王子の婚約者である私ですが、ヒロインを全力で支援します   作:幸イテ(旧名:kouta)

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第五十一話 失意 ???サイド

 

 はたして自分と言う者はこの世界に存在しているのだろうか? 頭の中には常にその問いがあった。皆俺の事は様付けで呼ぶけれど、その瞳の奥にはいつだって父がいた。求められる事は嫌いではない、と思う。でも父のようにあれ、は好きではなかった。父の事は尊敬しているし愛してもいる。憎むなんてとんでもない事だ。しかし俺が好きなのはあくまで父だけだ。

 

 はっきり言おう。

 

 俺は父以外のすべてが嫌いだった。

 

 もう一人の肉親である母すらも俺の敵だ。母はむしろ、誰よりも俺を見ようとしなかった。病気で早死にした時、悲しむどころかほっとした事を覚えている。

 

 だが父の狂信者どもは母だけではない。奴らは父の模倣品を求め続け、少しでも違うと勝手に幻滅する。教会の者達だけではない。貴族、民衆、あらゆる者が俺の事を見ようとしない。他の者はちゃんと見るくせに、俺だけは見られない。

 

 ホープ子爵だってそう。最初こそ助けてくれたと思っていた。兵士が来たから逃げろと言ってくれたが、実際俺は兵士ではなかったが教会に捕まり、有無を言わさずレステア領へと追放された。せっかく知らせてくれたのに情けない限りだった。

 でも俺は思うんだ。そもそも通報したのはホープ子爵じゃなかったのかと。何故なら彼らもまた俺じゃなくて父の姿を見ていたから。目の前にいるのは俺のはずなのに。騙されたと思った頃には全て終わっていた。

 それでも追放先で教会が本気で監視してくれていたなら、俺はまだ正気でいられたかもしれない。実際はそんな事なく、追放後の監視の目は無きに等しかった。教会は俺を追い出したにもかかわらず、俺を取るに足らない者としてしか見なさなかった。

 

 あいつらは何時だって俺を人として見ない。生まれた時から今に至るまで一度も。腸が煮えくり返るほどの怒りだった。それと同時に己の不甲斐なさが情けなかった。

 

 

 俺は父からこの国の未来を託されたのに。

 

 

 俺は父からサイヴェリア国の色の真実を教えられた。その時の衝撃と言ったら。きっと父はずっとその理不尽な制度を変えたいと願っていたのだ。それもそうだ。生まれた時から優劣を付ける制度なんてない方が良いに決まっている。

 

 

 色があるから貴族である。全てに公平な父がそれを許すわけがなかった。

 

 

 そんなものがあるから、貴族は努力せず、ただ血筋だけの情けない奴らが領を治めている。それに真面目な貴族にとっても色は悪だろう。色がある限り貴族が領民を施すのは当たり前で、努力の結果じゃないように見られてしまう。そして血族の中で誰か突出した者がいたりすれば、永遠とその者と比べられるに違いない。俺がそうだったように。

 

 俺は俺にすらなれなかった。ホープ子爵家への決死の訴えも届かず、ただ無力な自分を思い知らされた。

 

 誰からも舐められているにもかかわらず、それを払拭しようとせずに田舎に籠っている自分が酷く惨めだった。父から託された使命よりも俺は自分の安全を選んでしまった。生きているだけの存在でしかなかったのに。

 レステア領での生活が半年にもなれば、それなりに知人が出来てくる。ここの者達は俺が司教の息子である事を知らない。だから皮肉にもレステア領に追放されて、俺は初めて人としての喜びを得たのだ。

 

 いっそこのままでもいいか、そんな事を考えていたから罰が当たったのだろう。

 

 そうやって消極的に過ごしていた俺にもたらされたのは父の死であった。知らせてくれたのは教会じゃなく、レステア領の知人達だ。本来あるべき教会からは連絡は一切なし。彼らは俺を追放してから、すでに俺を亡き者として見ているらしかった。

 

 

 俺の中で何かが切り替わった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ふと目を開けるとまだ辺りは暗かった。窓の外へと視線を向けると満点の星空が広がっている。しかしながら感動はない。そんな余裕今の俺は持ち合わせていなかった。

 

 周囲には仲間達がくたびれた姿で寝ている。疲れ果てていたから早々には起きないだろう。彼らは父ではなく、俺自身を見てくれた同志達だ。でも今、その信頼も揺らいでいる。俺についてきてくれた数少ない仲間は十一人、そう、十一人いたはずだった。現在残っているのは四人、半分以下だ。裏切られたわけじゃない。

