ジョジョドラ   作:夏のレモン

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3話

 

翌日。

 

エルマは、オフィスの柱の陰からこっそりと東条を見ていた。

 

(……怪しい)

 

昨日からずっと、その感覚が消えない。

 

一応、エルマは自分が体験した出来事や、

東条への不信感について、周囲にもきちんと相談した。

 

だが、事情を話したところ、小林は少し考え込んだあと、

いつもの穏やかな笑みを浮かべて、こう言ったのだ。

 

『大丈夫だと思うよ』

 

拍子抜けするほど、あっさりと。

 

『むしろ、エルマとは気が合うかもしれないね』

 

その言葉に、エルマは思わず聞き返した。

 

『……どういう意味ですか?』

 

『うーん』

 

小林は、言葉を選ぶように視線を上げる。

 

『真面目で、融通がきかなくて、でも放っておけないところがある』

 

一拍置いて、くすりと笑う。

 

『……ちょっと、似てるかなって』

 

『……』

 

エルマは黙り込んだ。

 

「似ている」という評価が、妙に胸に引っかかったからだ。

 

次に、滝谷にも聞いた。

 

『滝谷先輩はどう思う? あの新人』

 

滝谷は、いつもの調子で肩をすくめる。

 

『うーん……正直、怪しい人物なのは間違いないね。僕も奇妙な体験してるし』

 

(やっぱり!)

 

そう思ったのも束の間、滝谷は続けた。

 

『でもさ』

 

パソコン画面から目を離し、エルマに笑いかける。

 

『小林さんがそう言うなら、大丈夫なのかもね』

 

『それだけ?』

 

『それだけ』

 

即答だった。

 

『小林さん、こういう勘は外さないし』

 

その言葉に、エルマは何も言い返せなかった。

 

小林の勘が当たることを、エルマ自身もよく知っている。

 

(……それでも)

 

納得は、できなかった。

 

だから今、こうして柱の陰から東条を見ている。

 

彼は今日も、特別なことは何もしていない。

 

誰かに頼まれれば素直に応じ、

分からないことがあればきちんと質問し、

自分の仕事が終われば、周囲に目を配る。

 

(……本当に、何もない)

 

それが、エルマには逆に不安だった。

 

(隠しているわけじゃない……のか?)

 

嘘をついている感じもしない。

誤魔化している様子もない。

 

こっそり解析魔法をかけてみたが――

 

結果は、ドラゴンであるどころか、

魔力すらもない、本当にただの人間だった。

 

(……え?)

 

思わず、目を瞬かせる。

 

何をやっても、核心に触れられない。

 

(なんなのだ、東条仗助……)

 

エルマは腕を組み、じっと視線を向ける。

 

(……小林さんの言う通り、なのか?)

 

そんな考えが、わずかに頭をよぎった。

 

エルマは、慌てて首を振る。

 

だめだ。

油断するな。

 

私が人間さん達を守るのだ。

これは、そのための当然の警戒。

 

そう考えて、エルマは東条を監視し続けた。

 

――その一方で。

 

その光景をオフィスにいた社員たちは、ひそひそと不思議そうに眺めていた。

 

(エルマさん……何してるんだろ?)

 

(柱の影から、新人くん見てる……?)

 

(え、あのエルマちゃんが睨んでる??)

 

(もしかして……エルマちゃんのおやつ、新人くんが食べちゃったとか?)

 

視線は控えめだが、確実に集まっている。

 

張り詰めた空気――というより、

「触れていいのか分からないものを、そっと見守っている空気」だった。

 

その様子に気づいた滝谷は、小林の方をちらりと見る。

 

「……小林さん」

 

「うん?」

 

「エルマちゃん、このまま放っておいて大丈夫かな……?」

 

小林は、柱の陰で微動だにせず東条を見つめるエルマを一瞥し、少しだけ考え込んだ。

 

「うーん……様子見でいいかな、とは思ってたんだけど」

 

そう言いながら、苦笑する。

 

「あれは……さすがに目立つね」

 

「だよね……業務に影響が出る前に、一言だけ注意しようか」

 

二人が席を立ち、エルマに近づいていく。

 

それを見て、周囲の社員たちはどこかほっとした表情になり――

一方でエルマは、顔を真っ赤にして謝罪することになった。

 

 

………

 

 

(うう……失敗してしまった……)

 

注意を受けたエルマは、自席に戻ると、しょんぼりと項垂れた。

 

(完全に、やりすぎた……)

 

ちらりと周囲を見ると、

社員たちは皆、何事もなかったかのように、それぞれの作業に戻っている。

 

(……恥ずかしい)

 

胸の奥に、じわじわと熱が溜まっていく。

 

それでも。

 

エルマは、こっそりと――

今度は“普通に”、東条の方を見た。

 

彼は特に気にした様子もなく、

先ほどまでと変わらず、黙々と作業を続けている。

 

(……本当に、問題ないのだろうか)

 

疑念は、まだ消えない。

だが同時に、

 

(……私、ちょっと必死すぎただろうか)

 

そんな思いも、ほんのわずかに芽生え始めていた。

 

 

………

 

そうしてやってきた、昼休み。

 

エルマは、一人で会社を出ていた。

 

(……気分転換が必要だ)

 

午前中の出来事が、思った以上に堪えていた。

柱の陰から睨んでいたこと。

皆に見られていたこと。

そして――注意されたこと。

 

(私は、何をやっているのだ……)

 

そんな自己嫌悪を振り払うように、エルマは歩く。

 

目的地は、会社から少し離れた定食屋。

安くて量が多く、味も良い。

エルマのお気に入りの店だった。

 

(今日は……唐揚げ定食にしよう)

 

そう決めて、店に入った瞬間。

 

「!?」

 

店の中に、

昨日からエルマの頭を占領している張本人がいた。

 

(東条仗助!?)

