シンボリルドルフ
「榊原トレーナー?
トレセン学園のトレーナーのあなたが何故…
説明してもらおうか。」
皇帝の声は静かだが、
その一言だけで場の空気が張り詰める。
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榊原
「説明するほどのことじゃない。」
その言い方は、
まるで自分の罪を軽く扱うようで、
しかし同時に、逃げる気配が一切なかった。
榊原
「俺はベテランの類に数えられるが、最近は低迷している。
後輩達の方が輝かしい成績を残していることに焦っていた。
本来であれば、喜ぶべきことを喜べないようになっていたんだ。」
観客席がざわつく。
榊原
「冴えない中年で終わりたくなかった。
ただそれだけだ。」
その言葉は、
あまりにも人間的で、
あまりにも弱くて、
そして――
あまりにも正直だった。
シンボリルドルフ
「……ただそれだけ。」
その声には怒りよりも、
失望よりも、
“理解できない”という戸惑いが混ざっていた。
皇帝は、
ウマ娘の未来を背負う者として、
この状況をどう受け止めればいいのか分からない――
そんな表情だった。
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その時だった。
観客の一人が叫んだ。
「自分のためにウマ娘を悪役に仕立てあげたのかよ!!?」
その声が火種となり、
一瞬で炎が広がる。
「最低だ!!」
「ふざけんな!!」
「ウマ娘を利用したのか!!」
「責任取れ!!」
「恥を知れ!!」
罵声が、
怒号が、
嵐のように榊原へと降り注ぐ。
榊原は――
逃げなかった。
ただ、
その全てを正面から受け止めていた。
(やめろ……やめてくれ……)
胸が締めつけられる。
榊原さんは悪くない。
俺が望んだんだ。
俺が走りたかったんだ。
俺が逃げたかったんだ。
俺が……俺が全部……
でも、
声が出ない。
帽子のつばが視界を隠し、
俺はただ震える拳を握りしめることしかできなかった。
(俺のせいだ……
全部……俺のせいだ……)
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エルコンドルパサー
「もう十分デース!!」
その一喝は、
怒号の嵐を一瞬で吹き飛ばした。
会場が凍りつく。
風の音すら止まったような静寂。
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エルコンドルパサー
「誰か個人的に、この人達に恨みがある人!!
手を挙げるデース!!」
観客
「……え?」
「どういう……?」
「恨み……?」
エルコンドルパサーは胸を張り、
勝者の余裕と怪鳥の威圧を混ぜた声で続ける。
エルコンドルパサー
「その人の代わりに、ワタシがここで、
コイツらをやっつけてやりマース!!!」
観客
「ええええええええ!?!?」
エル
「いないんデスかー!!!
いないなら、勝手に罵声を浴びせるのは卑怯デース!!
ワタシは、そういうの……大嫌いデース!!」
---会場の空気が変わる
罵声を浴びせていた観客たちが、
一斉に口をつぐむ。
「……いや、別に恨みとかは……」
「そういうつもりじゃ……」
「なんか……すみません……?」
ざわざわと、
怒りがしぼんでいく。
エルコンドルパサーの言葉は、
ただの威嚇ではなかった。
“勝者としての矜持”
“走りで戦った者への敬意”
“敗者を守る強さ”
その全てが込められていた。
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(エルコンドルパサー……)
胸が熱くなる。
勝った相手が、
俺を守っている。
俺のためじゃない。
榊原さんのためでもない。
“走った者同士の誇り”
それだけで、
エルコンドルパサーは観客全員を黙らせた。
(……強いな)
勝った者の強さ。
ヒーローの強さ。
怪鳥の強さ。
そして――
俺にはまだ届かない強さ。
エルコンドルパサーは、
ほんの指先で俺の背中を押した。
強くもなく、弱くもなく。
突き放すようで――
でも、確かに“思いやり”があった。
エルコンドルパサー
「……もう行っていいデス。
ここから先は、ワタシが引き受けマス。」
その声は小さかったが、
勝者としての誇りと、
走り合った者への敬意が滲んでいた。
俺は、ただ頷くしかなかった。
「……榊原さん、行こう。」
震える声だった。
でも、その言葉には迷いがなかった。
榊原は一瞬だけ驚いたように目を見開き、
すぐにいつもの無愛想な顔に戻る。
榊原
「……ああ。」
その手は大きくて、
温かくて、
そして――
どこか震えていた。
俺はその手をしっかりと握り返す。
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レース場の出口へ向かう。
観客のざわめきが背中に刺さる。
でも、
俺は振り返らなかった。
振り返ったら、
きっと立ち止まってしまうから。
榊原の手を引き、
俺たちはゆっくりと歩き出す。
一歩、また一歩。
敗者の歩みでも、
逃亡者の歩みでもない。
これは――
自分の足で選んだ道を進む者の歩みだった。
ゼロ
「榊原さん……負けました。
俺……全部出し切ったつもりです。」
榊原は、しばらく黙っていた。
その沈黙が、逆に優しかった。
榊原
「俺もだ。
しかし負けた。
結果は結果だ。」
その言葉は冷たくも厳しくもなく、
ただ事実を受け止める強さがあった。
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ゼロ
「俺たち……どうなるんでしょうね。」
榊原
「今は何も考えるな。
ゼロバンゲートとして走りきった。
その事を誇りに思えばいい。」
その声は、
敗者を慰めるためのものじゃなかった。
“走った者”に向けた、
まっすぐな敬意だった。
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ゼロ
「でも……でも……俺、悔しくて……
本当に悔しくて……うぅ……うっ……うっ……」
涙が止まらなかった。
勝ちたかった。
逃げ切りたかった。
榊原さんを守りたかった。
全部、全部叶わなかった。
その悔しさが、
胸の奥で暴れていた。
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榊原
「悔しいか。」
その問いは、
まるで“覚悟を問う儀式”のようだった。
ゼロ
「……悔しいです……
悔しくて……どうしようもない……」
榊原は、
ゆっくりと俺の肩に手を置いた。
榊原
「そう思うなら――
今ここがお前の“スタート地点”だ。」
その言葉は、
敗者に向けた慰めじゃない。
“走り続ける者”に向けた、
新しい号砲だった。
End
これでゼロの物語は終了です。
最後は直線で切り落としたように、
物語は未完成なまま結末を迎えましたが、
それでいいんです。
覆面が剥がされ、ゼロバンゲートは退治されました。
しかし、覆面の中の少年の物語は続いているんです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。