記憶喪失の最強の男を拾った話 作:九月
目の前でモリモリと切り身を食べる男は、自分の名前を忘れたと言い放ち、笑った。表に墜落してきたACは、まだ動かせる状態だったのを確認してから裏手の倉庫に隠した。
倉庫と言っても父さん……父が戦いの為だと備蓄を増やすために拡張しあもので、MTの数機程度なら難なく格納できるスペースがあった。
どうやって動かしたかについては、何とかした。
ブーストを使った移動なんていうのはやった事がなくて出来なかったけれど、徒歩移動に関してはギリギリMTの知識が活かせた。それでどうにかやって退けたと言ったところである。
「それで……なんて呼べばいい?」
私は男に言った。
男にとって……つまり惑星外の人間にとっては得体の知れないものであろうミールワームの切り身を当たり前かのように頬張りながら、男は言葉を発した。
「
「何それ?」
「忘れたとかそんな意味。分かりやすいだろ」
何それというのは意味を問うているのでは無い。自分の名前を……つまりヴェスパー首席、V.I フロイトという本来の名を忘れているのなら、仮の名前を名乗るだろう場面に対して、あろうことか
しかし、男──いや、フォゲッタにとってはふざけていないのだから、たちが悪かった。
「じゃあ、フォゲッタね。あなたは自分が誰か覚えてないの?」
「んぐ………ああ。記憶喪失って言うんだったか。…あ、でもガキの頃は覚えてたな。じゃあ違うのか?」
記憶喪失にも種類がある。確かこういうのは、解離性健忘だとかというものだ。自分にとっての大切なこと……名前や経歴なんかを忘れる。原因は強いストレスだとか、強い衝撃を受けて脳に障害が残るだとか。
最強の男でもストレスを感じたり、あるいはACに乗ってて負けたりするんだなあ、なんて呑気に考えている場合では無い。
忘れているのが経歴で今の所助かっているが、ふとした拍子に思い出す可能性だってある。そうなればルビコニアン……つまり現地人である私にとって、この男は最大最悪の相手になる。
なぜなら、この男はルビコンに違法に進駐して侵略行為を働く二社の巨大企業の一方、アーキバスの特殊部隊ヴェスパーの隊長なのだから。
頭の中でぐるぐると、どうしようどうしたらなんて思いを巡らせる私とは対照的にフォゲッタはのほほんと呑気に飯を食っている。
「いやあ、しかしここがルビコンか。寒い以外は
コップの水を半分ほど飲んで、窓の外を見通しながら彼は笑った。針葉樹林が疎らに散らばった、何もないような場所だが、一面の銀景色は、太陽系出身者、特に地球外の生まれの人の眼にとっては珍しいものに映るのだろうか。
こっちの気も知らないで…と僅かに考えたものの、気を知られたら本当のヴェスパー部隊長としての彼が目覚めてしまうかもしれない。
彼には可能な限り
「そうね、『長閑で良いところ』でしょう。しばらくここでゆっくりしていいからね」
「随分親切だな。見たところ女ひとりだろ。男が来ると食い扶持が増えて厄介にならないか?」
随分と気の利いた事を言える男なんだと思いつつも、正直に答える。この男には嘘を言ってもどこか見透かされそうな危うさが見え隠れする気がした。
「一宿一飯の恩を貸し付ける…なんて聞こえが悪いかな。少しでも恩返ししてくれたらそれで十分だよ」
フォゲッタは笑った。
「何も持ってない、何を出来るかも分からない男に貸し付ける恩なんて、贈答に期待できないようなものだけどな」
それでいい。
何もしない、何も出来ないなら、この男にはそれで居てもらう。それで命の安全が保証されているようなものだ。
かちゃり、食器が置かれた音がした。フォークが皿の上に置かれているのを見るに、ミールワームの薄切りとパンは食べ終えたらしい。
アーキバスのジャケットを脱いでルビコニアンの民族衣装を上から羽織ったフォゲッタだが、中々見た目に似合わなかった。
しかも食べ終えた足で外に出ようとしたので制止する。勝手に出ていかれても困る。
「ど、どこ行くの?」
「どこって、格納庫に決まってる。あんな見たことの無いフレーム、どこのACメーカーがリリースしたパーツか調べなきゃ損だろ」
「こんのAC狂い……行くなら私も行く!」
変なことをしでかす前に止めなきゃ行けないし、なんてのは口には出せそうにない。
「ほぉぉぉ……凄いなこりゃあ……操縦系はアーキバスみたいだが、含まれてるパーツにはベイラム製も混じってる。エンジン出力なんて俺が昔見た旧型の比じゃないぞ。もしかしなくても最新型機なのか?」
立ち上がったコンソールを二人で睨みつけているが、私にはなんの事かよくわかっていない。しかしフォゲッタには分かるらしく、ペラペラとよく分からない早口言葉を連ねられる。
「アクチュエータ系も進化してるな。数世代分の隔絶さえ感じる。空力加熱の抑圧も最適化してるみたいだ…ってことは高速戦闘対応型なワケだが───」
フォゲッタがモニター下の備え付けタブレットを起動した。相変わらず何も分からない。それどころか専門的らしいセリフを並べ立てられてより理解不能だ。
「───装甲厚じゃなくて材質の改善で装甲を強化したパターンだな。如何にもアーキバスらしい。対するベイラムは純粋に装甲板の部分的な追加と被弾角度の調整。あとは───」
