王子の婚約者である私ですが、ヒロインを全力で支援します 作:幸イテ(旧名:kouta)
私達がベルナール領に足を踏み入れた時、出迎えてくれたのは人ではなった。
「ウオーン」
急に聞こえた遠吠えに、それまで会話に興じていた私達は身構える。
「これって狼の声……?」
ソフィアが不安げに声をあげた直後、モルガンが叫んだ。
「北西の方角! ヴォルフが見えたよ! 数は10数匹ってところ!」
森から追い出されたであろうヴォルフの群れが襲い掛かってきたのだ。ヴォルフはサイヴェリア国に生息する狼の一種で、一個体ずつの力は大した事がないが、その代わり群れで狩りをする特性を持っており、その連携プレイは厄介だと聞く。
しかし慌てる事無く正確に情報を伝えるモルガンは冷静であった。慣れと言うものなのだろうか? とても初めて遭遇した様子には見えなかった。
「ベルナール領入って早々にお迎えとはね! 護衛さん達、ちゃんと守ってよ!」
「ああ、任せろ! 皆、配置につけ! 決して馬車の中に入れるなよ」
モルガンから檄を受け、護衛達の指揮を執るのはアルベルトの護衛であるフレデリックだ。アルベルトと私達を守るため、今回は彼だけでなく数多くの護衛達が同行しており、彼らは見事な連携で馬車の周囲に隙間なく布陣する。これだけでも頼もしい限りだが、さらなる保険として馬車の入口には私の護衛であるエルが立っていた。
「ナンシー会長、ここは私が絶対死守します故、安心してお待ちください」
そう言ってエルは身の丈ほどある槍を構えて見せた。密偵をしている時や、普段私の後をついてくる時などは小太刀を愛用するエルであったが、本当に得意なのは槍である。エルが槍を軽々と振り回す姿は凛々しい。
「頼むわね」
私は信頼を持って、エルと護衛達に己の運命をゆだねる事にした。
早速の異例の事態であった。本来ヴォルフは一番匂いに敏感のため、もっとも獣除けの匂いを嫌う。私達はスタンピートで外に出てきた獣の襲撃を想定しており、ベルナール領に入ってからは獣除けを燻しながら進んでいた。それでもヴォルフ達はやってきたのだ。
「この匂いの壁を超えてくるなんて……」
「どこかで起こるとは思っていましたが、まさかすぐに遭遇するとは思いませんでしたわ」
アーニャが言った通り、私もすぐに襲われるのは想定外だった。
「スタンピートは起きているわ。間違いなく……」
私達は出来る限り急いできたつもりだが、辺境の地までは遠い。空を飛べる伝書ガラスであっても情報の伝達は遅れる。それ故、私達が辿り着いたころにはスタンピートも収まっている可能性も一応は考えていた。だがこうして襲撃されたのを見るに、実際はまだ混乱の最中にあるらしい。
「こうなると途中にある村も心配になってきますね」
ソフィアが厳しい顔で地図を見る。ベルナール領の領都は国境沿いにあり、その道中にある村は三つほど。ベルナール辺境伯はどれ程の兵を周辺の村に送る事が出来ているのか。各村には常駐の兵士もいるとは思うが……
「来たぞ!」
「奴らはすばしっこい! 先に攻撃するなよ! 相手から先に仕掛けさせろ!!」
「ギャウ!」
「舐めんじゃねぇぞ犬っころ!」
「グルルルル……」
「大した気迫だがここを抜けると思うな!」
獣の咆哮と人の怒号が交差する。とうとう戦いが始まった。私達は戦いの光景を見る事はない。護衛対象である私達がするべき事は足手まといにならない事だ。外へ顔を出すなんて言語道断。ただ味方を信じ、待ち続けるのみだ。
私達は必然的に音だけで戦況を判断しなければならない。外からは色んな音が至る所から聞こえてくる。
「狙われてるのは積み荷や私達だけじゃない! サンタナ商会の皆は馬を守りな! ボウガン持ちは簡易高台を設置して、護衛の皆の援護を! 誤射なんてするんじゃないよ!」
確かに積み荷の中に謎の台があったが、それは襲撃の時のための物だったらしい。
「よし! ミハエルの奴が一匹仕留めたぞ!」
「流石私の将来の旦那だね!」
モルガンは喜びを露にする。彼女の婚約者のミハエルは芸術の才能だけでなく、狩りの才能もあるようだ。
「こっちも一匹仕留めた!」
次に続いたのはフレデリックの部下の一人だ。聞き漏らしがなければこれで仕留めたのは二匹。だがフレデリックは浮かれた者達に戦いが終わってない事を伝え、気を引き締め直させる。
「こいつら最後の一匹になるまでやり続けるぞ! 気を抜くな!」
流石の指揮であった。それからもフレデリック達とサンタナ商会は協力し合い、ヴォルフは徐々に数を減らしていく。聞こえてくる音はこちらの有利を知らせるものが多くなっていき、もう安心してもいいかと思った時だった。
「おい! あいつら一直線に並んだぞ!」
「まさか一点突破するつもりか? まずいぞ!」
それを聞いていた私達にも緊張が走った。護衛達は広く布陣しているため、厚みのある攻撃には必然的に弱くなる。まさかヴォルフが人のような手を使ってくるなんて。生存本能がなせる業なのか。
