ジョジョドラ   作:夏のレモン

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8話 真犯人

 

 

 

小林たちは、現場の正確な位置も分からないまま、夜の街を走っていた。

滝谷に場所を聞こうとしたが、耳を裂くような轟音の直後、通話は途切れてしまったのだ。

 

足を止めると、街は不気味なほど静まり返っていた。

車の往来はまばらで、人影もほとんどない。

遠くで鳴る信号音だけが、やけに大きく耳に残る。

 

「トール! 本当にこの辺で合ってるんだよね?!」

 

小林の声に、焦りが滲む。

 

「はい! 間違いなくファフニールさんの存在を感じました!」

 

トールは即答した。

 

四人は足を止め、それぞれ周囲に視線を走らせた。

建物の壁も、道路も、目立った破壊の痕跡は見当たらない。

 

(……おかしい)

 

小林は胸の内で呟く。

ファフニールが暴れたのであれば、何も残らないはずがない。

 

「私、ちょっとあっち見てくるぞ!」

 

イルルはそう言うと、少し道を外れ大通りへと続く道に向かって駆け出した。

 

「イルル!!」

 

小林が慌てて呼び止める。

 

「あんまり離れすぎちゃダメだよ!!

何か見つけたら、すぐに大声で私たちを呼んで!!」

 

「分かったぞ!」

 

振り返りざまにそう返し、イルルは夜の闇へと走り去っていった。

 

その背中が見えなくなるのを確認してから、小林はトールとカンナに向き直る。

 

「私たちも手分けしよう」

 

短く息を整え、小林は指で方向を示した。

 

「私はこっちを探す。

トールは、あっちの二番街方向」

 

「分かりました!」

 

トールは迷いなく頷く。

 

「カンナちゃんは、この辺をじっくり見て回って。

無理に奥へは行かなくていいから」

 

「わかった」

 

カンナは小さく頷いた。

 

こうして三人も、それぞれ別の方向へと動き出す。

 

その場に残ったカンナは、少しでも手掛かりを見つけようと、注意深く周囲を探し始めた。

 

人通りの少なそうな道を覗き、

廃ビルの屋上まで駆け上がり、

電柱の影や、倒れかけたゴミ箱の下まで――

考え得る限り、あらゆる場所に目を向ける。

 

それでも、何も見つからない。

 

――その時だった。

 

『カンナ』

 

不意に、名を呼ばれた。

 

「……?」

 

思わず足が止まる。

その声は、聞き間違えるはずのないものだった。

 

「エルマ様?」

 

カンナの問いかけに答えるように、再度声が響く。

 

『こっちだ、カンナ』

 

声は、街灯の届かない暗い路地の奥から聞こえてきた。

 

カンナは眉をひそめた。

 

そこに、路地などあっただろうか。

 

何度も通ったはずの場所なのに、記憶に引っかからない。

 

「……」

 

それでも、カンナは足を踏み入れた。

路地の先まで目を凝らすが、人影一つ見当たらない。

 

胸の奥に、言いようのない不安が広がる。

 

「エルマ様?

どうして出てこない?」

 

『すまない……不覚にも、囚われてしまったんだ』

 

そんなはずない。

エルマ様は今、小林の家にいる。

 

そう頭では分かっているのに、聞こえてくる声や口調がカンナを惑わす。

 

「捕まった?信じられない。

エルマ様は強いドラゴン」

 

『出られないわけじゃない。

だが、私以外にも被害者がいる。

私だけが、ここを出るわけにはいかないんだ』

 

その言葉に、カンナは戸惑った。

 

いかにも本人が言いそうで、話の内容も妙に状況と合っていた。

 

ひとまず小林達を呼んで判断を仰ごうとした、次の瞬間。

 

『あ、あああああああっ!?!?

カンナ!! カンナッ!!

助けてくれッ!!

急いで、こっちに来て私を引っ張り出してくれ!!』

 

悲鳴。

 

切羽詰まった、エルマの声。

それに合わせて、複数の人の声まで聞こえてくる。

 

「エルマ様!!!」

 

考えるより先に、身体が動いていた。

 

カンナの小さな背中が、暗い路地裏で消えた。

 

 

最初に異変に気付いたのは、イルルだった。

大通りへ続く道を駆けながら、ふと足が止まる。

 

「……?」

 

理由は分からない。

だが、嫌な感覚があった。

 

イルルとカンナは友達だ。

常日頃から一緒に行動し、楽しいものはなんでも分け合ってきた。

もはや姉妹のようなものだった。

 

だからだろうか。

カンナの身に、何か起きた気がしてならない。

 

