王子の婚約者である私ですが、ヒロインを全力で支援します   作:幸イテ(旧名:kouta)

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第五十四話 刹那の勝負 ストライサイド

 

 角グマとの戦いはベルナール領に住む以上避けては通れない。奴らは森の王で、俺らは平地の王、領域を犯すものは互いに死あるのみ。そんな世界であった。

 森では最強たる角グマだが、根絶やしにするだけなら容易い。森に火を放てばいいのだから。木や草、あれだけ燃える素材に溢れているのだから、森の獣達は逃げようがない。

 

 だがそれをしたらいけない理由があった。もしも森を焼失してしまったら、俺達は血みどろの戦いに身を投じる事となる。人間同士の悲惨な戦い、すなわち戦争だ。

 

 角グマの生息している森は隣国に跨ぐ程広大で、国境の大半が森で覆われている。だからこそ俺達は国境の防衛ラインを局所的に置くだけで済んでいる。森を抜けて進軍なんて自殺行為に等しいのだから。

 

 森に角グマがいてくれるからこそ、俺達は平和を享受しているのである。

 

 だからこそ俺らは余分に角グマを狩らない。森の外に出てきた奴や、森の浅い所に生息している奴らのみを討伐する。そんな古くからのしきたりを考えの浅いぽっと出のクソガキ達に台無しにされた。

 スタンピートが起きてから俺が狩った角グマはすでに七頭になる。角グマは人にとって天敵だ。それでも俺はこんな無理やりに森の外に出された奴らに哀れみを感じていた。本来しなくてもいい戦いをしているのだ。村を壊滅された憎しみとは別に思うところはある。

「偵察兵から連絡、角グマは母グマの模様! 子グマを確認したとの事」

「そうか、だったら相手は絶対引かないな。皆覚悟は良いか? 相手は死に物狂いで抵抗してくるぞ!」

 

「何時でも行けます!」

「今回もやってやりましょう」

「重労働なんですから旨い飯頼みますよぉ?」

 

 俺が檄を飛ばすと周りの兵達が思い思いの言葉を口にする。言葉こそ軽いが、彼らの瞳は笑っておらず、絶対仕留めるという漆黒の意志を感じさせた。同情すべき事情があるにしろ、古からのしきたりはあらゆる事よりも優先される。

 

 領域を犯した獣には死を。

 

 ここは貴様達のいるべき場所でないのだから。

 

「よし! お前ら仕掛けるぞ!!」

「「「おう!!」」」

 

 

 俺達は武器を手に取る。皆が手に持つのは槍、距離を取ったまま戦える優秀な武器だ。特に角グマの攻撃範囲外から戦えるのはこれ以上ない利点だ。

 

 背中にある大剣、こいつの出番はまだ後だ。俺も最初は皆と同じく槍を使う。

 

 俺達は一斉に駆け出す。悠長に隠れて隙をつくなんて事はしない。それはあっちの土俵だ。視力も嗅覚もあちらの方が上なんだから。遠くで双眼鏡使う事で相手に気づかれずに観察出来ているが、近づいたらどうしたってバレる。

 だったら位置がバレようが一気に詰め寄って相手の考える時間を消す。特に今回の相手は母グマだ。お前の子を狙っているぞと知らせてやれば勝手に向こうの方から現れる!

「そぉらおいでなさったぞ!」

 畑の奥から猛烈な勢いで迫ってくる。あいては予定通り俺達の殺意を感じ取ったらしい。

「おはようさん! あんたらに死を届けに来たぞ!」

 突然目の前に現れる黒い巨体に対し、俺は先制攻撃として槍を突き刺す。角グマは一瞬たじろぎこそしたが、すぐに己の体に刺さった槍を叩き折る。槍が破壊されてしまったがそれでいい。

 

