ジョジョドラ   作:夏のレモン

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20話 なんかモヤモヤする!

 

 

サァ——

 

穏やかに吹く風が、緑が生い茂る大草原を揺らす。

 

本来、人なんているはずのない場所に、場違いなスーツ姿の女性がいた。

 

エルマである。

 

東条から逃げ続けた結果、大好きなご飯を抜いてこんなところまで逃げてしまった、エルマがそこにいた。

 

ぐぅー……

 

エルマの胃袋が切なく鳴る。

 

「う、うぅ……!!」

 

あまりの辛さにエルマは涙目になるが、それでも食堂に戻ろうとは思えなかった。

 

(戻れば、仗助君がいるかもしれない!!)

 

そう思うと、どうしても戻る気にはなれなかった。

 

ただっ広い草原の中、エルマは一人ごちる。

 

最近、私はおかしい。

何が、と言うわけではないが、何かおかしいのだ。

 

仗助君と同居を始めて、最初の頃は色々と問題はあった。

 

でも、それもルールを決めたり、人間さんの本を読んだり、色んな人にアドバイスを貰ったりして上手くやれるようになったのだ。

 

それなのに——

 

なぜ私は仗助君から逃げているのだ?

 

いや……

 

「きっかけは分かっている……」

 

今朝の出来事を何度も思い出す。

 

いつものように買い込んだ朝食を食べていて、仗助君にも勧めた。

彼はそれを断って、小さな声で言った。

 

『2度と口を開くな』

 

「——」

 

ギュウッと胸を抑える。

 

嫌われた。

 

そう考えるだけで胸が苦しくなる。

 

なぜだ?

 

何がそんなにダメだったのか。

もしかして、嫌いなものだったか。

 

考えても考えても、答えは出ない。

 

出せるわけがない。

 

答え合わせをする相手から、私は全力で逃げているのだから。

 

(怖い……)

 

強敵に相対した時も

 

人に利用されてると知った時も

 

トールと喧嘩をした時も

 

こんなにも——怖いと思ったことはなかった。

 

「私は……どうしてしまったというんだ……」

 

座り込むエルマ。

 

だが、そうこうしている間にも、時間は着々と過ぎていった。

 

「…………戻らないと」

 

結局答えも出ないまま、エルマはのそのそと会社へのゲートを開く。

 

(思い出してみれば、仗助君は私と何か話したがっていた気がする……)

 

そうだ。仗助君は私を追いかけていた。

 

もしや、何か伝えたいことがあったのでは……?

 

(そうだ……私は何を決めつけていたのだ。きっと私は何か勘違いしているに違いない)

 

そう思い直すと、なんだか元気が湧いてきた。

 

(よし、まずは仗助君に謝罪しよう。そして何を話したいのかちゃんと聞こう)

 

そう意気込んで自分の職場に戻ろうとしたその時、

 

仗助君と女性社員が楽しそうに笑っていた。

 

「!?」

 

思わず扉の影に隠れてしまった。

 

「……」

 

そっと覗き込んでみると、二人は何やら雑談をしていて、とても楽しそうだった。

女性社員は事あるごとにボディタッチを繰り返している。

 

距離が、近い。

 

 

 

「——————」

 

 

 

頭がスーッと冷たくなる。

視界が暗くなるが、仗助君達の姿はよりはっきりと見える。

 

 

 

随分と楽しそうではないか。

 

私を追うのはやめたのか?

 

今日まで一緒に過ごしてきた私は用済みか?

 

——その()の方が、いいのか?

 

 

ブォッ——

 

 

エルマから魔力が漏れ出る。

感情が乗った力はオフィスを一瞬で覆った。

モノが一斉に揺れる。

 

『うわっ、なんだ!?ポルターガイスト!?」

 

『ひっ!さ、寒いです!!」

 

『ふ、震えが止まらない……!』

 

 

 

「——ハッ!」

 

職場の人達の声で、エルマは正気に戻った。

そして冷静に、二人の様子を観察し直す。

 

仗助と女性は異変に戸惑っていたが、収まったとみるやパソコン画面を指さして確認するような素振りをしている。

 

「……落ち着け、ただ仕事の話をしているだけではないか」

 

そう思えば何も思うところなんてない。

私がいなければ周囲の人に聞くのは当然のことだ。

 

当然の、こと……いや

 

(それはそれで……ちょっと違うんじゃないか……?私に聞くのが筋じゃないか……?)

