最後に残った道しるべ   作:ジジイキャベツ

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【もういいんだよ】と言った場合のルートです


【もういいんだよと言ったルート】
まもりたいもの


「もういいんだよ」

 

佐倉さんが私の顔にそっと手を添えると、途端に瞼が重くなっていく。

 

「あんたがこれ以上無理をする必要はないんだ」

 

彼女の声が温かく染み渡っていき、全身から力が抜けていく。

 

「あたしが護るよ。あんたが護りたかったもの、全部」

 

慈愛すら感じる佐倉さんの言葉を聞き遂げると、もう動くことすらできなくなってしまう。

 

「だから...お休み、マミさん」

 

彼女の言葉にお休み、と心中で返すと、私の視界は黒に染まり意識は遠のいていった。

 

 

 

パリン、とビルのガラスが割れ、桃色の光がまどか目掛けて高速で迫る。

私が危ないと声を出す前に、光は彼女の目前にまで迫り―――弾け散った。

 

思わず小さな悲鳴を上げて尻餅を着くまどか。だが、光線が当たった訳ではないらしく、怪我もない。

つまりあの光線は弾かれた。なぜ。

 

ふわり、となにかが私たちの前に降り立った。

 

 

その姿に息を呑む。

長槍を片手に華やかな赤い衣装を身に付けた細身の人型で、頭部は蝋燭に灯された火。

ソレは確かに魔女だった。

 

(なんで...彼女がいま...!)

 

私はこの魔女を知っている。

数こそは多くないが、確かにこの目で見たことがある。

佐倉杏子が遍く全てを呪い生まれた魔女、武旦の魔女。

 

だが、巴マミの証言が正しければ彼女は既に死んでいる。魔女と化した後にここまで生き延びてきたのだろうか?

なんにせよ最悪だ。ただでさえ強力なこの魔女とワルプルギスの夜の出現が重なるなんて。

 

絶望感に苛まれる私とは対照的に、まどかは必死にこちらへ這って来て私と魔女の間に立ち、両腕を広げて私を背に庇った。

やめてまどか。私はもう時を巻き戻せない。せめて、あなたはあなたの護りたいものの為にだけ生命を使えばいい。

 

「わ、わたしが護る...わたしが...!」

 

私の懇願虚しく、まどかは契約のことすら頭の中から吹き飛ぶほどの恐怖に抗いながらも、私を助ける為に立ち続ける。

魔女はそんな彼女の想いなど知らんとばかりに、無情にも槍を振り下ろした。

まどかの背後、私の頭上にまで迫っていた使い魔に向けて。

 

「え...?」

 

私は思わず呆けてしまう。

この近距離で、魔女がロクに動けない一般人相手に攻撃を外すとは思えない。

まさかとは思うが、守ったというのか?魔女が、私たちを?

 

驚愕と困惑に囚われる私の頭上から影が覆いかぶさる。

もう一体の武旦の魔女―――彼女の魔法による分身―――が傍らに抱えていたソレを私たちの傍にそっと置いた。

美樹さやかだった。彼女の惨状を見て私たちは絶句する。

全身を傷だらけにして、白目を向き、手足の至る箇所がねじ曲がりへし折れていた。

それでも彼女はまだ生きていた。縋りつき泣きわめいていたまどかも、さやかの呼吸が聞こえたことで多少安堵したようだった。

 

下手人はこの魔女ではないだろう。魔女が犯人ならば、さやかはとうに死んでいなければおかしい。

つまり、魔女はさやかを助けたということになるが、そんなことがありえるのか?

 

だが、もしも、万が一この魔女が私たちを助けてくれたのなら...!

 

そんな不安と期待の混じった私の視線を知ってか知らずか、魔女は私に背を向けワルプルギスの夜へと向き合った。

 

魔女は無言のまま槍を召喚し、未だに笑い声をあげるワルプルギスの夜へと投擲する。

刺さった。だが、奴にはさほど効いていないのか、笑い声が途切れることもない。

間髪入れずに槍が生成され、次々に放たれていく。

刺さったのが20を超えたあたりから、ワルプルギスの夜もまた反撃に移る。

迫りくる槍を炎で一掃し、使い魔たちを魔女へ向けて放ち一斉に攻撃させる。

魔女はそれに対し分身で対応し、周囲の使い魔たちを一掃した。

 

現状は互角に立ち回っているが、このまま膠着状態が長引けば自力で勝るワルプルギスの夜が勝る。

それを理解しているのだろうか。

 

ワルプルギスが浮かばせた巨大なビルに対し、魔女もまた巨大な槍を生み出し対峙する。

ワルプルギスの夜のダメージはまだ癒えていない。

この槍であのビルを貫き通し、奥にいるワルプルギスまで届けば倒せるかもしれない。

 

―――負けないで。勝って魔女...いいえ、杏子!

