『な、なにぃぃいいい!?!?』
驚愕するアンジェロ。
突如現れた東条のスタンドが拳を引き絞る。
『ウラァッ!!!』
掛け声と共に振り下ろされた鉄拳が、
ファニー・ヒルを地面へと叩き伏せた。
『ガッ――!?』
衝撃がアンジェロを襲う。
先ほどまで勝ちを確信していたにも関わらず、
アンジェロのスタンドは地面の上で痙攣するようにのたうった。
『ゲホッ!?ガハッ!!ち、血……!?
なんで……!? なんで血が出るんだよォ!?』
周囲から甘やかされ、無抵抗な相手を痛ぶることしかしてこなかったアンジェロにとっての初めての“痛み”。
それはアンジェロの思考を完全に破壊した。
「……うっ、ぐぐ……ぷはっ!!
小林さん!ご無事ですか!?」
抜けかけた魂が肉体に戻るや否や、トールは真っ先に小林の心配をした。
「う、うん。大丈夫だよ。
それよりも……」
「はい、どうやら助けられたようですね……」
トールは複雑な表情でそう言った。
誇り高いドラゴンは助けられたなんて認めたくないが、それ以上に愛しの小林が無事なことに安堵していた。
「今の悲鳴……見えないけどダメージが入ってる……?」
小林はトールに抱き抱えられながら、呆然と東条を見ていた。
先ほどまで、誰も触れることすら出来なかった存在が――
今、確かに“殴られている”。
その時、東条が振り返った。
「大丈夫ですか、小林さん。
と、そのご友人も、怪我はなさそうですね」
東条はサッと二人の様子を確認し、再びアンジェロの方へ向き直る。
「間に合って良かった。後は僕に任せてください」
「なっ――!」
東条の言葉にトールが異議を唱えようとした。
しかし、
「巻き込んでしまって、すみません」
「「……」」
絞り出されるような謝罪。
小林とトールは何も言えなかった。
ファニー・ヒルは、ふらつきながら立ち上がる。
その動きは、先ほどまでの力強さとは程遠い。
『ハァ……ハァ……
東条……? そうか、テメェが……』
アンジェロは息も絶え絶えになりつつも、
確信した様子で東条を指差した。
『テメェが“ジョジョ”かぁ!!』
アンジェロの口から乾いた笑いが漏れる。
『ケケケ……ツイてるぜ……
本命が自分から来てくれるとはよォ……!!』
ファニー・ヒルが拳を振るう。
『とんだ間抜けだぜ!!
くたばれ、ジョジョッ!!』
拳が届く寸前――
東条の背後から、人型のビジョンが浮かび上がり、拳を受け止めた。
『……あ?』
現れた東条のスタンドにアンジェロの顔が引き攣った。
『それがお前のスタンドか……?
冗談だろ……???』
東条のスタンドは薄汚れた布切れを纏い、至る所に包帯を巻いていた。
四肢は辛うじて包帯で繋ぎ止められているが、今にも千切れ落ちそうであった。
そのあまりに痛々しい姿に、アンジェロは思わず吹き出した。
『ヒャハハハッ!!嘘だろ!?
どんな精神状態してたらそうなるんだよ!!
ズタボロじゃねえか、なっさけねー!!』
嘲笑と共に、更に拳が放たれる。
二発、三発。
東条のスタンドがそれをガードする。
だが、完全には防ぎ切れていない。
東条の足が、地面を削りながら後退する。
「……近距離パワー型か」
小さく呟くと、東条は視線を巡らせる。
そして――隙間を見つけてピタリと止まる。
「そこか」
『ヒヒッ……』
東条が見つめる先、隙間の闇が、わずかに揺らいだ。
『正解だぜ。
だが、俺の居場所が分かったところでどうにもならねえ。
隙間に手を突っ込んでも俺には触ることすら出来ねえぞ?』
アンジェロの声が、隙間の奥から響く。
声は勝ち誇るように、続ける。
『隙間に触れた奴から魂を抜き取りパワーアップ!!
そして安全圏から、一方的になぶり殺す!!
それが俺のスタンド――ファニー・ヒルだァ!!』
アンジェロの言葉に、東条は目を細め、ゆっくりと口を開いた。
「……違うな」
東条ははっきりと否定する。
「魂云々の部分は、お前の能力じゃあない。
この“場所”の力だろう」
『……は?』
思わず呆けたような声を出すアンジェロ。
東条は構わず続ける。
「隙間は本来、透き通る狭間で『透き間』と書く。
『透き間』は命なき者の通り道であり、
『触る』と『障る』、そういうものとして忌避されてきた」
東条は、隙間を睨み据える。
「あの世とこの世の狭間、お前が潜んでいるのはそういう隙間だな?」
東条はビシッとアンジェロが潜む隙間を指差した。
「察するに、隙間に触れると魂が不安定になり、
お前はそれを無理矢理引き剥がしてきたんだな。
巨大な生物にこびりつく寄生虫のように、
隙間の力を良いように利用してきた」
――ギリギリ……!!
