ジョジョドラ   作:夏のレモン

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5話 疑いと隙間

 

 

 

翌日、トールは早速、小林の会社に認識阻害を使って忍び込んでいた。

 

(キャーッ!仕事している小林さん、最高ですッ!!♡)

 

やるべき家事をすべて終え、亜音速で小林の職場へと飛来したトールは、まず真っ先に仕事中の小林を周囲から

 

――いや、それ以上に、何周も何周も、あらゆる角度から写真に収めていた。

 

集中した横顔。

キーボードを打つ指先。

真剣な眼差し。

 

どれを取っても至高である。

 

「……何をしているんだ、トール」

 

背後から呆れた声をかけられ、トールは不満げに振り返った。

 

そこには、スーツ姿のエルマが立っていた。

 

「なんですかエルマ。私と小林さんの神聖な時間を邪魔しないでください」

 

「邪魔をしているのはお前だ!

 さっきからパシャパシャとうるさいぞ! 気が散るではないか!!」

 

「気にしなければいいのです。

 私も貴方の存在なんて気にしていません」

 

「なにをぉっ!? やるのかトール!」

 

「やってやりましょうか。お邪魔虫は抹殺です!」

 

一触即発。

いつも通りヒートアップしかけたトールだったが、

ふと本来の目的を思い出した。

 

(そうでした。今日は別件でしたね)

 

「……いえ。目的は別にありました。

 東条という人間は、どれですか?」

 

「仗助くんか? 彼なら、あそこだが」

 

エルマが指差した先。

 

「そうですか。では、もう貴方に用はありません」

 

「なっ!?」

 

無下にされたエルマは明らかに不機嫌そうだったが、

トールにシッシッと追い払われ、渋々自席へと戻っていった。

 

(さて、と)

 

トールは改めて、東条仗助という人間を観察する。

 

第一印象は――驚くほど、普通。

 

顔立ちは薄く、動きも洗練されていない。

戦闘経験は皆無だろうし、魔力の反応も一切ない。

 

むしろ、「特徴がない」という点が、特徴のようにすら思えた。

 

(……本当に、エルマが警戒するような相手なのでしょうか?)

 

周囲を回り、角度を変え、

探知魔法、看破、精神感応――

考えうる限りの手段で調べ上げる。

 

結果は、すべて同じだった。

――ただの人間である。

 

(やれやれ……エルマの勘違い、でしたか)

 

エルマは他と比較しても頭の回転は悪くはないドラゴンだが、

時折、妙なところで空回ることがある。

 

今回も、それだったのだろう。

 

(まあいいです。小林さんコレクションも増えましたし)

 

帰りに夕飯の買い出しでもして――

そう考えた、その瞬間。

 

東条が、ふと顔を上げた。

 

その視線が、

トールの姿を捉えた。

 

「――!?」

 

完全に目と目が合い、背筋に冷たいものが走る。

 

認識阻害は、これまで人間に見破られたことのない魔法だ。

気配も、視線も、魔力も、すべて遮断している。

 

それでも――

 

(見られたッ!?)

 

トールは反射的に魔力を巡らせた。

 

いつでも殺せる距離。

一瞬で首を刎ねられる位置。

 

だが、次の瞬間。

 

東条の視線は、すっと逸れた。

 

(え……?)

 

窓の外。

雲の流れ。

あるいは、机の上に積まれた書類。

 

視界の端に動いたものを、ふと見てしまった。

まるでそう主張するかのように、自然と視線が流れていく。

 

(……気のせい、でしょうか?)

 

確かに、そう片付けることが出来る程度には一瞬の出来事であった。

むしろ、気のせいである可能性の方が遥かに高い。

 

いや――

 

間違いなく目が合っていた。

トールは改めてそう確信する。

 

理由は分からない。

魔力反応もない。

敵意も、殺気も、何も感じない。

 

それでも。

 

ドラゴンとしての本能が、

理屈とは別の場所で警鐘を鳴らしていた。

 

『こいつには何か秘密がある』

 

そう思わせる何かが、先ほどの一瞬にはあった。

もし、本当に見えていて、そのうえで平然とあの態度を取ったのだとしたら。

 

(とんでもないクセ者です)

 

評価を、改める必要がある。

 

(人間相手に、ここまで神経を尖らせるなど……)

 

だが――

 

(エルマが警戒した理由……もしや、これかも知れません)

 

トールは、何事もなかったかのように作業を続ける東条を見つめた。

 

(いいでしょう。どこまでシラを切れるか、試してあげます)

 

トールはおもむろに構えると

 

(さあ、ボロを出しなさいっ!!)

