最後に残った道しるべ   作:ジジイキャベツ

29 / 30
わがままな物語

 

「おかえり」

 

病室に戻った私を、さやかは微笑みながら迎え入れてくれた。

その姿に、私はくっ、と息を呑む。

この時間軸の彼女はほんとうによくしてくれた。

普段から仲良くしてくれただけではなく、彼女に貧乏くじを引かせるような頼みをした時もむしろ私を励ましてくれて。

そのせいで自分が死にかけたのに、むしろ私のことを気遣ってくれて。

本当に、私には過ぎた友達になれたと思う。

 

だからこそ、今から告げる言葉に胸が締め付けられるような感覚を抱いてしまう。

 

そんな私の様子から察したのか。

 

彼女の手も震えていた。堪えるように、布団のシーツを力強く握りしめながら。

それでも彼女は、微笑んでくれていた。

 

私は堪えきれず、ついに言葉を漏らし始める。

 

「さやか...私は、この時間軸が好き。まどかが生きていてくれた。あなたも、マミも。みんなが共に戦ってくれた。私を理解してくれた」

 

ずっと独りで戦っていると思っていた。

そうすることでしかまどかを護れないと思い込んでいた。

でも、この時間軸は違った。

魔女や私のループの真相を知らなくても、マミは私の先に立ってくれた。

まどかもさやかも魔法少女にならずとも、ずっと寄り添ってくれた。

みんな私に居場所を与えてくれた。

 

「でも、だから...だからこそ、私は、私がこのまま終わるのを許せない...!」

 

けれど、これを私の終着点にするのはイヤだった。

振り返れば、積み上げてきたみんなの死があるのに、その果てがなんの役にも立てず、ただ助けられて終わるだけだなんて。

その上で惨めに僅かな余生を過ごすのが運命だったなんて、認められるはずがない。

 

「だからーーー」

「ほむら」

 

ごめんなさい、と謝ろうとした私の言葉をさやかが遮る。

 

「ありがとね。あたしにも話してくれて...さ...」

 

さやかは目尻に涙を滲ませ、震えながらも言葉を紡いでいく。

 

「なんとなくさ、あんたはそうしたいだろうなって思ってたんだ。あんたも不器用だからさ。ただ、あんたの中にあたしはいないんじゃないかって不安に思ってた。...そうじゃ、なかったんだよね」

 

そこで耐えきれなくなったのか、さやかの微笑みは崩れて、嗚咽と共に顔を伏せる。

私は慌ててさやかの身体に触れ、容態を確かめる。

 

「ごめん、ほんとはかっこいいことの一つでも言ってやるべきなんだろうけど...やっぱり、無理だよ」

 

さやかは私の服を掴み、腹部に顔を埋めてあらんかぎりの言葉を吐き出した。

 

「やだよ、離れたくない!ここにいてよ!あたしら、友達じゃんか!!」

 

私は、思わず彼女の頭を抱きしめ返す。

その力強い温もりに、投げられた言葉に、もう出し尽くしたと思っていた涙が再び湧き出てくる。

嬉しかった。ただひたすらに、嬉しかった。

友達。彼女にそう言われる資格など、とうの昔に無くしてしまったと思っていたから。

 

言葉を吐き出し終えた彼女は、息を大きく吸い、自らを宥めるように一息に吐き出す。

 

「でも...でもね。同じくらい、あんたには納得して欲しいと思ってる」

 

さやかは、顔を埋めたまま続けていく。

 

「ここまで頑張ってきたあんたがさ、納得できないまま、それを誤魔化して終わるなんて、そんなの最悪じゃん」

 

だから、と言葉を切り、さやかは顔を上げた。

無理やり笑ってはいるものの、涙でぐしゃぐしゃになって、鼻水すら垂れている。

ひどく滑稽だ。どう言い繕っても綺麗な顔じゃない。

だからこそ、この顔を決して忘れない。

 

「だから、決めたなら早く行っちゃいな。でないと、なんとしてでも引き留めちゃうからね!」

 

