「いいえ、小林さん。
まだ終わってません」
トールはそう言うと、小林たちを背にかばうように一歩前へ出て、東条を見つめた。
「まずは礼を言います。
小林さんを助けてくれて、ありがとうございます」
トールはぎこちないながら、ペコリと頭を下げた。
そして礼を言い終わると共に、トールの声色が変わる。
「ですが!!」
トールは顔を上げ、ビシッ、と指を突きつける。
「全て話してもらいますよ!!
あなたが何者なのか!
何が目的なのか!!
というかスタンドってなんですか!!」
トールの言葉に、東条は落ち着いた様子で頷いた。
「ええ。もちろんお話しします」
ですが、と東条は続ける。
「もう少しだけ、待ってください」
その言葉に、トールは眉を顰めた。
「ほう? この期に及んで、まだ引き延ばすと?」
「いえ。——最後まで、見届けるだけです」
その言葉と同時に。
ガラ……ガラガラ……
路地奥の瓦礫の山が、ゆっくりと崩れ落ちた。
「……う、うう……」
瓦礫の下から、血塗れのアンジェロが這い出てくる。
「なっ!?
ま、まだ動けるんですか!?」
信じられないくらいボコボコにされたはずなのに起き上がってくる異常に、トールが身構える。
それに合わせて、イルルとカンナも即座に戦闘態勢へ移行した。
だが——
「いいえ。終わっています」
東条の声は、どこまでも冷静だった。
その瞬間。
先ほどまでアンジェロが潜んでいた“隙間”から、
——無数の“手”が、湧き出した。
「「「「!?」」」」
その手は小林達にも見えるものだった。
そしてそれは、明らかにこの世のものではなく、
よくないものであることは一目瞭然であった。
「え……?う、うわぁぁ!?」
白く、黒く、形も定まらない手が、
一斉にアンジェロへと伸びる。
「な、何だよこれ!?
何が起きてるんだ……!?」
混乱するアンジェロを、手が掴み、絡め取り、
ズル……ズル……と、隙間の奥へ引きずり込んでいく。
東条は距離を取りながら、淡々と告げた。
「居つき過ぎたんだ。
お前の身体は、もう“向こう側”のものになりかけている」
アンジェロの目が見開かれる。
「大怪我を負っているのに、
意識だけがある理由……分かるだろ?」
「……は?」
アンジェロは、自分の腕を見た。
——透けている。
ほんのわずかだが、確実に。
「……う、うわ……」
理解した瞬間、恐怖が爆発する。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
アンジェロは手足を必死に動かし抵抗する。
「嫌だ!!
嫌だ嫌だ嫌だ!!
助けてくれ!!」
必死の命乞い。
だが、東条は一切表情を変えない。
「助けてもらえる段階は、とっくに過ぎている。
あとは……裁いてもらうといい」
「ぐぅ……!!」
アンジェロは、縋るように小林たちを見る。
「おい……!
これは流石にあんまりだろ!?
あんたらの友達の魂も返しただろ!?
その二人だって無事じゃねえか!!」
必死に叫ぶ。
「なあ……頼む!!
