最後に残った道しるべ   作:ジジイキャベツ

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これが、あたしたちの戦い

 

 

 

 

 

数日前の夜のこと。

 

「まどかが契約しないように見張ってほしい」

 

突如、あたしの家にやってきたほむらは開口一番そう告げた。

あらかじめ電話があったからいいものの、今は午前1時。

両親は寝てるので窓から入れたが、そんな当たり前のことを伝えに来たのだろうか。

 

「はっきり言わせてもらうけど、私たちの勝算はかなり低いとみてもらっていいわ」

 

そしていきなりの弱きな発言。いや、それをいまこのタイミングで言っちゃう?

 

「勘違いしないで欲しいのは、私たちは決して負けるつもりはないということ。もし追い詰められて契約するとしても、それは私たちが倒れてからにしてほしいということよ」

「えーっと、それはつまりどういうこと?」

「あなたたち、私たちが劣勢だと助ける為に契約してしまうでしょう」

 

ギクリと身体が跳ねてしまう。契約することは念頭に置いていないけれど、もしもほむら達が追い詰められたら契約する姿はありありと想像できたからだ。

 

「ん...まあ、わかったわ。じゃあまどかにもそのこと釘刺しておけばいいんだね」

「いいえ。彼女には知らせないで欲しい」

「へ?」

「彼女の契約はもはや私たちだけの問題じゃなくなっているの。そうでしょ、インキュベーター」

「そうだね。彼女の素質はもはや世界に影響を与えられるレベルにまでなっている」

 

いつの間にか現れていたキュゥべえをほむらが睨みつけた。

...いつも思うが、この二人はやけに互いを敵視しあっている気がする。

 

「ねえ、その素質がどうとかって話で、なんでまどかには話しちゃいけないって繋がるの?」

 

率直に抱いた疑問を投げかけると、ほむらは躊躇うような面持ちで目を逸らし俯いた。

そんなに言いにくいなら言わなくてもいいと言いたいところだけれど、流石にこんな時間に家を訪ねられて隠されましたじゃあたしも納得できない。

 

あたしは待った。ほむらが話してくれるまで、じっと見つめ続けた。

やがて、ほむらは腹を括ったかのようにあたしを真っすぐに見つめて口を開いた。

 

「これから話すのは、ソウルジェムの真実よ」

 

ほむらの語ってくれた話は信じがたいものだった。

ほむらはまどかを助ける為に時間を繰り返してきたこと。もう時間を撒き戻せないかもしれない瀬戸際にまできていること。

そして、魔法少女と魔女の隠された真実。

 

その衝撃的で膨大な情報はあたしの頭をパンク寸前にさせていた。

ただ、ハッキリしていることがひとつ。あたしは足元に手を伸ばし、こちらを見上げているキュゥべえの首根っこを掴み睨みつけた。

 

「あんたが全部の元凶だったわけね...!」

 

キュゥべえは魔女を生み出す。この話が本当ならば、この世界に魔女なんてものがいるのも。

マミさんが杏子って子のお父さんを殺す羽目になったのも。

ほむらが何度も時間を繰り返し苦しみ続けているのも。

全てがキュゥべえの仕業ということになる。

 

「魔女を産み出している点は否定しない」

 

あたしの睨みも全く意に介していないのか、キュゥべえはいつもと変わらない表情のまま淡々と告げる。

 

 

「けれど、そこから生じる事象の責任を僕らに求めるのは理不尽だ。杏子の父親が精神を病んだのはほとんど魔女が関わりのないことだし、マミも彼を撃たなければ殺すことはなかった。

ほむらにしてもそう。繰り返すのは自分の意思で、僕らは誘発も強制もしていない。だれの責任があるかと問われれば、それは僕らではなくきみたちだと思うよ」

「コイツ...ッ!」

 

否定してくれればよかった。そうすればほむらの勘違いの可能性もあったのに。

でもこれで判明してしまった。ほむらが話してくれたのは真実だってことを。

キュゥべえを締め上げる力を強めようとしたあたしにほむらがそっと腕を添えて止めさせる。

 

「コイツに怒りをぶつけたところで無駄よ。コイツと私たちでは価値観が違いすぎる。コイツの言葉は重要な情報だけを受け入れるようにしておきなさい」

「くっ...」

 

