「はぁ……」
時刻は午後。
昼食を食べ終えた社員達が『さあ、あと半分』と意気込んで自席に戻っていく中、
「はあ〜……」
私、小林はため息が止まらなかった。
「ほんとにもう……どうしよ……?」
東条君にエルマとの仲裁を頼まれてかれこれ1時間。
腕を組み、歩き回り、首を捻り、どうしようかを考えている。
自慢じゃないが、私はこういう話とは縁遠い人生を送っている。
誰かの恋愛相談に乗ったこともなければ、人間関係の仲裁役なんてしたこともない。
いつ、どんな時であっても自分の趣味(主にメイド)に没頭し続けてきた。
その弊害が今、ここになって私を苦しめる。
(なんで引き受けちゃったかな〜……)
どうにも、私は東条君に甘い気がする。
入社直後は、東条君を戦力になりそうだなぁ、くらいにしか思ってなかった。
それからあんなスタンドとかいう超能力者が引き起こしたトンデモな事件が起きて、助けられて、かと思ったら記憶を失ってしまって。
…………それ以来、罪悪感があった。
私の対応がもっと的確だったら、あんなに傷だらけにならずに済んだかもしれない。
もっと早くファフっさんに連絡を取れていれば、記憶を失わずに済んだかもしれない。
目を覚ました直後、東条君がどれだけ心細かったかを思うと、なんとかしてあげたいと思ってしまう。
きっとそんななんやかんやがあって、私は彼を少しだけ弟のように思ってる。
本気で助けを求められると、ノーと言えないのだ。
それでも……
「まさか喧嘩の仲裁をすることになるとは……」
あまりに東条君が沈んだ表情をしていたので、つい声をかけてしまった。
蓋を開けてみれば本当に些細な行き違いのようで、きっとニ、三言話し合えば解決するような話だ。
「問題は、エルマをどうやって説得するか……」
エルマは頭がいい。
仕事が出来るし、人間関係だってそつなくこなしている。
だからこそ、今回東条君と喧嘩をしたと聞いた時は驚いた。(一方的に避けてるだけとは言え)
そしてこの案件、どうやら思ったより根が深い。
なぜか。
答えはシンプルだ。
——エルマが逃げるからだ。
ただ逃げるだけならいい。
徹底的に逃げるのである。
最初に見たのは給湯室だった。
コーヒーでも淹れようかと歩いていると、向こうから東条君がやって来た。
その少し先にはエルマ。
東条君も気付いたらしい。
「——エルマさん」
声を掛ける。
エルマの肩がビクリと震えた。
振り返る。
目が合う。
一秒。
二秒。
三秒。
そして。
ビュンッ——!!
走った。
女の子走りなのに、突風が巻き起こる勢いで。
取り残された東条君は呆然と立ち尽くしている。
私も呆然と立ち尽くした。
「「……」」
東条君と目が合う。
雨の中、濡れた子犬のような目をしている。
すごく、気まずかった。
次に見たのは廊下だった。
資料を抱えたエルマがこちらへ歩いてくる。
その先には、待ち構えているかのように東条君がいる。
私は少し離れた場所からその様子を眺めていた。
(あー……これは……)
なんとなく察する。
エルマが立ち止まる。
「あ、あの——!」
東条君が声をかけた瞬間、
「さ、『催眠』!!」
「え——?」
かざされた手から何やら謎の波動が放たれ、東条君はその場でピシリと固まった。
その側を、そそくさとエルマは通り過ぎて行ってしまう。
私はそっと近付いてみる。
「と、東条くーん……??」
東条君は微動だにしない。
私はそっと肩を叩いた。
「……ドンマイ」
返事は、なかった。
そして極め付けは昼休み。
食堂にて、私はトレーを持ったエルマを見つけた。
「む、小林さんも今日は社食なのだな」
「うん、まあ、たまにはね。無性に食べたくなるんだよね、ここ」
「ははっ、トールが聞いたら怒りそうなセリフだ」
いつも通りのエルマだった。
少し安心した。
東条君に対して、あまりにエルマらしくなかったから、私は少し不安だった。
でもまあ、この調子なら私の介入なんて無くても仲直りするだろう。
そう思ったその瞬間。
食堂へ入ろうとしていた東条君の姿が見えた。
ピタッ。
エルマが止まる。
本当に止まった。
動画を一時停止したみたいに止まった。
「……エルマ?」
「急用を思い出しました」
「へ?」
フォンッ
別世界のゲートが開いて、エルマがそこに飛び込む。
昼ごはんも食べずに。あのエルマが。
そして、何も知らない東条君が近づいてくる。
「小林さん、今日は社食なんですね」
「あ、うん」
「美味しいですよね、ここ。たまに食べたくなります」
「そう、だね」
挙動不審な私に、東条君は不思議そうに首を捻っていた。
