王子の婚約者である私ですが、ヒロインを全力で支援します   作:幸イテ(旧名:kouta)

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第五十六話 影を掴む

 

「私達が先導するから着いてきてね!」

「了解したよ!」

 シリルの呼びかけにサンタナ商会の面々が返事をする。いよいよ私達がメーベ村から出発する時が来た。

 天気は快晴で差し込む陽射しが眩しい。だからと言って暑すぎる事もなく、絶好の移動日和だ。しかしながら私達の表情は固い。ストライはその緊張は良いものだと言った。慢心こそが死を招く。油断するくらいなら恐れているくらいがちょうどいい。彼はそう笑った。

 私は一理あると思った。人は恐れるからこそ対策する。大した事ないと思ったら逆に何もしない。私達は正しく角グマの脅威を知ったからこそ、正しく角グマを恐れる事が出来ている。同じ恐怖を感じていても、未知だった時より一歩進んでいる。そう思うと少しは心が軽くなった。

「メーベ村に支障が出ない程度に木の柄の槍を買い取ったし、昨日討伐した角グマの角で作った槍も用意してもらえたわ」

「熊殺しの槍は後で返却しなければなりませんけどね」

 ソフィアの言う通り、急ごしらえで作られた新たな熊殺しの槍は貸し出しと言う形になっていた。

「妥当だろう。持って帰ったとして使う場面は早々ないだろうし、わざわざ新たな火種になりそうなものを持ち帰る理由がない」

 政治的に面倒くさくなるのは御免だとアルベルトは首を振った。強い武器自体は歓迎だが、安定供給出来ないし、ベルナール領の生態系を変えてしまうわけにもいかない。アーニャは王都の方へと視線を向けながら言った。

「知ったら必ず誰かやろうとしますわよね」

 だからこそ初めから知らせない。ないものとして扱う。それが最善であった。剣の方も一緒だ。自壊前提の武器など使えたものじゃないが、その威力を知られたら別に応用するのはたやすい。

「本当に世の中知っちゃいけない事だらけね」

 色の真実と言い、角グマの角と言い、隠さなければならないものは厄介極まりない。その事実に辟易するも、私はそれ以上の文句を飲み込んだ。

「エル、毒の方は?」

「いざと言う時にすぐ取り出せるようになっております」

「普通の武器もあるわよね?」

 敵は角グマだけじゃない。他の獣達なら壊れやすい木の柄の槍は不便だ。

「ええ、もちろんです。万全を期しています」

 エルを信頼しているが確認は大事だ。特に今回は自分達の命に係わる。知らなかったでは済まされない。

「やるだけやったわよね」

 考えうる限りの事を調べ尽くして私はようやくそれを口にした。周りを見ると皆一様に同意してくれた。

「後は出会わない事を祈るのみね」

 せっかくの準備であるが、出会わずに済むのであればそれに越した事はない。私達の目的は角グマの盗伐ではないのだから。

 

「まああまり気負わなくていいと思うよ」

 

 ふと馬車の外から聞こえてきた声に私は顔を出す。すると馬車に並走するようにシリルがいた。

「シリル? 先頭にいたんじゃ?」

「伝え忘れた事あってさ」

「伝え忘れた事?」

「うん、一応警戒はするけれど、獣と出くわす可能性はかなり低いよ。それを伝えておこうと思ったんだけど、今来て正解だったようだね」

 どうやら私達の会話は聞かれていたらしい。そんなに大きな声で話したつもりはないが、移動中の馬車内の会話が聞こえるなんてシリルは余程耳が良いのだろう。

「それはどうして?」

「もう獣がもたないから。私はずっと各村を回って、その都度獣達を見てきたから分かるんだけど、獣達はどんどんやせ細っていって、この村に来る前、とうとう餓死した獣達も見かけた」

 そう言えばストライが言っていた。獣達はいずれ餓死するだろうと。私達を襲ったヴォルフ達も空腹のために襲ってきた。あの時点でもぎりぎりだったのだろう。となるとそこから数日が経った今日はどうか? 答えは簡単だった。