「残り四匹、まとめて来るぞ! 出来る限り厚みを作れ!!」
「ボウガン隊は撃ちまくって! 少しでも数を減らすんだよ!!」
モルガンの声を皮きりに何度も弓を射る音が聞こえる。
「一匹、二匹! 残ったのは二匹だ!」
「させるかよ!」
「キャイン!!」
何かが叩きつけられる音がした。でもその音は一つだけ。
「しまった! 一匹抜けた!?」
人ではない足音が急激に近寄ってくる。よりにもよって最後のヴォルフの目標は私達の馬車のようであった。だが生憎そこに希望はない。
「獣の癖に大した知恵ですね。ですがここには私がいます」
エルの槍が最後の一匹を貫いた。
槍から滴り落ちる真紅の赤が、気持ち悪くなる程美しかった。
すべてが終わった後、私は集められたヴォルフの亡骸を見ていた。この感情をどう言葉にすればいいのか。襲い掛かってきたのだから撃退するは当たり前の事。しかしながら全滅と言う結果は予想外だった。哀れみもないわけじゃないが、私はそれ以上に引っかかるものを感じていた。
「フレデリック、さっき言っていた事なのだけれど……」
「と言いますと?」
私から話しかけられると思っていなかったのだろう。フレデリックはきょとんとした表情を浮かべる。
「最後の一匹までって言っていたじゃない」
「ああ、聞こえていましたか」
「それをわざわざ言葉にしたって事はいつもと違っているからよね?」
「……流石に鋭いですね」
私の予想はどうやら当たっていたらしい。
「当たり前の事ですが、ヴォルフが何かを襲う時は食べるため、つまりは生きるためです。だから狩りが失敗と思ったら普通は引いて、別の獲物を探します。そんなヴォルフが逃げずに最後の賭けに出てきた」
「後がなかったって事?」
「私は猟師ではないから、そんなにヴォルフとの戦闘経験があるわけじゃありません。それでも今回襲ってきた奴らはやせ細っているように見えます。きっと森を追い出されてから、一度も食事をしていない群れだったのでしょう」
そもそもの話、襲い掛かってきた事自体が普通じゃないのだ。燻した獣除けはヴォルフにとって鼻が壊れてしまう程の檄臭である。そんな、ただでさえ意識を持っていかれそうな悪臭の中で、狩りをしようなんて正気ではない。まさに生きるか死ぬかだったのだろう。
生きたいというただならぬ執念、私達はそれを力でねじ伏せたのだった。
「そう。教えてくれてありがとう」
「いえ」
何の意味もない会話であった。知ったからと言って何かが変わるわけではない。次またヴォルフに襲われたとしても情けなんてかける余裕はない。こちらも己の身を守るため、容赦なく殲滅するだけ。何も変わらないのだ。それでも私は思った。
知れて良かったと。
「この集められた亡骸はどうするのです?」
ソフィアの疑問はもっともだった。集めたのには何かしら理由があるはず。彼女の質問に答えたのはフレデリックではなく、横から出てきたモルガンであった。
「ヴォルフの肉は旨くはないけど食べられるし、皮も素材になる。生命を奪った者としてはせめて利用してやりたいけど、スタンピート中とあっちゃそんな悠長な事はしていられない。今は目的地に向かうのが先だろうね。でも匂いに別の獣が寄ってくる可能性もある。穴を掘って埋めていくのが賢明だと思うけど、護衛さんはどう思う?」
「特に異論はなしだ。それで行こう。ただ見張りも残しておかなければならない。作業中に襲われたらたまらないからな。そちらから何人か貸してくれないか?」
「もちろんだよ。ガント!」
「はいよ!」
フレデリックの指示の元、死体処理の作業は淡々と進められる。私達はそれを黙ってみていた。会話するにも何を話していいのやら。しいて言うのなら今後の事なのだろうが、まだ戦いの余韻が残っている中、まともな議論は出来そうにもなかった。
「全く先が思いやられるわね」
自分達の体たらくっぷりに思わずため息が出る。サンタナ商会や護衛の皆の方がよっぽど冷静だ。そんな私達を見かねたのか、モルガンが声をかけてくれた。
「まあ、こういうのは慣れの問題だよ。ヴォルフの死体を見て逃げ出さないだけ、上出来だと思うけどね」
「見て嫌な気持ちのなるのは否定しないけど、流石に逃げるなんて事はしないわ」
「たまにいるんだよ。パニックになったりする人がさ」
私達はどこかでこうなる事を想定していたから、準備出来ていたという事はあるだろう。では何も準備がないまま、獣の死体の山を見つけたらどうだったか。
「ま、慣れるのが良い事なのかは分からないけどね」
軽い口調ではあったが、モルガンのその言葉には何か重みが感じられた。
何気になろうでは初めての戦闘パートかもしれない。
2次創作の方では結構書いていたりするのですが。
書いていて楽しかった!
今回もお読みいただきありがとうございました!
次回はいつもどおり木曜日更新です。