VRゴーグルでめにしゅき鑑賞中に寝落ちしたら新人トレーナーになっていた。
記憶喪失というでまかせの言い訳に対し、トレセン学園の理事長、秋川やよいが言い渡した雇用の条件とは……

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・目を覚ますと知らない部屋。内装と周辺の景色からトレーナー寮と判明。
・家探しして見つかったのは自分の名前が書かれたトレーナーライセンスだけ。
・指定した時刻になっても現れない新人トレーナーの安否確認にたづなさんが来訪。理事長室へ連行。


この履歴書の空白は一体?

「驚愕! 記憶喪失とな!? トレーナーの知識を全部忘れた!???」

 

理事長が仰天して頭上の猫が落ちそうになっている。

新入社員がいきなり記憶喪失になったと聞かされたのだからそれはそう。

 

「今トレーナー試験を受ければ全てを白紙で提出することになりますね」

 

「本当に何も覚えていらっしゃらないんですね……」

 

ごめんなさい、たづなさん。忘れるどころか元から何も覚えてないです。

 

「これではとてもじゃないですがトレーナーとしての責務を果たせません。幸い担当もいないようですし、辞職以外の選択肢はないでしょう。手続きをお願いします。……それと自分の戸籍や来歴すら定かではないので履歴書など有ればコピーが欲しいのですが」

 

「いかーん! そのような状態の者を放り出すなど認められん!」

 

「そうですよ。すぐに記憶が戻らないとも限りません」

 

都合よく存在しない記憶が溢れ出したりしてくれないだろうか。

ゲームやってただけの人間にトレーナーとか絶対無理だからここは穏便に辞めさせて欲しい。

ウマ娘を見てもステータス画面とか見えないから、たぶん異世界転移あるあるのチート能力とかも備わってない。いや仮にチート能力が有っても正規の手段と実力でライセンス取得してないならトレーナーやったら駄目に決まってるだろ。

 

「むむむ……提案! 君には三女神の教育係を任命したい!」

 

しばらく考え込んでいた理事長が無茶振りをしてきた。

それこそ記憶がない人間に任せたらダメなのでは?

 

「教育というには少々語弊があるな。VR空間の開発と拡張と言い換えるべきか。三女神AIは誕生したばかりで外の世界の情報や自らの体験を伴った感情の理解に疎い部分がある。そこで、君が三女神達と共に過ごしながら彼女達に足りてない物を補ってあげて欲しい」

 

「確かに、それならトレーナーの知識や技能がなくても可能ではありますが……」

 

「これは誰かがやらなければならないことなのだ。故に君に託す。記憶を失ったことは辛いだろうが負い目を感じる必要はない。だからどうか今しばらく学園に残ってこの仕事を引き受けてはくれないだろうか」

 

理事長に頭を下げて乞われてしまった。どうしよう、滅茶苦茶断り辛い。

 

「ところでトレーナー寮を退去した後の住居のアテはあるのか?」

 

「是非やらせてください」

 

 

 

 

「今はお昼休みでカフェテリアは生徒の皆さんで一杯ですから、先にVRウマレーターのマシンルームへ案内しますね」

 

たづなさんの施設案内付きでマシンルームへ向かう。

 

まさか仕事でVRギャルゲーをすることになるなんてな。大丈夫かトレセン学園。

身元確認書類さえ確保すれば中央トレセントレーナーの肩書で新居の賃貸契約は難しくはないだろう。本当に申し訳ないが退職の準備が出来るまでもう少しの間だけ厄介にならせてもらおう。転職先どうするかな。

 

目的地に到着するとメカメカしい棺桶みたいな筐体がずらりと並ぶ部屋に通された。

なんつーか、かなりSFめいた光景だな。

 

「では使用法の説明をしますね。こちらをお受け取り下さい」

 

たづなさんからVRウマレーター利用者のしおりを渡され、利用申請の仕方と使用法のレクチャーを受ける。

禁止事項に筐体内での飲食禁止があるのは実際に持ち込んだ奴がいたんだろうな……

 

しかしこれ肉体にフィードバックあるの意味が分からないよな。たぶんウマソウルに干渉して間接的に肉体に影響が出るとかそういう機序で作用してるんだろうけど、技術者もどういう理屈で動いてるのか分かってないオカルト案件な気がする。