 ベルナール領で熊狩りの際、槍はあえて柄を木製にする。それは何故かというと、下手に鉄製にすると槍ごと俺達が吹き飛ばされてしまうからだ。相手の攻撃に合わせてとっさに手を離すのは難しい。

 

 というよりもやりたくない。

 

 何故なら槍が刺さったなら少しでも奥に押し込みたいし、肉まで辿り着いたと確信が出来たのならねじりたい。ちょっとでも傷口が大きくなるように。

 木製であればぎりぎりまで攻撃の時間を増やせる。角グマが嫌がって槍を攻撃しても、木製だと先に折れてしって、俺達がその威力をもろに受ける事はない。一方で守りが弱くなる弱点もあるが、どうせまともに一撃をもらったら槍ごとやられる。固いのは槍先だけで十分だった。

「間髪入れずに刺しに行け! 相手に反撃の隙を与えるな!!」

 俺の指示を受けて、周りの兵達が次々の槍を刺しに行く。

「くらえや!」

「そらそらぁ!!」

 その間に俺は次の槍を取りに行く。木製の槍のストックはたんまりとあった。槍が折られたら次の者が刺しに行き、折られた者はその間に槍を補充する。そうやって絶え間なく攻撃し続ける。これがベルナール流の戦い方だ。

 

 それでも角グマは強大だ。傷を負いこそするが、これで倒れるほどのやわな体はしていない。また角グマは思いの外賢い。俺には奴の考えが分かる。奴はこう考えているはずだ。

 

 ずっと攻撃にさらされているが、ダメージとしては致命的ではない。こいつらの攻撃力は全力でその程度だ。だったらいっそここで攻めに転じる!

 

 考えが完全にシンクロした瞬間、角グマは兵士の方へ、俺は角グマの方へと駆けだす。タイミングはほぼ同時だった。

「隙をさらしたなアホがぁ!!」

 俺は奴の無防備な背中に向かって、己の体重の乗せた槍を上から押しこむように突き立てる。先ほどとは違い、全力の一撃だ。角グマはたまらず反転し、腕を振り回す。

「見えてるぜ!」

 俺は咄嗟にかがんでそれを回避し、角グマの顔面にカウンターで拳をお見舞いした。棘手甲付きの特別製だ。いくら角グマでも顔面は急所、体を突き刺すよりも効果的だ。奴がたまらず顔を覆うしぐさをしている間に俺は角グマから距離を取った。

 

 これで俺を印象付けられただろうか。

 

 その間にも別の兵士達の槍が角グマに絶え間なく襲い掛かる。だが奴は先ほどよりも強い視線で俺達を睨みつけた。そして……

 

 

 咆哮

 

 

 すくみ上るほどの大声をあげ、ところかまわず暴れまわる。それまで命中していた槍もがむしゃらに振り回す腕に防がれる。そう、角グマは弱らせてもこれがある。執念とも言えるまでの生存本能、ここからが奴の全力だ。

 ここからは下手な攻撃は危険だ。刺さる事もなく武器だけが破壊されると、攻撃の連続性がなくなってしまう。相手に攻撃の機会を与えてしまう。

「お前ら引け!!」

 俺は兵士達に退却の指示を出し、逆に俺は角グマの方へと向かう。手に持つのは槍ではなく大盾だ。奴も俺に気づいたらしい。それまで奴は全方位を警戒していたが、標的を俺一人に変えた。そうこなくっちゃな。お前が一番殺したいのは俺だ。

「さあ、ここからはタイマンといこうか!」

 角グマは憎しみが籠った視線で俺の方へと突っ込んでくる。角グマが重い一撃を放った時、俺は半歩進んで斜めに盾をかまえた。その凶悪な力を受け流すために。こうする事で人の身でもギリギリ耐えられるのだ。

 

 あえて一対一を選んだ理由は二つ。

 

 一つ、兵士達がまだこの域に達していない事。

 

 二つ、差しの勝負の方が攻撃が読みやすい事。

 

