ジョジョドラ   作:夏のレモン

13 / 17
13話 食いしん坊ドラゴンと記憶喪失男

 

 

とうとう来てしまった。

 

目の前にそびえるのは普通のマンション。

にも関わらず、異様に緊張してしまう。

 

「よし、必要なものは全部買えたな?

じゃあ、着いてきてくれ」

 

そう言われて連れられた自宅は、驚くほど整っていた。

 

テレビも、本棚も、雑貨もない。

あるのは机と椅子、そして一人暮らしの女性にしては異様に大きな冷蔵庫。

 

それはどこか仮住まいのような印象を受ける部屋だった。

 

「まあ、ひとまず座ってくれ。

お茶でも飲んで一息つこう」

 

そう言いながらエルマが冷蔵庫を開けた瞬間、

東条はわずかに目を見張った。

 

肉、魚、野菜。

他にも和菓子、洋菓子、見たことのない甘味。

それらがぎっしりと、詰め込まれている。

 

だが、その割にはキッチンは綺麗すぎた。

火を使った形跡がない。

 

「……エルマさんは普段料理はされるんですか?」

 

「む?しようと思ったことは何度もあるぞ。

ただ、料理をすると作ってる最中で無くなってしまうのだ」

 

不思議だなと、笑うエルマ。

 

「なるほど……」

 

東条はなんとなく理解した。

 

きっとこの人は——豪快な人だ。

 

「とりあえず、この椅子に座ってくれ。」

 

エルマがそう言って指を振ると、何もない空間から、椅子が出現する。

 

「おお……」

 

魔法。

確かに、魔法だ。

 

東条は思わず声を上げてしまう。

 

「なんだ?この程度、そんなに驚くことじゃないぞ?」

 

「いやいや、すごいですよ。

本当に何もないところから出てくるんですね」

 

東条は魔法で出された椅子を興味深げに触ったりしてみる。

 

「え、そ、そうかぁ?

そんなに凄いかぁ?」

 

普段苦手な魔法で褒められることがないエルマは、照れた様子で笑った。

 

「はい、凄いです」

 

素直に褒める東条に、エルマは更に照れていく。

 

「いやぁ、あははは。

………こんな事も出来るぞ?」

 

エルマは更に豪華な椅子を出してみせた。

 

「おお……!」

 

「こんな事だって出来るっ」

 

更に指を鳴らすと、空中で水が湧き出た。

 

水は細長く尖りだすと、まるで蛇のようになり、東条の周囲を周りだした。

 

「す、凄い……!!」

 

かなり幻想的な光景に、東条は驚きっぱなしだった。

 

「驚くのはまだ早いぞ!」

 

そんな東条の反応に、エルマはどんどん調子に乗り出した。

 

「はぁぁあ………!!」

 

両手で印を結ぶと、風がエルマの周囲で渦巻く。

 

「はあっ!!」

 

エルマが手をかざすと、空間に巨大な穴が空いた。

 

「こ、これは……!」

 

「うむ、異世界へのゲートだ」

 

「異世界……!!」

 

東条は最早感動すら覚えていた。

エルマ達が異世界のドラゴンだと言うのは聞いていたが、本当に目にすることが出来るとは……

 

「すごい………」

 

東条がそっとゲートに手を伸ばすと、

 

『グアッ』

 

巨大な顎が、眼前にいた。

 

「へ?」

 

自分を挟み込むように閉じられていく暗闇。

東条の視界は酷くスローモーションだった。

 

「ふんっ!!!」

 

ドスッ!!

 

エルマの蹴りが東条を食べようと迫っていた怪物に突き刺さる。

 

「Gyaoooooo!?」

 

怪物は悲鳴をあげてゲートの向こうへ消えていった。

 

「……」

 

蹴りの衝撃で、謎の生物の唾液にまみれになった東条は、何かを訴えるようにエルマを見つめる。

 

「あ、あははは……い、今お湯を張ってくるからな!!

