最後に残った道しるべ   作:ジジイキャベツ

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エピローグ:わたしの選んだ道しるべ

ほむらちゃんと別れて。

 

せめて見送りだけは笑顔で、だなんて強がってたわたしの仮面はあっさりと破れてしまって。

 

泣きながら帰って、すぐに疲れて眠ってしまって。

 

起きた時には、またほむらちゃんがいなくなってしまったことに俯いて。

 

それでもあの子に恥じないように前を向かなくちゃと頬を叩いてどうにか立ち直ったのが、10年以上前のこと。

 

わたし、鹿目まどかはーーーもう、1人の社会人になっていた。

 

 

⭐︎

 

「はいよ!万々歳の誇る看板娘、わたし由衣鶴乃考案の、特性ジャンボ餃子だよ!!!」

 

私たちの座る席の真ん中に、威勢のいい声と共にドンと直径二十センチはあろう巨大な餃子が置かれる。

 

「うわ、すっげえ迫力...これ、本当に四人で食べきれる?」

 

隣に座るさやかちゃんが感嘆と同時にチラチラと前に座る二人に目配せをする。

 

「ふふ、こう見えても昔からよく食べれるタイプなのよ。この程度は造作もないわ。例え50点の料理でもね」

「やちよ言い方!」

 

自慢げに微笑む青いロングヘアの美女は、モデルとして活動している七海やちよさん。

そんな彼女の言葉にショックを見せるのは、この中華料理店『万々歳』の現店主の由衣鶴乃さん。

二人とも魔法少女で、私やマミさんよりも歳上の現役だ。

 

「たまにはハメを外してみるのも悪くないと思うわ。一度やってみたかったのよ...あと先なんてなにも考えず、巨大な食べ物にかぶりつくの」

 

「織莉子さんも結構溜まってるみたいだね..

.」

 

童心にかえったかのような声色とどこか遠い目で微笑むのは美国織莉子さん。

職業は政治家の専属秘書で、やはり彼女も魔法少女だ。

 

彼女たちと出会ったのは、マミさんとほむらちゃんがワルプルギスの夜を倒してしばらくしてからのことだった。

あの伝説の魔女をたった二人で倒したという事実は、瞬く間に魔法少女たちの間で駆け巡り、続々と魔法少女不在になった見滝原に集まってきた。

 

これ幸いとグリーフシードを狩るためのナワバリにしようとした人。

マミさんの代わりにこの街を守ろうと決めてくれた人。

 

大きく分けてこの二つの派閥に分かれて、しばらく諍いが起きたり、わたしやさやかちゃんもどうにか仲裁しようとして巻き込まれたりして。

色んな出来事が重なって、どうにか曜日担当のシフトでこの街を守ることで収まったのももう十年以上前の話。

 

みんな仲良し、なんて綺麗な輪ではないけれど、それでも魔法少女同士の諍いはかなり減って、こうして個人的に交友関係を持つ人たちも増えていった。

 

 

それで、なんでわたしたちが集まったかというと...

 

「そんじゃあ、今までの鬱憤もなんもかんも吐き出して、すっきり新年を迎えるとしやしょう!!かんぱーい!!」

 

「「「「かんぱーい!!!」」」」

 

忘年会。老若男女構わず、大人たちがお酒をお供に語り合う憩いの儀式だ。

 

 

アルコールを摂取して、巨大な餃子をおつまみにして。最初は最近はどうだとか、あの子はどうなっただとかそういう談笑をしていたのだけれど。

 

「それでさぁ、みんなひどいんだよぉ!」

 

お酒を飲むたびにわたしの口は回るまわる。

 

「上は無理難題を根性と気合いでなんとかなると思ってるし!同僚と後輩はいつもわたしを歳下みたいな目で見てくるし!」

「まあまどかは背も胸もあんま伸びなかったし...なにより三十手前でこのぷるぷる肌は羨ましい限りだぞ〜ぷにぷに〜」

 

ケラケラと笑いながらわたしのほっぺをつついてくるさやかちゃんに頬を膨らませていると、織莉子さんとやちよさんも同じように笑っていたので、余計に頬が膨らんでしまう。どうせわたしは子供っぽいですよー。

 