イルルは舌打ちし、踵を返した。

皆と別れた場所へ、全力で引き返す。

 

「カンナッ!! どこにいるんだ!」

 

呼び声が、夜の街に虚しく響く。

だが、いくら叫んでも返事はない。

 

(……やっぱりだ)

 

嫌な予感が、確信に変わっていく。

 

心臓の鼓動が早まり、喉が渇く。

ドラゴンの感覚が、はっきりと警鐘を鳴らしていた。

 

――静かすぎる。

 

夜の街は確かに人が少ない。

それでも、本来あるはずの音まで消えている。

 

風の音も、

遠くを走る車の音も、

すべてが一枚の膜の向こうに押しやられたようだった。

 

「おい、カンナ! 返事しろ!!」

 

走りながら、何度も名を呼ぶ。

だが、返ってくるのは自分の声だけ。

 

次の瞬間。

 

カリッ――

 

何かを引っ掻く、微かな音。

 

イルルの耳がそれを逃さなかった。

音のした方向へ、鋭く顔を向ける。

 

――路地。

 

視線の端。

街灯の届かない、細い路地の奥。

 

そこだけが、不自然なほど暗い。

 

「……は?」

 

眉をひそめる。

 

さっきまで、あんな場所はなかった。

少なくとも、気配を感じ取れないほどの死角ではなかったはずだ。

 

「……カンナ?」

 

その呼びかけに、答えはない。

 

だが、目に映った光景を前に、疑惑は確信へと変わる。

 

イルルは歯を食いしばり、路地へと駆け出した。

 

「くそ……!」

 

そして――

 

その奥で見つけたのは。

 

地面に倒れ伏す、カンナの姿だった。

 

「カンナ!!」

 

イルルは駆け寄り、抱き起こす。

 

だが、カンナの身体に力は無く、虚な瞳は何も映さない。

その感触だけで、理解してしまった。

 

「これ……エルマと、同じ……!!」

 

怒りが、瞬時に燃え上がる。

 

イルルは両手をドラゴンのそれへと変え、周囲を睨みつけた。

 

「誰かいるんだろ!!

分かってるんだぞ!!

よくもカンナを!!

エルマも、お前がやったんだろ!!」

 

声は、虚しく壁に反響するだけだった。

 

だが、その時。

 

イルルの鋭い聴覚が、再び音を捉えた。

 

視線を向けた先にあったのは、

空間が裂けたような、真っ黒な“隙間”。

 

『――……?――……ッ!――……!!』

 

その隙間から、本当に微かに何かが聞こえる。

あまりに微かで、ドラゴンの聴覚ですら完全には掴めない。

 

「カンナかっ!?そこにいるのか!?!?」

 

思わず壁に駆け寄るイルル。

そこまで近付いて、ようやく音が声となる。

 

『ダメ……触っちゃ、ダメ』

 

何を、などと考える暇はなかった。

 

見えない“何か”が、イルルの指先を掴む。

 

「あ――」

 

抵抗する間もなく、

そのまま黒い隙間へと押し当てられた。

 

「あ、あああ!?!?!?」

 

痛みはない。

 

苦しみはない。

 

――あるのはただ、引き剥がされる感覚。

 

肉体と魂が、

無理矢理、引き離されていく。

 

だが、まだ間に合う。

カンナの忠告が、一呼吸分の猶予をくれた。

 

「敵だッッ!!!!」

 

イルルは一言だけ残して、路地裏に溶けて消えた。

 

 

『敵だッッ!!!!』

 

夜の街を引き裂く、切羽詰まった叫び。

 

「――ッ!!」

 

小林とトールは、同時に足を止めた。

 

ただの呼びかけじゃない。

自身の危険を知らせる、悲鳴に近い声だった。

 

「今の……イルルです!!」

 

トールは即座に振り向くと、小林を抱え上げ、トップスピードで声のした方向へ駆け出した。

その間、小林の脳裏には最悪の想像が次々と浮かぶ。

 

(まさか……イルルがやられた……!?)

 

辿り着いた路地は、異様なほど静まり返っていた。

 

空気が、重い。

 

「……」

 

トールに下ろされた小林は、路地の入口へ慎重に歩み出る。

 

「……ここ、こんなに静かでしたか?」

 

トールも異変を察したのか、無言で周囲を睨みつける。

 

そして――

薄暗い路地の奥で、二つの影が揺れ動いた。

 

「カンナ……! イルル……!!」

 

二人の身体は、わずかに左右へ揺れている。

まるで、見えない糸で吊られた操り人形のように。

 

「……カンナちゃん?」

 

小林が一歩、踏み出した瞬間――

 

二人は、同時に崩れ落ちた。

 

『痛いよぉ……!