ちょっと待っててくれ!!」

 

エルマは誤魔化すように浴室へと駆けていった。

 

一人残された東条は、唾液を拭う。

 

「すごい臭いと粘度だ……」

 

酷い目に遭った。

 

そう思いつつも、ようやく開けた視界で、東条は改めて部屋を見渡す。

 

改めて見ても、“何もない”。

 

確かに食料は充実しているが、それ以外が全くといっていいほどない。

あまり趣味とかはない人なのか、それとも

 

(ここに“長く居付くつもりがない”、というのもあり得るか)

 

そう考えてみると、自分を受け入れたのも納得出来た。

そして、何故か親近感が湧いた。

 

(何故だろう?自分がそんな気質だからか?)

 

記憶はなくても、何か共感出来る部分でもあったのかもしれない。

 

「うん……?」

 

ふと、床を見ると、奇妙な違和感を感じた。

先程まで異世界へのゲートがあった場所だ。

 

「凹んでいる?」

 

その凹みは明らかに異質だった。

 

平らな床が、円形に沈んでいる。

 

「……さっきまでこんなのなかった」

 

東条が凹みを触りながら不思議に思っていると、浴室の方からエルマがひょっこりと顔を出した。

 

「お風呂が沸いたぞ。着替えは持ってるか?」

 

「あ……はい」

 

謎の凹みは気にはなった。

だがそれ以上に、今はとにかく、この不快なベトベトを落としたかった。

 

 

浴室へ向かった東条は服を脱ぎ捨てる。

粘液のせいか妙に服が重い。

 

そして、何気なく鏡を見た。

 

「……これは」

 

そこに映っていたのは、

自分の身体。

 

だが、それは初めて見る“自分”の身体であった。

 

無数の傷。

 

浅いもの、深いもの。

鋭利な刃物によるものと思しき線。

火傷の痕。

細かい擦り傷。

銃痕のような丸い傷。

何かに叩きつけられたような痣。

 

(……一体、どうしてこんな事に)

 

指先でなぞる。

感覚はある。

確かに“自分”の皮膚だ。

 

記憶はないのに、傷だけが生々しく感じられる。

 

(僕はもしかしたら、とんでもない犯罪者だったのでは……)

 

そう考えて、背筋にぞわりと冷たいものが走る。

 

その時だった。

 

傷だらけの肌の中に、

“異質なもの”があることに気づく。

 

それは偶然にしては、形が出来すぎていた。

 

首元の左側。

 

五つの突起を持つ、小さな模様。

 

「……星?」

 

まるであるべくしてあるかのように、それが刻まれていた。

 

他の傷とは違って浮いて見えるそれは、まるで自分自身を象徴していると思わせるような、不思議な印だった。

 

「……まあ、そこまで気にするものでもないか」

 

東条は浴室へ向かう。

 

あまり使われているとも思えない、新品同様のシャワーで汚れを洗い流し、張ってある湯船に肩まで浸かった。

 

そして1秒後——

 

「熱ッ!?」

 

あまりの熱さに湯船を飛び出した。

火傷に近い痛みに、思わず床に倒れてのたうち回る。

 

「どうした仗助君!?」

 

悲鳴を聞きつけたエルマが浴室に飛び込んでくる。

 

「ちょっ!?入ってはダメですよ、エルマさん!?」

 

東条は慌てて布を腰に巻く。

対するエルマは、構わず東条に近付いていった。

 

「酷い傷じゃないか!?まさか敵が!?」

 

「いや、敵とかではないですけど……

些か豪快が過ぎますよ、エルマさん……」

 

ほぼ全裸の男を前にしてこの態度。

流石の東条も顔を引き攣らせてしまう。

 

「ちょっとお湯が熱すぎて、思わず声が出てしまいました」

 

「ぬ?」

 

東条の言葉に、エルマは湯船に手を突っ込んだ。

 

「なんだ?別に熱くないぞ?