 

 

 ……彼らは死んでしまった。

 

 

 

 

 俺が失敗したんだ。

 

 

 スタンピートを起こすまでは完璧だった。獣除けはどこでも買えるものだし、一か所でまとめ買いしなければ怪しまれる事もない。念のため毎回買う人物は別にしたし、フローレル男爵の屋敷に滞在している時に溜めたお金があったため、道中で困る事もなかった。

 

 俺達は計画通りベルナール領に到着し、森の近くの村で一泊した後、早朝に森へと向かった。ちゃんと風向きを確認してから、森の近くで獣除けを燻し、現場からすぐに離れた。

 

 そこからは村に帰って、スタンピートを待つだけだ。ベルナールの兵は屈強と聞くし、たとえ獣共が襲い掛かってきても守ってくれるであろう。

 

 後は簡単だ。

 

 十分にスタンピートが広がったのを確認した後、俺達でベルナール辺境伯に協力を申し出ればいい。そうして信頼を勝ち取ってから革命を持ちかける。ベルナール領はこのサイヴェリア国に属してこそいるが、実際は独自で動いている事は調べてある。もしも国が不甲斐ないと思ったなら躊躇なくその牙を向けるはず。そのための牙をベルナール領は持っているのだ。

 

 

 

 しかし俺達は思い知らされたのだ。獣と呼ばれるモノのを恐ろしさを。

 

 

「ワオーン」

「やめろっておい」

 村への帰路の途中、俺達が未来に期待を膨らませていた。仲間の一人がふざけて獣の声を出し、それにビビった者達を笑う。反応してしまった者は顔を真っ赤にして怒る。いつものじゃれ合いだ。

 俺はむしろそんな仲間達を誇らしく見ていた。森が危険な事を伝えていたが、それでも着いてきてくれた仲間達だ。この場において余裕がある姿が頼もしい。

 余程反応が良かったのが面白かったのか、他の誰かが獣の声をあげる。二回目のそれはやけに上手くて感心した。またビビってしまった一人が誰がやったのかと非難の声をあげる。しかし先ほどとは違って誰からも返事がなかった。

 最初にやった者も俺じゃないと首を振る。どこか妙な空気になりつつも、俺達はお互い顔を見合わせ、犯人は誰かを探し合う。随分と溜めてくれるじゃないかと思っていると、一人が酷くマヌケ声をあげた。

 

「あ」

 

 犯人が観念したのかと皆視線を向けたが、そいつは俺達ではない何かを見ていた。血の気が失せ、唖然とした様子を変に思い、俺達はそいつの視線の先を追う。

 

「……えっ?」

 

 それは誰の声だったのだろうか。ひょっとしたら俺だったかもしれない。俺達の目の前に現れたのはそこにいてはいけない存在であった。

 

 

 

 巨大な角グマがそこにはいた。

 

 

 

 後ろには子供らしき姿もある。しかも二匹だ。

 

 

 

 突然の事に頭が真っ白になった。

 

 

 どうして角グマが森ではなく、その反対側の方からやってきたのか? 何で前の方からやってくる? 俺達の前提では全ての獣が森側にいなければならない。逃げた先で出くわすなんて想定していない。よりにもよって角グマなのも最悪だ。

 でもこの時はまだ少し余裕があった。何故なら俺達は獣除けを染みこませたマントを装着していた。もしもの準備はちゃんとしてきたのだ。これで獣達は臭いを嫌って襲ってこないはず。

 

 そんな淡い希望は脆くも崩れ去った。

 

「おいおい、嘘だろ!? マジか!!?」

「逃げろぉぉぉぉぉ!!!」

 獣除けの臭いをもろともせず、角グマの親は俺達に襲い掛かってきたのだ。俺達はすぐに全速力で駆けだした。しかし巨体であるにもかかわらず角グマの足は異様に早く、まず追いつかれた一人が背中に一撃をもらって吹っ飛んだ。

 うつぶせに倒れたそいつに追い打ちをかけるかの如く、角グマの子供達が飛び掛かる。その間に親の方は別のもう一人にかみつき、振り回す。声をあげたのは一瞬の事、地面に思いっきり叩きつけられたそのもう一人はぐったりしてしまった。

 余りにも圧倒的すぎて助けようなんて思えなかった。純粋な暴力の化身を前にして、俺らの選択肢は逃げるしかない。だがこのまま逃げても森に戻るだけ。俺達は角グマをかわしてその向こうへと逃げなければならない。俺は全力で叫ぶ。

