最後に残った道しるべ   作:ジジイキャベツ

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まどかを護れる私に

 

「ん...」

 

カーテンから差し込む朝日が私の瞼を叩き、目が覚めた。

視界に広がるのは病院の見慣れた白天井―――ではなく、私の家の天井だった。

 

 

ワルプルギスの夜との戦いが終わって早数週間。

建物は幾分か壊れていたものの、奇跡的にも目立った死傷者はおらず、最悪最強の魔女が現れた町にしてはかなり被害を抑えた結果だった。

生き残った私たちはというと、特に目立った外傷のないまどかはそのまま無事に家族の下へ帰ることができた。

さやかは、緊張の糸が切れたのかまた気を失い、そのまま病院へと運ばれ治療を受けた。意識は戻っていないが命に別状はないようだ。

私は病院へと運ばれるのを避け、ソウルジェムの穢れをグリーフシードで回収しながら自宅で療養している。失ったはずの足が突如戻ったとなれば病院で大騒ぎになるからだ。

別に、寿命を縮めてまで身体を戻すつもりもないが。

ワルプルギスの夜は杏子の魔女とマミの砲撃を受けて消滅した。

その攻撃で力尽きてしまったのか、杏子のグリーフシードもマミのソウルジェムも消滅していた。

杏子とマミ、あの二人に私たちは救われたのだ。

 

玄関のインターフォンが鳴り、ガチャリとドアの鍵を開ける音がした。

 

「おはよう、ほむらちゃん」

 

やってきたのはまどかだ。両手にはねぎやら大根やらがはみ出したビニール袋を抱えている。

 

「ほむらちゃん、朝ご飯まだだよね。今日は目玉焼きとお味噌汁でいいかな?」

「...ええ、構わないわ。いつもありがとう」

 

彼女は、ワルプルギスの夜以降、傷ついた私を気遣い、さやかの見舞いと並行して毎日看病しにきてくれていた。

戦いの後、キュゥべえから私の願いとその経緯を聞き出したこともあり、看病にはいっそう力が入っていた。

食事や部屋の掃除どころか、着替えや入浴までも手伝ってもらっている。

無論、私も最初こそは申し訳ないからと断ったが、しかしまどかは無理やり押し通して私のもとに通っていた。

 

「あいつに...勝ったのよね」

 

台所で調理に勤しむまどかの背中を見つめながらぽつりとひとりごちる。

 

最初から、犠牲無しで済むなどと甘い考えは抱いていない。

そのうえで、魔法少女一人の犠牲でワルプルギスの夜を倒せ、まどかもさやかも契約していない。

結果だけ見れば上場だ。私も五体満足とは言えないが、生きているだけでも奇跡なのだから些細なことだ。

そう。私がかつて交わした約束は果たした。もう時を巻き戻す理由もない。

なのになぜ私は喜べない。

マミ達の喪失への悲しみに暮れているのか?それもあるかもしれない。

けれど、それ以上に空虚だ。

喜びどころか達成感もない。約束を果たしたことに心がほとんど動かないのだ。

 

脚は未だに元に戻っていない。

このワルプルギスのグリーフシードが尽きれば、満足に戦えない私の寿命も直に尽きるだろう。

そのことを悲観しているのでもない。

 

ならばなぜ。なぜ、私の心はこんなにも空っぽなのだろう。

そんなことをぼんやりと考えていると、卵の焼けたいい匂いが鼻孔をくすぐり、テーブルに目玉焼きの乗った皿が。

 

「おまたせほむらちゃん。少し熱いから気をつけてね」

 

まどかは食べやすいよう4等分にされた目玉焼きをフォークで刺し、ふぅと息をかけて冷まし私の口元へと運んでいく。

幼い子にやるようなそれを、私は少々気恥ずかしく感じながらも口を開けて待機。そのまま目玉焼きが口の中に運ばれた。

 

「お口に合うかな?」

「ええ。とても美味しいわ」

「よかったぁ」

 

ホッと胸を撫でおろしたまどかを見て、思わず頬が緩む。

複雑な気持ちだ。

まどかが普通の女の娘として生きている。その光景がたまらなく愛おしいのは依然変わりない。

私の感性が死んでいるわけではないのなら、なぜ私はこの勝利を喜べないのだろう。

 