 

「では実際に使用してみましょう。午後の授業が終わると皆さんトレーニングにVRウマレーターを利用されますので、それまでにはログアウトするように気を付けてくださいね」

 

「了解です」

 

筐体に入ってシステムを起動する。

エントリー画面の演出が終わりVR世界へ降り立つと、そこはゲームでも見覚えのあるグラウンドだった。

違和感が無さ過ぎてVRだと知っていても判別できないレベルの感覚再現に驚嘆する。

適当に身体を動かして感覚を確認していると人影が近づいてきた。

 

「おや? 初めましてだね子羊くん」

 

声をかけてきたのはダーレーアラビアンだ。ゴドルフィンバルブとバイアリータークも居る。三女神が勢ぞろいだ、

 

「ドーモ。三女神=サン。シンニュウシャインです」

 

とりあえず一礼する。挨拶は大事だ。

アイサツをキメると自己紹介フェイズへ移行、続いて仕事の話へ進める。

実は理事長からの依頼で~と自身の任務を伝え、どういった方向性で進めるか三女神と相談する。

 

三女神のオーダーは『外界での遊び方をもっと知りたい』と。

原作でもあったなそんなの。

 

VR空間に反映させるから手頃な物を想像してみてくれと急に言われてもな……

うーむ、娯楽か……ゲイポルノビデオの音声を流しながらレトロゲームを素早く攻略する動画鑑賞とか? 駄目だこの世界に汚物を持ち込んではいけない。

 

地味に難しいな。ゲームとか映像作品みたいなコンテンツ系は権利問題はどうなるんだ? パブリックドメインなら大丈夫ではあるが、そもそもこの世界のエンタメを知らないから無理か。

 

自分インドア派だからアミューズメント系には疎いんだよな。よもや三女神にバブリーランドを布教して頭バブルにしようものならたづなさんに怒られる。

 

となると食事か?

そういえば今日はまだ何も食べてなかったな。VR空間なのに腹が減った気がする。とりあえず何か飲み物が欲しい。お茶とかコーヒーじゃなくて甘い物で舌を満足させたい感じだ。

ウマ娘と言えばやはりアレか。

 

唐突に虚空から容器が出現する。

 

手に取って見るとパッケージにはベルノライトが描かれていた。

これシングレコラボ商品のはちみードリンクだ!?

 

「凄い、味がある」

 

一口飲むとチートデイのボディビルダーみたいな感想が出てしまった。

コンビニで買ったのと同じ味。これだよこれ。こういうのでいいんだよ。

今気付いたけどこれ異世界情報だからパッケージを見られたら不味いのでは?

 

「それが外界の飲み物かい?」

 

「とても魅力的な香りね」

 

いつの間にか近づいた三女神に囲まれていた。興味津々に見つめられている。

もう手遅れみたいですね……もうどうにでもな~れ。

諦めて三人分同じものを召喚して渡す。

 

三女神達がストローを吸い始めた途端に目をかっ開いて絶句した。

涙を流しながら宇宙猫みたいになっておられる。

 

「これが……外の世界の飲み物……?」

 

「口の中に幸せが広がって……言葉が出ないわ……」

 

「泣く程ですか!?」

 

VRウマレーター、元がトレーニング用シミュレーターだしAIは食事の必要もないから食事関係は未整備だったんだろうか。

 

「褒美にクルミを渡すと微妙な顔をされていたのはそういうことだったのか……」

 

バイアリータークがしわしわピカチュウみてえな面で凹んでいる。

それ単純に走った後に固形物は辛かったんじゃないですかね?

 

「参考にクルミを貰ってもいいですか?」

 

内なる蛇が「で、味は?」と言い出したので一つ貰ってみる。

生のクルミってそのまま食べて良いのか知らんけどここはVRだから食あたりの心配もない。男は度胸、何でも試してみるのさ。

殻付きのまま渡されたクルミを自力では割れなかったため一旦返却して割ってもらう。ヒトは無力だ。

では気を取り直して再チャレンジ。クルミを口に放り込む。

 

「……!?……!???」

 

不快感に思わず吐き出しそうになる。

何この……何? ワイは本当に人の食べる物を口に入れとんのか……?