 

目にも留まらぬ速度で拳を繰り出した。

顔の周囲を掠め、最後のアッパーは寸前で止まる。

 

「……」

 

東条は、瞬き一つしない。

本当に、見えていない人間の反応だった。

 

(ふっ、やりますね。

では――これならどうですッ!)

 

トールはドラゴンの姿となり、

東条の真正面に出現する。

 

(どうだッ!矮小なる人間ッ!怯え震えよッ!!)

 

だが、東条は無反応のまま作業を続けている。

 

(………………おのれっ!

人間風情が我を無視するかっ!!)

 

ゴウッ!!

 

さらに睨みつけ、威圧を東条にぶつける。

例え歴戦の猛者であろうと、ドラゴンの姿を目前にして平然としていられるわけがなかった。

 

「………」

 

カタカタカタ………カチッ、カチッ。

 

東条のタイピングとマウスをクリックする音が虚しく響く。

 

(…………)

 

やっぱり勘違いだったかも、と思うトール。

 

だが、自身の判断が間違っていたと素直に認めるほど、トールは素直ではない。

ましてや、見えてない人間を相手に一人で盛り上がっていたなど、恥ずかしくて認めたくない。

 

(……ふん、いいでしょう。

今日のところは見逃してあげます)

 

トールは内心で寛大なドラゴンを演じ、人の姿に戻った。

 

(ですが覚えておくことです。

いつかあなたが尻尾を出したが最後、

ドラゴンの恐ろしさを骨の髄まで刻み込んでやります)

 

再度、内心でそう捨て台詞を吐き、帰宅しようと思った――その時。

 

「トォ〜ルゥ〜?」

 

背後から声を掛けられる。

その声の重々しさに、思わずトールはビクっと肩を震わせた。

 

「何を、してるのかなぁ???」

 

振り返った先にいたのは、静かに、しかし鬼の形相をした、小林だった。

ついでに、エルマもそこにいた。

 

「あ、こ、小林さん……!?これは、その……」

 

ガシッと肩を掴まれるトール。

 

数分後。

トールは別室にて床に正座させられ、

小林とエルマにこんこんと説教されるのだった。

 

 

 

………

 

 

 

(まったく。本当に、トールにも困ったものだ)

 

エルマは自席にて、内心で深くため息をついた。

同じドラゴンとして、力も誇りも十分に理解しているが、

あの奔放さだけはどうにも擁護しきれない。

 

(まさか、あの場でドラゴンの姿を見せるとはな……)

 

いくら認識阻害があるとはいえ、危うすぎる。

下手をすれば大騒ぎになり、

そうなれば「迷惑」などという生易しい言葉では済まなかっただろう。

 

最悪の場合――

この会社そのものが、消し飛ぶ可能性すらあった。

 

(人間社会で暮らすと決めた以上、

 守るべきルールは守らねばならんというのに)

 

それでも。

 

(……まあ、小林さんがあそこまで怒ったのだ。

 しばらくは大人しくしているだろう)

 

思い出しただけで身震いするほどの、小林の静かな怒気。

あれを真正面から受けた以上、

トールもさすがに懲りたに違いない。

 

エルマは、軽く息を吐いた。

 

その時だった。

 

カタン、と控えめな音を立てて、

東条がパソコンを閉じる。

 

「お、仗助くん。今日はもう上がるのか?」

 

「はい。一応、一区切りついたので」

 

その様子はいつも通りで、特別変わった点はない。

 

(……やはり、何も気づいてはいない、か)

 

それは安堵でもあり、

同時に、ほんのわずかな後ろめたさでもあった。

 

(本人が認識できていないとはいえ……

 危険な目に遭わせてしまったのは事実だな)

 

エルマは自分のパソコンを閉じた。

 

「仗助くん」

 

「はい?」

 

「よかったら、明日飲みに行かないか?」

 

東条が、一瞬きょとんとした表情を浮かべる。

その分かりやすい表情に、エルマは笑みを浮かべた。

 

「なに。いわゆる飲みニュケーションというやつだ。

それに、今日はいろいろ……その、落ち着かない一日だっただろう?」

 

「落ち着かない、ですか?

