ジョジョドラ   作:夏のレモン

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第二章 魔法とスタンドと日常と
12話 記憶喪失男は家がない


 

 

『全身が痛い』

 

目を覚まして、最初に思ったのはそれだった。

視界いっぱいに見慣れない景色が広がっていた。

 

——ここはどこだ?

 

——僕を取り囲むこの人達は誰だ?

 

——自分は、誰だ?

 

目が覚めてから、ずっと混乱している。

 

「呪いのショック……でしょうか?」

 

金髪で角を生やしたメイドがこちらを覗き込んでいる。

なぜか分からないが、生物的な恐怖を感じた。

 

「ショック?叩けば治る?」

 

同じく角を生やした少女がブンブンと腕を振り回している。

その速度で殴られたら首が捥げそうだ。

 

「やめとけカンナ。私達の力だと首ごともげる」

 

赤髪の少女は冷静だ。ありがたい。

 

「あわ……あわわ……!!」

 

そして、スーツ姿のメガネをかけた女性が一番動揺していた。

 

「落ち着いてエルマ」

 

こちらの女性もメガネをかけていたが、先ほどの人とは違って落ち着いている。軽く観察しただけだが、この場の全員がこの人の次の言葉を待っているように見える。

 

「ひとまず身体は大丈夫?痛いところとかない?」

 

メガネの女性——落ち着いている方——に話しかけられた。

 

「あ、はい、そこまで痛く——ガッ!?」

 

軽く首を動かそうとしただけなのに激しい痛み。

寝違えたとかそんなレベルじゃない。

 

「ガ、アアアアッ!!」

 

燃えるような痛みが走る。

 

「ヤバイヤバイ!!トール!!」

 

「はいっ!!」

 

メイドの人が近付いてきて、何やら両手をこちらにかざした。

 

飛びそうな意識の中で、何をしているんだと思ったその時。

 

ふと、痛みが和らいだ。

 

「………え?」

 

見ると、身体が謎の光に包まれている。

 

「楽に、なりました……

これはなんですか?」

 

すると、メガネの女性が肩をすくめた。

 

「魔法、だよ。私もまだ全然受け入れきれてないんだけどね」

 

 

………

 

 

それから、色々な話をした。

 

魔法について、小林さん達について、最近まで巻き込まれていた状況。

 

そして、そこに自分が深く関わっていたこと。

 

「どこまでなら覚えてるの?」

 

小林さんにそう問われるも、僕には何も思い出せない。

 

「全然です……なぜか思い出そうとすると頭痛が」

 

これには彼女達もお手上げの様子だった。

 

一旦作戦会議とのことで、少し離れた場所で話し合いを始めた小林さん達をよそに、窓ガラスに映る姿を見ていた。

 

——これが、自分。

 

不思議に思い顔をなぞる。

窓に映る顔は、どこか他人のように思えた。

 

(二十歳前後ぐらい……だろうか)

 

根拠はないが、そう感じた。

同時に、先ほどの反応を思い返す。

 

——名前も分からない、と告げたあの瞬間、空気がはっきりと変わった。

 

驚き。

動揺。

焦り。

 

東条は改めて、話し合いをしている面々を観察する。

 

社会人の男女、メイド、外国人風の子供、さらに先ほどは一言も話していなかったが、執事服の男までいる。

 

あまりにバラバラな集まり。

どういう人達なのか検討がつかない。

 

そして、それ以上に、理由の分からない焦燥感が胸の奥から湧き上がってくる。

 

その時だ。不意に部屋にチャイムの音が響いた。

 

「お、来たね」

 

小林さんはそう言うと、玄関へ向かった。

 

入ってきたのは小学生ほどの少年と、背の高い金髪の女性だった。

 

「お邪魔します」

 

少年はぺこりと頭を下げる。

その動作は丁寧だったが、どこか緊張しているようにも見えた。

 

「ごめんね、急に呼び出しちゃって」

 

「いえ、僕でよければいつでも呼んでください」

 

少年はそう言ってから、室内を見回した。

その視線が、僕のところで止まる。

 

わずかに、眉が動いた。

 

「……この人、ですか」

 

問いかけるような声だった。

 

その後ろにいた金髪の女性は、ずい、と一歩前に出ると、こちらをじっと観察してくる。

 

「……」

 

「ルコア、どうしたの?」

 

少年の問いかけに、金髪の女性はフルフルと首を張る。

 

「ううん、なんでもないよ」

 

「そう?ならいいけど……」

 

なんでもないと言いつつ、金髪の女性はこちらを見つめている。

その目はどこか人間離れしていて、東条は背筋がゾッとした。

 

「……………可哀想に」

 

ボソリと溢された言葉は、どこか憐れみを含んだものだった。

 

「……」

 

何も言い返すこともできず、ただその目を見つめ返す。

 

(この人たちは、一体……?)

