王子の婚約者である私ですが、ヒロインを全力で支援します 作:幸イテ(旧名:kouta)
ヴォルフ達の亡骸を埋め終わった後、私達はすぐに移動を再開する事となった。その判断をしたのはフレデリックとモルガンの父であるサンタナ商会の会長だ。戦闘による精神の疲弊は思いの外大きいため、一度休憩をする話もあがったが、戦闘があったこの場で休むのは精神的にも落ち着かないという結論になったらしい。
いずれにせよ、旅慣れしていない私達は素直に従うだけだ。
私達は再度動き始めた馬車の中で地図を広げた。目指す所はここから最寄りの村、メーベ村だ。村を飛ばして領都まで直行する事も考えたが、こうして私達が一度襲撃を受けた以上、ベルナール領全体が危機的状況であるはずなので、村の安全は確認して回りたい。
「もしかしたらベルナール辺境伯の血族の方がいらっしゃるかもしれませんわ」
とはアーニャの談。ベルナール辺境伯には息子が二人、娘が一人いる。長男は確か私とアルベルトの一つ上の年齢で、長女が私達の一つ下、ソフィアと同じ年齢だったと思う。一方で次男はかなり年が離れていたはずだ。
「やはりベルナール家の子息子女は戦いに長けているかしら?」
同年代の貴族の子息子女に関しては、大体覚えている私であるが、学校に来ていない事もあって、ベルナール家の長男や長女には会った事がなかった。
「ええ、私も会った事はありませんが、ホープ家に来たベルナール家の使者の方から聞いた事がありますわ。長男のストライ様は両手剣を軽々と使いこなし、長女のミレー様は槍の名手だとか」
「あら、エルと同じ槍なのね」
ヴォルフを一撃で仕留めたエルの槍術は見事だったが、きっとミレー嬢の技もまた優れているのだろう。ふとエルの方を見ると彼女は黙々と槍の手入れをしていた。武器と言うモノは血をしっかり拭き取らないと錆びてしまうらしい。そのプロフェッショナルっぷりに頼もしさを覚えると同時に、自分が戦いでは役に立てない事に申し訳なさも感じる。
「私も何か武術をやった方が良いのかしら?」
だからついそんな事を言ってしまったわけだが、私の突発的な思い付きは誰でもないエルによって窘められるのであった。
「会長、私の仕事を奪わないでください」
あまりにもの即答っぷりに私は面食らう。
「……聞こえていたのね」
「もちろんです。私は貴方様の護衛なのですから」
エルの発言自体は嬉しいが、こう周りに人がいる状態ではなかなかに恥ずかしい。よくよく考えれば、エルは私の護衛として離れた場所から見守っている事も多いため、耳が良いのは当たり前の事であった。
「アルベルトはどうなの?」
このまま私とエルの関係を突っ込まれでもしたらたまらない。場の空気を変えるため、私はアルベルトへと話を振る。
「俺としてはやはり両手剣が気になるな」
「やはり男性の方は剣が好きなのですか?」
ソフィアのどこか抜けた疑問に私達は吹き出しそうになる。
「な、何でそう思うんだ?」
今度はアルベルトが犠牲となる番のようであった。ソフィアはどこか挙動不審なアルベルトに気づいた様子もなく、そのまま男児あるあるを語った。
「男の子って兵士に憧れがあるんですよね。男の子達が良く木の棒を持って、剣術の真似事をして遊んでいたのを見ていました」
きっとソフィアが育ったマリアンヌ孤児院の子供達にもそういう子はいたのだろう。女の子達ならお人形遊びかしら? 私は兄が二人のため、割と外で遊んでいた気がする。アルベルトが子供の頃は一体どうだったのか。
「ま、まあ憧れがないと言えば嘘になる」
ふむ、アルベルトもれっきとした男の子だったらしい。
しかし悲しいかな、私達の馬車にいる男性はアルベルトだけだ。ここで別の男性がいればましだったのだろうが、天然のソフィアから子供の頃の憧れを引き出され、アルベルトの顔はみるみる赤く染まった。
話振ってしまってごめんなさい。ソフィアがああいう食いつき方するとは思いもしなかったの。私はそう心の中でアルベルトに謝罪した。
「で、でもだな! 国で習う剣術は基本的に片手剣と盾の組み合わせだ。私の護衛のフレデリックもそうであるように」
「両手剣は珍しいって事ですか?」
バレバレの軌道修正であったが、ソフィアが興味を示してくれたため、事なき事を得たアルベルトは、ほっとした様子で自分の推察を話した。
「ああ、剣術の大会とかならまだしも、実際の戦いだと弓の攻撃もあるからな。盾がない事には始まらない。それに両手剣は人を相手にするには過剰な威力だと思う。それでも両手剣を使うという事は恐らく獣対策なんじゃないかと思っている」