隙間の中から歯軋りの音が響く。
『……だからなんだ』
アンジェロの苛立ちが、声に滲む。
『得意げにペラペラと推理しやがって!!
頭いいアピールか、テメェ!!』
図星を突かれたのか、アンジェロの口調は以前にも増して荒くなる。
『もうキレたぜ!!一人ずつ殺していく!!
だが、これは俺が殺すんじゃねえぜ!!
“お前が”悪いんだからな!!
お前が!!俺を怒らせたんだからな!!』
アンジェロは東条に罪をなすりつけるように、
一言一言強調する。
「そんなことはさせない」
東条は一歩、踏み出した。
「返してもらうぞ。お前が奪った全て」
そして隙間の前に立つと、東条はスタンドを出現させた。
『はあ??何する気だテメェ。
俺に直接手を出すのは無駄だって、さっき教えてやったよなぁ?
テメェじゃ俺に手が届かねえってよお??
それに――』
ファニー・ヒルが東条に向かって走り出す。
『背中がガラ空きだろうが、バーカッ!!』
背後から迫るファニー・ヒル。
だが、東条は振り返りすらせず、本体が潜む隙間の方を見ていた。
「危ない!!避けて!!」
危険を察した小林が声をあげるも、東条は応えない。
「手が届かない?いいや、
その言葉と共に、東条はスタンドにて、
隙間を思い切り殴りつけた。
ガァンッ!!
鈍く、重い音が路地に響いた。
拳の衝撃で隙間の闇が揺れる。
次の瞬間、予想外の事が起きた。
「沈んでる?」
その奇妙な光景に思わずトールが呟いた。
隙間が、まるで見えない何かに押し潰されるように、
奥へと押し込まれていく。
空間が、歪む。
ひび割れ程度のサイズだった隙間は、次第に円を描き、内側へと凹んでいった。
『な――』
隙間の奥から、アンジェロの声が掠れる。
『な、なんだこれはぁぁあああ!?』
押し広げられていく隙間の中で、アンジェロは追い詰められていく。
『俺の隙間がッ!?
どうなってんだよぉ!?!?』
悲鳴をあげるアンジェロに対し、東条は静かに口を開く。
「『
東条の背後で、スタンドが動く。
「触れたものを、円柱状に凹ませる」
隙間の縁が、円柱状にへこみ切った瞬間――
ストレンジャーは広がった隙間の奥へ手を伸ばし、潜んでいたアンジェロの頭を鷲掴んだ。
『や、やめろォォ!!
引っ張るなぁああああ!!!」
凹み切った隙間から、人の頭が引きずり出される。
『ぐあああああっ!?』
続いて、肩、腕、胴体。
抵抗するように空間にしがみついていたアンジェロは、壁から剥がされるようにして、地面へと引きずり出された。
同時に。
押し込められていた光が、
一気に噴き上がった。
それはこれまで囚われてきた魂だった。
アンジェロが栓となって封じていた魂が、間欠泉のように溢れ出す。
光が、路地を満たす。
魂達はそれぞれ、
自身の肉体へと帰っていった。
隙間は、もう“隙間”ではなかった。
ただの、凹んだ穴になった。
そして――
「い、イタタ……何が起きてるんだ??」
「……うーん??ボーっとする……」
路地に倒れていたイルルとカンナが、目を覚ました。
「イルル!!
カンナちゃん!!」
倒れている二人に、小林とトールが駆け寄る。
「大丈夫ッ!?どこも異常はないッ!?」
「カンナっ!!意識はハッキリしてますか!?
これ何本に見えます!?昨日の夕飯は覚えてますか!?」
「え?あ、うん……??」
「ど、どうしたんだ二人とも?」
二人のあまりの勢いに、イルルもカンナもタジタジとなっていた。
その背後で、アンジェロは膝をついていた。
「……ふざけるな」
震える声で、東条を睨む。
これまでトール達ドラゴンをも翻弄した張本人。
その姿は見窄らしいというのがぴったりなものだった。
痩せ細った身体にボサボサ頭の神経質そうな男。
着ているシャツもシワだらけで草臥れてヨレヨレになっている。
アンジェロは目をギョロギョロと落ち着かなさそうに揺らしながら、歯を剥き出しにして怒鳴り散らす。
「なんて事してくれたんだ!!
こ、これまでコツコツと集めてきた俺の努力の結晶達がっ!!!」
こめかみに血管を浮き上げ、唾を撒き散らしながら怒鳴るその姿は、あまりに惨めで情けないものだった。
「あああああ……!!何もかも上手くいかない……!
一つぐらい上手くいったっていいじゃねえか……!!
世の中不公平だ!!不平等だ!!」
アンジェロは涙を流しながら、薄くなりつつある髪の毛を掻きむしった。
「なんて可哀想なんだぁ……
俺の苦しみを誰も分かってくれない……
俺はこの世で一番不幸だ……」
まるで悲劇のヒロインのように酔いしれるアンジェロに、小林達は本気で引いた。
「うわぁ…………」
「人間、ああなったら終わりですね……」
「駄菓子屋に来る子供達にも、あんな奴いないぞ……」
「気持ち悪い………」
女性陣のバッシングに、アンジェロは怒声と共に更に唾を撒き散らす。
「うるせえぞ、クソメス共ッ!!
