王子の婚約者である私ですが、ヒロインを全力で支援します 作:幸イテ(旧名:kouta)
私がオルフとの会話を終えた後、辺りは静かになった。皆、話すべき事は全て話した。後はもう決着をつけるのみとなる。オルフの仲間達も何を言ったらいいか分からず、固唾を呑んでオルフを見ていた。
静寂の中、最初に言葉を発したのはアルベルトであった。いよいよ『決闘』に向けて準備を進めるらしい。
「武器は剣で良いな?」
「貸してもらえるのか?」
意外そうな顔をするオルフに心外だとアルベルトは肩をすくめる。
「これからやるのは正当な『決闘』だぞ? 武気持ちで素手の相手と戦うなんて名を汚す事になる。対等な条件でこそだ。フレデリック。お前の剣を持たせてやれ」
「はっ!」
フレデリックは躊躇なく己の剣をオルフへと渡した。フレデリックの余りにもあっさりとした様子にオルフは驚いたようだが、段々と興味が受け取った剣の方に移ってきたのか、色んな角度で剣を眺め始めた。フレデリックの剣は実戦で使うものだから、装飾が煌びやかでなく、無骨な見た目をしている。だがオルフはそれでも嬉しそうであった。
「抜いて振ってみても?」
「かまわない。ただ監視として弓兵が狙っているからな。下手な考えは持たない事だ」
「分かった」
オルフは早速剣を鞘から抜くと、軽く振る動作をした。
「本当に重いな。これが剣というものか……」
その後もオルフは素振りを繰り返し、段々と力を込めていく。普段セイファート家の兵を知る私から見て、素人丸出しのオルフは良い動きとは言い難かったが、馬鹿にする気は毛頭なかった。オルフが僅かな可能性であっても、全力を尽くしているのが分かったから。
「俺は素人だから分からないが良い剣なのだろう。本当にこれを使っても良いのか? そいつの武器はどうする?」
「それはもちろんこうする」
アルベルトは自分の帯剣をフレデリックに渡した。
「フレデリックは『私』の代理だからな。私の剣を託すのが道理だろう?」
「なるほど、納得だ」
「後は立会人を誰にするかだが……」
曲がりなりにも王族の『決闘』だ。立会人にも格が必要になる。
「それは俺がやろう」
声をあげたのはベルナール伯であった。立場上はソフィアの方が上にはなるのだろうが、それは将来の話。正式に王妃になっていないソフィアよりも、現領主であるベルナール伯の方が適任だろう。あのストライとシリルを育て上げた豪傑だ。戦いを知る者としても申し分ない。
「宜しく頼む」
反対の声は上がらなかった。ベルナール伯は頷くと、早速段取りを決めていく。
「時間は三十分後としよう。場所はここ、砦前の広場だ。それまでは鍛錬するも、仲間と話すのも自由だ。飯や飲み物が欲しいなら俺に言え。味は保証しないがな」
「……感謝する」
破格の待遇であった。オルフ達がスタンピートの犯人である事をベルナール伯は知っている。それでも最後の自由を与えるのを躊躇しなかった。オルフも正しくそれを理解しており、短くも感謝を告げた。
「それで何か必要か?」
「仲間達には飯と飲み物を。俺には飲み物だけくれないか」
「良いだろう。おい!」
「ただちに」
程なくしてベルナール伯の部下が食料と飲み物を持ってやってくる。オルフはそれらを受け取った後、仲間達の元へと向かっていった。それに合わせて私達も一度砦の中へと戻る事となった。
オルフ達だけの時間を与えるために。
「面倒事を押し付けてすまないなフレデリック」
「いえ、『決闘』はむしろ悪くありませんよ。劇的な結末は伯が付きますから」
実際フレデリックの言うように結婚前に一つ大きな事件を解決したという功績は、今後王となる予定のアルベルトにとって最高なスタートであろう。最後の『決闘』という形も民衆受けする。まさに英雄譚だ。もちろん色に関しては伏せられるだろうが、そこは何も影響しない。反逆者であるというだけで事足りる。
目の前の戦いだけでなく、アルベルトの今後の政権の事を考えているとは流石だ。でもだ。
「今回の功績はホープ家にする予定なのだけど?」
「ホープ子爵家アーニャ様はベルナール辺境伯と縁がある事から、アルベルト様の指示でベルナール領にスタンピートの原因を調査した。調査の結果、犯人をオルフ一味と断定したが、潜伏場所が分からずに一計を講じる」
「……続けて」
「ここでの最悪のパターンは国外逃亡、そう思ったアーニャ様はベルナールの兵と協力し、自分は国境で待ち伏せして、アルベルト様に反対側のベルナールへの領境への兵の配備を依頼。事態を重く見たアルベルト様は己自ら兵を率いて向かった」