私の疑問と入れ替わるようにまどかの携帯の着信音が鳴る。

まどかが私に断りを入れてから携帯に出て、何事かを話し始める。

すると、みるみる内にまどかの目尻に涙が溜まっていく。

だがそれは不吉を現すどころか、むしろまどかの顔が綻び始めて。

 

電話から耳を離すと、まどかは喜色満面な笑顔で私に告げた。

 

「さやかちゃんが目を覚ましたって...!」

 

 

 

 

「さやかちゃああああああん!!!」

 

病室に飛び込むなり、まどかはさやかの名を叫びながら抱き着いた。

その彼女の様子にさやかはさして動じることなく右手でまどかの頭を撫でた。

 

「はいはい、さやかちゃんですよ~...いやー愛されちゃってますねあたし」

 

お見舞いにきてくれた人たちをぐるりと見まわしたさやかはにへらと気の抜けた笑顔を浮かべた。

飛びついたまどかを見て我慢できなくなったのか、感極まり二人を抱きしめる志筑仁美。その三人を見て泣きながら娘の復帰を喜ぶさやかの両親。

左腕しか満足に動かせないのに笑顔で振舞うさやかを見て思うところがあるのか、神妙な顔をして彼女を見つめる上条恭介。

さやかやまどか達の様子を見て、先生やまどかの両親、病院の医者たちも安心したのか「よかったよかった」と口々に話し始めて。

賑やかに朗らかになっていく病室を、私は誰にも気づかれぬようにとそっと出て、室内の熱が収まったころを見計らい部屋に戻った。

 

さやかが無事だったのは当然嬉しいし喜びたいとも思う。

けれど、あの輪に加わるのは憚られた。

空気が苦手だとかそんな理由もないのに、なぜかは自分でもわからない。

そんな気持ちを皆には隠したまま、私はほどほどにまどか達の喜び様を見守っていた。

 

そんな私に気づいていたのだろうか。

さやかは、私を手招きして呼び寄せそっと耳元で囁いた。

 

「あとで、一人で残ってくれるかな」

 

他の誰にも聞こえないほどの小さな、しかし皆に向けている朗らかな声とは違う重い声だった。

 

 

 

 

 

 

「...ま、生きてましたわ。こんなんでもさ」

 

見舞客は散り散りに去っていき、まどかは一旦、私の家に忘れ物をとりに帰ると言い残して。

いま病室にいるのはさやかと私の二人きり。

さやかから私に向けられたのは再会の喜びではなかった。

先ほどまでの活発さは鳴りを潜め、掠れた声に据わった目と無理やりに浮かべる乾いた笑顔。

から元気にもなっていないさやかのソレを見せられた時、今まで空虚だった胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

 

恨まれていると思った。

当然だ。私があの時、あんな頼みごとをしなければ、私がしくじらずマミにワルプルギスを倒させていれば、彼女がこうまで傷つく必要もなかった。

彼女の怪我は私に責任がある。けれど、こうまで酷い怪我であれば、回復魔法が苦手な私に出来ることはない。

私にできるのはただ頭を下げて謝ることだけだ。

 

「ごめん、まどかを止められなかった」

 

待っていたのは糾弾ではなく謝罪だった。

私は思わず下げかけていた頭を止め、さやかに向き直る。

 

「あたしたちさ、キュゥべえに二人が敗けたって聞かされて思わず飛び出してきちゃったんだ。

あんだけ二人を信じるって言ったのにさ、『キュゥべえが嘘をついてる』『だからあたしたちがこの目で確かめなくちゃいけない』なんて理由着けて...

結局、それって二人を信じれなかったってことだよね」

 

彼女の口から出るのはひたすら自責の念ばかりだ。

私が彼女たちを擁護するよりも早くさやかは己への怨念を吐き出していく。

 

「マミさんたちが来てくれなかったらまどかも契約してたかもしれないし、あんたも死んでたかもしれない。あたしはただ徒に状況を振り回しただけだったよ」

「...あの状況なら仕方ないわ。あなたたちはなにも悪くない」

「その仕方ないのをどうにかするって約束したんでしょ、あたしたちは。頑張った、なんて言葉で済ませられることじゃないよ」

 

心臓が締め付けられるようだった。

 

だって、さやかが吐き出す恨み言は、彼女自身に向けたもののはずなのに。

最初の時間軸でまどかにただ助けられていただけの。

魔法少女の真実を知りながらも皆に上手く伝えられずにチームを崩壊させてしまい。

交わした約束を護れずここにまで至ってしまった私自身を示しているように思えたから。

 

