王子の婚約者である私ですが、ヒロインを全力で支援します   作:幸イテ(旧名:kouta)

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第五十五話 シリル

 

 角グマとの死闘は圧巻だった。角グマと言う暴力の権化に対し、ストライ達は巧みな連携で対抗した。この時点でも戦いの迫力は凄まじかったが、それでもここまでは予測の範囲内であった。

 

 驚いたのはその後だ。

 

 ストライが角グマと一騎打ちするなんて。

 

 無数の傷を与えて弱らせていた面はあるのだろう。それにしたって差しで勝負するなんて正気の沙汰ではない。しかも、最後にはあの玉砕覚悟の一撃だ。熊殺しの大剣があのような仕組みになっているなんて。見ている方が心臓止まりそうであった。

 

 安心したのも束の間、もう一頭いたという事実に驚くも、急に現れた騎兵隊が弓で角グマの足を止め、その間に曲芸みたいに跳躍して頭に突き刺すという絶技を見せつけられた。あの一撃が外れていたら一体どうなっていたのだろう? 死と隣り合わせの一撃を決めて見せたあの人物は一体誰なのか? 槍という事は彼女こそがストライの妹?

 

 もう色々ありすぎて頭が破裂しそうだった。

 

 

「すべて終わったようですな。さて英雄達を出迎えに行きましょうか」

 

 

 私達が言葉を失う中、村長だけは冷静にそう言った。慌てて私達は村長の後に続く。物見櫓から降り、村の入り口まで行くとすでにサンタナ商会の面々がいた。

 角グマがもしも村に向かってきた場合のために、村の入り口に仕掛け罠と超弓を設置していたのだ。ストライ達が角グマ討伐をやり遂げた事で使用せずに済み、サンタナ商会の皆は解体作業を行っている最中であった。

「皆! 角グマはどうだった? 私の方からは見えなくてさ」

 モルガンの質問に対し、私はどう答えればいいか迷う。モルガンが訪ねてきたのは単なる好奇心という訳でなく、どう対応すればいいか知りたいからだ。これから私達はベルナール領各地を回る事になる。最悪角グマに出くわす事も想定しなければならない。

 だがあの戦いがはたして参考になるのか? エルやフレデリックを信頼していないわけではないが、壮絶過ぎて現実感がない。

「ごめんなさい。色々ありすぎてちょっと言葉にならないわ。少し整理する時間を頂戴」

 結局私は今の自分の心境を素直に答える事にした。隠したってしょうがない。

「……それ程凄かったんだね」

「ええ、あれは獣などではなく、化け物よ」

 あんなに刺されても致命傷にならず、頭を砕かれるまで暴れまわって見せた圧倒的な生命力、その重い一撃は致命傷足り得る。ヴォルフ達とは格が違いすぎる。

「でも殺す事は出来ました」

「ソアナ……」

「化け物であっても命は有限です。それが分かっただけでも収穫でした」

 こういうのを肝が据わっていると言うのだろうか。ソフィアの一言で私の中で幾分かは冷静さが戻ってきたのを感じた。ここは発想の転換だ。あれだけ怒り狂っていた角グマであるが、それは裏返せば恐怖の表れでもある。怖いのはお互い様なのだ。だったらあの凶暴さも少しは理解出来る。

「ふう……」

 私は大きく深呼吸する。その後、私はモルガンに告げた。

「倒し方はちゃんと学んだわ。後は間近で見ていたエル達からも話を聞いてみるつもり。その後で改めてどうすればいいか話すわね」

「了解したよ」

 今すぐ説明出来たら最善だろうが、これでも頑張った方だろう。安心には程遠いかもしれないが、最悪ではない。そう割り切って私はモルガンの元から離れる。

「ストライ様達が帰ってきましたわ」

 アーニャのその声を聞き、村の入口へ視線を向けると、死闘を終えた者達の姿が見えた。誰一人欠ける事無く、完全勝利と言ってもいいが、所々血がついている様はギリギリの戦いだったと思わせられる。

「あの血のほとんどは角グマのものなのでしょうね。それでも」

「ああ、あれは角グマの返り血を浴びる程近づいた証拠だ」

 戦いの後は感情が高ぶると聞くが、帰ってきた彼らは討伐に出る時が嘘みたいに陽気で騒がしい。異様な熱気の中心にいるのはストライだ。一番血まみれになっている彼こそが、一番角グマ討伐で活躍した証なのだろう。

「角グマ退治、ざっとこんなもんだ」

 ストライはそのまま私達の前にやってくると、事も無げにそう言った。見た目こそ返り血で酷いが、眼から感じる意志の強さが嘘を感じさせない。やろうと思えばもう一戦いける、そう言わんばかりであった。