 正しく受け流すには相手が完全にこちらに集中していなければならない。第三者の存在は予想外を生み、それが敗因になってしまう。

「さあ、どんどん来い! 貴様の貧弱な攻撃では俺は倒せんぞ!」

 当たらない事に苛立ってきた角グマの攻撃はどんどん苛烈になる。だがそれこそ思う壺と言うものだ。ただでさえ負傷しているのに、全力の攻撃は悉くからぶる。攻撃すれば攻撃するほど体力はどんどん失われる。

「はは、そんなものか! 角グマのくせに情けない奴だな!」

 言葉で散々煽っているが俺も必死だ。たった一手間違えただけで俺は死ぬ。受け流す方向に失敗したら俺は吹っ飛ばされ、その後に体勢を立て直す事も出来なく、トドメの一撃をもらうだろう。

 

 何てひりつく時間。こればっかりは何度やっても慣れない。

 

 領の安全を守る次期領主としては相応しくないから、心の中でのみ言う。

 

 

 角グマとの死闘はいつだって最高だと。

 

 

 

 どれほど戦っていただろうか。ふと角グマの攻撃がやんだのだ。

 

 

 角グマはようやく決断をしたらしい。己の最大の武器を使う事を。

 

 

 角グマはそれまでの二足歩行をやめ、獣らしく四つ足の体制に移行する。低いうなり声をあげながら角グマは俺を睨みつけ、ゆっくりと距離を詰めてきた。一瞬で詰め寄る事の出来る距離、そこまで近寄りたいのだろう。

 だが俺は引かない。むしろ俺の方からも距離を詰める。それを敏感に察知した角グマも負けじと圧を強めた。こうなってしまえばもうお互い逃げられない。じりじりと距離が縮まっていく。

 

 

 俺は大盾を捨てさる。そして今までお飾りでしかなかった背中の得物を手に取った。

 

 

 

 その名こそ熊殺しの大剣。

 

 

 俺はそれを角グマに見せびらかすようにかまえる。

 

 お前には分かっているはずだ。この武器に埋め込まれた尖った物がなんであるか。そう、これはお前たちの同胞の亡骸で作った剣だ。それがお前達、角グマの命を奪っている。

 

 さあ、怒れ。これ程の屈辱、これ程の暴挙、他にあるまい。

 

 お前が俺を倒せないのであれば、俺はこの武器でお前の子を屠る。

 

 

 

 俺の思考が通じたのか。角グマは咆哮をあげて突撃してきた。角グマの奥の手、それは角による突進だ。人の数倍の巨体が人以上の速さで体ごと体当たりしてくる。あれにはいかなる防御も無意味、角はあらゆるものを貫通するし、角を避けられたとしても、少しでもその体に触れてしまうものなら吹き飛ばされる。

 

 だが、だ。俺はこれこそ待っていた。頭を下げ、角で突き刺そうと突進してくる瞬間こそを。

 

 俺は一歩だけ横へと踏み込み、思いっきり体をひねる。そして突っ込んでくる角グマに向けて、熊殺しの大剣を渾身の力で叩きつけた。

 

「死ねやぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 轟音が響き渡る。

 

 次の瞬間、熊殺しの大剣が無惨にも砕け散るのが見えた。だが呆けている時間はない。角グマの勢いを殺しきれなかった俺は咄嗟に横に飛びのく。直後、角グマは俺のいた場所を猛烈な速度で通り抜けた。まさに紙一重であった。

 かわされた角グマはすぐに反転して、もう一度俺に突っ込んで来ようとするが、俺はもう何もしなかった。勝敗はすでに決しているのだから。

 

「いつも思う。その闘志は見事なものだと。しかしお前の負けだ」

 

 角グマは俺に辿り着く前に転倒し、そこからもう動けなくなった。まだ生きてこそいるが、もはや虫の息だった。

 

