王子の婚約者である私ですが、ヒロインを全力で支援します 作:幸イテ(旧名:kouta)
「これがオルフ達の顔か」
「ええ、でも彼も色は隠しているだろうから、容姿だけ参考にしてね」
物資を送る準備をしている中、私はストライに予め用意しておいた似顔絵を見せていた。そこにはオルフだけでなく、レステア領から消えた若者達のものもある。暫定的にオルフの支持者と思われている者達だ。
「これだけの人数がいるのに、良くもこんなに枚数を描いたものだ」
似顔絵はオルフと若者達を合わせて計12名分あるが、各人毎に100枚ずつ用意してある。普通に考えれば途方もない作業であり、ストライの疑問はもっともだが、こんな短期間で出来たのは理由がある。
「これ、実は版画なのよ」
「まさか!?」
信じられないと驚くストライであったが、私も最初はそんな感じであった。
「他の絵と比べて見て。押す強さにばらつきはどうしても出るから、濃淡は違っているかもしれないけど、線は寸分たがわず同じでしょう?」
「……確かに。これは普通の絵ではありえないな。一体誰が?」
「サンタナ商会のモルガンの婚約者、ミハエルにお願いしたの。彼は芸術家で特に木工細工が得意だから、木版画をお願いしてみたの。私達も出来の良さには驚いたけどね」
版画の良さは一度作ってしまえば量産可能と言う点だ。しかしながら元の版画を作るには相応の時間がかかる。あえてサイズを小さくする事で労力は抑えたが、それでも一人につき数時間はかかる。それを十二人分だ。ミハエルには相当無理をしてもらった。
「そうだろうな。こんなの言われなければ気づかないぞ」
本当に思わぬ見つけものであった。まあモルガンが離さないでしょうけど。
「しかしこの絵が正しいのだとしたら、オルフの奴はともかくとして、皆普通過ぎないか? この表現で合ってるか分からないんだが……」
ストライの言いたい事は分かる。スタンピートを起こそうとする輩なのだから、もっと決意を秘めたような、そんな表情をしていると思っても無理はない。しかし似顔絵に描かれた若者達の姿はどこか緊張感にかけ、平和そのものだ。
これは彼らが失踪する前の普段の姿を聞き出し、描いてもらったからであるが、それにしたってこんな国家反逆行為を働くようには見えなかった。
スタンピートを起こしたのは普通の若者達、これが正しかったとしたら、私達は残酷な選択をしなければならなくなる。
「……ストライ辺境伯令息、無知は罪だと思うか?」
その問いかけをしたという事は、アルベルトはストライにも話すつもりらしい。施政者としての刃、それを振るうのはどういう事なのかを。
「アベル殿、それはどういった意図だ?」
「私達はな。オルフに扇動されたこの者達は、物事を簡単に考えていたのではないかと疑っているのだ」
ストライは怪訝な表情を浮かべる。そりゃこれだけの被害があったのだから、簡単と言う言葉で済ませられたらたまったものではないだろう。でも私達はそこにこそ答えを見出した。
「オルフの案は、スタンピートが発生した場所に行って援助を申し出て、自分の地位を高める事だ。実際はスタンピートを自分で起こすのだから自作自演って事になるが。これだけでも相当無茶だが、さらにそこから、一緒に腐った国を打倒しようと持ち掛けるつもりなわけだ。つまり内乱を起こせと、戦争を起こせと言っている。ちょっと考えれば問題が多すぎて、頭が痛くなってくる程だ。だが……」
「オルフの案を自分で考えずに、聞いた言葉通りに信じていたら?」
ストライは目を見開く。どうやら私達が言いたい事は伝わったらしい。
「……そういう事か」
そう、先を見通せない奴らでなければ、このスタンピートは起きていないのだ。例えばベルナール領に深い恨みがあり、めちゃくちゃにしてやろうとかであれば、スタンピートだけ起こせればいい。
だがオルフ達の目的は英雄になる事だ。自分達で起こしたスタンピートを自らの手で鎮圧して、そうして辺境からの信頼を得て、革命に持っていこうという話なのだから。でもこの計画には肝心な事が抜けている。
オルフ達はどうやってスタンピートを鎮圧させるつもりだったのか。
一応何かしらの案はあったのだろう。だがそれが成功していたのなら、今この時点でスタンピートは終わってなければならない。今もまだ各村が危機的状況にさらされているという事は、彼らの計画がすでに失敗している事を表していた。
「一つ腑に落ちた事がある。私達はずっと鍛えてきたし、獣達との命のやり取りもするから、強者と言うものは何となく感じる事が出来る。それは武力のみならず、例えば諸君らのような知を武器にする者達であっても」