 

「ベルナール流、見させてもらった。実に見事だった」

 

 私達を代表してアルベルトがストライの働きを称する。そしてアルベルトはそのまま一緒に出ていたフレデリックに問いかけた。

「どうだフレデリック、やれそうか?」

「槍で削る所までは問題ないでしょう。後はトドメがどうか、ですね」

 確かにあの熊殺しの大剣での一撃はそう簡単に真似出来るものではないだろう。

「といっても悠長に熊殺しの大剣の鍛錬をしている時間もありません。ストライ様、もしも我々が角グマと出くわした際、毒を利用しても?」

「毒は二次被害を防ぐために本来は禁止されているんだが、今は状況は状況だ。ただし亡骸は放置せずにちゃんと持ってきてくれ。毒で倒したと言う事も忘れずにな。こちらで火葬する」

「分かりました」

 フレデリックは結局従来の方法を選ぶようだ。それもまた選択の一つだろう。

「エル、貴方の方は何かある?」

「木の柄の槍と言うのは盲点でした。少しでも攻撃時間を延ばせるのは理に適っています。あれに毒を併用出来れば効率は上がるでしょう。ストライ様の方にまだ槍のストックがあるなら、許せる範囲で買い取りたいです。それと」

「それと?」

「ストライ様が倒した母グマではなく、逃げた方の話なのですが、あの角グマを一撃で仕留めた槍、あれも角グマの角を使った槍なのでしょうか?」

「そうなるな」

「やはりそうですか。あのような跳躍は無理でしょうが、あれさえあれば地上戦でもやれそうな感じはありますね」

「熊殺しの槍が欲しいと?」

「言うならタダです。ベルナール領にいる間、お借りするでもいいですよ?」

「ハハ、なかなかがめついなあんた」

「それでナンシー様の身の安全に繋がるなら」

 エルにしてはらしくない交渉だと思っていたが、真意を知って私は何とも言えない気持ちになる。ストライはそんなエルを見て豪快に笑った。

「いいな、徹底している。その度胸に敬意を表して一本作ってやろう。ただし貸すだけだ。それと使い方に関しては俺の専門外でな。槍の使い方に関しては妹に聞いてくれ」

 やはりあの途中から颯爽と現れて角グマを仕留めたのはストライの妹だったらしい。

「おーい、シリル。こっち来い」

「一体何です兄上? 見慣れない人達が沢山いるみたいだけど……え?」

 最初こそ怪訝な顔をしていたストライの妹だったが、私達と視線が合った瞬間に挙動不審になる。これは私達の顔を知っていると見ていいだろう。だったら話は早いとアルベルトは自分の本当の名をあっさり告げた。

「初めまして辺境伯令嬢。我が名はアルベルトだ」

「やっぱりサイヴェリア国王子……よね? 見間違いじゃなかった……兄上?」

 角グマを一撃で仕留めた雄姿はどこへやら、ぽかんとした様子のシリルの肩をストライはポンポンと叩いた。

「シリル、本当にいいタイミングで来てくれたな」

 

 

 

「はぁー、私が各村を回っている間にそんな事になっていたなんて……」

 

 一通り説明を終えた後のシリルの第一声がそれだった。

 

「シリルの持つ部隊は騎馬隊だからその機動力を生かした遊撃が得意なんだ。機動力を活かせない場所だと何も出来ないが、一方で平地では無類の強さを誇る。偶然出くわした獣達にも余裕で勝てるくらいには、な」

「何も出来ないは余計だなぁ。まあ事実だけどさ。馬の機動力使えないと角グマは厳しいね。それでも普通の獣には負けないけれど」

 どうやらベルナールの基準は角グマ討伐出来るか否か、らしい。でも頷ける話だ。角グマ倒せるかどうかで領内の安全が左右されるのだから。

「でも……はあ」

「どうしたの?」

 大きくため息つくシリルに私は尋ねる。

「いや、皆綺麗だなぁって思って。やっぱり王都の女性は洗練されてるなぁ」

「えっ!?」

 彼女の悩みはまさかの容姿についてであった。ほぼ見た目通りの性格のストライと違って、シリルは女性らしい悩みを抱えているらしい。今の場にそぐわないのは分かっている。それでも私はつい口にしてしまった。

「……お化粧の仕方教えましょうか?」

「本当っ!!?」

「ちょ」

 余程嬉しかったのか突然両手を握られて、思いっきりブンブンされる。普通だったら可愛いものだが、そこは辺境の女性である。すっごく力が強い。その結果、振り回されて頭ががくんがくんになる。

