王子の婚約者である私ですが、ヒロインを全力で支援します 作:幸イテ(旧名:kouta)
この気持ちをどう形容したらいいのだろう。オルフの姿をこの目で捕らえた時、私に浮かんだのは怒りではなかった。
オルフはホープ家の未来を潰しかけたし、スタンピートを起こし、多くの者が犠牲になった。彼について行った若者の将来だって潰した。その所業を考えれば許すわけにはいかない。
私にとってもオルフはフランを死地へと追いやった者だ。だが因果を考えればオルフが歪んだのは教会の司教に対する行き過ぎた啓蒙からだし、フランの件も彼女を利用しようとしたフローレル男爵がそもそもの発端である。
どうやら私はオルフの事を知りすぎてしまったらしい。個人として認められないのはどれ程の苦痛であるか。私自身ナタリアとして認められているからこそ、己と反対に位置するオルフが一層気になってしまう。
さらに言えばだ。認めたくない話であるが、ウェンディに扮したフランがソフィアを襲撃したのをきっかけで、私は己の悩みをふっ切る事が出来た。もしもウェンディが存在していなかったら、私達とソフィアの縁はどうなっていたのだろうか?
悪い結果だけではなかった事実が私の心をより複雑にさせた。
「ナタリア様」
いつの間にかソフィアが私の手を取っていた。心配そうに私を見るソフィアを安心させるように私は微笑む。
「ソフィア、大丈夫よ。何て言えばいいかしら。そう、感慨深くなったとでも言えば良いのかしらね」
良いも悪いも含めて、一言でまとめるとそうなった。それ以上の答えは思いつかない。もはや私はありのままを受け入れるだけだ。
「分かります」
ソフィアのそれが嘘ではないのはすぐに分かった。ある意味ではソフィアはオルフの一番の理解者なのだろう。マリアンヌ院長に出会う事が出来たソフィアと、フローレル男爵に出会ってしまったフラン。元は同じ孤児であっても出会う人によってこうも運命が変わった。
フランが別の自分の可能性と知るからこそ、ただ恨むわけにもいかない。
「……最後まで見届けましょう。それが私達の責務よ」
「はい」
私達は向かい合うアルベルトとオルフとその仲間達に視線を戻した。
「どうして……」
私達の姿を見て愕然としたオルフの仲間の一人が呟く。あの顔、私の記憶に間違いなければザナックだったかしら。
「……ハリーとエディは俺達の事をばらしたのか?」
悲壮感あふれるザナックだったが、オルフは即座にそれを否定した。
「違う」
オルフはどこか確信を持っているように見え、アルベルトはそんな彼を試すように問いかけた。
「どうしてそう思う?」
「後ろから追いつかれるなら分かる。だがあんたはすでにこの砦にいた」
「つまり?」
「早すぎる」
鋭い指摘だった。やはり私達の推測は正しかったらしい。もはやオルフはただの愚か者ではない。五年前の過去ならそうであったかもしれない。アーニャから聞いた彼はそこまで考えられる人間とは思えなかった。
だが、人は変わる事が出来る。そういう事なのだろう。
「ほう……」
アルベルトも感嘆の声をあげた。きっとアルベルトもオルフに対して思う事は多々あるに違いない。片や王の息子、片や司教の息子、どちらも偉大なる父の子に生まれ、期待を背負わされた者同士だ。
一方で私も侯爵家令嬢として正しい振る舞いをしようと心がけてきた。ソフィアも生まれこそ平民であるが、王女として生きる覚悟を決めた。それぞれ背負うものはある。
オルフは理想主義者である事を危険視されて追放された半端ものだ。だが過去は過去、今の彼は私達に匹敵する何かがある。そんな気がした。
「よくもこの場で冷静に考えられるものだ。お前の度胸に免じて教えてやろう。お前の仲間達は確かに捕らえた。普通であれば尋問して聞き出すところだが、吐くまで待っていたらお前たちを逃がす可能性が高いと思った。だから俺達は尋問は他の者に任せて、最悪を想定して動く事にした」
「国外逃亡に絞ったという事か」
「ああ、別に外れても構わなかった。国の外にさえ出さなければ何とかなると思っていたからな」