助けてくれよ!!!」
「う……」
アンジェロの言葉に、小林は躊躇うように手を伸ばしかけた。
だが、その手はトールによって遮られる。
「……小林さん」
トールは静かに首を振る。
もう手遅れであることは、誰の目から見ても明らかだった。
小林は複雑な表情を浮かべつつ、手を下ろした。
カンナとイルルも、アンジェロから目を逸らす。
「ああああああああああ!!」
叫び声と共に。
無数の手が、アンジェロのスタンドを引き剥がす。
腕、脚、胴——
掴まれた箇所から、バラバラに引き裂かれていく。
「にい……ちゃん……
さぶ……ろー……」
アンジェロは、かつて殺した兄弟の名を呟きながら。
闇の向こうへと、引きずり込まれていった。
——そして、隙間は閉じた。
「……え?」
気付けば、小林達は路地を出ていた。
いや、それどころか
「道が、無くなっている?」
あれほどの激闘をした場所そのものが、まるで夢でも見ていたかのようになくなっていた。
「あの世への道ですからね。
普通は閉じられてて当然です」
「……」
淡々と告げられる事実に、小林は沈黙した。
決して許していい存在ではなかったが、
その最期はあまりにもむごく、
なんとも言えないモヤモヤが胸に残った。
その様子を見ていた東条はゆっくりと口を開く。
「小林さん、貴方はとても魅力的な人だ」
「へえッ!?」
「はあ!?」
突然の東条の言葉に、小林は虚を突かれ、
トールは警戒心をマックスに引き上げた。
「常に冷静に周囲を俯瞰し、
的確な判断をする合理的な思考を持ちながら、
人として暖かい情を持ち合わせている」
「……」
「因果応報。
然るべき時が来ただけなんです。
あなたが気に病む必要はない。
それに、奴をあの世に送ったのは僕ですしね」
東条はぎこちないない笑みを浮かべながら告げた。
「……ありがとう」
小林が感謝を告げる。
東条は何も言わず、コクリと頷いた。
そして、その様子を見ていたトールは、
小さく溜息を吐き、東条に告げた。
「……わかりました。東条さん、あなたを信じます。
ただ、みんなに事情を話す場は設けてもらいますからね?」
仕方がないと言った様子のトール。
東条はそれに返事をしようと口を開いた。
だが——
「ゴフ」
「ごふ?」
発せられた謎の単語に首を傾げるトール。
見ると、東条の口元から一筋の赤い液体が流れ出ていた。
そして
「ガハァッ!!!」
穴という穴から血を吹き出し、東条が倒れた。
「「「「えええええ!?!?」」」」
小林、トール、イルル、カンナは慌てて東条に駆け寄る。
「うわ!?ビクビクしてるぞ!?ヤバいんじゃないかコレ!?」
「ちょ、救急車救急車!!!」
「小林さん!!これファフニールさんの呪いです!!
救急車じゃ無理ですよ!!」
「ファフニール様、殺意高い……!!」
………………
夢を見ていた。
不思議な夢だった。
自分は暗く、何も見えない場所にいて、
あちこちから声がするのに、近づくことも、触れることもできない。
(大勢の、独りぼっち……)
そんな言葉が、しっくりくる空間だった。
どこまで走っても何にもぶつかることもない、無の空間に自分はいた。
果たして自分とは何だったのか?
だんだんと自分という存在があやふやになっていく。
無力感に心はすり減り、暗闇に溶けてしまいそうになったその時、
頭上から光が差し込んだ。
そうして光に吸い込まれ、自由になったその先に、
その人はいた。
「………仗助君?」
気が付けば、ふかふかのベッドの上で、
エルマは目を覚ましていた。
上半身を起こし、周囲を見渡せば、
そこは見慣れた小林の部屋だった。
「……はて?」
首を傾げる。
「私は、どうしてここに?」
まったく思い出せない。
だが——妙に、長い夢を見ていた気がした。
「……なぜ私は……ここにいるんだ?」
疑問に思いつつベッドを降りると、廊下の向こうから騒がしい声が聞こえてきた。
その喧騒に、エルマはホッと安堵した。
よかった。いつもの日常だ。
そう思いながら、エルマは勢いよく扉を開けた。
「おはよう!!
いやあ、すまなかったな、
私としたことが記憶が全く——」
そこで、エルマは固まった。
「もしもし滝谷くん!!
今ファフっさんと一緒にいる!?
え!?いない!?どこ行ったか知らない!?」
「カンナ!!
ファフニールさんを探して連れてきてください!!
きっと公園かゲーセンにいます!!」
「おー!!」
「イルルは魔力を貸しなさい!!
解呪は無理でも、進行を遅らせます!!」
「うわーっ!?
また吐血したぁ!?
これ、もう助からないんじゃ!?」
「患者を抑えて!!