 

自分が逃げていることは棚に上げて、モヤモヤとしながらエルマは改めて二人の様子を観察する。

ドラゴンの五感をふんだんに使って、二人がしている仕事の内容を把握する。

 

「むぅ……違う、仗助君はこっちのやり方の方が合ってるんだ……いや、それはそうじゃなくて……ああ……!!」

 

もどかしい。

 

私に任せて貰えればもっと分かりやすく教えられるのに!

 

「……なにしてるの、エルマ?」

 

「はわぁ!?」

 

二人の様子に注目し過ぎて、自分の近くに来ている人物に気付かなかった。

 

振り返れば、小林さんが呆れた顔で立っている。

 

「こ、小林さん!?な、なぜここに!」

 

「ここ私の職場だから」

 

「そうでした!!あははは!」

 

必死に誤魔化す私を、小林さんはジトッとした目で見ていた。

 

「………東条君を見てた?」

 

「み、見てません!」

 

「……」

 

小林さんの目は冷たかった。

 

まるで『めんどくせえな。早く吐けよ』と言わんばかりの死んだ魚のような目が私を凝視する。

 

「…………ごめんなさい、嘘つきました」

 

白状した私に、小林さんは深いため息を吐く。

 

「そんなに気になるなら、仲直りすれば?」

 

「べ、別に喧嘩してるわけじゃ……!」

 

「じゃあ、なんなの?」

 

そう言われ、言葉に詰まる。

 

私は喧嘩をしていたのか?

 

いや、でも喧嘩と言うのはトールとやっていたみたいな殴り合いを言うわけで、仗助君にそんな事したら死んでしまうし……。

 

説明しようとしても、自分でも何が起きているのか分からない。

 

「別に……その……」

 

「うん」

 

口を開いても何か出てくる訳ではなくて、それでも、小林さんは私の言葉を待っていた。

 

「最近、仗助君は誰とでも仲良く話しますし」

 

「うん」

 

「仕事も順調そうですし」

 

「うん」

 

「その……私がいなくても困っていないようですし」

 

ポロポロと溢れた言葉で、ようやく本心を知れた。

 

——私はきっと、寂しかったのだ。

 

すると不意に、話を聞いていた小林さんが私の襟首を掴んだ。

 

「行くよ」

 

そう言ってズンズンと進んでしまう小林さん。私は必死に抵抗した。

 

「こ、小林さん!?待って——待ってくれ!!心の準備が!」

 

「さっきまでずっと準備してたでしょ?」

 

「してないぞ!?」

 

「ずっと見てたじゃん」

 

「うぅ……!!」

 

強い!今日の小林さん強い!!

なんで急にこんな強引になったのだ!?

 

気付けば、私は仗助君の前まで引っ張り出されていた。

 

「仗助君。約束、果たしに来た」

 

「約束?」

 

不思議そうに首を傾げる仗助君の前に、小林さんが私を押し出した。

 

「わっ……!」

 

思わずよろめく。

 

慌てて体勢を立て直した私は、そのまま固まった。

 

目の前には仗助君。

 

逃げ回っていた相手。

 

話さなければいけない。

 

謝らなければいけない。

 

頭では分かっているのに、言葉が出てこない。

 

「……」

 

「……」

 

沈黙。

 

気まずい。

 

とても気まずい。

 

視線を合わせることすら難しかった。

 

「その……私は……」

 

ようやく口を開く。

 

だが続かない。

 

何から話せばいいのか分からない。

 

「……エルマさん」

 

そんな私を見て、仗助君は席を立つ。

口元が固く結ばれているのが見えた。

 