チクショウ!!
こうなったのも全部テメエのせいだ!!
ジョジョ!!」
アンジェロは東条を指差した。
「決めたぜ!!お前はぐちゃぐちゃにして殺す!!
テメエのハラワタ掻き出して、代わりに脳みそ詰め込んでやるよぉぉおおお!!!」
アンジェロは東条へファニー・ヒルを差し向けた。
「人質がいなくたって、俺の無敵のスタンドに勝てる奴なんてぇぇ
――ヒデブッ!?」
ストレンジャーの拳がファニー・ヒルの顔面に突き刺さった。
不意の一撃を喰らい尻餅を着くアンジェロの前に、東条が見下ろす形で立った。
「可哀想? 自分に都合の悪いことは全部他人のせいか?」
東条の問いかけに、アンジェロの目が見開かれた。
『いい加減、人のせいにするのやめなよ』
クソ生意気で大嫌いな弟が、よくアンジェロに言った言葉。
ただでさえ怒り狂っているアンジェロの神経を、東条の言葉がさらに逆撫でした。
「ブッコロスブッコロスブッコロスブッコロスブッコロスブッコロスブッコロスブッコロスブッコロスブッコロスッ!!!」
アンジェロはぶつぶつと呟きながら、フラフラと立ち上がる。
「いい気になってんじゃねえぞクソガキがあ!!
テメェ年下だろうがッ!!
年上への敬意ってやつを骨の髄まで刻み込んでやるッ!!」
「あんたのそのどこまでも自分本位な被害者面。腐り切った性根。
まとめて叩き潰す」
アンジェロと東条が向かい合う。
一瞬の沈黙。
そして
「ファニー・ヒル!!
こいつを殺せッッ!!!」
「ザ・ストレンジャー!!」
二つのスタンド名が、ほぼ同時に夜気を切り裂いた。
『ウラァッ!!』
拳が唸りを上げて振り抜かれる。
ガガガガガッ!!
拳と拳が激突するたび、金属を叩き潰すような鈍音が夜気を裂いた。
空気が揺れ、路地の壁に走るヒビが小刻みに震える。
「ぐぅ……!?
うそ、だろ……!?!?」
アンジェロは歯を食いしばる。
先ほどは容易く東条を押し下げたファニー・ヒルが、力負けしていた。
(つ、強い……!?)
まるで――
底の見えない何かを殴り続けているような、嫌な手応え。
(クソッ!?なんでだ!?)
拳の応酬を繰り広げながら、アンジェロは内心で動揺していた。
(死にかけスタンドの、どこにこんなパワーがある!?)
ストレンジャーの一撃一撃が深く響く。
アンジェロは自身の敗北が迫っているのを感じた。
「こんなの、こんなの間違ってる!!
俺は強いはずなのに!!
強くなったはずなのにぃいいい!!!」
悲鳴に似た憤慨を叫ぶアンジェロ。
「……勘違いするな」
東条の声は、驚くほど静かだった。
「お前は、強くなったんじゃない」
拳
「自分を守るため、最低最悪な方法で逃げ出した」
拳
「人のせいにして、痛みから逃げ、現実からも目を逸らしてきた」
拳
アンジェロの叫びが、掻き消える。
「そんな精神で――」
東条の眼が、真っ直ぐアンジェロを射抜いた。
「俺に勝てると思うなッ!!」
ラッシュが、爆発する。
拳の壁が迫る。
もう、逃げ場はない。
「ひ」
アンジェロの喉からひり出た声は、破壊音にかき消された。
『ウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラッ!!!』
拳が、顎を、肋骨を、腹部を――正確に打ち抜いていく。
殴られた箇所が凹み、アンジェロの肉体が形を失っていく。
『ウラァァアアアアッッ!!!!』
「ぶぎにゃぁあああッ――――!?」
アンジェロの身体が宙を舞い、
壁を突き破って、路地の奥へと吹き飛ぶ。
ガラガラ、と瓦礫が崩れる。
やがて、ゆっくりと埃が落ち着き、音が止んだ。
東条はアンジェロに背を向ける。
戦いの余波により、バサリと東条のスーツが靡いた。
「やれやれだ」
その一部始終を、小林達は呆然と見ていた。
スタンドが見えない小林達には、アンジェロの肉体がひとりでに変化していっているようにしか見えなかったのだ。
何が起こったのか分からない中、カンナがポツリと呟いた。
「か、かっこいい……」
「カンナ!?」
何が起きたか分からない。
でも、一つだけ分かるとすれば
「終わり、だね」
今はそれだけで十分だと、小林は深い溜息を吐いた。
スタンド名: ザ・ストレンジャー
姿形: 壊れかけのロボット。壊れた箇所を包帯で繋ぎ止めたチグハグな姿。
破壊力 A
スピード A
成長性 B
持続力 A
射程距離 C
精密動作性 A
能力: 触れた箇所を円柱状に凹ませる。円柱の大きさは殴った時の強さに比例する。