一流は一流を知るというものだろうか? 私がそれを信じるには些か武の者との出会いが足りていない。でも嘘は言っていないと思った。
「まあ、アベル殿とソアナ殿については怒りが先に来てしまって、全く働かなかったが……」
何も勢いで押し切ってしまえばいいのに、ここで馬鹿正直に言うのがストライの良い所だろう。怒りを否定しないが、怒りでコントロールを失うとろくな事にならない。その良い例だったように思う。
「不思議に思っていたのだ。スタンピートを起こすような危険人物達を何故私達は抑える事をせずに素通りさせてしまったのか。殺意があったのなら感じ取っていたはずだが、つまりは素人だったからなのだな。自分達がこれから何をするか理解していない半端者だったからこそ、私達は感知出来なかった」
オルフ達は怪しい集団とは映らなかったのだろう。それこそちょっとした旅行に来たくらいの気ままさでスタンピートを起こした。遊びの延長線のように。
しかしこれで繋がって欲しくなかった線が繋がってしまった。
「無知は罪なのか、か」
「普通は知らなかったら、それを恥じて今後に生かせばいい。だが……」
アルベルトの憂う様子を見て、ストライ深く大きなため息をついた。
「スタンピートを起こす前に捕まっていればよかったものを……」
それこそが答えだった。
つまり一線を超えた彼らを救う術はない。ここまでの被害が出た以上、『こうなると思っていなかった』は通じないのだ。
「自業自得、ではあるが……面白いものではないな」
そう言うストライの表情は苦しげだった。主犯のオルフなら何も良心の呵責は起きないだろう。オルフには明確な動機があるのだから。教会と前司教が生んだモンスターであるが、結局は本人の選択の結果だ。
だがオルフについてきた彼らは騙されたようなものだ。そうして深く考えなかった代償が今、浮き彫りになった形だ。国家反逆罪はその場で切り捨てても構わない程の重罪である。
正直施政者の立場から見れば墓穴を掘ってくれた事はありがたい。何故ならオルフの賛同者達は彼から色の真実を知らされている可能性が高い。我が国では色の真実を知る者の処罰も死刑であるが、だからこそ彼らは捕らえられたら必死に隠すだろう。
命がかかっているのだから口を割るという事は絶対ない。皆が示し合わせて否定したら、追及するだけの証拠は私達は持ち合わせていない。その場合は解放するしかないだろう。
その後は、知らない事が嘘でないか一生監視し続ける事になる。
彼らが一線を越えてくれたからこそ、私達は面倒な調査をしなくても、彼らを処分する免罪符を得てしまった。心は軽いどころか重い。
ソフィアはフローレル男爵を断罪した時、すっきりするよりも気持ち悪いものが残ったと言っていた。
今ならそれが分かる。
フローレル男爵は完全に悪人だった。それでも断罪の時に重い何かを背負わされたのだから、無知ゆえに騙された若者達なんて重いなんてものじゃない。被害者であるストライですら沈痛な面持ちである事からもそれが伺える。
ソフィアとアルベルトはこんな重荷を背負っても私を気遣ってくれていたのだと、今更ながらに思い知った。
……これが施政者が持たなければならない苦しみなのね。
でも二人が抱えているのだというのなら、私もそれを抱えて見せよう。私達三人は同志なのだから。二人の追い付くためにも私は己の決断を口にした。
「ここで覚悟は決めておいた方が良いでしょうね。どれ程残酷であろうとやらなければならないわ。私達はいかなる理由があろうとも彼らを処分する。オルフと同じよ」
「全く、先に言われちゃ叶わないな」
「ナンシー会長は思い切りが良いですから!」
苦笑するストライに、どこか自分の事のように嬉しがるソフィア。言葉こそないがアルベルトも笑みを浮かべていた。きっと皆カラ元気だ。それでも笑う。
それはこれから犯す人殺しの罪を忘却するためだろうか。
それでもいい。迷う事こそが一番してはいけない事なのだろうから。
私は善人にはならない。善人こそがオルフと言う闇を生んだのだから。強すぎる光はそれだけの影を生む。清濁併せ持つ事こそが正しいとか言うつもりもない。私は私として突き進む。私が望む未来を掴むために。
心の片隅に泥がまとわりついた気がした。私はそれを微笑みを持って受け入れる。これこそが私が二人に追いついた証なのだから。
記念すべき50話のタイトルがこれ!
しかしこうして見ると、この物語は逆サイドの話なんだなぁとつくづく思う。
普通だったらオルフの賛同者を切り捨てるところとか、
「そんな犠牲は許さない!」とかになるでしょうから。
今回もお読みいただきありがとうございました!
来週の更新はいつも通り月曜日と木曜日予定です。