 

エルマは思わず入口で急停止し、

次の瞬間には反射的に両手を構え、

ファイティングポーズを取っていた。

 

(なんでここに!?

 まさか――先回りからの待ち伏せかっ!!)

 

一瞬、空気が張り詰める。

 

「…………」

 

――だが。

 

待てど暮らせど、何も起きない。

 

(…………いや、昼ごはん、だな。普通に考えて)

 

あまりに当たり前の結論に行き着き、肩の力が一気に抜けた。

 

気づけば、周囲の客や通行人が

こちらをちらちらと、不思議そうに見ている。

 

(……恥ずかしい)

 

顔に熱が集まっているのが分かる。

下唇を噛んで、必死に羞恥心を押し殺す。

 

……だが。

 

ふと、別の考えが浮かんだ。

 

(これは……チャンスではないか?)

 

監視対象と同じ場所にいるのは、むしろ合理的だ。

怪しい行動があれば、すぐに分かる。

 

(探りを入れてやる……!)

 

そう自分に言い聞かせてから、

エルマは不自然なほど明るい声を作って、東条に声をかけた。

 

「や、やあ! 東条君!

 君も、ここでお昼ごはんなんだな!」

 

結果として――

エルマは、まんまと東条と同じテーブルに着くことになった。

 

 

じゅう、と。

 

油がはぜる音が聞こえてくる。

鼻先を、香ばしい匂いがくすぐった。

 

――揚げ油。

――醤油と生姜。

――衣の焦げる、抗いがたい香り。

 

口の中に、まだ何も入っていないはずなのに、

唾液だけが勝手に増えていく。

 

「ふわわわ〜……!!」

 

視線が、勝手に厨房の方へと吸い寄せられる。

 

(ち、違う……今は東条君を――)

 

ぐぅ。

 

腹の奥から、はっきりとした音が鳴った。

 

(……っ!?)

 

エルマは慌ててお腹を押さえる。

 

(ち、違うのだ!

 これは偶然!

 身体的反応であって、私の意思では――)

 

「唐揚げ定食一丁ー!」

 

どんっ、と音を立てて置かれた、大盛りの唐揚げ。

 

「………」

 

エルマの思考は、完全に停止した。

 

目的も。

警戒も。

使命も。

 

すべて、黄金色の塊の前で消し飛んだ。

 

 

………

 

 

 

「…………」

 

東条仗助は、目の前で唐揚げを幸せそうに頬張る先輩を見ながら、

ずっと考えていた。

 

――この人は、一体何がしたかったのだろうか。

 

朝から、妙に視線を感じていた。

隠れているつもりだったのだろうが、

正直かなり分かりやすかった。

 

監視、だと思う。

 

ただ――

 

それにしては、やることがよく分からない。

 

今はもう、完全に唐揚げに夢中で……いや。

 

東条は気づいた。

 

唐揚げではない。

自分の定食――エビフライに、視線が吸い寄せられている。

 

東条は一度だけ、エルマをちらりと見た。

 

「……よかったら」

 

声は、自然と低くなる。

 

「一尾、食べますか?」

 

エルマの肩が、びくっと跳ねた。

 

「……え?」

 

こちらを見つめるその目は、

今朝までの警戒心とはまるで違う。

 

子供みたいに、まっすぐで。

欲望に正直だった。

 

東条は、自分の定食を少しだけ彼女の方へ寄せる。

 

「量、思ったより多くて……」

 

一拍置いて。

 

「手伝ってもらえると、助かります」

 

「…………」

 

エルマは、エビフライと東条を交互に見て。

 

「い、いいのかぁっ!?」

 

ぱっと、顔が明るくなる。

 

(……分かりやすい人だ)

 

東条は小さく息を吐き、

自分の分を食べ始めた。

 

(まあ、悪い人ではなさそうだ)

 

――それに

 

(この人は敵じゃないだろう)

 

東条仗助の足元に、

もうひとつの影が、静かに重なっていた。

 

(これが、見えていないのだから)

 

それは人の輪郭を持ち、

一人の男の姿を形作る影。

 

テンガロンハットを被った、

成人男性ほどの体躯。

直立した姿勢は微動だにせず、

肩幅は広く、無駄のない均整が取れている。

 

外套のような衣服に包まれたその姿は、

風にも、光にも揺らがない。

 

まるで、

この場そのものに縫い付けられているかのように。

 

 

――スタンド。

 

 

人の精神が形を持ったもの。

立ち向かう者。

 

それはまだ、

誰にも認識されていない力。

 

ただ静かに、

エルマの向かいに座る男の背後に立ち続けていた。

 

 

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