「そこでアルベルトがオルフと出くわし、決闘を受けたという流れね」
「どうですか?」
私は即座に頭を回転させる。その結論は是だ。
「悪くないわ」
ホープ家の手柄にするのはいいが、スタンピートの原因の究明に加えて、反逆者の討伐まで入ってしまえば国を救ったレベルにまでなってしまう。ここまで来ると上の爵位にあげる事も考えなければならない。だが私達がホープ家に望むのは下位貴族のまま、ノーマークの状態で色についての密偵してもらう事だ。
それ故に当初はホープ家とベルナール辺境伯と手柄を半分ずつ分ける案だったのだが、ベルナール伯がそれを望むかは微妙なところだ。実際話してみて理解したが、彼は名声よりも実利の方を重視しているいわゆる現実主義者だ。
それもそのはず、この辺境という地で名声が何になろう? 人ならまだしも獣達にその名声は伝わらない。
だったら最後の部分をアルベルトの功績にしてしまうという手は大いにありだ。ホープ家へ必要以上のヘイトが向くのを避け、アルベルトの治世の礎とする。ベルナール伯は実利の方で考えればいいだろう。
「しいて言うなら口裏合わせが面倒って事くらいかしら。決戦の地が違うのはなかなかに面倒よ」
「そこはお三方にお任せします」
案をあげるだけで実行は私達、ズルい逃げ方だ。でも変な手出しをされる夜も全然良い。それは私達の仕事なのだから。
「しかしそんなこと考えていたなんて、流石に余裕があるわね」
「戦う前に集中力を消費するような愚行はしません。それに訓練ではなく『決闘』です。だから私は本気で殺しに行きます」
「敗北は考えないという訳ね」
「アルベルト様に土をつけるわけには行きませんからね」
頼もしい限りであった。強いだけでなく戦いに慣れている。
「正直、こんな風になるとは思いませんでした」
ソフィアはぽつりと呟いた。
「分かるわ」
私達の想定ではオルフ達はとっくに死んでいた。決死の覚悟で突っ込んでくると思っていたから。理性を失った獣なら躊躇なく斬り捨てられる。
だがオルフは対話を望んだ。それも助かるためのものではない。助命を嘆願したのは仲間の事のみであり、彼自身が望んだのは答え合わせであった。だからこそベルナール伯も『決闘』を許したのだろう。オルフにあの潔さがなかったら彼が斬っていたに違いない。
「許せない気持ちと、話したい気持ち。何なんでしょうね本当に」
ソフィアはそう自嘲する。
「やった事からすれば絶対に許してはならないのだけれどね」
もっと早くに話が出来ていれば、その言葉は発せられる事はなかった。たらればを言い出せばキリがないから。
「どうせ断られるだろうが一応言っておく。二人は『決闘』を見なくてもいいぞ」
私達を信じているアルベルトであったが、言わずにはいられなかったのだろう。これまで戦いを見た私達であったが、それはあくまで人対獣であった。今度のは正真正銘、人対人だ。
人が人を殺す。その衝撃が凄まじいのは言うまでもない。今ですら少し気持ち悪さを覚えているくらいだ。何か禁忌を犯すような、そんな苦しさを私は感じている。直接自分が下すわけでもないのに。
見ないという選択肢もあるのだろう。責任感があったとしても、それで心が病んでしまったら本末転倒だ。それでも今回だけは譲れない。
「ふふ、アルベルト様は私達をよく分かってますね。でも」
「見届けるってソフィアと決めたからね」
オルフこそが、私達の最初の壁なのだから。
「三人で一緒に越えましょう」
ソフィアの決意に私とアルベルトは頷いた。単なる我儘であったとしてもここは意地を張る。私達三人は共犯者なのだから。
三十分はあっという間に過ぎた。
運命の時がやってきた。
「では『決闘』を始めよう。両者とも前へ」
ベルナール伯の言葉にフレデリックとオルフは広場の中心へと歩き出す。向かい合う両者だが、その体格差は歴然だ。子供と大人とまではいわないが、一回り、いや、二回りは違って見える。それでもオルフの眼には迷いがない。承知の上という事なのだろう。
「ルールはシンプルだ。俺が開始と言ったら戦ってもらう。勝敗については再起不能に追い込めばいいが、別に殺してしまっても構わない。これは鍛錬ではない。『決闘』だ。真剣でやり合う以上覚悟してもらう」
「元より今の俺は死人だ。かまわない」