美樹さやかが『友達』であることを忘れない。

 

⭐︎

 

病院の面会時間が過ぎ、私はさやかの病室をあとにする。

 

帰り道、まどかに支えられながら、私はある場所に向かっていた。

 

杏子の教会。私の記憶よりも凄惨な、それでいてマミの言っていた通りの有様の廃教会。

 

ここでの、巴マミの一つの銃弾が全ての運命を変えた。

彼女が、杏子の父を殺してしまった罪により、巡り巡って私たちは救われた。

 

そんな、本来ならあり得ない出来事から生まれたのがこの時間軸だ。

おそらく、もう二度とこんな時間軸は生まれないだろう。

 

そして、私はこの奇跡を放棄しようとしている。

この目で直に認識すると、今更になって心が凍てつくように震え始める。

 

きっと、佐倉杏子もこんな終わりを望んでいなかったはずだ。

 

本当なら、マミの隣に立っていたのは彼女で。ワルプルギスの夜との戦いでも私とは違う結末を導けたかもしれない。

 

だというのに、私は、自らのエゴでそれを否定しようとしている。

彼女たちの生きた証を、無かったことにしようとしている。

 

やはり、残るわずかな余生をこの時間軸で過ごして終わらせるべきではないだろうか。

 

 

「ほむらちゃん、また我慢しようとしてるでしょ」

 

不意にかけられた声に、びくりと身体が震え上がる。

 

「...わかるの?」

「わかるよ。顔に出過ぎだよ」

 

まどかの指摘に思わずぺたぺたと自分の顔に触れる。

さやかにも言われたが、そんなに自分は顔に出やすかったのか。

 

「...まどかは、どう思う?」

「わたしの気持ち?...さやかちゃんと同じだよ。ほむらちゃんにはずっといてほしいけど、同じくらい、ほむらちゃんが納得できるようにしてほしい」

「そっちじゃなくて。その...私が、マミや杏子の遺したものを無かったことにしようとしてること」

 

私の問いかけにまどかは目を瞑り少しだけ沈黙し、やがて目を開けた。

 

「無くならないよ。絶対に」

 

その目は、かつて私が憧れた「鹿目まどか」の見せる眼差しにそっくりで。

かつての影が重なり、それがあまりにも眩しく見えて思わず目を瞑ってしまう。

 

「...違うの。想いがどうのの話じゃない。私の魔法が、世界にそうさせてしまって...」

「じゃあ、聞いてみる?」

 

囁かれる声に、瞑っていたはずの目が開いていく。

いつもそうだった。

勝手に沈んでいく私を、あまりにもまっすぐに引き上げてくれる。それが鹿目まどかだ。

私が憧れた、なりたいと思っていた女の子だ。

 

「キュゥべえ。いるよね」

「なんだいまどか?」

 

まどかが呼びかけるのとほぼ同時に、ヤツがトコトコと足元までやってきた。

あいも変わらずまどかを見張っていたのかと思うと一周まわって呆れてくる。

 

「あのね。ほむらちゃんが時間を巻き戻したら、私たちがどうなるかはわかるかな?」

「それはこの時間軸そのものがどうなるか、という問いかけでいいのかな?」

「うん。いまの私たちは消えちゃうの?それとも、このまま続いていくの?」

「そうだね。前例が無いから確実とは言えないけれど、可能性としては後者だね。もしも暁美ほむらが繰り返してきた時間軸が全て消滅していたら、数多の時間軸での因果の糸がきみに結びついて...なんてことは起こり得ないだろうからね」

「だって。ね、大丈夫でしょ?」

 

私を安心させるように、まどかは微笑みかけてくれる。

確かに、キュゥべえの言った理屈は通るし、邪魔者である私がこの時間軸から消えるのは、こいつからしても願ったり叶ったりなので嘘を吐くこともないだろう。

でも。だからといって、それで心が軽くなるわけじゃない。

 

