王子の婚約者である私ですが、ヒロインを全力で支援します 作:幸イテ(旧名:kouta)
「勝負あり、だな」
ベルナール伯が勝敗を告げる中、オルフの仲間であるザナックとウィルの嗚咽が聞こえてくる。フレデリックの返しの一撃をもらったオルフは微動だにしない。もう息はしていないのだろう。
オルフの鮮血を浴びたフレデリックだが、それでも至って冷静だった。同じく血まみれになっている剣を丁寧にふき取ると、鞘へと納め、アルベルトへと返納する。
「このフレデリック、代役の務めを無事果たしました」
「見事だった」
アルベルトは剣を受け取り、目の前にひざまずくフレデリックを労う。
「服を着替えてくると良い。剣はこちらで回収しておこう」
「かしこまりました」
そう言ってフレデリックは砦の中へと戻ろうとしたが、途中でベルナール伯に呼び止められる。
「王子アルベルトの護衛、お前ほどの実力があったなら受けずとも倒せたはずだが?」
「そうですね」
「どうして受けようと思った? 所詮素人の剣だぞ」
「確かに。それでも人生全てを賭けた一撃がいか程のものか。知りたかったのです」
「……それは慢心ではないか?」
圧倒的実力差があっても慢心は死を招く。だから慢心だけはするな。それはエルに武を叩き込んだ師の言葉だ。フレデリックも油断はせず全力で行くと言っていた。それでも一度受けてみせたという事は何か意味があるはずだ。
「はい。ですが私はアルベルト様の代役です。オルフは最後にアルベルト様と対話した。そしてアルベルト様はオルフを認めたからこそ『決闘』を許可しました。だから図る必要がありました。アルベルト様の代わりにオルフという男を」
「なるほどな」
私に剣の道は分からない。しかしベルナール伯は納得している事から、きっと戦う事で感じられるモノはあるのだろう。
「それでどうだった?」
「体の方は何とも。ですが……」
「心に響きました」
「そうか」
ベルナール伯はそれ以上何も言わなかった。砦の中に消えていくフレデリックを見送ると、私はオルフの亡骸で泣き崩れる二人を見る。
「どうしますか?」
エルの質問に私はすぐに答えられなかった。オルフが敗北した以上、仲間の生存の約束は果たされない。今は無害と言えども彼らもまた反逆者だ。このまま捕らえ、後日処刑するのが道理だろう。
ただ心に何か引っかかるものがある。
私はアルベルトの視線を向けるが、彼もまた悩んでいるようであった。気のせいと言ってしまうには重すぎて、だからと言って引き延ばすわけにもいかない。今この場で答えを決めなければ……
視線を感じ、ふと顔をあげると、ソフィアが決意の眼差しで私達を見ていた。すぐに分かった。彼女は決断したのだと。しかしそれは駄目だ。王女になる彼女を憎まれ役にしてはならない。ソフィアが口を開けたのを見て、私が慌てて制止しようとした矢先、割り込むようにベルナール伯が声をあげた。
「一つ、提案があるのだが……」
「なんだろうか?」
唖然とする私とソフィアの代わりに、アルベルトが返事をする。
「こいつらをベルナール領で引き取りたい」
「ベルナール伯、それは……」
一番被害を被ったのはベルナール領だ。にもかかわらずなぜそんな事が言えるのか。理解不能の出来事にアルベルトも言葉を失っていた。
「表向きには討伐の際に死亡したと発表すればいいだろう」
「……生かすつもりなのか?」
アルベルトがようやく口にした疑問にベルナール伯は頷いた。
「もちろん俺はこいつらを許せない」
恨んで当然だろう。村が一つ滅び、それ以外にも多くの被害が出ている。淡々とした口調でこそあるが、ベルナール伯の内から発せられる圧がそれを物語っていた。
「しかしだ。許せないからこそ生かす。罪の償い方は死のみじゃない」
一瞬頭によぎったのは奴隷だ。だがベルナール伯がそういう悪質な事をするとは思えなかった。だったら彼らを生かして何をさせるつもりなのだろうか? ベルナール伯は私達に応える代わりに、ザナック達に話しかける。
「おいお前ら、お前らに選択肢をやる。今ここで死ぬか、それとも名を捨て、故郷を捨て、このベルナール領で生きるか」
「……生きるだって?」
「生きると言っても一生ベルナール領の外には出られない。お前らに与えられるのは誰からも認められる事がない贖罪の道だ。他人として生きる事になるのだからな」
「……贖罪とは何をさせるつもりだ?」