 いえ、いつも通りに過ごしましたが……」

 

首を傾げる東条に、

エルマは苦笑いを浮かべて続ける。

 

「まあまあ、せっかくの週末だ。

 飲みに行くついでに、色々と話を聞かせてくれ。

 もちろん、私の奢りだぞ?」

 

言いながら、

エルマは自分でも少し不器用な誘い方だと思った。

 

だが――

 

東条は数秒考えた後、

小さく笑って頷いた。

 

「……ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えます」

 

(よし)

 

内心で、ほっとする。

 

会社を出ると、街の空気は思ったよりも冷えていた。

ビルの谷間を抜ける風が、スーツの隙間をすり抜けていく。

 

(心地よい風だ)

 

エルマは歩きながら、そんなことを考えていた。

 

「どこか、希望はあるか?」

 

「そうですね。駅前に新しくできたというお店はいかがでしょうか?」

 

「ほう、お目が高いな。あそこは美味しい店だったぞ」

 

「早いですね。もう行かれたんですか」

 

「当然だ。この街で私が知らない飲食店はない。

 しかも全メニュー、食べ尽くしている」

 

「エルマ先輩はグルメなんですね」

 

そう言う東条を見ながら、エルマは内心で思う。

 

(本当に……妙な男だ)

 

エルマはトールと東条のやり取りを、

こっそりと、だが確かに見ていた。

 

そして、東条が顔を上げた、あの一瞬。

もしや見えているのではないかと、肝を冷やした。

 

だが、それはすぐに否定された。

流石にトールがドラゴンの姿を見せた時は内心ひやひやしたが、

それでも東条は、最後まで何の反応も示さなかった。

 

――見えていなかった。

 

それはつまり、

これまで抱いていた疑念が、ようやく払拭されたということだ。

 

奇妙な出来事が続いたせいで、

まだ胸の奥にわずかな引っかかりは残る。

 

だが、ひとまずは――安心していい。

 

「それにしても」

 

東条が、ふと口を開いた。

 

「皆さん、すごいですね。

 毎日あんなに残って仕事されてるんですか?」

 

「む?まあ、日によるな。

 忙しい時もあれば、そうでない時もある」

 

「なるほど、タイミングによるんですか。

 エルマ先輩は早く帰れた日は何をして過ごすんですか?」

 

「そうだな。家で寝ることができるぞ」

 

「“早く帰った時”の話、ですよね?」

 

「そうだな。“早く帰った時”の話だ」

 

「?」

 

「?」

 

お互いに首を傾げる。

ただ、それがなんとなくおかしくて、

エルマは思わず笑ってしまった。

 

そうして、いつの間にか話題は仕事からすらも離れ、

天気がどうだとか、

帰りに寄る店の話だとか、

本当に、どうでもいい会話になった。

 

だが――

 

エルマは、それを悪くないと感じていた。

 

「エルマ先輩は仕事、好きなんですか?」

 

少し迷うような間を挟んで、東条が尋ねる。

 

「うむ。誰かの役に立てるのは、とても楽しいぞ!」

 

即答だった。

 

胸を張ってそう言うと、

東条はわずかに目を見開いた。

 

「迷いがないですね」

 

「迷う理由がないからな」

 

エルマは歩調を変えずに続ける。

 

「成果が出れば感謝されるし自信がつく。

失敗すれば反省して、次に活かす経験になる。

どうあってもプラスではなないか」

 

「……いい考え方ですね」

 

「そうか?」

 

「はい」

 

東条は視線を落としたまま、少しだけ言葉を選ぶ素振りだ。

 

「自分は……そこまで割り切れません」

 

「ほう?」

 

「正しいと思ってやったことでも、

後になって後悔することの方が多くて。

そのせいで、時々……動けなくなります」

 

エルマは、横目で彼を見た。

 

声は落ち着いているが、

その内側には、迷いと自己嫌悪が絡みついている。

 

(……なるほど)

 

かつて、幾度となく見てきた表情だ。

祈りを捧げに来た人々。

選択を誤ったと悔やむ者たち。

 

エルマは、ほんの少しだけ歩調を緩めた。

 

「だが」

 

静かに、しかしはっきりと言う。

 

「それでも、東条君は引かないだろう」

 

「……え?」

 

「正しいと思ったことを、途中で投げたりはしない。

後悔しても、考えるのをやめない」

 

東条は、言葉を失ったように足を止めかけた。

 

「……どうして、そう思ったんですか?」

 

「勘、だな」

 

「……勘ですか」

 

「うむ」

 

エルマは少しだけ口元を緩める。

 