むしろ心地良いな」

 

「え……?」

 

もしかして熱くないのか?

 

東条も改めて湯船に手を入れて確認してみる。

 

「アッツ!?」

 

やはり、熱いものは熱かった。

すると、エルマは悩むように腕を組んだ。

 

「うーむ、人間さんからするとこれは熱いのか……火加減が分からないな……」

 

「え?」

 

エルマは手のひらから炎を出し、湯船に突っ込みながら考える。

 

「沸騰する5秒前か?いや、もっと前か?うーむ……??」

 

ボコリと大きな泡が湯面を揺らす。

 

東条は一歩後ずさった。

 

「直火沸かし……」

 

お湯の中で炎が揺らめく。

 

色々と物理法則を超越したその光景は、風呂文化への革命のように思われた。

 

 

 

東条はひとまず湯船は諦め、シャワーだけで済ませ浴室を出た。

 

「お風呂、ありがとうございました」

 

ペコリと頭を下げる東条。それに対して、エルマは手を振り豪快に笑った。

 

「そんなかしこまる事ないぞ?じゃあ、ご飯にしようか」

 

エルマはそう言うと冷蔵庫から食材を次々と出していく。

その際、腕の中からポロリと野菜がこぼれ落ちた。

 

「ッ!!」

 

その瞬間、東条は身を伏せて野菜が落ちた方向を睨みつけていた。

 

「ど、どうした!?」

 

驚いた様子で東条を見るエルマ。

東条も、自身の行動に驚愕していた。

 

「あ、いえ……その……身体が、勝手に……」

 

近付いてくるエルマの腕から、再び食材が滑り落ちる。

 

床に触れる、その刹那。

 

「ッ!!」

 

パァンッ!!

 

空気を裂く音。

 

東条の背後から、腕のような“何か”が一瞬だけ伸び、

野菜を叩き潰した。

 

「あああっ!?私のご飯が!?」

 

エルマの悲痛な叫びが響き渡る。

 

「え、あ、すいません!!」

 

東条は慌てて駆け寄った。

 

足元には無惨に粉々になった元食材。

東条は自身の手を見つめる。

 

「これは……」

 

東条は直感した。

先程の床の凹みはこのスタンドの力だ。

 

時間にしてコンマ1秒。

瞬きほどの一瞬だけ、腕のような何かが見えた。

 

試しに再度、今の力を出してみようとしてみる。

だが、どう念じても、先程の現象は起きなかった。

 

 

…………

 

 

そこからは、色々あった。

 

用意した食材はまな板の上から消え、

 

「エルマさん……生野菜丸齧りは無茶では?」

 

「え?」

 

「ああッ!?鶏肉は流石にダメです!!」

 

 

食材を炒めているフライパンから具材が跳ねると、

 

「うわっ」

 

反射的に、半透明の腕がそれを殴りつける。

 

パァンッ。

 

「あああっ!?また食材がっ!?」

 

 

それでもどうにかして、二人はなんとか夕飯にありついた。

 

味は悪くない。

 

「「……」」

 

だが、二人とも妙に疲れていた。

 

人間と暮らしたことのないドラゴンと、

自分が何者かも分からない人間。

 

噛み合わない部分が出てくるのは当然であった。

 

しばしの沈黙の後。エルマがゆっくりと口を開いた。

 

「これは……あれだな……我々にはルールが必要だな……」

 

「……」

 

東条が黙り込むのを見て、エルマは視線を逸らした。

エルマは内心で思った。

 

(人間さんとの生活がここまで大変とは……他の者達はどうやって過ごしているのか……いや、もしかして、私だけが人間さんとの生活に向いていない……?)

 

トールは分かる。

あれは大好きな小林のためなら何でもする奴だ。

 

だが、ファフニールは別だ。

あの暴虐無人なドラゴンが、滝谷と普通に暮らしているというのが、今になってとんでもない事のような気がしてきた。

 

(私、ファフニール殿以下!?)

