記憶喪失の最強の男を拾った話   作:九月

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1 その男、記憶喪失につき

 

 

 

 それは、突然降ってきた。

 寂しい夕餉の支度をしていた頃に、大きな地響きと共に。集落から程遠い場所に隠れるように身を潜めているからか、強い揺れと轟音の後には何も聞こえてこなかった。

 

 恐る恐る、窓から外を覗き見る。

 

 青い…AC。

 詳しいことは知らないが、ハイバランスに纏まった機体で、遣い手が異様なまでのやり手らしいという、伝説級の強さを誇るAC。

 私もルビコニアンの端くれなので、出会ったら隠れろという解放戦線からのお達しで、詳細とまでは行かないものの大まかには知っていた。

 

 ヴェスパー部隊のトップ、フロイト。

 V.Iの駆る最強のAC、ロックスミスだということは。

 

 

 

 

 

 

 

(なに、なんで。どうしてこんなところに。)

 

 頭の中は考える事でいっぱいで私は、まだ動かないACを前に思考することしかできない。

 

 私は戦いに身を置いた事はないものの、解放戦線の兵士を瞬く間に薙ぎ倒してしまうというヴェスパー部隊の、そのトップともなれば、その実力はきっと聞きしに勝るものなんだろうことは容易に想像がつく。

 

(……でも、動いていない。)

 

 しかし、いつまで経っても動き出す素振りは見せない。なんというか、ACの姿勢も不時着に近いものだった。武装が放り出されて、腰から泥濘に刺さっているように見えて、その青いACから本来は想起されるはずの最強の二文字は、今は浮かんでこなかった。

 

 怖いもの見たさで、玄関からゆっくりと出て軒先に停めてある重機……MTを引っ張り出した。

 

 エンジンがかかった。この時の振動はあんまり好きではなかった。戦士として死んでいった両親のことを思い起こさせるからだ。

 それに、ACを様子見しに行くとはいうものの、たかが中古のMTと専用にチューンアップされたであろうACとでは、単機の性能に絶望的差がある。MTには自衛用のライフルしか積んでいないので、万が一このACが動き始めたら、その時はおしまいだった。

 

 おんぼろのユーザインタフェースが、目の前のACを未登録の機体として扱っていた。これは解放戦線の独自ネットワークにも接続されておらず、家に置いてあるだけの、私と同じ年齢のMTだ。

 製造年数は二十年前のものを記録しているものの、実戦に出たことはなく、ヴェスパー部隊が進出してきた時には復興に使われたあとのレストア品として倉庫に仕舞われていた様なもので、父が動けるようにはしてくれたものの、親が死んでからは整備もろくに行き届いていない、不安になるボロMTだ。

 

 ライフルを装備していない方…左手が頭部に伸び、半開きのコクピットハッチを押し開く。

 

 ごくり。喉が鳴った。

 エンジン音がうるさいはずなのに、まるで何も聞こえないくらいの静寂が辺りを包んでいるようだ。

 

 コクピットが開いた。

 

 頭部が後ろにスライドして開いたコクピットブロックから、そこに座るのだろう椅子が押し上げられ、そこからごろんと人のカタチが転がってくる。

 少し離れて、ライフルを握る手を強めた。

 

 しかし、何も動く気配はない。

 

 パイロットは死んでいるんだろうか。

 いや、それとも動けないだけか。少なくとも今動き始めるような素振りは見せなかった。

 

 こちらもコクピットを開放して、恐る恐るパイロットに近付いてみる。固定されたMTの腕の上を道のように歩いて、ACの機体の上に立った。

 

 開いたハッチ。押し上げられたコクピットに、そこに横たわるパイロット。

 

 顔がちらりと見えた。

 若い。多分、私と同じか、それより少し上か。背丈の程はうずくまっていて分からないものの、だいたい中肉中背くらいの印象だ。

 格好の方は、パイロット用の多機能スーツなんかを着ている訳ではないらしく、作業着のように見えるオーバーオールの上からジャケットを重ねて着用しているだけだ。うなじの辺りにはヴェスパーを擁する企業、