この時間軸が続くということは、やはり私が彼女たちの遺してくれた道しるべから外れることに他ならないのだから。

 

「...ほむらちゃん」

 

まどかは、私の震える手を両手で包み込んだ。

温かかった。冷え切った教会の空気も、私の臆病な思考も、すべて溶かしてしまいそうなほど。

 

「私は杏子ちゃんのことをよく知らないし、ほむらちゃんが杏子ちゃんのことをどう思っているかも全部はわからない。でもね、マミさんも、マミさんがずっと大切に思ってた杏子ちゃんも。ほむらちゃんが最後に笑ってくれたらそれでいいよって言ってくれると思うんだ」

 

ふわり。

 

まどかの両手に、二つの温もりが重なるように風が吹いた。夜風が温かいなんて、ありえないはずなのに。

 

「ほむらちゃん。約束するね。わたしも強くなる。ほむらちゃんがこのまま旅立っても、安心して歩けるように...わたしも契約なんてしなくても、まっすぐ歩けるよって」

 

そのまっすぐな眼差しに、私の胸が締め付けられるように圧迫されるのと同時に。

かつてない心地よさを許されたような開放感へと晒される。

 

『キュゥべえに騙される前の、バカなわたしを、助けてあげてくれないかな』

 

かつて交わした約束が脳裏を過ぎる。

土砂降りの雨の中に沈んだ私たちの、それでも私に微かな希望を託した彼女の最期を。

 

「まどっ...」

 

あの刻の彼女はもういないーーー私が殺したのに。

思わず目の前のまどかに手を伸ばそうとして。

でも、足元がふらついて前のめりに倒れ込む。

 

そんな私をまどかは抱き止めてくれて。

 

ーーーありがとう、ほむらちゃん

 

その温もりに、あの時の全てが、許された気がした。

 

「まどか...まど、かっ」

 

何度でも呼ぶ。名前を、呼ぶ。

 

「まどか...まどか!!」

 

愛おしい。抱きしめるこの温もりが。抱きしめ返してくれるこの温もりが。

 

絶対に手放したくないという独占欲さえ湧いてきそうなほどに、愛おしくて堪らない。

 

...でも。

 

だからこそ。

 

 

「私...いくね」

 

私の本当の『願い』を見てみぬふりは出来なかった。

 

ここにいる限り、私は護られたままの存在で終わってしまう。それはイヤだ。

愚かだと思わずにいられないけれど、もうこのエゴを止めることなどできなかった。

 

「ほむらちゃん」

 

二人でコツン、と軽く額同士をぶつけ合い、はにかみ合って、最後の挨拶。

 

「頑張ってね」

「ええ。...まどかもね」

 

盾に手をかけながら、その眼に焼き付ける。

いま、この瞬間の全てを。

まどかが生きて見送ってくれるこの光景を。

 

本当は笑って別れたかったのに、唇を噛み締めるのはやっぱり我慢できなくて。

それはまどかも同じようだったのを、嬉しく思う自分がいた。

 

そして。

 

カシャン。

 

私はまた、砂時計を逆さにした。

 

ーーーーー

 

飽きるほどに見慣れた天井。

 

飽きるほどに見慣れた色。

 

いつもなら己の無力さを思い知らされるだけの絶望の光景。

 

でも今からは違う。

 

これからは決意だ。約束の物語だ。

 

鹿目まどかも。美樹さやかも。巴マミも。佐倉杏子も。

 

みんな、みんな私の手で救う。救ってみせる。

 

それが、あの時間軸を離れた、欲深き私に最後に残った道しるべ。

 

「...やってやるわよ」

 

成し遂げるまで赦さない、贖罪の物語だ。

 

⭐︎

 

これはもしもの物語。

 

一つの罪から分岐した、神にも悪魔にもなれなくなった女の子たちの物語である。




本作の全ての分岐ルートの更新を終了いたします。
最後まで読んでくださった方々に心よりお礼申し上げます。
皆様の率直な感想や評価をもしよろしければ、最後にお聞かせいただければ幸いです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。