「でもまあ根性論で通そうとするほど厄介なのはわかるわ〜。あたしんとこの旦那もさあ、昇給したせいで責任を盾にいいように使われてんだよねー。あたしだったら代わりにガツンと噛み付いてやれるのに!!」

「魔法少女も大概だけど、世の中も負けず劣らずよねぇ...真っ当に動こうとすればするほど苦しくなるし、クリーンな政治を求められれば求められるほど黒い選択肢でないと達成できないことも山ほどあるし...」

 

さやかちゃんの愚痴に続き、織莉子さんも深いため息と共に溜まっていたモノを吐き出していく。

そう。そうなのだ。昔はキュゥべえの契約とその代償である魔女のことを酷いと思っていたのに、大人になって社会の色んなことを知ると、見返りが貰えるだけ誠実なんじゃないかとすら錯覚してしまう。所詮は錯覚だけれど。

 

「私は鹿目さんや鶴乃が羨ましいわ...手入れしてなくてもそんなに艶肌で」

「え?やちよさんそんなに綺麗なのに」

「常日頃気を遣わないと保てないのよ...健康面でもそうだし、かといって艶を保ちすぎても変な視線や尾鰭がついてしまうし。何事も適齢が最適、ってね」

「いやーモデルさんは大変だねえ。その点、私はバッチリ!三十超えても瑞々しいお肌で常連の学生もおじさんたちも虜だよ!!」

 

かと思えば、魔法少女であることと折り合いをつけて有効的に活用している人たちもいる。

魔法少女は、自分の身体の中に魂が無いと自覚すると、身体の成長が年齢と釣り合わなくなるらしい。

だから年齢に対して若々しく見える人が多いんだとか。

 

それを活かしてやちよさんは未だにモデルとして活動しながらも、適齢な肌年齢で適切な仕事や扱いをしてもらえるように立ち回っているし、鶴乃さんもその年齢を感じさせない若々しさで美人店主として巷で噂になっており、味は50点でも彼女を目当てにやってくるお客さんも大勢いたりする。

 

「...そういえば、あなた、この前お付き合いしていた子とはどうなったの?」

「うぇ!?え、えっと、そのぉ...」

 

突然の話題にわたしは思わず動揺し、しどろもどろになってしまう。

 

その様子でみんな察したのか、生暖かい目でこちらを見てくるのを肌で感じる。

 

「やっぱダメだったかぁ。まあ仕方ないよねぇ、あんたにはずっと脳に焼き付いてるスパダリがいるもんねえ」

「ほ、ほむらちゃんはそんなんじゃないよ!」

「おやぁ?あたしはほむらなんて一言も言ってないけどぉ?」

「ぁうっ」

「くくっ...ほむらーーー!!早く帰ってきてこの子を抱きしめてやれーーー!!」

「〜〜〜〜〜!」

 

さやかちゃんの弄りに周りがドッと笑い、代わりにわたしは顔が赤くなってしまう。

この顔の熱さがお酒のせいか恥ずかしさのせいかは曖昧だけれど、わたしにこれを止める術はない。

 

「もー!さやかちゃんのイジワルっ!そんなことするならさやかちゃんをお嫁さんにしちゃうんだからね!昔よく言ってたもんね、まどかはあたしの嫁なのだ〜って!」

「そっ、それを言われるとあたしもよわっちゃうな〜あの頃は若気の至りっていうかぁ」

 

そんなぐだぐだなやり取りを楽しみつつ、お酒と50点の料理を満喫しながら。溜まっていたモノを吐き出していって。

宴もたけなわ、終わりの時間がやってくる。

 

「っと、もうこんな時間かぁ」

 

携帯の音が鳴り、さやかちゃんは足を庇いながら立ち上がる。

 

「迎えが来たからあたしはこれでおいとまさせてもらいますわ。あ〜スッキリした」

「またねー」

「よいお年をー」

「みんなもよいお年をー」

 

さやかちゃんはにこやかに手を振りながらも、不恰好な足取りで万々歳から去っていく。

 

そしてさやかちゃんの退場を皮切りに、時間も時間ということで、みんなも席を立っていく。

 

「ご馳走様、鶴乃さん。よいお年を」

「また来るわね。よいお年を」

「織莉子、やちよ、よいお年を!まどかちゃんも、いつでも来てね!」

「うん。また来ます。よいお年を!」

 