発散しきれない苛立ちと共にキュゥべえを放り捨てる。

以前までは可愛らしいと思っていたその風貌も、いまや無表情さも相まって不気味さしか感じられない。

 

「...このこと、マミさんは知ってるの?」

「いいえ。彼女に知らせるのは酷でしょう」

 

あたしは胸をなでおろす。

マミさんは魔法少女になってからずっと魔女と戦ってきた。それはそのまま、魔女を、魔法少女を殺してきたということ。

つまり佐倉杏子もその中に含まれている可能性は非常に高い。

もしもそうなら、マミさんはそれを知った時、きっと壊れてしまう。

ただでさえギリギリの瀬戸際だった心が、二度と戻らなくなってしまうかもしれない。

知らない方がいいこともあるということはこういうことなのだろう。

 

そしてほむらがまどかに話すなというのもなんとなく理解できる。

あの子は自分よりも他人を優先してしまう癖がある。

もしもこの真実を知れば、ほむらとマミさんを人間に戻す代わりに自分が魔法少女になるとでも言いかねない。

だから、まどかには契約をしないで欲しいという懇願で収めておいた方がむしろ都合がいいのだ。

 

そうすると残る疑問はひとつ。

 

「...ねえ、あたしにだけ知らせたってことはさ。最悪の場合はまどかじゃなくてあたしに契約しろってこと?」

「......」

 

ほむらは俯き視線を逸らす。

ほむらが言い出せなかったのはこのことだろう。

当然だ。自分の願いを叶える為に、命を差し出せと言っているようなものなのだから。

 

「...ごめんなさい」

 

ポツリと呟くと、ほむらの纏う空気は瞬く間に陰鬱なものになっていく。

 

―――さやかは私を恨んでいる。当然だ。いざという時はまどかの為に死ねというのだから。

それでも私はまどかを優先すると決めた。巻き戻せないこの時間軸をまどかに捧げると決めた。

だから私は彼女からどれだけ恨まれようとも構わない。

 

(...なんて思ってるんだろうねこの子は)

 

まったく、転校してきた時は訳の分からない奴だと思っていたのにいまじゃこんなにわかりやすくなっちゃって。

振り返ってみれば、この子も随分と馴染めたんだなと感慨に浸ってしまう。

 

「わかった。引き受けるよ」

 

だからあたしは笑顔で引き受けて。

おそるおそる顔をあげたほむらはあたしの笑顔を見て呆けていた。

 

「なに驚いてるのよ。そんなにあたしが渋ると思った?」

「でも...」

「心配しなさんな。むしろあたしは喜んでるんだからさ」

 

確かにほむらは優先順位をつけてるのかもしれない。

けれど、ただまどかを優先するのではなく、あたしを信じてくれるからこそこんな話を持ち掛けた、と捉えることもできる。

魔法少女じゃなくてもほむら達の役に立てるんだと思うとたまらなく嬉しいと思ってしまう。

 

「まどかのことはあたしに任せなよ。あんたはとにかくマミさんと一緒に思い切りぶつかってくればいい」

「さやか」

「勝つよ。あたしたち四人で、ね」

 

待つことだって戦いだ。どれだけ甘い誘惑に誘われようともあたし達は絶対に契約しない。

その意思を伝えた時、ほむらは下唇を噛み締め、やがて寂し気な、けれど安心したような微笑みをあたしに向けた。

 

 

 

 

 

 

 

マミさんとほむらが負けた。

 

そう聞かされたあたし達は、いてもたってもいられず、弾けるように避難所を飛び出した。

 

「はあっ、はあっ」

 

「まどか。早く契約するべきだ。彼女達はもう」

 

「うるさいっ!信じるもんか、マミさん達が負ける筈が無い!」

肩に乗り囁いてくるキュゥべえを振り払うように怒鳴り散らす。

 

そう。あたし達は簡単に信じちゃいけない。きっと、マミさん達は苦戦しているだけだ。

それをこいつは誇張して伝えているだけだ。まどかをなんとしてでも契約させるために。

だから、マミさん達が無事なのをまどかと一緒に確認しなくちゃいけない。

確認して、二人は必ず勝つと信じ続けなければいけない。

 

 