「もう時間的に限界なんだよ。森へ帰れた獣は生存し、帰れなかった獣は餓死して死ぬ。事態はもうそこまで来ちゃったんだ。角グマだって他の獣達よりは空腹に耐えられるだろうけども、徐々に弱ってきてる。いくら強大な角グマであっても森に帰られないなら無理だろうね」

 どんな化け物も食わずにいれば死に絶える。そんなの当たり前の事実であるが、私はどこかそれでも生きるのではないかと思っていた自分がいた事に驚いた。大きいというのはそれ程誤解させるものらしい。

「残された手段があるとすれば私達の村や畑を襲う事だけど、それを私達がさせるわけがない。聞くに事の始まりは私達人間側だったぽいけれど、だからといって黙ってやられるわけにはいかないね。それはそれ、これはこれ」

 これだと私は思った。ストライもそうだが辺境の者達は独特の圧というか、信念のようなものがあった。普段ハツラツとしているシリルも根っこは同じ、辺境ならではの厳しさをしっかり持っている。それを再認識させられた。

「とまあ、そんな感じなんでもうちょっと楽な姿勢で居ても良いと思うよ。もし角グマが出てきたとしても私達に任せておいて。それじゃ!」

 そう言ってシリルはまた先頭へ戻っていった。そこで私達のやり取りを見ていたアーニャが一言。

 

「何と言うか、カッコいいですわね」

 

 同感であった。

 

 

 結果として私達が獣と遭遇する事はなかった。拍子抜けしたのもあったが、それ以上に安堵感に満たされる。何かあったとすればシリルの言っていたように獣達の死骸を見かけたくらいか。

 そのほとんどが餓死だと推測されたが、一つだけ例外があった。血まみれのヴォルフ達の亡骸があったのだ。明らかに何らかの戦いの後に見え、その証拠としてそこから離れたところには角グマの亡骸もあった。空腹で追い詰められたヴォルフ達が角グマを襲ったのではとの見解だった。

 普通格上である角グマをヴォルフ達が襲う事はないらしく、このような光景を見たのはシリルも初めての事らしい。生きるか死ぬかの極限の戦い、その本気さをまざまざと見せつけられたような気がした。

 

 

 村ではモルガン達サンタナ商会が物資を配っている間、私達はオルフ達の手配書を貼り付け、その後は時間の許す限り聞き込みをする。翌日になったら次の村へと出発だ。地道であるが一歩一歩確実に範囲を絞っていく。それこそ最短の道だと信じて。

 

 オルフ達の情報は普通に手に入った。やはり十二人は目立つらしく、その印象の強さから覚えている人が多かったのだ。指名手配犯だと聞いて一様にびっくりしていたが。簡単にバレるほどの無警戒さもあって、彼らは普通に見えたのだろう。

 

 ただし手に入る情報はどれもスタンピート前のものだ。私達が欲しいのは何も知らずに浮かれている彼らじゃなくて、事を起こしてしまった後の彼らの情報だ。一体どこに潜伏しているのか、焦れったく思いつつも私達は聞き込みを続ける。

 

 手がかりが見つかったのは三つ目の村で聞き取りをしている時であった。

 

「俺この手配書の奴見た事あるぜ」

「それは何時どこでですか?」

 

 ソフィアが丁寧に聞き返すが、正直私は期待していなかった。すでにオルフ達がこの村に寄っていたという情報は何個か入っている。だからきっとまた同じ情報だと思った。しかし男の回答はそれと違っていた。

「ソレッタの町に似たような奴らがいたんだよ」

「ソレッタの町?」

 別の村で見たという新たな証言に私は何か予感がした。ソレッタの町は第二隊商が向かった先だったはずだ。というのも本格的にスタンピートが収まってきているのを感じた私達は、シリルと相談して隊商を二つに分ける事にしたのだ。そうしてスピードアップを図ったのだが、今ここでソレッタの町の名前が出るなんて。

 『ここにいたよ』ではなく『別の町にいた』、別にどうって事のない違いであるが、何か感じたのはソフィアも同じようで、彼女は緊張した声で男に尋ねた。

「それは……いつですか?」

 

「最近だからよく覚えてる。三日前だよ」

 

「三日前!!」

 

 待望のスタンピート後のオルフ達の情報であった。

 