そう、これこそが私達が先回り出来た理由である。ソレッタの町での尋問はシリルとアーニャに任せて、私達は一点読みで即座に行動したのだ。尋問の結果は後で聞けばいいと思って。
アルベルトとオルフは睨み合う。本来であればすぐに捕らえ、斬り捨ててしまえばいい。オルフ達は国家反逆者なのだから。もしもオルフが騒ぎ立て、命乞いするようなら実際そうしていただろう。だが死を間近にしてのこの冷静さ、今の彼の話は聞くに値する。私はそう思った。
「不思議なものだ。その金色は仮初のもののはずなのに、本物のように見える」
「もはや隠さないのだな。言わなければあるいはとは思わなかったのか?」
オルフの口から色の禁忌についてあっさり出た事に驚く。手配書を見ていたのなら、色の機密を漏らし、それを利用した罪に問われていると察していても良いはずだ。にもかかわらず彼は保身を考えなかった。
「王子自らが来ているんだ。もしもはない」
「……理解しているのだな。もうどうにもならないと」
「ああ、思い知らされたよ」
オルフの異様なまでの冷静さは一種の諦めの境地からだった。オルフが観念した様子を見て、最後に残った仲間二人も項垂れる。彼らは武器など持たないし、兵士に囲まれている現状では流石に無理だと悟ったのだろう。その中でオルフだけはその目の輝きを失わない。
「しかしだ。すぐに斬らないという事は俺はあんたとまだ話していていいのか?」
「許す」
アルベルトは王族としてオルフに時間を与える事を宣言した。その姿は傲慢にも見え、慈深くも見える。これぞ権力者の姿だ。しかしオルフは素直に感謝の意を見せた。
「ありがたい。どうしても聞きたい事があったからな。後ろにいる白い髪の方の女。あれが例の平民から成り上がった王女か? 本当は公爵家の血筋だったと言う……」
オルフの視線がソフィアに向いたのを見て、私はソフィアをかばうように前に出ようとする。が、ソフィアは私を制し、オルフの視線を真っ向から受ける事を選択した。私は逃げも隠れもしないと言わんばかりに。
「我が最愛を白い髪の女呼びは気に入らんが、答えは肯定だ」
「大したものだ。二人並んでいると貴族令嬢にしか見えない。元から才能があったのか。それとも血筋がなせる業なのか……まあ前者なんだろうが」
それはオルフがソフィアの正体を見抜いているという証であった。
「身分が釣り合わないから公爵家を装った。最愛と言うのが真実ならそうなるが、本当にそれだけか?」
「というと?」
アルベルトは否定も肯定もせず聞き返すだけだが、オルフは気にした様子を見せない。すでに彼の中では答えは出来上がっているのだろう。色の真実さえ知っていたら、今更亡きクアラルン公爵家の血筋が出てきたなんて信用するわけがない。
「王子アルベルト、あんたは色についてどう思っている?」
オルフの目にはアルベルトは特異に映るのだろう。アルベルトは王子として色の規律を守ろうとしてるが、個人としては色を利用してソフィアを妃に選ぶという、貴族の絶対性を反故にする選択をしている。王族としての義務と個人の考えがずれている。きっとその事に気づいたに違いない。
彼は、オルフはアルベルトと政治について語るのを望んでいた。
「過去の時代から今まで残された必要悪、だろうか」
アルベルトの答えは本気だった。オルフは一瞬驚きこそしたが、嬉しそうに言葉を続けた。
「……あんたは変わるべきだと考えているのか?」
「変わらなければならないだろう。神話で続けるには国が大きくなり過ぎた」
アルベルトは高位貴族達の血が近い事による体の弱さについてこそ黙っていたが、色の制度が国の問題になっている事を肯定した。
「ただし、変わるのは今すぐではない」
直後、なら同志ではないかと顔を綻ばせたオルフ達を切って捨てる。
「焦った結果どうなったかを忘れたとは言うまいな」
「…………」
オルフは沈黙する。それが答えだった。甘い考えで行った結果、ベルナール領の人々は犠牲になり、村一つが消える事態にまでなった。
「……ベルナール伯、先に謝っておく」
