ジョジョドラ   作:夏のレモン

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15話 酒は飲んでも呑まれるな

 

 

記憶を失った時はどうしたものかと絶望したが、案外、自分は単純な人間だったらしい。

 

時間が経つにつれて、この奇妙な状況にも慣れてしまっていた。

エルマさんとの同居も、最初こそ戸惑いはあったが、当の本人がまるで気にしていないため、こちらも次第に気にしなくなっていった。

 

今では、なんとなくの住み分けも出来ている。

 

「はあ……」

 

目下の問題は、とにかく金だ。

未だ給料は入らず、まともに返済も出来ていない。

 

加えて、会社で使われているプログラミング言語は、専務が編み出した不可思議な魔法言語。

完全にゼロからのスタートだった。

 

そんな調子で、仕事に慣れることに四苦八苦していたある日——

 

エルマさんから、一つの提案をされた。

 

 

「飲み会、ですか?」

 

昼休み。

 

東条は弁当の蓋を閉じ、顔を上げた。

向かいに座るエルマが、なぜか得意げに胸を張っている。

 

「そうだ、色々とバタバタしてタイミングを逃してしまったからな。とりあえず、この日は空けておいてくれ」

 

「埋まってる予定なんてないので、いつでも行けますよ」

 

その言葉に、小林と滝谷はわずかに顔を曇らせた。

 

((……悲しい))

 

事情を思えば当然だが、聞いている側には妙に刺さるものがある。

 

「メンバーは自分とエルマさんと……お二人もですか??」

 

東条の問いかけに、小林と滝谷は軽く頷く。

 

「うん、ちょうど今抱えてる案件が片付いたところだからね」

 

「参加しないわけないよね」

 

疲れとストレスが溜まった、影のある笑みを浮かべる二人。

エルマは何やら訳知り顔で『うんうん』と頷いている。

 

「皆さん、お酒は結構飲まれるのですか?」

 

東条の質問に、三人は少しだけ考える素振りを見せる。

 

「どうかな、私は普通くらい」

 

「僕はあんまり強くないね」

 

「私は飲めるが、それよりも食べ物の方が好きだな」 

 

「なるほど……」

 

東条は少し黙り込む。

 

酒。

 

果たして自分は飲める人間なのだろうか?

 

「お酒は嫌い?」

 

滝谷の問いに、東条は首を傾げる。

 

「いえ……飲んだ記憶がないので、大丈夫かな、と」

 

少し弱気になっている東条に、小林が安心させるように声をかける。

 

「ま、何事も経験だよ。このメンバーなら例え東条君がお酒で失敗しても、完璧に対応出来るからね」

 

任せてよ、と笑みを浮かべる小林。

 

東条は思った。なんて安定感があって頼もしい人だ、と。

 

いつも自信が漲っているエルマとは別種の頼もしさ。言うなればベテランの風格だった。

 

「はい。よろしくお願いします」

 

きっと、この人に任せておけば大丈夫だ。

 

東条は強く確信していた。

 

 

「ああん??あらしの酒が飲めにゃいってゆーのか、じょーすけぇ!」

 

飲み会の金曜日。

居酒屋の個室席にて、賑やかな喧騒に混ざって小林の声が響く。

 

「いいかぁ!おまえは執事だぁ!絶対似合う!!いつか滝谷君とファフっさん並べて写真撮る!!」

 

「……」

 

酔っ払い特有の支離滅裂な発言。

東条は何か言いたげな目でエルマと滝谷を見る。

 

「「………」」

 

気まずそうにそっと視線を逸らす二人。

 

東条の視線は、裏切られた悲しみと、『あなた達コレ知ってましたね?』と言わんばかりの責めるような感情、そして助けを求める必死さを掛け合わせた、なんとも言えないものだった。

 

そうこうしている間に、無視されていると思ったのか、小林は俯いて肩を震わせ出した。

 

「のめぇ!!のんでよぉ……!う、ううう………」

 

絡み酒からの泣き上戸。

小林の酔いフェーズは第二段階まで進んでいた。

 