 

そう考えていると、二人と一緒に玄関から入ってきたメイドさん——トールさんというらしい——が前に出た。

 

「紹介が遅れましたね」

 

トールはそう言うと、二人に手を向ける。

 

「こちらは翔太君。魔法使いです。

そして……」

 

「その使い魔、ルコアだよ」

 

金髪の女性が笑顔で名乗る。

 

「……魔法使いと、使い魔??」

 

こんな小さい子が??

 

思わず二人を見る。

ひどく犯罪っぽい絵面な気がするが、この場の誰も気にしてないし考えすぎなのだろうか。

 

「では早速、見せてもらってもいいですか」

 

翔太君が確認するように言った。

 

「身体に触れる必要はありません。

魔力を……ほんの少し、流すだけです」

 

「は、はい」

 

翔太君とルコアさんは、僕の両サイドに位置すると、二人は同時に手をかざした。

 

柔らかな光が、僕を包み込む。

 

不快感はない。

むしろ、暖かい感覚。

 

(……これは)

 

言葉にする前に、二人の表情が変わった。

 

翔太君は眉を顰め、ルコアさんは、先ほどまでの軽さを消している。

 

やがて、光が消えた。

 

「……ひどいですね」

 

翔太君が深刻な表情で告げる。

 

「身体は無事なようです。でも……」

 

「記憶が、焼けてるね」

 

ルコアさんも、真剣な様子だ。

 

「治せない?」

 

小林さんが聞くと、翔太君は首を振った。

 

「下手に触れば、残っている部分まで壊れます。

正直……記憶だけで済んでいるのが奇跡です」

 

「……そう、か」

 

正直、衝撃は少ない。

現実味が薄いからなのか、頭の真っ白さを体感してるからか。

 

「……すみません」

 

翔太君が唇を噛み、俯く。

 

「僕たちでも、これ以上は……」

 

「いいや」

 

僕は首を振って否定する。

 

「調べてもらえただけで安心できるよ。

どうやら、僕は運がいいようだね」

 

努めて、笑顔を作る。

どうにも、記憶を失う前の僕は笑顔が苦手だったのか、顔が引き攣っていて上手く笑えている自信がない。

 

「ふーん……」

 

ルコアさんが僕を見ている。

 

「君、良い人だね」

 

「……はい?」

 

「〜〜〜♪」

 

ルコアさんは一言だけ告げて、機嫌良さげに鼻歌を歌いながら離れていった。

 

「ごほんっ!!」

 

トールさんが大きな咳をして全員の注目を集める。

 

「とにかく、こうなっては仕方ありませんね、ここからは不肖トールが仕切らせていただきます」

 

トールさんはそう言うと人差し指を立ててみせる。

 

「一つ、整理しましょう。

まず、東条さん。貴方が使っていた力『スタンド』ですが、あれは魔法ではありませんでした。

我々が知覚することすら出来ない奇妙な力。

恐らくですが、この世界特有の力です」

 

「スタンド……」

 

トールさんの言葉を口内で転がす。

どこか聞き覚えがある気がするが、やはり、思い出せない。

 

すると、ルコアさんは軽く手を挙げた。

 

「その力、個人的にも凄く興味があるんだけどね。

使うことは出来ないのかい?」

 

「……はい。そもそも、どうやって使うのかすら分かりません」

 

そもそも、スタンドってなんなんだ、というのが現状であった。

 

「……まあ、そこはひとまず置いておいていいと思う」

 

小林さんが静かに口を挟む。

 

「少なくとも、東条君は私たちを助けてくれた。スタンドって力も、そう悪いものじゃないはずだよ」

 

「ええ」

 

小林さんの言葉に、トールさんは頷く。

 

「そこは否定しません。

ですが……」

 

トールさんの視線が、東条から外れる。

 

「問題は、彼自身が“何をしに来たのか分からない”ことです」

 

「……」

 

自分はつい最近この街にやって来たという。

 

目的不明、正体不明、能力不明

 

誰も口には出さなかったが、言外にこう言っていた。

 

『このまま放っておくことは出来ない』

 

「……」

 

場に、短い沈黙が落ちる。

 

「あの、すいません、個人的には一度自宅に戻りたいと思っているのですが……何か思い出せるかもしれないので」

 

手を挙げてそう発言してみると、トールさんが渋い表情を浮かべた。

 

「……東条さん、落ち着いて聞いてください」

 

トールは一呼吸入れると、ゆっくりと口を開いた。

 

「実は私は先ほどまで、東条さんの経歴を調べるためにあちこち飛び回っていたのですが……」

 

 

「家が、ない……」

 

視界に広がる更地。

周囲に建物はあるのに、そこだけくり抜かれたように何もない。

 

滝谷さんに肩を貸してもらいながら、僕は立ち尽くしていた。

 

「まっさら……」

 

「……」

 

一緒に着いてきていた小林さん達も、同様に唖然としていた。

 

トールさんが告げる。

 

「……数時間前に寄ってみた時には、すでに跡形もなくご自宅は取り壊されていました。更にですね」

 

トールさんは言いづらそうに続ける。

 

「……東条仗助という人間が存在しないんですよ」

 

「…………はい?」

 

思わずトールさんの方を見た。

 

存在しない?