「く、詳しく聞かせてもらえるかしら!?」

 思わずそれまで聞きに徹していた私の方が乗り出して聞いてしまう。

「お、おう」

 私の急な勢いに押されつつも、男は三日前の事を詳しく話してくれた。

「俺の妹がな? 例の滅ぼされた村の住人でな。村を追われた住人達はソレッタの町に避難しているっていうから、その安否を確認しに行ったんだ。妹には無事再会出来た時はほっとしたよ。妹の旦那は角グマと戦ったらしくて亡くなっちまったが、親ってのは強えな。子供のために精一杯前を向いてる。すまん、話がそれたな」

「いいえ、妹さんとお子さんが無事で良かったわ。その……こんな事しか言えなくてごめんなさい」

「いや、十分だ。ありがとう。あいつらの話に戻るか。そいつらを見かけたのはちょうど妹とその子を連れ帰ろうとした時だったな。どいつも青い顔をしていて不思議に思っていたら、妹が説明してくれたんだ。そいつらも同じ村から逃げてきた旅人達だって。でも十二人だよな? そんなにいなかったぞ? 別行動でもしてたのか、それとも逃げ切れなかったのか……」

 とても重要な情報であった。オルフ達はスタンピートから逃げ切れずに巻き込まれたらしい。人を殺してしまっただけでなく、自分達まで犠牲になるなんて。今胸に浮かぶ気持ちをどう表現していいのか。どうにもならなかった現実が悔やまれる。

「しかしあいつらは何をやったんだ? 指名手配されるなんて余程の事だが、正直そんなに悪い事する奴らには見えなかったな。窃盗グループとかか?」

「ごめんなさい。こうして聞き込みはしているけど、私達には具体的に何をやったかは知らされていないの。国家反逆罪って事だから相当な事はしていると思うのだけれど」

「それは……人は見かけによらないって事か」

 私はあえて知らないふりをした。

 今この人に真実を告げるのは残酷過ぎるから。

「でもあなたのおかげで捕まえられそう」

「そいつは何よりだ。妹達にこれ以上危険な目にあってほしくないからな。なるべく早く捕まえてくれ」

「ええ、分かったわ」

「しかし本当は俺がここまで考えなくてもいいんだけどな。こういうのはあいつの役目なんだから」

 一瞬あいつとは誰なのか混乱したが、すぐに妹の旦那の事なのだと察した。

「まったく情けねぇな! 妹を置いて行っちまいやがって。角グマ相手だって勝ってみやがれってんだ! 何で死んじまってんだよ! 俺が一生かけて守りますって言っていたくせにこの大嘘つきめ!」

 男は怒っているように見せているが、その目は悲しみに彩られていた。

 

「……本当に大馬鹿野郎が」

 

 私は結局それ以上何も言えず、その場を後にした。

 

 

「重い……ですね」

「ええ、でも今は前に進みましょう」

 

 スタンピートの悲劇の一端を垣間見た私達は、立ち止まりそうになるのを堪えて、するべき事に尽力する。それが弔いになるかは分からないが、これ以上の悲劇を生み出さない事にはなるはずだ。

「まだオルフ達はソレッタの町にいるでしょうか?」

「分からないわ。第二隊商の方で捕らえてくれればいいのだけど、直ちに私達も向かうべきでしょうね」

 

 

「行きましょう。ソレッタの町へ」

 

 

 徐々に近づいてくるオルフの影。五年前からとうとう三日前まで近づいた。

 

 私がオルフに会った時、私は一体どんな顔をしているのだろうか? ふとそんな事を思った。

 

 

 




今回の話を投稿するにあたって、少し4章を整理しました。主な変更点はストライの口調の修正と、レーベ村でオルフ達の目撃情報についての言及がなかったので、その描写を追加しました。全体の流れとしては変わりないので、見返さなくても大丈夫だと思います。

熊殺しの槍をもらったのにあえての襲撃はなし!
なお槍を欲しがったエルですが、別の戦闘狂じゃないので、威力を試したいとかはなく、
戦闘がないならないに越した事はないと考えています。

次回の更新は木曜日の予定です。
それでは今回もお読みいただきありがとうございました!

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