アルベルトは私達の後ろに控えていたベルナール伯に謝罪する。彼こそがストライとシリルの父親であり、私達が国境に辿り着いた時にここで商人の姿ではなく、正体を明かす無茶を許してくれた傑物であった。
本来は王族が国境にいるのは大問題なのだが、隣国への交渉を引き受けてくれ、見なかった事にしてくれるように話を持って行ってくれた。だからこそ今の私達は今この場で堂々と正体をさらしている。
「仮にお前達の案がうまく行き、ベルナール伯を引き入れて革命を起こしたとしよう。その先は考えなかったのか?」
「その先……?」
「国を二分にする内乱が起きるのが分かっていたのかと聞いている」
「…………」
オルフは答えられなかった。
「だが俺達には正義はある!」
代わりに叫んだのはオルフの仲間であるザナックであった。
「そうか。だったらお前に聞く。その正義の名の下で死ぬであろう者達を、その命をお前は背負えるのか?」
「え……?」
「正義だからと言って、皆が直ちにひれ伏すと思うのか? 正義の反対は悪などではない。別の正義だ。自分の正義を守るために死に物狂いで抵抗してくるぞ。色の真実が全ての民に知れ渡れば全貴族対全平民の血みどろの内乱になるだろうな」
「あ……う……」
「それでも勝てる見込みがあるなら選択としてはありだろう。だがお前達は勝ちに導く事が出来るのか? そして勝った後に平定をもたらす事が出来るのか? お前達だけの手で!!」
アルベルトの氷のような眼光がザナックを貫く。もう彼は何も言えなかった。そう、私達とオルフ達の決定的な違いは責任感の有無だ。性急な改革は痛みを生む。国がその傷に耐えられるわけがないと理解しているからこそ、私達は迂回する道を選んだのだ。
色制度はいずれなくさなければならないが、そのためには色を持つ貴族、もたない平民、両者の間にある歪みを取り除いていくのが先だ。それを乗り越えた先に未来はある。私達はそう信じていた。
「……認めよう。俺達は甘かった。何もかも」
全てを認めたオルフは首を垂れる。今のオルフであればあのような愚かな選択はしなさそうに見えるが、私は一つ推察する。失敗あっての成長だったのではないかと。スタンピートの恐ろしさを甘く見ていたオルフ達は仲間を半分も失った。
オルフ達がソレッタの町にいると教えてくれた男性が言っていた。その時のオルフ達は青い顔をしていたと。つまりそこまでは絶望していたはずなのだ。
きっとその後に何かがあったのだろう。オルフが変わるだけの何かが。それが何であったかまでは分からないが。
オルフは静かに息を吐いた。
「だが、あえて俺も問おう。あんた達の方法で国は本当に変わるのか? 痛みなく改革が出来ればそれは確かに理想だろう。だが緩やかな流れでは壁は崩せず、いずれ元に戻ってしまうのではないのか? 現状のままが良いという者達はいるはずだ」
「絶対成し遂げるさ」
「何故そう言い切れる?」
「そうしないと彼女を、ソフィアを守れない。彼女が偽りなく暮らせるようにするために、俺は全力を尽くす」
アルベルトはさもありあんという感じで言った。
「は……はははははは!」
アルベルトの答えは王子らしからぬものであった。オルフも予想しなかった答えだったようで、笑いをこらえきれない。だがそこには侮辱はなかった。
「最高の答えだ。ああ、これ以上の答えはない!」
「私情であるが、それこそが国のためになるわけだ。文句ないだろう?」
「ああ、ああ!」
オルフはなぜこうも生き生きしているのか。今の彼は心の底から楽しそうにしていた。
「俺はきっと、父を自由にしてあげたかったんだな」
その呟きはオルフの掛け値なしの本音であった。
結局人は国のため、正義のためと言いながら、自分のために動いているのである。そのついでに良い事と悪い事がついてくるだけなのだ。私はそう思った。
お待たせしました。久々の更新です!
前回でナタリア達が先回り出来たのはこのような理由でした。
次回に関してですが、現時点でストックを3話分溜めたので来週も更新出来るかと思います。
次話の更新は来週の月曜日の予定です。
それでは今回もお読みいただきありがとうございました!