「滅びた村を再建させ、森の番人として獣達から人々を守る、とでもしようか。はっきり言っておく。死ぬよりも辛い道だ。お前らが見事村を復興させたら、人々に感謝されるだろう。だがお前達に自分の罪を告白する権利はない。つまりはどれ程尽くそうが、どこまでも許されないという事だ。お前らは罪を抱えながら最後まで生きる事になる」
ザナックとウィルの顔がこわばった。犯した罪を誰からも責められない。確かにこれは死よりも辛い生かもしれない。人によっては幸運としか思わないかもしれないが。二人は助かったと割り切れる程悪人ではなかった。
「一生許されない罪……人を死なせてしまったのだから当然か……」
「しかし許されないのなら生きて何になる?」
だからこそ生き残る道があるのに躊躇する。生きる道を示したはずのベルナール伯はひたすらに厳しかった。
「だったらお前は自分達が犯人でしたと告げるつもりか?」
「それは……」
「報われない人生ならいっそ」
ベルナール伯の迫力に押されて二人は悲観的になる。煮え切らない二人にベルナール伯は大きくため息をつくと、呆れたような口調で言った。
「思いの外鈍い奴らだな。長く生きる事に意味があるというのに」
「どういう事だ?」
「もしもお前らが今生き永らえたら、遠い未来で逝った時、オルフの野郎に知らせる事が出来るだろうが。王子アルベルトが色の改革を行えたのか。オルフの理想は正しかったのか」
「っ!!?」
「そのために生きてみるのも悪くないと俺は思うがな」
ここでベルナール伯は私達の方を見た。これで良いかと言わんばかりに。私達は頷いた。ベルナール伯がここまで度量を見せたのだ。もう全て彼にゆだねる事にする。それが正しいと思った。
「お前らは最低な事をした。だが最後のオルフの野郎は悪くなかった。しっかり筋を通したと俺は思う。だから報いようと思ったわけだがどうする? 死にたかったらそれでもいいぞ。そっちの方が俺も楽だからな。選択は今だ。明日になったら俺はきっとお前らを斬る。さあ、答えを言え!」
ベルナール伯は答えを迫る。二人は黙ってしまったが、それでも先ほどとは違い、恐れを感じている様子ではなかった。オルフの亡骸に視線を向けつつ、ぽつりぽつりと語り始める。
「ウィル……俺は生きてみたい」
「ザナック……」
「怒りはある。あいつのせいで俺達の人生はめちゃくちゃだ。あんだけ俺に任せろって言ってたのに最後は先に逝っちまいやがった。でもさ、どうしても嫌いになれないんだよ。あの無責任野郎って言ってやりたいのにさ」
「そうだな。口だけは達者だった。でも最後の最後に俺達を守ってくれたな」
やはりオルフには人望があったらしい。恨み切れないとはそういう事なのだろう。
「……あの村のトマト煮旨かったよな」
「……ああ、絶品だった」
「村を……あのトマト煮を復活させたら死んだあの人達は少しは許してくれるだろうか」
「許されるわけないだろう。でも……やらないよりはいいんじゃないか」
あの村とはきっとスタンピートによって滅んでしまった村の事だろう。
「だったらやるだけやってみるか」
「ああ、もう少し生きてみよう」
二人の眼に光が灯ったように見えた。あれは間違いなく意志の力だ。二人はゆっくりと顔をあげ、怯む事無くベルナール伯へと視線を向けた。
「どうやら決めたようだな」
こうして私達はオルフの仲間達をベルナール伯へと委ねる事になった。
無事全てを終えた私達はソレッタの町に戻り、シリルとアーニャに報告する。シリルはベルナール伯の選択を不服としていたが、それでも本気で抗議する事はなかった。シリルはオルフの最後を見ていないから、不服があって当たり前だと思うが、流石の冷静さであった。
なお捕らえられていたハリーとエディであるが、なかなか口を割らなかったらしい。最終的にはオルフ達が捕らえられたという嘘によって抵抗を諦めたのだとか。
一方でアーニャであるが、心からの安堵の表情を浮かべ、その後に顔を覆って崩れ押してしまった。アーニャにとってオルフの存在は命の綱を握られていたようなものだ。アルベルトは罪に問わない事を確約したが、本当の意味で解放され、気が抜けたのだろう。
「アーニャ、本当にご苦労様」
私が労いの言葉をかけると、アーニャは嗚咽は大きくなり、涙が止まらなくなってしまった。それ程までに彼女は溜め込んでいたのだ。
その後はサンタナ商会の方にも終わった事を話していたら、辺りはもう暗くなっていた。皆への報告を終えたらアルベルトとソフィアで今後の事を話し合う。