さやかの謝罪が終わってどれほど時が経っただろう。

やがて沈黙に耐えきれなかったのか、さやかが掠れた声で私に問いかける。

 

「どうしてあんたが泣いてるのよ」

 

ぇ、と小さな文字が喉元からせりあがり、思わず頬に触れてみる。

濡れていた。温かく、そして冷たい涙が私の両頬を伝っていた。

 

困惑。狼狽。ただその感情だけが私の胸中を占めている。

なぜ私は泣いている。辛いのは私じゃないはずなのに。

 

...いいや違う。さやかの謝罪は私自身も示していると捉えたならばもうわかっているはずだ。

私が泣いているのは、それは...

 

「おまたせ二人とも...あれ、ほむらちゃん?」

 

荷物を纏め終わったのであろうまどかが、戻ってくるなり私の異変に気が付き顔を覗き込んでくる。

その無垢で愛おしいはずの顔を、いまは直視できない。するのすら烏滸がましい。

 

「ごめん、なさい...少しひとりに...」

 

それだけを告げ、私はまどかを置いて病室を後にする。

こんなことに意味なんてないのに、片足で無駄に頑張って階段を上って。

屋上に出て、すぐの入り口の傍らに座り込んで。

情けなくも膝を抱えて縮こまった。

 

「ほむらちゃん」

 

やはりというべきか、まどかは追ってきた。私は顔をあげず俯いたまま返事をした。

 

「...一人にしてほしいって言ったじゃない」

「うん。でも、いまのほむらちゃんを放っておけなかった」

 

彼女ならばこう言うだろうという言葉と共にまどかは隣にちょこんと座りこむ。

 

「...ほむらちゃんの気持ち、話してくれると嬉しいな」

 

話せるはずがないと私は頭を振る。

 

さやかの謝罪を聞いて気づいてしまった。

私がワルプルギスの夜を倒してもなにも感じられなかったその理由を。

 

あいつを倒したのはマミと杏子だ。私じゃない。

私は彼女たちの手助けもできず、ただ足を引っ張り皆の危機を招いただけ。

なのにこうして生きている。

こんな役立たずの無能が当たり前のようにまどかに手厚く看病され魔女を一体も狩ることなく余生を消費していく。

だから羨ましくてしかたなかった。あの二人は命を張って私たちみんなを護れたから。きっと彼女たちに悔いなんてなかっただろうから。

嫌だ。こんな終わり方したくない。こんな結果に納得も満足もできるはずがない。

 

 

 

...そんなことをこの口が言えるものか。

ただひたすらに罪を重ね多くの人を苦しめてきたこの私が、口にしていいわけがない。

 

「いいんだよ」

 

私の想いを察したかのように、まどかの声が優しく語り掛けてくる。

 

「ほむらちゃんは、もっと我が儘を言っていいんだよ」

 

思わず顔を上げる。

まどかは微笑んでいた。私の淀みも醜い本性も、なにもかもを受け止めると言わんばかりに、優しい眸で私を見つめていた。

 

「まどか...私...」

 

駄目だ。口にすればもう止められなくなる。

まどかが許しても、私が許さない。許していいはずがない。

なのに。

 

「何も残せないまま死にたくない...」

 

頭では、心では解っていても溜め込んだ想いを止めることはできない。

 

「私、なにもできなかった。ここまでやってきて何にも変わらなかった。

ワルプルギスの夜を倒せてもちっとも嬉しくなかった。あいつを倒したのは巴さんたち。私は、なにもしてない。

こんな終わり方したくない。あなたたちを何度も死なせてきてこの様なんて嫌...死ぬならあの人たちみたいにカッコよく死にたい!

生き残るならみんなに囲まれて穏やかにすごしたい!こんな情けないままで死にたくない!」

 

吐き出した。吐き出してしまった。

醜く浅ましい私の本性を、欲望を。

 

「やり直したい...!」

 

でも、抑えきれなかった。

だって本当は、まどかが生きればなんでもいいんじゃなくて。

 

「やり直したいよ...!」

 

『まどかを護れる私になる』のが私の願いだったから。

 

そんな私の願いにまどかは口を挟まなかった。慰めもなにも言わず、ただ全てを受け止めるように寄り添ってくれた。

 

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