 

両者の最大の一撃が放たれる刹那、瞼を閉じ祈る。

そして目を再び開けた時―――信じられないものを見た。

 

いつの間にか景色が変貌していた。

先ほどまで嵐に包まれていた周囲一帯が、薄暗く狭い回廊に変貌していた。

この光景には見覚えがある。結界だ。

この魔女の結界が確かにこのような景色をしていた。

私たちは魔女の結界に飲み込まれたのだろう。

だがなぜ?なぜ彼女は技を衝突させるまでもなく私たちを結界に取り込んだ?

 

その答えはすぐに返ってきた。

 

ゾブリ、と刃物を肉に突き立てた音がした。

魔女の槍が、気絶していた美樹さやかの腹部に立てられた音だった。

 

「ぇ...」

 

突然のことに思考が停止する。

杏子は私たちを助けてくれたのではないのか?なぜさやかが刺されている?

 

「さ、さやかちゃ」

 

思わず手を伸ばしたまどかの胸元にも、そして私の胸部にも槍が生えた。

 

「―――――!!」

 

激痛のためか、まどかの声にならない絶叫が響く。

もはや身体の感覚がほとんどない私は叫びすら上げられなかった。

苦痛に顔が歪むまどかを見ながらも、私は必死に思考を整理しようとする。

 

わけがわからない。わけがわからない。わけがわからない。

なんで私たちが彼女に殺される!?

いくら脳髄をフルに働かせても答えなど出る筈もなく。

けれど、先に刺したさやかをそっと古ぼけた椅子に座らせる様を、慈しみすら覚えてしまうその手際を見て理解できた。

 

(魔女はただの魔女だった...簡単なこと、よね)

 

この魔女は私たちを助けに現れた訳ではない。

私たちという餌を独占する為に一時的に保護し、ワルプルギスの夜という障害を排除しようとしただけ。

普通の魔女が、自らを狩りに来た魔法少女を排除するために牙を向くのとなんら変わりない。

ただ、最後の対峙で己の勝算が薄いと理解した魔女は、障害の排除よりも餌の確保を優先した為に結界に籠り私たちを連れ去った。

現れたのは杏子ではなく、ただの魔女だったというだけだ。

 

それを理解するももうどうしようもない。

さやかは気絶していたのがせめてもの救いだったといえよう。もしも意識があれば、激痛と共に己が失血死する様を見せつけられていたのだから。

私も私で身体の感覚なんてほとんどないため痛みすらありはしない。

この中で一番苦しんでいるのはまどかだ。激痛の中で気絶すら許されず私たちが死にゆくさまを見せつけられているのだから。

 

「にげ、にげて、ほむ、ら、ちゃん」

 

こんな状況に陥っても尚、まどかは私たちを逃がそうとしている。

ああ。こんな彼女を助けたいと願うのに。助けなければいけないのに。

どうして私はなにもできない。どうして彼女の結末をこんな最悪の形にしかできなかった。

 

憎い。

こんな運命を強いる世界のすべてが。何もできない私が。目に入る全てが憎しみで歪んでいく。

絶望が私の感情を侵食していく。

 

これが魔女になるということなのかと理解していても、絶望を止めることはできない。止める気すらおきない。

 

...ああ、生きていていいことなんて何一つなかった。

やはり私は最初のあの時、彼女の代わりに死んでおくべきだったんだ。

 

「...ふふっ」

 

涙さえ流れず、ただひたすら乾いた笑いだけが絞り出される。

目の前の惨劇が見えているのに、笑いたい訳じゃないのに、気が付けば顔は笑顔を作っていた。

 

「あは、はははは」

 

気持ち悪い笑い声だと思う。でも笑わなくちゃやってられない。

なんとなくワルプルギスがいつも笑っている理由が分かった気がする。

もうどうでもいいけど。

 

 

 

 

―――パリン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なにも。なにもみえないくらやみのなか。ももいろのひかりがひとすじはしった、きがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......」

 

目を開ける。視界いっぱいに広がるのは、見慣れた白の天井。

時間遡航に成功した証だ。

 

むくりと上体を起こし、己の両手をわきわきと動かしてみる。

手の機能に異常はなく体調も特別悪いわけではない。

けれどなにかがおかしい。

なにかがごっそり消えてしまったかのような違和感がある。

必死に思い出そうとするも、なにも思いつかない。手がかりすらわからない。

 

幾分か悩んだところで私は考えるのをやめた。

忘れてしまったことにいつまでも固執する暇なんて私にはない。

 

まどか...例えなんど繰り返すことになっても何度道に迷っても構わない。

私は絶対にあなたを救ってみせる!

 

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