戻ってきたエルマはいつも以上にお腹を鳴らしていた。
当然である。
普段、絶対に食事だけは欠かさないエルマが、昼食を抜いたのだから。
ここまで来ると流石に焦ってきた。
エルマは本気で東条君を避けている。
「……私が間に入るしかない、かぁ」
とても気が重いが、仕方ない。
これが上司の勤めなわけで。
そんな事を考えながら、自分のオフィスへ戻ってきたところ——
出入り口に張り付くようにして覗き込んでいるエルマの姿があった。
「むぅ……違う、仗助君はこっちのやり方の方が合ってるんだ……いや、それはそうじゃなくて……ああ……!!」
エルマは何やらぶつぶつと呟きながら、もどかしそうに両手をワナワナとさせていた。
「……なにしてるの?エルマ」
「はわぁ!?」
声をかけると、エルマは心底驚いた様子でその場から飛び退いた。
危うく近くの観葉植物にぶつかりそうになり、慌てて体勢を立て直す。
「こ、小林さん!? な、なぜここに!?」
「いや、私の職場でもあるんだけど」
「そうでした!あははっ!!」
社会人モードと、普段の口調が混ざっている。
エルマは明らかに動揺していた。
私はそっとエルマが見ていた方向へ視線を向ける。
その先には——
東条君がいた。
側に女性社員がおり、何やら談笑をしている。
妙に距離が近い。
対する東条君は困ったように笑いながら話を聞いている。
思えば、記憶喪失になってから少し柔らかくなった気もする。
そのせいか、社内でも割と人気がある。
東条君が何か質問を返している。
傍から見れば楽しそうな会話だった。
「……」
そしてそれを、ジーーーっ、と見つめるエルマ。
「エルマ」
再び声をかける。エルマはハッとした様子でこちらを見る。
「なんでしょう」
眼鏡の位置をクイッと直して、さもなんでもなかったように振る舞うが、流石に無理がある。
「見てた?」
「見てません」
即答だった。
「……ほんとに?」
「……はい」
私は真っ直ぐにエルマを見つめた。
あのトールからも怖いと言われた私の必殺の死んだ魚の目だ。これを耐えた人はいない。
………………自分で言ってて辛い。
最初は目を合わせていたエルマだったが、次第にダラダラと汗を流し、遂にはプルプルと震えて俯いた。
「……ごめんなさい、嘘つきました」
ようやく正直になったエルマに、私は溜息を吐いた。
「そんなに気になるなら、仲直りすれば?」
「べ、別に喧嘩してるわけじゃ……!」
「じゃあ、なんなの?」
呆れの意味も込めてジッと見ると、エルマは観念したように視線を逸らした。
「別に……その……」
「うん」
「最近、仗助君は誰とでも仲良く話しますし」
「うん」
「仕事も順調そうですし」
「うん」
「その……私がいなくても困っていないようですし」
最後だけ、少し声が小さくなった。
私は思わず目を瞬かせた。
ああ。
そういうことか。
確かに、きっかけは東条君の失言だったのだろう。
だけど多分、それだけじゃない。
エルマも、色々と考えているのだ。
考えて考えて、訳が分からなくなって避けている。
避けているから余計に気になる。
なんとも面倒臭い。
「……」
「……」
数秒考えて。
私はエルマの襟首を掴んだ。
「へ?」
「行くよ」
「な、ど、何処にですか!?」
「何処って」
私はそのままズルズルと引きずる。
エルマは抵抗した。
しかし私も今回は譲らない。
「こ、小林さん!?待って——待ってくれ!!心の準備が!」
「さっきまでずっと準備してたでしょ?」
「してないぞ!?」
「ずっと見てたじゃん」
「うぅ……!!」
涙目でぐずるエルマ。
いつもの私なら、ここまでしつこく食い下がらなかったかも知れない。
しかし残念ながら、今日の私は一味違う。
なんせ、仗助君にお願いされているのだから。
エルマは観念したように顔を覆った。
その耳が少し赤い。
とうとう仗助君の側まで来た。
「……小林さん?」
なんの要件だろうと言った顔をしている仗助君に、私ははっきりと告げた。
「仗助君。約束、果たしに来た」
「約束?」
「うん」
私は隣のエルマを前へ押し出した。
エルマは「わあっ」と情けない声を上げる。
なんだかんだとあったけど、
後悔することは多いけれど、
それでも、
東条君もエルマも
少しずつ前へ進んでいるのだろう。
でなければこんなレアなエルマは拝めない。
今の二人の関係を、なんて言うのかは分からない。
でも、だからこそ。
こういう面倒事も含めて、悪くない。
私は小さく笑った。
少なくとも。
今の東条君は、一人ではないのだから。