「の、飲みます……!飲みますから……」

 

慌ててそう宥める東条だが、すでにこの調子で六杯は飲まされていた。

 

思っていたよりは強かったが、そろそろ危ないような気がしているも、普段お世話になっている小林を無下にする訳にはいかなかった。

 

「——グビッ」

 

生来の生真面目さ故に、乗せられるがまま酒を煽る東条。

そしてとうとう、東条にも変化が現れた。

 

「………………」

 

唐突に静かになる東条。

エルマと滝谷は少し慌てて東条に声をかける。

 

「だ、大丈夫か、仗助君??」

 

「吐きそう?袋ならさっきもらっておいたよ??」

 

二人の問いかけに対し、東条が顔を上げると——

 

「「!?!?」」

 

ニコリ、と微笑んでいた。

 

思わず固まる滝谷とエルマ。

 

普段は表情が固く、笑おうとしてるシーンは幾度とあったが、どこかぎこちなさがある東条。それが今では穏やかで自然、なんならこちらがドキッとしてしまう程に見事な笑顔を浮かべていた。

 

「おおーー!!良い笑顔!!執事服ー!執事服持ってきてーー!」

 

小林の方は完全に出来上がっているようで、相変わらずの調子であった。

 

「ど、どどど、どうしたんだ!?その顔はどっちなんだ??しんどいのか??酔っ払ったのか??」

 

心配するエルマ。それに対して、東条は微笑み顔のまま、ゆっくりと口を開く。

 

「あなたの、次のセリフは」

 

ビシッ、とエルマに指をさす東条。

 

「『何か言ってくれないと不安になるぞ、仗助君』だ」

 

「何か言ってくれないと不安になるぞ、仗助君——はっ!?!?」

 

言うことを予知され、目を見開くエルマ。

次に、東条は滝谷を見る。

 

「滝谷さん」

 

「は、はい?!」

 

思わず敬語で返事をしてしまう滝谷。東条は続ける。

 

「エチケット袋の用意、ありがとうございます。ですが、袋はあなたのカバンには入っていない」

 

「え?」

 

「あなたの上着、右ポケットの中に入っている」

 

「!?」

 

まさか、と思いポケットに手を入れる滝谷。

そして、ポケットから、言われた通りに袋が出てきた。

 

「あなたは次に『な、なんで分かったの?』と言う」

 

「な、なんで分かったの?————っ!?!?」

 

また予知された。

 

東条は手を組み、驚く滝谷を見据える。

 

※ここは読み飛ばしても問題ありません

 

「ここに来る途中、あなたは一瞬だけ僕達と別れた。そして戻ったあなたのカバンは別れる前よりも膨らんでいる。更に、カバンの持ち方も取っ手を持つ普通の持ち方ではなく、両手で大事に抱えるようにしていた。このことから、カバンの中にはよほど貴重、かつ壊れやすいものが入っていることが予想される。となると、カバンの中ではあらゆるものが緩衝材になるよう配置されて、不用意に開けたくはないはず。

そして、先ほど滝谷さんは『袋をもらってある』と言った。袋は事前に用意されたのではなく、その貴重なモノの買い物ついでに仕入れたもの。となると、考えられる選択肢はすぐに取り出せるポケットの中。滝谷さんの左ポケットにはいつもハンカチとティッシュが入っているので、消去法で右のポケット、ということになります」

 

ペラペラと推理を捲し立てる東条。

滝谷もエルマも、呆然と聞き入るしかなかった。

 

「あははは!!うるせえ!のめぇ!!」

 

「いただきます!!」

 

酔っ払いすぎて状況を何も理解してない小林は、高笑いしながら日本酒を注ぐ。

東条も東条で酔っ払っているようで、躊躇なくお猪口を手に取った。

 

「「乾杯っ!!」」

 

二人して勢いよく器を空にすると、

 

「「ははははは!!」」

 

同時に笑い声を上げる。

完全に、滝谷もエルマも置いて行かれていた。

 

「これは……どういうことなのだ、滝谷さん?」

 