「僕は嘘はつかないよ。現に、ワルプルギスの夜はあんなにも元気じゃないか」

 

「だから、この眼で見ないと...っ!」

 

キュゥべえの案内に従って走り、見つけた。

 

あんなにも綺麗だった脚が血まみれで、片方はなくなっていて。

 

白かった肌はドス黒い赤に染まっていて。身体なんて原型が半分程度しか残っていない有様の友達を―――暁美ほむらを。

 

 

 

「ほ、ほむらちゃん!!」

 

まどかが叫び、駆け寄っていく。

 

真っ白になりかけた頭も、まどかの声で現実に引き戻された。

 

それで少し遅れたお陰で気がつけた。

 

駆け寄るまどかの横合いから、使い魔が飛び掛ってきていたことを。

 

あたしは無意識のうちにバットを振るった。

 

まどかに当たらず使い魔だけに当たったのは幸運としか言いようが無い。

 

一瞬だけ怯んだ使い魔を押さえ込む為にあたしは飛びついた。

 

「さやかちゃ...」

 

「行ってまどか!ほむらのところに!」

 

あたしたちはごろごろと転がり落ちていく。

 

まどかがほむらのもとへ行ってくれるかはわからない。

 

けど、それを確かめる暇は無い。少しでも眼を逸らせばきっとこの使い魔に殺される。

 

「ああああああ!!」

 

バットをがむしゃらに振り下ろし、使い魔の頭を殴りつける。

もう一撃、と振り下ろしたところで使い魔の腕が間に挟まりバットを掴まれる。

あたしは咄嗟にバットを放し、持ってきていた鞄に乱暴に両手を突っ込み、2本の金づちを左右の手に握りしめ、使い魔の頭を殴りつけた。

たぶん普通の人間なら重傷になるくらい絶え間なく、何度も何度も殴り続ける。

 

効いているのか―――いや、魔法少女じゃないあたしの攻撃なんて効いているはずも無い。

 

 

使い魔がそっと手を添え、ちょん、と押し出す。

 

たったそれだけのことであたしは金づちもろとも吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 

あたしの呻き声があがると同時、使い魔はあたしに跨り首を絞め始めた。

 

 

 

 

今まで感じたことのないほどの凄まじい圧迫感が首を襲う。

かと思えば、使い魔はあっさり首を離し、代わりにあたしをサッカーボールみたいに蹴りはじめた。

 

骨が軋み、肺に溜まっていた空気を吐き出させられ、吐しゃ物まで溢れてきて。

それでも使い魔には関係ない。まるで赤ん坊に振り回される玩具のように、身体の色んな箇所から音を出され、振り回され、壊されていく。

 

朦朧とする意識の中で、あたしは呼んだ。

 

憎たらしいあいつを。全ての元凶のあいつを。

 

「どうしたんだいさやか」

 

どうしたもこうしたもない。

 

あたしがこいつを呼ぶとしたら理由なんてひとつしかない。

 

『あたし...魔法少女に...!』

 

 

(ごめん、マミさん、ほむら)

 

わかっている。

 

契約することがマミさんへの裏切りになることは。

 

でも、あたしの願いで二人を治してワルプルギスの夜に挑めば勝機はあるかもしれない。

 

マミさんからどれだけ責められようとも、皆が死んでしまう最悪よりはマシだ。

そう、ほむらと決めたんだ。

 

(もっと早く契約するべきだったのかな...そうすれば、もっとなにかが変わって...)

 

「契約するんだね。ならばきみの願いはなんだい?」

 

『あたしの願いは...マミさんとほむらを治すこと...!』

 

「わかった。なら、その願いを口にするといい」

 

...は?

 

 

 

「口に出した願望を願いとして受け止め、対価としてソウルジェムを産み出す。それが僕らの契約だからね。

テレパシーじゃなくて、ちゃんと自分の口で言わないと願いは叶えられないんだよ」

 

なによ、それ。

 

「人間は思考に雑念が混じりやすいからね。当人がこうしたいと整理し口に出した言葉でないと正確性が失われてしまうのさ」

 

『ふざけないでよ、あたしは喉も潰されて声が...!』

 

「僕らはいつだって公平だよ。きみだけを特別扱いするわけにはいかないじゃないか」

 

あんたってやつは

 

 

 

―――ゴキリ

 

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