 

だれが?

 

僕が?

 

トールさんは色々と書き込まれた用紙を取り出す。

 

「大学や高校といった履歴書に載っていた経歴は全て確認出来ませんでした。戸籍も調査したのですが、そちらも……」

 

「「「「……」」」」

 

あまりの異質さに周囲は困惑している。いや、僕が一番困惑している。

 

「…………お」

 

「「「お?」」」

 

もう、何が何だかよく分からない。

ただ、一言だけ言えるとしたら——

 

「おーまい、ガッ……」

 

「仗助くーん!!」

 

それだけ言ったら、目の前が真っ暗になった。

 

 

目を覚ますと、場所は戻って再び小林さん宅であった。

真っ暗になった外の景色が、時間の経過を伝えてきて、重たい現実が僕を押し潰す。

 

「……」

 

ショックは大きい。だが、それ以上に、これ以上小林さん達に迷惑をかけるわけにもいかないと思考している部分が告げてくる。

 

もう、夜も深いのだ。

 

「あの、絶対にお返しするのでホテル代お貸しいただけないでしょうか……」

 

一旦頭を冷やしたい。

そんな期待を込めての言葉だったが、

 

「「「「………」」」」

 

全員から視線を受ける。

 

「え?」

 

戸惑っていると、小林さんが気まずそうに口を開いた。

 

「いや、その……お金を貸すのは構わないんだけどさ……このまま目を離すのはちょっと怖いかなーって……」

 

まるで迷子相手に話すような物言い。

いや、帰る家もない分、迷子よりタチが悪いか。

 

「……」

 

落ち込む僕に、小林さんは慌てた様子で手を振った。

 

「いやいや!別に信用してないとか、そういうのじゃないよ?ただ、不測の事態が起きた時に対処出来るようにしたいわけで……滝谷君、どう?」

 

「まあ……小林さん家でって訳にはいかないもんね。ただちょっと……」

 

滝谷さんはチラッと執事服の人——ファフニールさん——を見る。

 

「何を見ている。殺すぞ」

 

ギロリと睨みつけるファフニールさん。滝谷さんは小声で告げた。

 

「……これはちょっとダメだと思う」

 

申し訳なさそうに告げる滝谷さん。それに対し、トールさんが感心した様子で頷く。

 

「ほう、ファフニールさんの声質だけで本気か否かを汲み取るとは……やりますね」

 

「ちょっとトール、真面目な話中」

 

「はい」

 

そして、どうしたものかと皆が悩み沈黙するなか、その沈黙を破る者がいた——

 

「じゃあ」

 

声を上げたのはここまでずっとあたふたしていたメガネの女性、エルマさんだ。

 

エルマさんはごく自然と自身を指さした。

 

「うちに来るか?」

 

その言葉に、一瞬その場の空気が固まった。

 

「ん?」

 

「……は?」

 

「はい?」

 

「……え?」

 

思わず皆の声が重なる。

数瞬遅れて、トールさんが驚きのあまり目を見開いた。

 

「ほ、本気ですか、エルマ?!」

 

トールさんの問いかけに、エルマさんははっきりと頷いた。

 

「ああ、もちろん本気だぞ。

困ってる人間さんを放っておくことは出来ない。

それに、仗助君は恩人だしな」

 

「……」

 

トールさんはギギッと首を回して小林さんを見る。

小林さんは腕を組み考え込んだ。

 

考えて考えて。

 

とうとう大きくため息を吐いた。

 

「これしか、ないか……」

 

小林さんの決定に、エルマさんは頷き立ち上がった。

 

「決まりだな。

仗助君はうちで預かる」

 

「待ってください」

 

異議ありであり、物言いである。

 

「いくらなんでもそこまで迷惑はかけられません。

第一、エルマさんは女性ですよ?」

 

そこが一番大きい問題なはずだ。

筈なのに、エルマさんは不思議そうに尋ねてくる。

 

「なんだ、君は私を襲うのか?」

 

「襲いませんよ!?