 角グマの頭には無数の棘が深く突き刺さっていた。熊殺しの大剣に埋め込まれていた角グマの角だ。奴の突進力はそのままこちらの攻撃力にもなる。その威力に木製の部分は耐えられないが問題ない。

 

 熊殺しの大剣は元からそういう武器なのだ。

 

 鉄ならばあるいは耐えらえるかもしれないが、重すぎると速度が失われる。そうなれば角グマの突進に斬撃を間に合わせられない。だから木製というわけである。チャンスは一度限りの大博打な武器、それが熊殺しの大剣であった。

 

 奴は自分の最大の攻撃を自分で受けてしまった。受けた場所は生物の急所である頭部、致命傷だ。後は命が消えるのを待つのみ。

 

 

 勝負は決した。

 

 

「ふう、今回も生き延びたな」

「お見事ですストライ様」

「子グマの方は?」

 残酷であるが見逃すわけには行かない。親を殺され、人に対する憎しみを持った子グマを逃がしてしまえば、後に災いを招く。だが事態は俺達の予想外の方へと進む。

「大変です! 子グマ達が殺されてました!」

「なんだと!? となると雄グマもいたのか!?」

 母グマにとっての一番の敵、それは別の雄グマだ。雄グマは自分以外の子グマに出会ったら殺してしまう。そうする事で母グマを今度は自分の子を生ませようとするのだ。自分の子孫を残すための生存戦略であった。

「偵察兵から連絡! すでに畑の外に逃げているとの事です!」

「ちぃ!」

 母グマと違って雄グマには戦う理由がない。守る者はいないし、狙っていたメスは今死んでしまった。劣勢を感じればすぐに逃げる。俺達は大慌てで畑の外に出て、雄グマの姿を確認する。だがもう相当遠くに行ってしまっていた。

「どうしますか!?」

 心情としては逃がしたくない。人里に一度でも近づいた角グマは慣れてしまい、頻繁に来るようになってしまう。だがこちらとしては先の戦闘で武器が足りないし、体力も消耗している。それに全力で逃げられれば馬でもない限り、人では追いつけない。

 

 諦めるしかない。そう思った時であった。

 

「あれは……」

「おいおい、凄いタイミングだな」

 

 逃げる雄グマの奥に位置する地平線の彼方から向かってくるのは騎兵達だ。掲げる旗には見覚えがある。あれは妹、シリルの部隊だ。だったらもう何も心配する事はない。あいつはあいつの必勝法がある。そして角グマと正面から相対するのは、その必勝法がもっともやりやすいシチュエーションである。

 

 騎兵達から繰り出されるのは無数の矢だ。彼らは疾走しながらも正確に射貫く技量を持っている。矢が角グマに刺さる事はないが、それでも足を鈍らせるには十分だ。その間にも角グマとシリル隊の距離は縮まっていき、もう届くと言うところでチャリオットから一人の影が飛び出した。

 

 そいつこそが我が妹、シリルだ。

 

 高く跳躍したシリルは角グマの頭上から飛来し、俺と同じ角グマの角を利用した特別製の槍、『熊殺しの槍』をその脳天に突き刺した。

 

 

 俺が相手の攻撃力を利用したのに対し、シリルは速さと高さを利用して致命の一撃を与える。これがベルナール領の後継者である俺達だ。俺達は角グマに負ける事は許されない。

 

 

 それこそが後継者たる何よりの証であった。

 

 

 

 




がっつり戦闘パートその2です。
かなり大掛かりな感じですが、1頭相手でもこれだけの戦力が必要のため、
森の近くの村での3頭同時に現れたのはきつかった感じですね。
またこっちから仕掛けるのではなく、奇襲されて後手に回ったのも大きい点でした。

来週はちょっとかなり忙しくなりそうなので、月曜日はお休み貰おうかと思います。
木曜日には更新しますので、今しばしお待ちください。

今回もお読みいただきありがとうございました!
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