そして。

 

「今朝は本当にすいませんでした」

 

深々と頭を下げた。

 

「え……?」

 

私は思わず目を見開いた。

 

謝ろうとしていたのは私の方だったからだ。

 

仗助君は顔を上げない。

頭を深く下げたまま続ける。

 

「エルマさんを傷付けました」

 

「そ、そんなことは——」

 

ない。

 

そう言おうとして、言葉が止まる。

 

胸が痛かった。

 

苦しかった。

 

嫌われたと思った。

 

だから逃げた。

 

傷付いていなかったとは言えない。

 

「もっと早く話をするべきでした」

 

仗助君は続ける。

 

「うぅ……」

 

違う。逃げたのは私だ。

 

全力で逃げた。

 

今思い返すとかなり酷い。

 

仗助君は真っ直ぐに私を見る。

 

「結果的に、エルマさんを怒らせてしまいました」

 

その言葉に胸が詰まる。

 

責められているわけではない。

 

むしろ逆だ。

 

私を気遣っている。

 

だからこそ苦しかった。

 

「本当にすいませんでした」

 

もう一度頭を下げる。

 

私は慌ててその肩を掴んだ。

 

「ま、待ってくれ!」

 

仗助君が顔を上げる。

 

「悪いのは私だ!」

 

「でも——」

 

「違う!」

 

思わず大きな声が出た。

 

周囲の社員達が何事かとこちらを見る。

 

私は慌てて声を落とした。

 

「私は話も聞かなかった」

 

胸の奥が少し痛む。

 

だが、ちゃんと言わなければならない。

 

「勝手に決めつけた」

 

仗助君は何も言わずに聞いている。

 

だから余計に恥ずかしい。

 

「その……嫌われたと思ったんだ」

 

言った瞬間。

 

顔が熱くなった。

 

私は何を言っているんだ。

 

まるで子供みたいではないか。

 

慌てて視線を逸らす。

 

仗助君も少し困ったような顔をしていた。

 

数秒。

 

微妙な沈黙が流れる。

 

後ろから小林さんのため息が聞こえた。

 

「それで?」

 

「え?」

 

「誤解なんでしょ?」

 

「あ、そうでした」

 

仗助君はハッとしたように頷く。

 

そして手のひらをこちらへ差し出した。

 

「全部コイツが原因なんです」

 

その上には。

 

真っ白なネズミが乗っていた。

 

「……ネズミ?」

 

私は思わず呟く。

 

ネズミは無言で紙を掲げた。

 

【ごめんなさい】

 

そして不満そうな顔のままペコリと頭を下げる。

 

「最近僕に付き纏っていたスタンド使い。アルジャーノンです」

 

仗助君は真面目な顔で言った。

 

ネズミも紙を持ち替える。

 

【アルジャーノンです】

 

律儀だった。

 

「今朝、コイツと揉めていたんです」

 

【揉めてない】

 

「揉めてただろ」

 

【違う】

 

「違わない」

 

【違う】

 

一人と一匹が睨み合う。

 

私はその様子をしばらく眺めていた。

 

なんだ。

 

そうだったのか。

 

私は一体何を悩んでいたんだろう。

 

「あは……!」

 

笑いが込み上げる。

 

「あははははっ!!なんだ!私の早とちりなのか!」

 

胸の奥に溜まっていた重苦しいものが、一気に消えていく。

 

仗助君も安心したように笑った。

 

「説明が遅れてすいませんでした」

 

「いや」

 

私は首を振る。

 

「私も悪かった。話も聞かずに逃げ回ってしまったからな」

 

「じゃあ、おあいこですね」

 

「ああ!」

 

自然と笑みが零れる。

 

「「ははははっ!!」」

 

ようやく仲直りだ。

 

これで全部解決——

 

 

 

「ちょっと待て」

 

私は思わず仗助君の肩を掴んだ。

小林さんも、目を見開いて、すごい顔で仗助君を見ている。

 

「今、なんて言った?」

 

 

 

 

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