万々歳を後にして、帰り道で織莉子さんややちよさんと談笑しながら、やがて二人とも別れていって。

一人になったけれど、こんな時間だというのに、夜のライトは未だに街を照らしている。

夜になれば周りが暗くなる、なんてことも子供時代の幻想だったことをさめざめと思い知らされる。

 

「やあまどか」

 

足元からの声に、思わず視線を下す。

キュゥべえだ。

あいもかわらず、感情を読み取らせない無表情でわたしを見上げている。

 

「わっ、久しぶりだねキュゥべえ」

 

最近見かけなかったこともあってか、わたしはなんだか懐かしくなり、思わず彼を持ち上げてしまった。

 

「まどか。まもなくきみの膨大な素質が失われるだろう」

 

徐にキュゥべえはそう切り出した。

 

「暁美ほむらがこの時間軸に持ってきた因果律の糸が、年を経るごとに少なくなっているんだ。そうなればきみに残るのはただ一人分の素質だけだ」

 

淡々と、今までのように無機質に。

 

「まだ間に合う。因果律の糸はまだ全てが消え去ったわけじゃない。きみが望めば、マミや杏子を甦らせること。さやかの身体を元通りにすること。それに...時間軸を超えて暁美ほむらに会いにいくことだって叶うだろう」

 

わたしが密かに抱いていた願いを認識させるように。

 

「彼女たちのことはもう過去のことだと割り切るのもいいだろう。でも、叶えたい願いは自分のものもあるよね。例えば、きみが会社で立ち上げた企画。これが成功するのと失敗するのではきみの人生設計は天と地の差が生まれるだろう。そんな不都合な結果もきみなら変えられるんだ。その規模の願いならば、きみが魔女になるのはうんと先の話になるだろう」

 

私の今の悩みまで引き合いに出して。

 

「ねえまどか。今のきみならばなんだって叶えられる。誰もが手出しできないほどの、最強の魔法少女にだってね。さあ、僕と契約して、魔法少女になってよ!」

 

そんなキュゥべえの姿が、かつては底知れないものを感じていた彼の勧誘がーーーなんだか、微笑ましいものに思えてしかたなかった。

 

「...伝えてくれてありがと、キュゥべえ」

 

持ち上げていたキュゥべえを抱き抱えて、その頭を撫でてあげる。

目を細めているが、ほんとうに気持ちいいのかはわからない。別にそれでもいい。私が撫でたいだけだから。

 

「...キュゥべえが言ったわたしの企画ね。案が通ったのは最近だけど、本当はもっと昔に見せてたんだ」

 

会社に勤め始めてしばらくした時のことを思い返す。

あの時は、これが達成できれば必ずみんなのためになる。

そう思って提出した企画は『若気の至り』で処理されてしまった。

悲しかった。悔しかった。だから、どこがダメだったかを反省して、分析して。

形を変えては捨てられて。また改訂しては捨てられて。

悔しくなかったことなんて一度もない。

 

「でも、他の人の意見や見方を参考にしたり、別の角度からも焦点を当てたりを繰り返していくうちに、やりたいことは変わらないのに、最初のわたしの企画とは全然違う形になっちゃって!こんなはずじゃなかったって思うけど、同じくらい『でもこれが通ったら嬉しいな』とも思ってるの」

 

「さやかちゃんもそう。ここまで来るのにすごく大変な目に遭って、いっぱい苦しんで、弱音を吐いて、それでも前を向いて、なんとか歩けるようになって。元通りにはならなくても、それでも生きていけるように頑張ってきたの」

 

 

 

キュゥべえは、じっとわたしを見つめるだけで何も言葉を返さない。

それはそうだろう。きっと、辛かったことやうまくいっていないことを嬉々として語るわたしのこの姿は、ひたすらに合理的に結果を求めるキュゥべえたちには理解し難いものに見えているのだろうから。

 

「だからね。そういうのを無かったことにして、結果だけ良くするっていうのは、したくないんだ。ほむらちゃんが言ってたみたいに、きっとそれはわたしが納得できる結果にはならないだろうから」

「...マミたちに使わないのは?」

「マミさんやほむらちゃんがそれを望むと思う?」

「...反対するだろうね」

 

