アベル」

 そしてアルベルトに問いかける。

 

「愚問だな」

 

 私達の選択は蛮勇なのかもしれない。失敗すれば国の危機にすらなりうる状況。でもかつて私はアルベルトに言ったのだ。私達が目指すのは聖君か暴君であり、凡庸な王ではない。凡庸な王ではソフィアの隣には立てない。

 

 私達は新たな価値を示す者、国の有りようを変えるための第一歩となる存在。

 

 怖気づく段階はとっくの昔に終わっている。私達は突き進むだけだ。

 

 

「物資の手配が出来次第、すぐにベルナール領へ行こう!」

 

 

 迷いなきアルベルトの姿を見て、アーニャはどこか好戦的な笑みを浮かべた。まるで楽しくてしょうがないと言わんばかりに。

 

「そうこなくては! お父様!」

 

 アーニャが呼びかけると、それまで聞きに徹していたホープ子爵が、分かっていると頷いて見せた。

「止めはせんよ。ついて行くと言うのだろう?」

「はい!」

「だったらこちらに来い」

 アーニャは何も言わずにホープ子爵の前まで向かい、そのまま首を垂れる。ホープ子爵は姿勢を正し、一つ咳払いをすると、厳粛な声でアーニャに命じた。

 

「ホープ子爵家領主としてお前に命じる。この危機をお前の力添えで乗り越えさせてみよ。そして我がホープ家の名をサイヴェリア国の歴史に刻みこめ!」

 

「確かに賜りましたわ。この大役、ホープ子爵家長女、アーニャが果たして見せますわよ!」

 

 こうしてアーニャは正式にベルナール領へ向かう私達の一員となったのであった。

 

 

 

「全く面白いものね」

「私がどうかいたしましたか?」

 私の視線に気づいたアーニャが不思議そうに首をかしげる。

「だって私達、あなたに事情があったとはいえ、これまでずっと接点がなかったのだもの。それが今やこうして同じ馬車で揺られているのだから」

「ふふ、おかげさまで毎日が刺激的で楽しいですわ!」

 国の危機であるにもかかわらず、ゆるい会話を楽しむ私達。それまで不幸のどん底にいたからこそ、アーニャは今の危機をもろともしない。希望があるという事はそれだけ大きいのだろう。彼女の前向きさに私達は助けられているのは間違いない。

 そして奇妙な縁と言えばもう一人いた。その人物は今御者として馬車を御してもらっている。

「モルガン、今回の件を引き受けてくれて感謝するわ」

「はは、急にサンタナ商会に来たときは何事かと思ったけど、良いって事。ナンシーさんには良い商売させてもらってるからね」

 物資を運ぶ事を決めた私達であったが、問題は何の商品をどこの商会を使って持っていくかを決める事であった。ホープ子爵家とベルナール辺境伯の取引は、基本的にベルナール辺境伯の者達が商人に扮し、ホープ子爵家へとやってきていたため、ホープ家の方からベルナール領まで商品を運んだ事はなかったのだ。

 そこで白羽の矢が立ったのがサンタナ商会だ。他所への買い付けで馬車旅も慣れているし、そもそも取引としてベルナール領へ渡していた物の多くはサンタナ商会からの買い付けである。何を買ったか知っているサンタナ商会なら必要な物をスムーズに集められるし、知人故に信頼もある。うってつけだったわけだ。

 さらに今回は規模も大きいため、サンタナ商会の会長であるモルガンの両親や、彼女の婚約者であるミハエルもいた。もちろん私達がお世話になったガントの姿もある。サンタナ商会主要メンバー総出と言った様子であり、頼もしい限りであった。

 しいて懸念点を挙げるなら、スタンピート中のベルナール領へ、荷を運ぶのは危険が伴うという事だろう。物資には食料も含まれるため、森を追い出されて空腹に耐えかねた獣が襲ってくるかもしれないし、胸糞が悪い話だが、こうしたトラブルに乗じて強盗を働こうという輩も出てくる。

 護衛については元から私達で用意するつもりだったが、それでも危険がゼロとまでは行かない。快く引き受けてくれたサンタナ商会には感謝しかなかった。

 

 なお事態が事態故、私達の正体は商会の主要メンバーだけでなく、全員に伝えてある。案の定、その時の商会の皆の混乱っぷりは凄まじく、申し訳ないが少し笑ってしまった。

 

 

 きっとベルナール領では辺境伯は必死で指揮をとっているのだろう。スタンピートを起こして見せたオルフも自分が出るタイミングを伺っているはず。そんな緊迫した中、私達がする事と言えば腹ごしらえであった。

 ソフィアはご機嫌な様子で袋の中を漁り、中から秘蔵の品を取り出す。

「ナンシー会長、アベルさんこれをどうぞ。後アーニャさんも」

「これは……なんですの?」

「庶民の中で有名! のみならず、セイファート家でも御用立ちの肉串です」

「にく、くし?」

 ソフィアとアーニャのやり取りを見て私は笑ってしまう。バランスを考えない巨大な肉のみという豪快さに、アーニャはぽかんと口を開ける。今のアーニャはまさに過去の私の焼き回しだ。

「それって本当ですの? こんな、こんな大きさ……」 

 ソフィアがセイファート家御用立ちと言ったため、アーニャはさらに混乱した様子を見せる。信じられないといった視線で私を見るアーニャであったが、紛れもない事実である。我がセイファート家はソフィアの肉好きに染められてしまった。

 

 さあ、アーニャ。あなたもこの罪な味に溺れるがいいわ。

 

 私はアーニャの目の前で、これ以上ないくらい口を開いて、肉串にかぶりついた。

「ナンシーさん!? そんな一気に行くなんて。ああ、アベルさんまで!?」

「これが良いのよ」

「うん、たまらないな! この上品さとは無縁な濃さがどうにも病みつきになる」

「……ごくり」

 

 何て緊張感のない事か。でもベルナール領に着いたら嫌でも本気にならざるを得ない。すぐに解決出来るのか、それとも長期戦になるのか、今後の事は全く未知数だ。私達は策を練るよりも現地で状況を把握する事を選んだ。

 現地では何度も判断を迫られるだろう。防げれば最高だが、死人だって覚悟しなければならない。ベルナール領の森には危険極まりない角グマも生息している。そこでスタンピートを起こしたのだから、何があってもおかしくない。

 

 

 だからこそ、今はこの心地良さに身をゆだねよう。

 

 

 ベルナール領はもうすぐだ。

 

 

 




今回もお読みいただきありがとうございました!
第4章スタートです!
忙しいながらも、何とか44話書き切れました。
キャラも増えて随分とにぎやかになりました。
ストック分がなくなってしまい、最近が常に時間との勝負をしてますが、
来週も月、木、2回更新を目指して頑張ります。

それでは次回も宜しくです!

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