「反対側に抜けないと死ぬぞ! 森の方に戻ってもスタンピートに巻き込まれる!!」

 あの化け物の近くを通り抜けるなんてあまりにも無謀、でもそれしか選択肢はないのだ。今、角グマたちは倒れた二人の方を見ている。行くなら今しかない。

「行くぞぉぉぉぉぉぉ!!」

 己を鼓舞するかのように叫びながら、俺は角グマの方へ突っ込んだ。真っ先に行ったのが良かったのだろう。俺は何とか抜ける事が出来た。二番目に続いたやつも、三番目も大丈夫だった。でも四番目が角グマの脇を通ろうとしたとき、遠心力が乗った角グマの剛腕が直撃し、地面に叩きつけられた。

 その光景を目の当たりにしながらも五番目以降も抜けてくる。それ以上俺は後ろを確認しなかった。ただただ前を見て走り続けた。途中で後ろから誰かの悲鳴が聞こえる。いくら逃げ続けても角グマは執拗に俺達を狙っているらしく、一人、また一人と仲間が減っていく。

 

 奴が俺達を追うのを諦めたらしいと認識した時、俺はようやく後ろを振り返ったのだが、そこに残っているのはたったの四人だった。凄惨たる結果だった。

 

 涙は出てこなかった。

 

 あれだけの人数がたった一匹の角グマに殺された。だったらスタンピートはどうなるのだろう? あの森に角グマは何匹いるんだ? あれに人間は勝てるのか? それでもベルナール領の兵なら角グマだって倒してくれるはず。だってベルナール領は今日まで残っているのだから、それ自体が証拠だ。

 

 不安を胸に俺達は歩き続けるが、村が見えた時、希望が見えた気がした。

 しかしその希望はただのまやかしであった。

 

 命かながら村に辿り着いた俺達だったが、そのタイミングで獣達が一斉に押し寄せてきたのだ。とうとうスタンピートが始まってしまったのである。それでも村には屈強な兵士達が村を守っている。彼らの鍛え上げられた肉体を見ると改めて大丈夫と思えた。

 実際初めのうちは予想通りだった。兵士達は巧みな連携でヴォルフやワイルドボア達を駆逐していく。その状況が一転したのは奴らが現れてからだ。

 

 村に突撃してきた黒い巨体、その正体はそう、角グマだ。それも一体だけじゃない、三体だ。全員体が大きく、先ほどの親子とは別個体だった。大人の角グマが三体もいる。

 

 ……そこからは地獄だった。

 

 角グマ達の蹂躙が始まったのだ。一体ならなんとかなったのかもしれない。素人の俺が見ても兵士達は凄く強かったから。皆で囲めば倒せたんじゃないかと思う。でもそんな死力を尽くしてしか倒せない化け物が三体もいるのだ。勝てるわけがなかった。

 兵士達もそれを察したのだろう。彼らは自分達がここで食い止めるから村人や俺達に村から逃げるように伝えた。俺達は兵士達に言われるがまま、村人達と一緒に逃げた。

 

 彼らがどうなったかは分からない。分かりたくもない。

 

 

 

 運良くと言えば良いのか、別の村に辿り着いた俺達は逃げ延びる事が出来た。俺達がスタンピートを起こした事もバレなかった。むしろ俺達は仲間を失った被害者として同情されている。

 

 命は助かった。

 

 だがそれだけだった。

 満身創痍であった。心も体も。

 

 仲間達は怒る気力すらもないようだった。ただ恐怖に支配されていた。それ程角グマの衝撃は凄まじかった。あれが同じ生き物とは思えない。あんな化け物が存在を許されているなんて……

 

 そこまで至って、何で俺が今目覚めてしまったのかを悟った。俺は怖いのだ。余裕が出てきたら皆原因を調べようとするだろう。一度そこまで至ったら、責任が誰にあるのかを辿るのは容易だ。

 

 俺は皆から糾弾されるのだろうか? もう皆は俺についてこないのだろうか?

 

 俺のした事はどうしようもないやらかしで、責められても仕方のない事だ。

 

 でもどうしてだろう? 確かに怖さはある。でも何もしていなかった時ほどの怖さは感じない。こんな酷い事になっているのに。怖すぎて感覚が麻痺してしまっている? そうじゃない気がした。こう、言葉に出来ないのがもどかしい。

 

 

 俺は一体どうなってしまったのだろうか?

 

 

 

 




というわけで今回はオルフサイドのお話でした。
満を持しての登場となりましたが、
彼は彼なりの理屈で動いております。

次回は木曜日、今回もお読みいただきありがとうございました!
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