 

驚愕の真実にエルマは、ガーン、とショックを受けた。

するとその時、東条はエルマに向かって頭を下げた。

 

「申し訳……ありません」

 

「え?」

 

東条は目を伏せ、肩を落とす。

 

「無理にお世話になっていると言うのにこの体たらく……あまりに不甲斐ない……」

 

そう自分を責める東条は小さく見えた。

エルマは慌てて東条をフォローする。

 

「な、何を言っているんだ!そんなに弱気になるなんて仗助君らしくないぞ!」

 

「僕らしさ……」

 

エルマの言葉に、東条は顔を上げた。

 

「エルマさんは僕の何を知っているんですか?」

 

「……」

 

エルマは思わず言葉に詰まった。

 

「なぜ、僕を引き取ろうとなんて思ったんですか……」

 

そう続ける東条の声は、あまりに意気消沈としていて、エルマが知っている姿からはかけ離れていた。

 

確かに、何も知らない。

彼がどんな過去を持ち、何を抱えていたのかも。

 

——それでも

 

エルマはゆっくりと口を開いた。

 

「最初会った時、私は君がどこか底知れない、不気味な奴だと思った」

 

「……」

 

「君が現れてから、私の周囲では奇妙な事がたくさん起きた。だから、監視してた時もある。小林さんと滝谷先輩に嗜められてしまう程だった」

 

エルマは苦笑いと共に、当時の話をする。

 

「ただ、話してみると違った。

君は悪い奴じゃないと分かった。そして——」

 

どこか、自分と似ていた。

 

結局のところ、同情していた。

使命に生き、トールに連れ出されて自由を知ったエルマだからこそ、何かを成し遂げるためにファフニールの呪いすらも耐えてしまえる東条を哀れに思った。

 

エルマは言葉を飲み込んだ。

そして、改めて東条を見据える。

 

「ここでの生活が辛いと思ったなら、いつ出て行っても構わない。ただ! 『申し訳ない』という理由で出ていく必要はないぞ!」

 

エルマは真っ直ぐに言った。

 

「泊めると決めたのだ、私は」

 

その言葉に、東条が顔を上げる。

 

「私は迷惑だとは思っていない。だから仗助君が思った事があれば遠慮なく言ってくれ!!“課題を見つけて一つずつ潰していく”、それが私がこの世界で学んだ事だ!!」

 

エルマは腕を組み、堂々と言い放った。

その姿に、東条は呆然として、その後少しだけ笑った。

 

「……じゃあ、まずは“お風呂の温度”が課題ですね」

 

「うむ。あれは難題だ」

 

「あと、生肉はやめておきましょう」

 

「ぐ……それは……努力しよう」

 

二人の間に、ほんの少しだけ柔らかい空気が流れる。

共同生活のための、確かな一歩を踏み出したのだった。

 

 

………

 

 

夜。

 

布団に横になった東条は、天井を見つめていた。

 

(エルマさんはああ言ってくれたが……)

 

それに甘えてばかりはいられない。

 

東条はそっと拳を握る。

 

“スタンド”。

 

今のところ、あの力は身の危険を感じた時にだけ現れる。

 

果たしてこれは守るための力なのか。

それとも——壊すためのものなのか。

 

まだ分からない。

 

コントロールしようと念じてみても、何も起きない。

 

何かが足りていない。

 

そんな感覚だけがはっきりとある。

 

(記憶も、力も……中途半端だな)

 

東条は思わず溜息を吐いた。

 

やらなくてはいけないことは山ほどある。

だが、どこから手を付ければいいのか分からない。

不安が重くのしかかる。

 

それに……

 

(明日から、仕事がある)

 

エルマが言うには、プログラミングの仕事が山のようにあるらしい。

 

果たして、今の自分にまともに働く事が出来るのだろうか?

 

「……プレッシャー」

 

胃が、きりきりと痛み始めた。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。