真っ先に目に入ったのは、椅子の上に立ち、天井から吊るされたロープで、今にも首を吊ろうとしている佐倉さんのお父さん。
なにをしているのか?決まっている。
これは―――自殺だ。
「だ、ダメっ!」
すぐに変身して、マスケット銃でロープを撃つ。
ロープに体重をかけていたため、それを失った佐倉さんのお父さんのバランスが崩れ、椅子から転げ落ちた。
すぐさま駆け寄ろうとするが、しかしなにかに躓き、顔面から床に倒れ込む。
その私が躓いた何かを確認した時、私は己の目と正気を疑った。
そこに倒れていたのは、紛れも無く
「モモちゃん...お母さん...」
床には、大量の血が飛び散っていた。
「なんで...」
その血は、紛れも無くモモちゃんと佐倉さんのお母さんのもので
「なんでなのよ!?」
彼女たちの有り様は、私から冷静さを奪うには十分だった。
私は、周りを見ることもなくすぐに二人に魔法をかける。
私の魔法は結びつけることに特化した魔法。
それなりの治療効果もあり、あまりにも酷い傷でなければ治すこともできる。
発見が早かったためか、流れていた血は止まり、二人の呼吸も安定してきた。とりあえずは一命を取り留めたようだ。
(なにがあったのかしら)
聞こえてきた声は三つ。自殺しようとする佐倉さんのお父さんと、刺されたモモちゃんと佐倉さんのお母さんという現状。
なにが起こったかなんて考えるまでもない。
(ひょっとして、強盗にでもあった...?)
だというのに、有り得ない可能性ばかり考えてしまう。
(それとも、魔女か使い魔が...?)
つい先程自分で否定した可能性をあげてまで、目の前の現実から目をそらしてしまう。
そんな私が、背後に振り上げられた凶器に気付けるはずもなかった。
背中に走る灼熱、激痛に、私は前のめりに倒れる。
どうにかして身体を起こそうとするが、しかし仰向けになったところで押さえつけられてしまった。
左手で絞殺さんばかりに首を絞められ、私は呼吸すらままならなくなった。
どうして、と私が問う前に彼は喚き散らした
「お前も...なのか!」
「...えっ?」
「お前も魔女なのか!お前が杏子を唆し、悪魔に付け入れさせたのだな!?」
「な、なにを...」
「消え失せろ!私の前から、この世から!この薄汚い魔女め!」
彼が、凄まじい形相で掴みかかってくる。
なんのことを言っているか分からないが、それを聞いている余裕はない。
空いている右手に包丁を持って、彼は私のお腹に突き刺した。
痛みが私の脳内を支配し、絶叫が教会に響き渡る。
それでも、まだ終わらない
包丁を私のお腹から抜き、また突き刺す。
何度も、何度も、何度も。
激痛に耐えかねた私は、無意識の内に彼の左腕を思い切り掴んでいた。
魔力で強化された身体は、一般人の能力を遙かにしのぐ。
バキリという嫌な音と共に、佐倉さんのお父さんが悲鳴をあげる。
その隙に、床を這って彼から距離をとる。
だが、そこまで。魔法少女は死ににくいとはいえ、痛覚もあれば、疲れもある。
あまりの痛みに、身体の重たさに、私の意識は白い靄がかかったかのように朦朧としていた。
「なぜ抵抗する!?忌まわしき魔女風情が!」
包丁を振り上げた彼が、再び私に襲いかかってくる。
その先にあるのは、私の死。魔女との戦いで、何度も味わってきたこの悪寒。
やられる...そう思ったときだった。
「やめて...パパ...」
目を覚ましたモモちゃんが、彼に必死に縋り付いた。
「マミお姉ちゃんをいじめないで...ぶつならわたし...」
でも、その懇願は彼の怒りを買ってしまったようで。
「モモ...なぜお前が魔女を庇う!お前までそうなのか!?」
「違う...わたしはおねえちゃんと約束したの。絶対になにをされても我慢するって...だから」
「あああ...なんということだ。せめて、魔女に唆される前にとお前たちを手にかけたというのに、既に憑りつかれていたとは...!」
彼が、モモちゃんの首を締めあげる。痛めた腕のどこからそんな力が湧いてくるのか、彼女がいくら苦しんでも彼は力を緩めない。
「魔女は生かしておけない...私が浄化してやる」
「やめ...ッ!」
声を出そうとしても、喉を込み上げる血塊に遮られてしまう。
だが、次の手を考える間もなく、彼の刃はモモちゃんへと振りかぶられる。
リボンがマスケット銃に変わる。
必死だった。なにも見えなくなっていた。考える暇さえなかった。
そんなものはなんの意味も為さない。
意味があるのはただ一つの事実のみ。
弾丸は、佐倉さんのお父さんの心臓を貫いてた。