「……ふむ」
アルベルトの言った事を私なりに考える。両手剣は獣専用の武器との推測だが、先のヴォルフなどは普通に片手剣でも大丈夫であった。ワイルドボアも問題ないはずだ。となると思いつくのはただ一つだ。
「獣すべてっていうよりも角グマ用、なのかもしれないわね」
「あれ? でも角グマには超弓を使うのでは?」
本来こうしてベルナール領に行く予定はなかったため、ソフィアには猛獣対策については教えていなかったが、空いている時間を使って独学で勉強していたのだろう。すぐに超弓の名が出てくるのがそれを物語っている。
「それに関しては正しいけど間違っている、と答えればいいかしら?」
というのもだ。超弓は角グマのためだけに作られた特別製の武器で、その名前のごとく威力は凄まじい。直撃すればあの角グマの分厚い毛皮だって貫ける程に。しかし威力を求めた結果、使い勝手は最悪になった珍兵器でもあった。
「超弓は巨大な分、重くて運ぶのが面倒でな。さらに森なんかは悪路だから荷車は使えないし、その大きさが邪魔をして木の間を通れない。元は戦争に使っていたバリスタを改造したもの故、森での使用は想定していないんだ」
「なるほど、じゃあこのような見通しの良い平地で使うしかないわけですね。そしてストレイさんは森で超弓が使えない代替品として、両手剣を使っているのではないかと」
アルベルトの解説に納得を見せるソフィアであるが、彼女はまだ誤解していた。超弓の扱いづらさはそんなものではない。
「ストレイの両手剣の考察についてはその通りなんだけど、超弓に関してはもっと残念な感じよ」
「残念、ですか?」
「そもそも超弓って狙いを定めるのが難しくてね。動く相手に当てる事を想定していないの」
「え?」
そう、ここが最大の誤解点だ。名前に弓が付くから、狩りのように動いている生き物を射ると考えがちだが、それは土台無理な話だ。重すぎるから。
「照準変えるのも、弓を引くのも二人がかりで、とても角グマの動きについていけないのよ。元のバリスタ自体が対人というよりも攻城兵器の側面が強くて、ざっくりとした狙いで敵兵の密集地帯に打ち込むものだったのよね。だから超弓を使うにはまず相手の動きを止めなければならないわ。要するに罠を仕掛ける感じね。超弓は角グマが罠の中で動けなくなった状態でようやく使えるの」
「じゃあ罠の設置がない状態で角グマに襲撃されたら?」
すがるような視線で私を見るが、私からの答えは変わらない。
「超弓は役に立たないわね」
そんな馬鹿みたいな兵器じゃないと傷つけられないからこそ、角グマは脅威なのだ。驚愕の事実を知り、ソフィアは青ざめる。私達の積み荷の中にはもちろん超弓もあるが、安全を担保するはずのそれが残念な兵器と分かって、心配になるのは当然の事であった。
では何故ソフィアと違って私は冷静でいられるのか。それにはもちろん理由があった。
「大丈夫よ安心して。フレデリックもエルもれっきとした角グマ討伐経験者だから。それも超弓に頼らず成し遂げたのよ」
「本当ですか!?」
思わぬ朗報にソフィアの声が弾む。フレデリックとエル、二人の普段の穏やかさから連想しにくいかもしれないが、護衛に一番必要なのはあらゆる悪意を退ける絶対的な力なのだ。辺境伯の子息子女も強いのだろうが、フレデリックやエルだって生半可な強さではない。
角グマが出没した際、素直に罠にかかってくれればいいのだが、賢い個体は罠を的確に避けてしまう。こうなったら残すは小細工なしの真剣勝負しかない。死傷者が出るのを覚悟する程の危険な戦いだ。二人はそんな決死の討伐部隊に参加して活躍したからこそ、私達の護衛に抜擢されたという経緯がある。
「ソフィアもさっきエルの槍を見たでしょう?」
「もちろんエルさんの強さは見せてもらいました。凄く強いのは分かっていますし、尊敬もします。でも槍では角グマに傷を負わせられないのでは? フレデリックさんの剣だって……」
「いいえ、傷ならちゃんと負わせられます。全然堪えないだけです」
エルの返しに対し、意味が分からないとソフィアは首をかしげる。
「それって結局傷を負わせられないと同じなのでは……?」
「いいえ、違いますよ。どれだけ浅くとも傷口をつけられればいいのです。何故なら」
「私達が本気で角グマと戦う場合、禁じ手を使いますから」
「禁じ手……?」
何か感じ取ったのか、ソフィアの顔に緊張が走る。エルは平坦な声のまま、怖ろしい事実をソフィアに告げた。