集中できません!!」
そこには、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。
「…………」
困惑のあまり完全にフリーズするエルマ。
「あ、エルマ」
トールがちらりと視線を向ける。
「目を覚ましましたか。
おはようございます」
トールは早口でそう言うとすぐさまエルマから視線を逸らす。
「ですが今それどころではありません。
隅で静かに待っていなさい」
そう言い捨てると、トールは再び治療に戻った。
「え? え?」
状況がまったく理解できない。
エルマはそっとトールが治療している人物を確認する。
「仗助君ッッ!?!?!?」
予想外すぎる人物にエルマは慌てて駆け寄った。
「え!?なんで!?ファフニール殿に呪われたのか!?
どうして!?!?何がどうなってこうなったのだ!?
しっかりしろっ!!死んじゃダメだーーッ!!」
「病人を振るな!!
ああもう、邪魔ですエルマ!!
あなたは腕力しか取り柄がないんですからあっち行ってなさい!!」
・
・
・
その後。
カンナに半ば引きずられるようにして小林宅へやって来たファフニールは、入室した瞬間から不機嫌オーラを全身に纏っていた。
「チッ……なぜ俺がコイツを助けてやらねばならんのだ」
「まあまあ、ファフ君だって、もうそんなに怒ってないでしょ?」
滝谷にそう宥められ、ファフニールは不機嫌そうに顔を背ける。
「……ふん、気に食わん。
どけトール。貴様も騒ぐな、殺すぞ」
未だワーワーと慌てふためいていたエルマを視線で黙らせると、ファフニールは呪いの除去を行った。
禍々しい呪いが解かれ、東条の顔に血色が戻る。
そしてようやく、事態は収まったのであった。
作業を終えたファフニールは、皮肉な笑みを浮かべてトールの方を見る。
「しかし……人間相手に遅れを取るとはな。
お前も、まだまだのようだ」
呪いを除去しながら、事の顛末を聞いたファフニールは、珍しく愉快な様子で笑った。
「なっ!?
あ、あれはちょっと油断しただけです!!
最初から全力を出していれば、あんな奴……!!」
思わず憤慨するトール。
だが、どうやって攻略すれば良かったのか未だに思いつかないため、言葉に説得力はなかった。
「ファフっさん……東条君は、もう大丈夫なんだよね?」
小林が恐る恐る確認する。
「ファフっさん言うな。
無事かは知らん。余波とは言え俺の呪いだ。
今この瞬間まで命がある時点で異常だ」
ファフニールは再び視線を東条へ戻す。
「本来なら、立って歩くことすら不可能なはずなんだがな」
その言葉に、イルルは不思議そうに首を捻った。
「え?でも吐血するまでは普通だったぞ?
なんで大丈夫だったんだ?」
イルルの素朴な疑問に、ファフニールは短く答えた。
「おそらく、根性だろうな」
「「「「「…………」」」」」
沈黙。
あまりにも予想外の答えに、
その場の空気が一瞬、完全に止まる。
「……え?これ、笑った方がいいのかな?」
「……いやぁ、ファフニールさんですよ?
冗談言うタイプじゃないですし……」
「……イルル、笑ってみて」
「……ええ?嫌だぞ私。カンナが笑えって」
コソコソと話し合う四人。
ファフニールの額に血管が浮かぶ。
「貴様ら……殺すぞ」
殺気が走り、全員がピタリと黙った。
ファフニールは小さく鼻を鳴らし、再び東条へ視線を向ける。
「魔力もない人間に、呪いを耐える術など存在しない。
おそらく、気力だけで戦い切ったのだろう」
目を細めるファフニール。
しばしの沈黙の後、ほんの僅か、評価するように呟いた。
「……癪に触るが。大した奴だ」
「「「「!?」」」」
あのファフニールが認めたことに、その場の全員が驚愕した。
一体、ファフニールと東条の間に何があったのか。
「そうか……やはり只者ではなかったのだな」
そんな中、エルマは東条を見てしんみりと言う。
もちろん、助けてもらったことには感謝していた。
ただ、これまで積み重ねた時間を思うと、
少しだけ、哀しかったのだ。
「あ、エルマ。
そう言えば起きてましたね。
もう全て解決したので帰っていいですよ?」
「エルマ様、おっはー」
「おっはーだぞ、エルマ」
「なあ!?」
エルマは慌てた様子で立ち上がり輪の中に押し入る。
「ちょ、ちょっと待て!!