 

「待ってえぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

 助けを求めようにもまともに声が出せずに裏返ってしまう。ちょ、ちょっとこれは不味いかも? 私が本格的な危機を覚える中、地獄の揺さぶりを止めてくれたのはストライであった。

「おい馬鹿! お前の馬鹿力でナンシー殿を振り回すんじゃねぇ!!」

「馬鹿力言うなぁぁー!! それはそれとしてナンシーさんごめんなさい!」

 解放されたはいいものの、急だったため私はふらついてしまう。

「はららら……」

「な、ナンシー会長、大丈夫ですか?」

「ソアナ……な、なんとか……」

 私はソフィアの支えられて席に着席した。ようやく回復してきた私が視線を戻すと、ストライとシリルは何か両手を組んで力比べをしていた。これもまたベルナール流なのだろうか? 二人ともあれだけ動き回っていたのにまだまだ元気いっぱいであった。

 

「よーし、私の勝ちぃ!」

「くそ! 戦いの後じゃなければ……」

「それだったら私もじゃない。さらに私の場合、ここまでの移動の分もあるよ。こっちでも私の勝ちって事だね」

 力比べが終わったら今度は口での言い合いだ。これもまた仲が良いって事なのだろう。

 本来であればシリルとの出会いはまだ先の予定だった。彼女はここを離れられないストライの代わりに、各村の安全を確認して回っていたらしく、どこの村にいるかはこちら側からは把握しずらい。故に物資を届けている間のどこかで会えればいいなくらいなものだったが、あっちからやってきてくれたのは幸運だった。

「明日からまた村巡りをするんですって?」

「うん、兄上が領の入口、父上が国境側を守っているから、行ったり来たりしている感じ。次は国境の方に向かっていきながら村を巡る感じかな」

「だったら私達がそれに同行する事は可能かしら? 私達には物資届けるのと、オルフを探すという、二つの目的があるのだけど、オルフ達はベルナール領にいる事以外の情報はないから、とにかくしらみつぶしに巡るしかないの」

「私はOKだけど兄上?」

「許可する。俺が行きたいところだが、俺はここを離れるわけには行かないからな。将来この国を背負う人達だ。しっかり守れよ」

「誰に言ってんの! 任せて!!」

 シリルのその自信が頼もしい限りであった。

 

 

 

 話し合いが無事に終わった事で、私達は会議の場として借りていた村長の家を後にし、宿へと向かう。その途中の事であった。

 

 担架で運ばれてきた黒い巨体が眼に入った。角グマの亡骸なのだろう。遠くで見てても迫力があったが、実際の大きさに驚く。ストライ達はこんな巨大な生き物と戦っていたのか。

「新たな熊殺しの槍はここから?」

「そうだな。今回は時間なくて、普通の槍から穂の部分だけを取り換えた急ごしらえのモノになるだろうが、それでも十分強力だろう」

「角以外はどうなるの?」

「それ以外は土葬する事になる」

 ストライの答えに対し、私は何とも言えない気持ちになる。あれだけの戦いをしたのに得るものが角だけとは余りにも少なすぎる。いくら角が強力とはいえ、本当に命がけだったのだ。私が複雑な思いを抱える中、今度は別の担架に先ほどよりは半分ほどの黒い姿が見えた。それに反応したのは私ではなくソフィアの方だ。

「それは子グマの亡骸ですか?」

「そうだ」

「……そうですか」

「子供は見逃すべきとは言わないんだな?」

「仮に私にこの子たちの生殺与奪の権利があったのなら、きっと殺してましたよ。そもそもです。『可哀想』は元から嫌いなんです」

 ソフィアが即決した事にストライは意外そうな顔をする。

「……理由を聞いてもいいか?」

 

 

「大体可哀想と言う者に限って無責任ですから」

 

 

 全てがそうとは限りませんが、最後にソフィアはそう言葉を付け足した。

 

 

「そうか……また無礼を働いてしまったな」

「いえ、わざわざ聞いた私が悪いですから」

 

 ソフィアは知っていた。同情とは救いと程遠いものであると。

 

 

 

 




ごめんなさい。諸事情があって投稿が半日遅れました。

妹は素直で元気な子っていうイメージです。
騎兵隊で機動力があるので平地だと独断場ですが、
障害物が多い所だとあまり活躍できません。

一方で兄の方は泥臭い戦い方になりますが、場所を選ばず活躍できます。
ただ逃げに徹されると追いつけない感じですね。

とまあこの兄妹は戦略的に一長一短な関係を目指してみました。

次回は月曜日予定です!
今回もお読みいただきありがとうございました!
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