「毒を槍や剣の先に塗りつけるのです」
「っ!!?」
「毒の武器利用は本来あってはなりません。非人道的であるし、扱いを間違えれば自分達が倒れる恐れもあります。周囲の汚染だって少なくありません」
倫理的な問題もあるが、第一に戦う側の実力が突き抜けていなければ使えない戦術である。だからこそ毒による角グマの討伐方法は、ソフィアが読んだであろう猛獣対策の本にも記載されていなかった。
「ですが毒を利用したとしても角グマは強大です。人間であれば一分もすれば死に至る毒を平然と三十分も耐えて見せます」
「そんなにもですか……」
「こちらからは一度だけでなく何度も毒武器で斬りつけるため、その分毒の回りが早くなって時間は短縮されるでしょうが、それでも十分程度は軽く生き続けます。角グマが倒れるまで耐え続けて、私達はようやく勝利を得る事が出来るのです」
私がこの話を聞くのは二度目であるが、それでも壮絶極まりなかった。角グマの一撃は人間にとって致命打になるほど強力だと言う。こちら側が複数人前提とはいえ、そんな相手と十分間も戦い続けるのだ。単純な強さだけでなく、心の強さも必要となるだろう。
「本当は矢が突き刺されば毒矢でも良いのですが、普通の矢では弾かれてしまいますからね。本当に厄介です。ただ倒せない事はありませんよ」
角グマという生物の強大さと、それをどうって事ないと言って見せるエル。私達を不安にさせないために教育されている部分もあるのだろうが、私はエルの見せる余裕が頼もしかった。
しかし初めて聞かされたソフィアにとってはショックだったかもしれない。ソフィアはそのまま考え込んでしまったが、私はあえて触れなかった。励ますのも違うし、脅かすのも違う。ソフィアに必要なのは事実を受け入れる時間だ。
「つくづくとんでもない獣ですわよね。嘘か本当か定かでありませんが、一度飼い慣らせないか試してみた人もいたとか」
アーニャの話は私も聞いた事がある。今日まで残っていないという事は失敗したって事なのだろうが。
「気持ちは分からないでもないわ。まさに究極の暴力ですもの。もしも飼い慣らせたらとしたら、戦略的価値が高いのは言うまでもないし。一頭でどれ程の敵兵を屠る事が出来るのか。我が国は別に戦争状態ではないけれど、いざと言う時のための切り札が欲しいという考えは理解出来てしまうわね」
思いっきり語っておいてふと正気に返る。私は一体何を意気揚々と語っているのか。
「はあ、すぐに政治に結び付けて考えてしまうのは悪い癖ね」
「私は楽しいですわよ? むしろこうした会話に飢えておりましたもの。だからどんどん行きましょう! 飼い慣らすのは無理でも武器や防具としてはどうかと私は考えますわ」
「武器と防具ですって?」
「角グマはその屈強な体を支えるために骨も頑丈と聞きましたわ。毛皮だって弓矢をはじくくらいですもの。色々使えそうですわよね」
私が確かにと思っていると、アルベルトが割って入って来た。
「それに関してはすでに検証されてるぞ」
「あら、そうですの?」
「確かに角グマの素材を利用した武器や防具は強い。ただな? 頑丈なだけあって加工が大変でな。一頭分加工しようものなら刃物が何本も駄目になる。結果、費用がかかりすぎるって事で没になったんだ」
「我ながら良い案だと思いましたけど、なかなかうまくいかないものですわね」
私達がそれからも角グマの価値について話していると、ソフィアが突然顔をあげた。ソフィアはそのままエルへと向き直る。どうやら気持ちの整理が出来たらしい。
「エルさん、私は無知だから、もしも角グマに出くわした場合何も役に立たないと思います。ですが……」
「その時は貴方の邪魔をしない事は約束しましょう」
ソフィアのそれはまさしく信頼の証であった。それまで無表情のエルであったが、一瞬だけ微笑んで見せ、感謝の言葉を口にした。
「ありがとうございます」
結局、心配する事なんてない。それだけの話であった。
今回もお読みいただきありがとうございました!
今日の投稿で文字数20万字超えたぞ! 10万字の時も思いましたが、達成感はありますよね。
しかしながら世には話数にして何百話、文字数にして100万字越えの方々もいらっしゃるわけで。
元から凄いと思っていましたが、自分で長編書いてると、なおさらその凄さを感じますね。
次も更新は月曜日、木曜日の予定ですのでよろしくお願いします。
それではまた次回お会いしましょう。