助けて、小林ぃ……!!』

 

『苦しい……暗い……

あたし……死んじゃう……』

 

声が、直接頭の内側に流れ込んでくる。

 

小林の背筋が凍りついた。

それは紛れもなく、カンナとイルルの声だった。

 

「ッ……!」

 

トールが反射的に前へ出る。

 

「待って、トール!!」

 

小林は咄嗟に、その腕を掴んだ。

 

引き止められた瞬間、二人の様子が一変する。

 

揺れが激しくなり、

呻き声は悲鳴へと変わった。

 

『どうして!?

どうして助けてくれないの!?』

 

『お願い、手を伸ばして!! 早く!!』

 

カンナの頭が、壁に叩きつけられる。

 

『痛い痛い痛いぃぃいいい!!!』

 

イルルの身体が、不自然な角度に反り返る。

 

『ヒィッ!!

やだ、やだ!!

助けて小林ッ!!』

 

理性が、感情に追いつかない。

 

トールの呼吸は荒く、拳は震えていた。

 

「小林さん……!!」

 

「……分かってる」

 

小林は歯を食いしばり、答える。

 

視線は、一瞬たりとも逸らさない。

 

「これは……罠だ」

 

言葉にすることで、自分を繋ぎ止める。

 

「二人の意識は、ここにない」

 

その瞬間――

 

スイッチが切れたように、二人の動きが止まった。

 

『『………』』

 

ゆっくりと、首が持ち上がる。

 

白目を剥いた瞳が、同時にこちらを向いた。

 

空気が、さらに冷え込んだ。

 

「……っ」

 

トールが、唇を噛みしめる。

 

その時――

 

『やあ!』

 

不意に、声が割り込んできた。

 

「「ッ!?」」

 

姿は、見えない。

だが――

 

『小林さん、トール。

来てくれたんだな』

 

エルマの声。

あまりにも自然で、あまりにも“らしい”声音。

 

『本当に良かったよ。

もう少し遅かったら、どうなってたか……』

 

一拍。

 

そして――

 

『――っ、くく……』

 

引き攣った音。

 

『……あはっ』

 

声が、歪む。

 

『あはははははははははッ!!!』

 

下品な笑い声が、路地に反響した。

 

『いやぁ、キツいキツい!!

この口調、笑い我慢するの大変なんだよ!!』

 

完全に別人の声。

 

「……貴様か」

 

トールのこめかみに、血管が浮かぶ。

 

『ひひひひ!!

その顔!! 最高だな!!』

 

心底楽しそうな声が続く。

 

『仲間だと思った?

信じちゃった?純粋だね』

 

挑発する声に、小林は奥歯を噛み締めた。

 

(こいつ……完全にこっちを弄んでる……)

 

『ほんとさぁ!!

魚釣って、それを餌に別の魚を釣る!!

今日は最高の釣り日和だ!! なあ!?』

 

その言葉に、トールが一歩前へ出る。

 

「出てこい……!」

 

低く唸る。

 

「姿を現せ、卑怯者ッ!!」

 

ゴウッ!!

 

ドラゴンの怒気が路地を揺らす。

だが、それでも声の主は余裕を失わない。

 

『いいよぉ?

ほら、入ってこいよ。

そうすりゃ、見えるからさ』

 

路地の奥が、嘲笑うように暗く蠢いた。

 

額に血管を浮かべ、トールは踏み出そうとする。

 

「ダメだ、トール!!」

 

小林が、寸前で止めた。

 

「エルマも、カンナちゃんも、イルルもやられた!

奴は――私達を“入らせたい”んだ!」

 

路地を鋭く睨み据える。

 

「入った瞬間、何かが起きる……

きっと、そういう仕掛けだ!!」

 

「……っ」

 

トールは必死に衝動を抑える。

だが、声は止まらない。

 

『どうした、来なよ!!

怖くて足がすくんでるのか??

怒ってるフリして、内心ビクビクってか!?』

 

「グゥ………!!!!」

 

ビキッ!ビキビキッ!!

 

トールの拳が、音を立てて握り締められる。

 

『はぁ……』

 

わざとらしい溜息。

 

そして――

言ってはならない一言が放たれた。

 

『お前らほんっと、しょうもないゴミだな。

特に目つきの悪い方?

ゴミな上にブスだし、生きてる価値ないよ』

 

 

プツンッ

 

 

――何かが、トールの中で切れた。

 

 

 

 

 

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