なんかストレートに不味いんじゃなくて脳がおかしくなってるような感触がするで……

 

「もしかして味覚データバグってませんか?」

 

「我々は所詮不完全なデータの寄せ集めから生まれたAIに過ぎないということを痛感した……本物の食事を知ってしまうと、何故今まで疑問や違和感を持てなかったのかと愕然としている……」

 

本物と言っても感覚再現データでは? まあ言わぬが花か。

 

「足りない物はこれから学んでいけばいいだけです。そのために私が来ました。これからよろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしく頼む」

 

「よろしく子羊くん」

 

「よろしくね」

 

とりあえずファーストコンタクトは成功か。初日の顔合わせはこんなもんで良いだろう。

三女神に別れを告げログアウトする。

 

筐体から出るとたづなさんが出迎えてくれた。

 

「VRウマレーターはいかがでしたか?」

 

「任務はなんとかなりそうです」

 

報告ついでにVR空間で行う著作物再現のリーガルチェックとサトノグループが権利を持ってるデジタルアーカイブの要望を出しておく。権利関係で揉めて三女神AI削除案件とかなったら困るし。

 

マシンルームの次はカフェテリアへ向かう。

ウマレーターの中にいる間に昼休みは終わっていたらしい。腹が減ってたから正直助かる。

 

「カフェテリアの料理は美味しいと評判なんですよ」

 

カフェテリアはビュッフェ形式の上に無料らしい。流石トレセン、福利厚生が行き届いてる。生徒達が食事を終えた後だから品切れの皿も多いがそれでもより取り見取りだ。

食べ放題で種類も豊富だとどれから食べるか悩んじゃうな。とりあえず軽いものから攻めていくか。

少量のサラダを数種類皿に取って席に着く。

早速喰わせていただくぜ。

 

……さっきのクルミと同類の味ぃ!! 何故ェ!???

 

口内で暴れる感覚に混乱していると、たづなさんから心配そうに声をかけられる。

 

「食が進みませんか? このような状況では不安にもなるのも仕方無いですよ」

 

不安というか、特に味覚がね……駄目なんだよ……

これ最初に目を覚ます前にアグネスタキオンに変な薬とか盛られてないだろうな?

 

「生きているというのは、体にものを入れてく、ということなんだな」

 

覚悟を決めて皿の上の物体を無理やり口に押し込んでは噛まずに飲み込んでいく。

神道を滅却しても軽減されない不快感に口腔を凌辱される。神は死んだ。

 

一体全体どうしてこんなことになってしまったんだ。味覚はどうなってんだよ味覚は。

 

いやちょっとまてよ? VRウマレーター……未実装……

 

もしかしてこの世界、ウマ娘の原作ゲームに味覚が未実装だったからバグってるってコト!?

 

スマホのゲームに味覚とか実装できるわけないだろいい加減にしろ! VRウマレーターみたいなオカルトサイバーパンクと違って現実のVRはジャイロセンサーに視点連動させてるだけやぞ!!

 

えぇ……ゲーム世界転移そのものが荒唐無稽に過ぎるが、いくらなんでもそんな反映の仕方することある?

 

たづなさんを見ると普通に料理を食べている。

 

もしかしてプレーヤーはゲームキャラと味覚を共有できないから認識できなかっただけで、この世界の住人的にはこれが正常なのか? SANチェック案件?

でも三女神ははちみー美味いって言ってたな。どうなってんだよ。これもうわかんねえな……

 

ただ一つ言えそうなのは、元の世界に戻らない限り、サルミアッキの方がマシに思えそうな物しか食べられそうにないってことか。

 

おうちにかえして。





「状況終了!! 褒美は希望数配布だお前たち集合!」

次回、『電子ドラッグ』

君には責任を取ってもらう。YESか農家で答えてくれ。






へ続けてもいいのかこれ……

原作ありでメシマズ世界観をやる場合、必然的に世界をナーフする改変をせざるを得ないので、その辺を回避しつつ納得できそうな理由付けを考えたところ、「味覚はゲームに実装できないので未定義データです」以上の物を思いつけませんでした。どうするのが正解なんだ……

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