聞いた感じ、私結構ピンチだったんだよな!?
もっと、こう心配の声があってもいいのではないかあ!?」
「なんですか、起きてそうそううるさいですね。
患者が寝てるんです。静かにしなさい」
「エルマ様、しー……」
「全く、エルマは仕方ないなぁ……」
「これ私が悪いのかぁ!?」
あまりにぞんざいな扱いに憤慨するエルマ。
そんな光景に、小林は思わず笑ってしまった。
トールがしょんぼりしているエルマに気を使って茶化しているのが、一目瞭然だったからだ。
「まあまあ、エルマ。
これでもみんな心配してたんだよ?
トールなんて一番怒ってたしね」
「ちょ!小林さん!?」
「エルマちゃんが無事で本当に良かったよ。
ファフ君だって——」
「黙れ殺すぞ」
小林と滝谷の言葉に、エルマは目を潤ませる。
「小林さん……滝谷さん……!!
みんな……!!」
そこで、小林はパシンと手を叩いた。
「まあ、なんであれ、あとは東条君に起きてもらって、全て話してもらえば一件落着。そうでしょ?」
小林がそう告げた、その時。
「あ!!目、覚ました!!」
カンナの声に、その場にいた全員が東条を見る。
目を開き、上半身を起こした東条は、
不思議そうに周囲を見回した。
「ここは……?」
不思議そうな様子の東条に、小林は安心させるように笑いかける。
「気が付いた?私の家だよ。
急に倒れるもんだからびっくりしたよ」
小林がそう話すも、東条はいまいちピンと来ていない様子だった。
「はあ……?
そう、なんですか……??
えっと……」
「おい」
戸惑う東条に、ファフニールが高圧的に言い放つ。
「御託はいい。知ってることを全て話してもらおうか」
「おい、ファフニール殿っ!!
あなたの呪いでこんな目に遭っているんだぞ!?
まずは謝罪すべきだ!!」
「黙れ。貴様から殺すぞ」
やいのやいのと言い合う二人。
その合間を縫うようにして、再度滝谷が問いかける。
「はは……ごめん、病み上がりなのに。
どう?体調は平気?」
「……まあ、はい」
そう答えるまでに、
ほんの一瞬――沈黙があった。
東条は、返事を探すように視線を宙に彷徨わせ、
一拍遅れてから、ゆっくりと頷いた。
「……大丈夫、だと思います」
東条の返事はどこかフワフワとしていた。
そして
「あの………」
東条は心底不思議そうに尋ねた。
「皆さん、どちら様ですか?」
「え?」
その言葉に、滝谷が固まると、
トールがズカズカと東条に近寄る。
「ちょっとちょっと!
まさかとは思いますが、東条さん?
約束を反故にしようと惚けてるんじゃないでしょうね?」
問い詰めるトールに、東条はポカンとした表情を浮かべる。
「東条………?
それが、僕の名前なんですか……?」
その質問に、空気が凍った。
「「「「「「「は?」」」」」」」
小林達の日常に現れた未知の力、スタンド。
それは奇妙な繋がりを生み出す、新たな物語の始まりでもあった。
謎は未だ明かされず、
当人達は翻弄されるばかり。
それでも、彼らは日常を過ごすしかないのだ。
それが例え、奇妙な日常であったとしても。
それが――
『ジョジョドラ』である。
はい、というわけで第一章はここまでになります。
ここからはのんびりとした日常を送ったり、たまに緊迫する瞬間があったりと、どたばたを繰り広げる予定です(遅筆なもので、ここから不定期になると思われます)
ただ、完結を目指して書いていくので、皆さんの暇つぶし程度になれれば幸いです!!