アーキバスのロゴが見える。

 

「…ね、ねえ。」

 

 肩を掴んで揺さぶる。強い風の吹き荒ぶ音や、エンジンの駆動音で辺りはそこそこの騒音に包まれているが、この男は一切起きる様子がない。気になってつい、起こそうとしてしまった。この男は間違いなく敵なのに。

 

 しかも、それが決め手になったらしかった。

 

「……う、う………」

 

 顰め面を浮かべ、そして左手を地面──というよりACの装甲板──に付けて起き上がろうとした。

 

 捕虜の取り扱い方など知らず、私はギクシャクとした動きで、目の前の目を覚ましつつあるパイロットを前にしどろもどろするしかなかった。

 

 あっ、と声を上げたのは、どちらだろうか。

 少なくとも今、パイロットの男と私との目が合った。

 

 

「…あー…えっと、誰だ?」

 

 あまりにも気の抜けた質問に、強ばっていた身体が脱力してしまいそうになる。

 

「誰──いや、あなたこそ、何の目的でここに…」

 

「何って……なんだ? …なんだったか?」

 

 質問しているのはこっちだと言うのに、何を答えればいいか分からないという具合で疑問の眼差しを向けてくる。

 

 これが最強の男?

 なんだかただの青年だ。

 

「いや、だってあなたは───」

 

「ていうか、ここどこだ。寒いな…」

 

 辺りを見渡しながら男は、自分を抱くように身を縮こませる。確かに、暖かそうなもこもこのジャケットを羽織っているとはいえ、下はツナギしか来ていないようだったし、演技でもなんでもなく本当に寒いのだろう。

 思わず羽織っていたケープを外して差し出す。

 

「お……ありがとう」

 

 随分と素直に受け取った。男はケープを首元に巻き付けながら、その視点を私から私の後ろへ向ける。

 

「おっ、これ確かルビコンとかって星のMTじゃないか? 俺、ガキのころに博物館で見た記憶あるな」

 

 男は懐かしそうに目を細めた。その様子に私は違和感を覚える。それもかなり強いものだ。

 

「あの…あなたは、ルビコンを知ってるんですよね?」

 

「え? ああ、ずっと昔にすごい資源が採掘できたってニュースになってたらしいな。封鎖されてて誰も入れないらしいけど。どんな星なんだろうな」

 

 それで、半ば確信を得た。この男は今自分がどこにいるかを知らない。それは恐らく、自分の置かれている立場も分かっていないということだろう。

 試しに──

 

「じゃあ、足元のこれ、なにか分かりますか?」

 

 かかとでコツン、と装甲板を続いてみる。それは男にとって最初、何なのかすら分からないものだったらしく、ぐるりと見渡しては首を傾げるばかりだった。

 

 しかし、真後ろを見た時……つまり、開いて剥き出しになったコクピットと、その奥に見えるACのヘッドパーツを見て、男は立ち上がった。

 

「これ……待ってくれ、待てよ……おい、これもしかしてACか!?」

 

 コクピットのシートに駆け寄り、そばにあるレバーやらスイッチやら何やらをペタペタと触る男。

 ああこれは、と私は理解した。

 

「なああんた! …あ、えっと、名前はなんだ?」

 

「……スー。あなたは?」

 

「スーか、よろしく。俺は───あー…───」

 

 数瞬の後。

 

「───忘れた。よろしくな」

 

 さも当然のように、屈託のない笑みを浮かべた。

 そう、これは記憶喪失だ。

 

 

 

 






 スー
 主人公。女性。
 ルビコニアンだがルビコン解放戦線には属しておらず、戦闘能力は皆無。MTをぶつけずに歩かせる位のことしか出来ない。もちろん武器も使ったことはない。

 フロイト
 人類最強のACパイロット。何故か記憶を喪失して墜落している。


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