襲いませんけども……」

 

僕は助けを求めるように小林さんと滝谷さんを見る。

しかし、二人はそっと目を逸らした。

 

「まあ、エルマが自分からそう言うなら……」

 

「安全と言えば安全だしね……」

 

ごにょごにょと言葉を濁す二人。

何がどう安全安心なのか、教えていただきたい。

 

「なんだ?私と住むのは嫌か?」

 

「いえ、嫌とかの話ではなくて……」

 

エルマさんは腕を組み言う。

 

「でも、君には今、家も金も食べ物も身分証もないだろう?」

 

「う……」

 

「それとも、他に代替案があるのか?」

 

反対するなら具体策を出せと言わんばかりだった。

そして、僕に具体策はない。

 

きっと野宿しますと言ってもこの人達は反対するだろう。

 

「……」

 

頬に汗が伝う。

視線が周囲を彷徨う。

 

小林さんは諦めろと言うふうに首を振る。

 

滝谷さんは『ごめんね』と言わんばかりに両手を合わせる。

 

翔太君はあわあわとして顔を赤らめている。

君、歳以上に知識があるね?

 

他のメンバーは興味津々といった様子でこちらを見つめていた。

最後に、エルマさんの方を見た。

 

エルマさんは“むんっ”と腕の力こぶを見せつけてきた。

 

「……」

 

仕方がない。少しだけ、ほんの少しの間だけお世話にならざるを得ない。

 

僕は頭を下げた。

 

「ご迷惑を、おかけします……よろしくお願いします」

 

「うむ!」

 

エルマさんが頷いた。

事の成り行きを見守っていたトールさんは仕方なさそうに溜息を吐いた。

 

「……まあ、仕方ありませんね」

 

そして、エルマさんを見据える。

 

「ただ、東条さんの様子は逐一共有してください。

何かあった時、即座に対応します」

 

「ああ、分かった」

 

こうして、ひとまず場はまとまった。

事の成り行きを見守っていた周囲からも、張り詰めていた空気が和らいだ。

 

「………」

 

一方、僕は頭がこんがらがってしまった。

今日はもう、眠りたい。

 

 

……………

 

 

東条の様子を見に来た、翔太とルコアは二人並んで歩いていた。

 

「東条さん、いい人だったね、ルコア」

 

「うん、そうだねぇ」

 

そう話す主人を前に、ルコアはニコニコとした表情で同意する。

翔太は歩きながら、考えこむように首を捻る。

 

「助けになりたいな……

僕達に出来ることってないのかな?」

 

翔太の言葉に、ルコアは人差し指を頬に当てて悩む素振りをする。

 

「うーん……正直難しいねぇ……

ああなると自然治癒以外に方法がないと思うよ」

 

「そっか……」

 

翔太はガックリと肩を落としたが、すぐさま顔を上げた。

 

「でも、色々と調べてみるよ。

もしかしたら、何か見つかるかも知れないしね」

 

「それでこそ翔太君だよ。頑張って」

 

二人はしばらく無言で歩いていた。

やがて、意を決したように翔太が口を開く。

 

「ねえ」

 

「なんだい?」

 

ルコアは歩きながら翔太の方を見た。

 

「ルコアが東条さんを見た時、『可哀想』って言ったよね?あれってどういう意味?」

 

「……」

 

翔太を見つめたまま黙るルコア。翔太は続ける。

 

「最初は、記憶を失った事を可哀想って言ったと思ったんだ。でも、よく考えると、あのタイミングでそんな事を言うなんてルコアらしくないなって」

 

そこまで話し、翔太は立ち止まった。

翔太とルコアが向き合う形となる。

 

「ねえ、ルコア」

 

一拍の間。そして——

 

「ルコアには何が“見えた”の?」

 

「……」

 

ルコアは無言で翔太を見つめ返す。

その視線は、東条の身を案じつつ、秘密を抱える使い魔への気遣いが多分に含まれていた。

 

ルコアは諦めたようにため息を吐いた。

 

「………凄いなぁ。

なんでもお見通しだ。

流石僕のご主人様だね?」

 

ルコアの言葉に、翔太は頬を赤らめる。

 

「ちゃ、茶化さないでよ」

 

「ふふっ……」

 

ルコアはからかうよう笑うと、ゆっくりと口を開く。

 

「今すぐ起きる問題じゃないだろうから、黙っていようと思ったんだ。

なんせ、彼には私ですら勝てなかった強敵が、最悪な程に複雑に纏わりついていたから」

 

「ルコアですら勝てない強敵!?」

 

翔太は驚きを隠せなかった。

なんと言っても、ルコアは異世界でも最強クラスのドラゴンだ。

その力は神にも匹敵するというのに、そんな存在が敗北したというのだから。

 

「そ、それって一体……」

 

翔太はゴクリと唾を飲み、尋ねる。

ルコアは遠い目で空を見上げた。

それはまるで、かつて自身の身に起きたことを思い返すようであった。

 

()()、だよ」

 

 

 

 

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