アルベルトを守るフレデリックはともかくとして、オルフも動揺を見せない。勝っても負けてもオルフの運命だけは変わらないのだから。
「オルフ、貴様の望みは仲間の生存との事だが、王子アルベルト、お前の方は何を望む? 『決闘』には相応の対価が必要だ」
「『決闘』で勝利する事自体に意義がある。然るべき場で決着した。それが得られるだけで十分だ」
「なるほど、そう言う事か」
領主ともなれば流石に察しが良い。名声を得るのに対し、否定されないのはありがたい。ベルナール伯は政治を知っている。
「最後に一つ。敵前逃亡は認めない。もし逃げようものなら俺が直々に臆病者を斬り捨てよう」
一瞬だけ込められた殺意に私達は震える。今まさしく、ベルナール伯は武人としての顔を見せた。これが辺境伯、国の最果てにありながら屈指の実力を持つ強者。私達はオルフを捕らえるためにたまたまベルナール領に来たわけだが、ベルナールの者達と知り合えて良かったと強く思った。
「両者とも準備は良いな?」
フレデリックとオルフは言葉を発せず、ただ頷く。フレデリックの射貫くような視線に負けじとオルフも睨み返した。二人の準備が整ったのを見て、ベルナール伯は大きく息を吐く。そして高らかと告げた。
「勝負、始め!!」
合図があった瞬間、二人は各々の構えを取る。フレデリックは剣を真正面にかまえたが、一方でオルフは大きく振り上げたかと思うと、そのままの状態で静止した。
「あれは、上段の構え?」
てっきり私はオルフもまたフレデリックのように構えると思っていた。それが基本であり、万能型である事は私でも知っている。
「同じ事をやってたら勝てないと思ったんだろう。だからこその上段だ。上段こそ最も攻撃に特化した構えだからな」
「下手な小細工しないで力でねじ伏せるという事ですか? そちらの方が勝ち目薄そうですが……」
二人の体格差は明白、ソフィアの意見に私も賛同しかけたが、ふと思った。剣と言うものはかなり重い。私は訓練こそした事はないが、試しに持たせてもらった事はある。オルフは私よりも力はあるだろうが、それでも満足に振れるかは疑問だ。
だが上段だけは違う。上段は振り『下ろす』から。当たり前の事だが物は下に落ちる。純粋な筋力の他に落ちる力が加わるのだ。上段だけは持ち上げる事さえ出来れば一級の攻撃力を発揮出来るのである。きっとそれは力無き者が振る軟弱な薙ぎ払いよりも強いだろう。
「あれしかないのよ。オルフは最善を選んだわ」
「ナタリア様……そうなのですね」
ソフィアはそれ以上否定を口にしなかった。私とアルベルトが正しいか、その答えはすぐに分かるのだから。私達は緊張の面持ちで二人を見た。
……恐らく勝負は一瞬で終わる。
刹那、オルフが咆哮をあげた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
そしてフレデリックの元へと駆け、全身全霊の一撃を振り下ろした。フレデリックは冷静に剣を横にし、その腹に手を添えると、オルフの上段斬りを受け止める態勢を取る。
ガキィンと金属同時が激しくぶつかり合う音が辺りにこだました。
フレデリックはしっかり腰を入れ、オルフの一撃を完全に受け止めていた。驚愕の表情を浮かべるオルフであったが、フレデリックが止めた剣をそのまま斬り払おうとしたのを見て、慌てて剣を引く。
フレデリックの剛力で剣ごと体が横に流されれば、その隙を斬られて終わる。オルフはフレデリックとの腕力の差を正確に把握していた。
だがオルフが剣を引き、一歩下がった瞬間、それを瞬時に察したフレデリックは咄嗟に振り払うのを途中で止めた。腹に当てていた手を柄の方へ、そのまま両手持ちに切り替える。
オルフはそのままでいても駄目だった。しかし一歩下がるのも正解ではない。
フレデリックに斬るための十分な空間を与えてしまったから。
「しっ!!」
フレデリックの鋭い斬撃はオルフをその腕ごと肩口から切り裂いた。
「あっ……」
鮮血が吹き出し、オルフはそのまま二、三歩後ずさったかと思うと、その場に崩れ落ちた。
「オルフ!!」
「ああ……そんな……何て事だ」
オルフの仲間達の悲鳴が上がる。二人はオルフに駆け寄るが、誰も止めようとはしなかった。
勝敗はここに決した。
分かりやすい詰み試合でした。
もちろんオルフは承知の上で勝負を挑んでいます。
負けても意地だけは通しました。
その結果何か変わるのか、については次回です。
それではまた明日お会いしましょう。