「だが、経験に基づく勘だ。

迷う者ほど、実は誠実でな。

悩むということは、結果に責任を持とうとしている証だ」

 

それは、説教でも慰めでもない。

ただ、事実を告げる言葉。

 

聖女として、

多くの人に向き合ってきた経験から出たものだった。

 

「後悔するのは、悪いことではない。

それで立ち止まるのも、時には必要なことなのだ」

 

「……」

 

「悩んだ末に出した答えなら、

たとえ失敗しても、それは“逃げ”ではないからな。

そんな自分を誇るといい」

 

東条は、しばらく黙っていた。

 

やがて、小さく息を吐く。

 

「……ありがとうございます」

 

その声には、

確かに、肩の力が抜けたような響きがあった。

 

少し歩くと、見慣れた分かれ道が現れる。

 

「私は、ここだな」

 

「はい。今日は、ありがとうございました」

 

「こちらこそだ。明日も、よろしく頼む」

 

「……はい。よろしくお願いします」

 

別れ際、

東条は一礼してから、そのまま歩き去っていった。

 

エルマはその背中を見送り、

自分も踵を返す。

 

数歩進んだところで、

ふっと、息を吐いた。

 

(……また、やってしまったな)

 

人を導く言葉。

背中を押すための言葉。

どうにも、迷える人を前にすると昔の癖が出てしまう。

 

(だが……)

 

思い返す。

東条の、あの表情。

 

確かに、少しだけ明るくなっていた。

 

(うむ。私はまた一人、人間さんの助けになれたようだ)

 

そう思い、満足した次の瞬間。

 

(ん……ああ!?)

 

エルマは、はっと目を見開いた。

 

(私、睨みつけていたことを――

まだ、ちゃんと謝罪していないのではないか!?)

 

頭の中で、柱の陰から新人を睨みつけていた自分の姿が蘇る。

 

(私はなんて間抜けなんだ……!

あれだけ偉そうなことを言っておいて、自分の非をきちんと清算していないとは……!)

 

過去の自分の行いがフラッシュバックする。

 

(聖女を名乗っておきながら……いや、名乗ってはいないが!

だがそれでも! けじめというものがあるだろう!!)

 

エルマは肩を落とした。

 

(……うう、そうだな、明日の朝、開口一番に謝罪しよう。

そうだ。そういえば家にとっておきのメロンパンがあったはず……

いや、でもあれは期間限定でやっと買えたもので……

いやいやいや……)

 

エルマが内心で謝罪のシミュレーションを重ね、メロンパンを渡すか葛藤をしながら歩いていた。

 

そのとき――

 

ふと、視線を感じた。

 

反射的に顔を上げる。

 

ビルの裏手。

人通りのない、細い路地。

 

(……こんな道、あっただろうか?)

 

足が、自然と止まる。

 

街のざわめきが、

すっと遠のいた。

 

風が止み、

自分の靴音だけが、やけに大きく響く。

 

(……?)

 

細い路地の先、その壁にある、ほんのわずかな隙間に視線が吸い寄せられた。

 

そこが――あり得ないほど、暗かった。

 

まるで光を吸い込むブラックホールのように真っ黒だった。

 

どんなに目を凝らしても、

奥行きがまったく掴めない。

 

(……妙だな)

 

無意識に、

エルマは一歩、近づいてしまった。

 

確認しなければならない。

そんな衝動に、駆られた。

 

次の瞬間――

 

影が、開いた。

 

音もなく。

兆しもなく。

 

“何か”が、エルマの腕をがっちりと掴む。

 

「――っ!?」

 

エルマは反射的に、掴んできた“何か”を引き剥がそうとした。

だが――

 

触れない。

 

間違いなく掴まれているのに、触ることができない。

 

次の瞬間――

 

肉体から引きはがされる感覚がエルマを襲う。

 

(な……に……!?)

 

思考が、遅れる。

感覚が、ずれていく。

 

影の奥へ、

意識が、ずるりと引きずり込まれる。

 

(しまっ……)

 

――助けを

 

――間に合わない

 

――知らせなくては

 

――トール

 

――小林さん

 

――滝谷さん

 

散り散りとなる思考の中、最後に浮かんだのは、

先ほど別れたばかりの、東条の横顔。

 

――まだ、謝れていない。

 

その想いすら、

闇に、塗り潰されていく。

 

そして。

 

静寂だけがそこに残った。

 

 

 

 

 

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