やれやれと言いたげに溜息を吐くキュゥべえを見ていると、なんだか失敗した時のわたしが重なって見えて親近感すら湧いてくる。

 

「契約をしないと言うなら仕方ないね。まあ、短いとはいえ期限はまだあるんだ。契約したくなったらいつでも呼ぶといい」

「あ...ちょっと待ってくれるかな」

「なんだい?」

「聞きたいことを思い出したの」

 

引き止めるわたしにキュゥべえは首を傾げる。

わたしが聞きたかったことーーーたぶん、明確な答えなんて聞けないんだろうなとは思ってる。

でも、大人になって。

社会の厳しさを学んで。

合理性だとか、自分以外の視点とか、綺麗なままでは物事がうまくいかなかったりだとか。

そういうことを経て、ようやく気づいてからは、ずっと、ずっと、引っかかってることがあった。

 

「キュゥべえとマミさんって、どうしてずっと一緒にいたの?」

 

思い返せば不思議なことだった。

マミさんが魔法少女は魔女になることを知らなかったのを差し引いても。

キュゥべえは魔法少女を増やしたくて、逆にマミさんは魔法少女を増やしたくなかった。

どう考えても利害は一致しないのに、二人が目立った喧嘩をするようなことはなかったし、それどころかマミさんはキュゥべえを邪険に扱うようなことはしなかった。ほむらちゃんなんて、わかりやすくキュゥべえを敵視していたのに。

 

「それに、ワルプルギスの夜がやってくる前、わたしに契約を勧める時もらしくなかったよね」

 

ワルプルギスの夜の襲来前、マミさんたちを見送った直後、キュゥべえは契約をしない私たちに対して、どこか批判的だった。

わざわざ理解できない、信用だのなんだのと何の価値があるのか、だなんてことまで言い出して。

キュゥべえに倣って合理的に考えるなら、わたしたちの機嫌を損ねるようなことを言うメリットなんてないのに。

 

「さやかちゃんからの契約を口に出さないとダメなんて断ったのもそうだよね」

 

合理的に考えるなら。あの時はさやかちゃんの願いをテレパシーで叶えても構わなかったはずだ。

だって、本当に願いを口に出さなくちゃいけないというなら、耳が聞こえない人や喋れない人のような、キュゥべえが契約しやすい人たちが契約できないことになるのだから。

 

「あの時、キュゥべえは...わたしたちに怒ってたんじゃないの?」

 

でも。あの時のキュゥべえらしからぬ不自然さも。

キュゥべえがわたしたちに怒っていたなら理解しやすくなる。

危険だとわかっていても、わたしたちが契約しなかったから。

わたしが契約していれば、マミさんが、ワルプルギスの夜と戦わずに済んだ。

マミさんが取り返しもつかないほどにボロボロにされてから、ようやく契約したいと願っても、「今更言うな」と思ってしまったならーーー

 

「...そういった感情があれば、僕らはこの星に来ていないだろうね」

 

キュゥべえは、相も変わらず、無表情に、淡々とそう答えた。

 

わたしはそんなキュゥべえに負けないように、ジッと見つめて、見つめて、見つめて...ほどなくして、思わず口元を緩ませた。

 

「そっか。ありがと、キュゥべえ」

 

キュゥべえを下し、手を離すと、彼はそのまま振り返ることなく街並みに消えていく。

 

「キュゥべえ」

 

わたしが呼びかけても、振り返ることもしない。その後ろ姿は、どこか拗ねているようにすら思えてしまう。

 

ーーー思った通り。キュゥべえは、なんでマミさんと一緒にい続けたかは答えなかった。

 

答える必要がなかったのか、答えられなかったのかはわからない。

でも、もうわたしにはどっちでも良かった。

 

例え、わたしに理解できなくても。キュゥべえ自身が理解できていなかったとしても。

 

『マミさんとキュゥべえはお互いに恨まず、側に居続けた』

 

その事実は揺るがないのだから。

 

だから、わたしが去っていくキュゥべえにかける言葉は決まっている。

 

「またね、キュゥべえ」

 

⭐︎

 

わたし、鹿目まどかは社会人になった。

 

今日も今日とて、大変で、辛くて、必死になって。

 

それでも大切な毎日を、ただの人間として生きていく。




これでエピローグ含めて本当の終わりです。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
感想なども頂ければ幸いです
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