「よく分からないけど……普段東条君の頭の中で完結している内容が、全部口から溢れ出てる状態、なのかな?」

 

その言葉に、エルマはドン引きする。

 

「ええ……いつもこんなに考えて生きてるのか、人間さんは……」

 

「いやぁ……これは東条君だけじゃないかなぁ」

 

そうこうしているうちに、小林と東条の話題はメイドの話になっていた。

 

「だぁからぁ、メイドの歴史は人類の歴史ってわけぇ!!」

 

「人が人に仕えるということ、歴史ではそれらは従属と習いますが、小林さんは奉仕の心、誇りがあると主張するわけですね」

 

「そう!!嫌々やらされてるだけでは説明が付かない細やかな気遣いの数々!!歴史の1ページではメイドを見れば主人の格が分かると記されている!」

 

「下手をすれば主人以上の重圧を抱えていた、影の立役者という訳ですか。面白いですね、もっと聞かせてください」

 

酔っ払いではあるが、普通に小林のメイド談義は面白いのだ。そして、今の東条はどんな話題であっても興味を持つ無敵モード。

 

さらに、その場には厄介なオタクがもう一人——

 

「おおっ!!我々のメイド談義に今日っ!新たな同志が加わったでヤンス!!歓迎するでヤンスよ、ジョー君!!」

 

ぐるぐるメガネを瞬時にかけ、オタクモード全開の滝谷まで加われば、会話のボルテージは更に上がった。

 

「………帰りたい」

 

可哀想なエルマは、あっという間に酔っ払い×2とオタクに囲まれてしまう。

 

いかに海を自由に泳ぐドラゴンであっても、オタクと酔っ払いが相手では流されるままに翻弄されるしかないのだ。

 

 

……………

 

 

翌日

 

東条は布団の上でのたうち回っていた。

 

「頭痛い………」

 

最悪な気分だった。

 

ズキズキと痛む頭、死ぬほど気怠く動かない身体、カラカラに乾いた喉に、じわじわと蝕む吐き気。

 

「全く、昨日は飲み過ぎだぞ」

 

布団から起き上がれない東条に、エルマは呆れた様子で水を渡す。

 

「ありがとう……ございます……」

 

水を受け取りちびちびと飲む東条。

 

どうやら、東条は記憶が残るタイプだったようで、昨日の失態はほぼ全部覚えていた。

 

「すみ、ません……ご迷惑を……」

 

「ああ、反省しろ」

 

「うう……」

 

そう、覚えている。テンションが上がりに上がった小林が、何を思ったか、公衆の面前でエルマの服を奪い出したのだ。

 

見ないように顔は背けたが、小林を止めなかった自分には責任がある。

 

「次は……同じような事はないように……」

 

「はあ……まあ、努力してくれ。小林さんも次の日に謝罪はしてくれるが、結局いつもああなるからな」

 

エルマさんは人間に寛容な人だが、お酒に関しては全く信用していないようだった。

 

「まったく、あんな飲み方してたら小林さんも仗助君も早死にするぞ」

 

そう言いながら、エルマは部屋を出ていく。

残された東条は体調が回復するまで休むしかないと、改めて横になるのだった。

 

 

——カサリ

 

 

横になった拍子に、背中に違和感があった。

 

「……ん?」

 

身体を起こし、手探りでそれを引き抜く。

あったのは、くしゃくしゃに折り曲げられた、一枚の紙。

 

「これは……」

 

エルマさんが置いたものだろうか?なぜ?

 

違和感を覚えながら、東条は紙面に視線を落とす。何やら文字が印刷されていた。

 

そこに記されていたのは、たったの一言。

 

 

 

【オマエはダレだ?】

 

 

 

「——ッ!?」

 

酒で鈍っていた思考が一気に加速する。

 

誰がこれを?まさか侵入して置いたのか?いつ?どうやって?

 

次々と湧き出る疑問。この場での解決はおそらく不可能だが、分かっていることはある。

 

「どうやら——」

 

何かが、動き出したようだ。

 

 

 

 

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