感傷に浸っているような時間もなく、考えなければならない事は山ほどあった。今回スタンピートと言う特殊な事件だった故、無理して急いで来た分、本来必要な遠征申請書類などを後回しにしているし、事後処理だって色々やらなきゃならない。サンタナ商会への支払いだってまだだ。
正直頭が痛い。だから会議が終わっても寝られないと思っていたのだが、部屋に戻ると疲労感が一気に溢れだし、私は泥のように眠ってしまった。
それから数日後、私達はレーベ村にいた。
「皆帰っちゃうんだね」
帰りの道も着いてきてくれたシリルが寂しそうに言う。行きと違い、帰りは半数以下だった。スタンピートも明確に収まり、安全となった今、サンタナ商会の者達はこれからもベルナール領の各地を回り続ける事になる。
「短い付き合いだったが寂しくなるな」
ストライもまた己の感情を隠そうとはしなかった。
「別にこれが今生の別れじゃないわよ。こうして知り合ったのだもの。また会えるわ」
「オルフの仲間達の今後も定期的に聞きに来る予定だしな」
オルフの仲間達という言葉に、ストライは難しそうな表情を浮かべる。
「仲間達を生かすのは父上の意見だと聞いたが、アルベルト殿はそれで良かったのか? 正直なところ、俺は今でも殺したいと思っている。もちろん決めた以上は私刑に走る事はしないが」
シリルもそうだが、ストライも公と私を分ける事を当たり前の事としている。その当たり前がなかなか出来ないわけだが、きっとストライは良い領主になるのだろう。
「甘い……のかもしれないな。だが思うところがあってな」
「というと?」
「ベルナール伯はオルフの仲間達に生きて、私の治世がどうだったかオルフに報告しろと言った」
「……父上、先走りすぎ」
シリルが頭を抱える。確かに私はともかくとして、王子であるアルベルトより前に動いて決めてしまうのは失礼に当たるのかもしれない。でも私達にはベルナール伯の言った内容が刺さった。
「対等な審議者、とでも言えば良いのかしら? 私達はこれから国を変えるわ」
「色の格差の緩和し、将来的には亡くする、か。俺にはそれが良いか悪いかは判断出来ない」
「それは私もよ。もちろん良かれと思ってやるつもりだし、本気だけれども、結果がどうなるかなんて今の時点で分かりっこない」
本気だから成功するというのは幻想だ。だが本気じゃないと失敗する事すら出来ない。半端な失敗は何も経験にならないのだから。
「人々は私達の改革を表向きは肯定するはずよ。王子であるアルベルトが進めるならそう動かざるを得ないわ」
私の言葉をアルベルトが続けた。
「だがオルフの仲間達、彼らなら私達のやった事をひいき目なしに平等に見てくれるだろう。同じ幻想を抱いた彼らを満足させられるか、それが一つの指針になるのでは、そう考えているんだ」
「あー、父上が考えそうな事ね。緊張感がないと人は堕落すると考える人だから」
シリルはやれやれと言った様子で手を振った。
「でもそれは正しいと思います。私達は味方だけしかいない人の末路を知っていますから」
ソフィアに言う人物、それはオルフの父、司教の事だ。司教自身堕落したわけじゃないのだろうが、司教を妄信し続けた人によってオルフは歪み、今回の件が起きてしまった。味方はいて然るべきだが、味方だけはかえって危険、私達はそう思うようになっていた。
「ま、安心しろ。アルベルト殿が間違っていると思ったら、俺達が行って一発ぶん殴って目を覚まさせてやる」
「女性陣は私がデコピンね」
シリルは茶目っ気たっぷりで言ったが、ベルナール流のデコピンも相当痛そうである。絶対受けたくない。
「だったら安心だな」
止めてくれる人がいるという安心感にアルベルトは安堵の笑みを漏らす。ここまで大変だったが、来た甲斐があったと思うには十分であった。
「皆さん、そろそろ時間ですわ」
頃合いを見てアーニャがやってくる。出発の時間だ。
「では、また」
「ああ、また」
私達は再会の約束をかわし、ベルナール領を後にした。
その胸に多くのものを抱えて。
まずはご報告、昨日の夜の時点で最終話とエピローグ書き終えました!
明日はこの二つの連投になります。とうとう終わるんだなぁ。
感慨深いものはあるのですが、それは完結後の後書きにでも。
という訳で今回もお読みいただきありがとうございました。
オルフの仲間達については悩んだ部分もあるのですが、
最終的にはこういう落としどころにしました。
それでは明日、またお会いしましょう!