そしてキーボードを何度か叩き、フォゲッタは立ち上がったウィンドウを睨んだ。
「ACSも強化されてる、か。…二十年そこらでACはここまで強くなれるのか」
最後の方にちらりと聞こえてきたACSくらいしか分かるものがなかった。姿勢制御システムというやつで、MTやACが尤もらしく動き回るのに必要な動作システムの一環というものらしい。
「ひと目見ただけでそこまで分かるんだね」
私には分からない、と付け加えると、フォゲッタは分かりやすくはにかんだ。
「昔からAC好きでさ。フォーミュラリーグってあったろ? 俺あれのファンでさ、ACのこといっぱい勉強したんだよ」
フォーミュラリーグとやらについては聞き覚えがなかった。言い方からするにACに関係することなのだろうが。
「知らない? 企業のパーツを貸与されたチームが、短期間でどれだけ高精度なAIを組めるか競う大会。アレ超強いAI組めるとベテランの傭兵でも歯が立たないんだよな」
キーボードを打つ手が止まる。記憶に思いを馳せているようだ。
「エキューム好きだったなあ。…あ、マイナーチームの事な。俺もやってみたくて市販キットで試したけど、AIなんてなんも分からなくてさ。それでもAC触る仕事に就きたくて、ACメーカーの内定もぎ取ったりしたんだよ。なんて会社だったっけな」
適当に聞き流していたところに突然の警鐘。閉ざされている記憶に通じるルートが構築されていたのを検知して、咄嗟に声を上げて気を逸らす。
「あ、そ、それより!」
「ん? あ、えーっと、なんだっけな。 …おい、忘れたぞ。どうしてくれるんだ」
さほど怒ってない様子にほっとしつつ、上手い言い訳を考える。そしてどもりながらも続けた。
「そう、そうね。ACもいいけど、もっと気になるもの、無い?」
「気になるものってなんだよ。勿体ぶらずに教えてくれ」
「え、え、……ACメーカー、の事、とか。」
言ってしまった。
なんて後悔しても、もう後の祭りだった。
「ルビコンにもあるのか!?」
「やっちゃった…」
「何をだ?」
思わず口に出ていたのを誤魔化しながら、詳細は掻い摘んで大体のことを教えた。ルビコンIIIにも、独自のACをリリースする企業が存在することを。
「ベリウス応用兵器システム、通称BAWSに、エルカノ・ファウンドリィ、エルカノか。どんなのを作ってるんだ?」
自宅に戻った私は、フォゲッタからの尽きることもないのだろう興味に気圧されて、形見の端末にアクセスした。
ルビコン解放戦線のデータベースから見せても良さそうなACのAIイラストをピックアップする。
「た、例えばこんなのとか。」
「おお…凄いな。重厚なコアだ。MTの派生系としてのACらしさが色濃い。これが?」
「えっとね……AC-J-120ってやつだね」
「BASHO、か。見たところ運動性は高くなさそうだが、このフォルムだ。量産に向くようローコストで纏めたんだろうな。これがBAWSのACだな。エルカノのはどんな感じなんだ?」
急かされるように次のピクチャを画面にいくつか移した。
「これがエルカノのEL-TC-10?だって。」
「FIRMEZAか。随分鋭角なフォルムだ。ベイラム製パーツより航空力学に精通した設計みたいだな。後ろからの画角はあるか?」
「え、うん。ほら」
言われるがまま、後ろ姿を写したピクチャを貼り付ける。その途端にフォゲッタは私を押し退けてまでモニターに食いついた。
「凄い…痩せ身どころか装甲を捨てているようにも見える……カタログはあるか?スペックはどうなんだ?」
「え…これ」
私の方に顔だけ向けたフォゲッタに気圧されてマウスを握る。クリック音と共にその視線は再度モニターに向いた。
「……この細さでほとんどの軽量パーツの装甲を凌駕しているのか!?どうやって製造してるんだ、これを…!」
「えっと、待ってね。……あ、これ」
「鍛造!? 執念だな……」
確かに父さんがエルカノのACは高くて手が届かないって言ってた。職人の手作業で作られたものはそういうものなんだろうなあ、とのほほんと聞き流していたが、記憶喪失の前からACの専門家らしいフォゲッタが言うにはこれは狂気の賜物だそうだ。
「軽さ、運動性能、装甲。バランス良くどころか、性能だけなら良いとこ取りすぎる。弱点は無いのか?」
面倒くさい。えーいもう全部投げちゃえ。
「これ詳細スペックだって」
「ありがとう。……うーん、パッと見表立って分かりやすいのは価格くらいか? BASHOの三倍か…スペック見たら納得の価格設定ではある。他には……あ、供給効率が悪いな。息切れすると長い、と」
このACバカ、本当に見ただけでなんでも分かるな…。
「褒めても何も出ないぞ。あと聞こえてる」
思わず声に出てた。
「ああ、面白かった」
満悦そうに夕食のミールワームのフライを齧るフォゲッタ。軍事機密というか、あまり見せてはいけないものを見せたような気もする。何より我が家のコンピュータモニターを凌辱された気分だ。あんなに舐めまわすようにモニターを…というかACパーツカタログを見て…。
破廉恥な男だ。
「これからどうするつもり?」
率直な疑問だった。
いつまでもフォゲッタを置いておく訳にも行かない。かと言って記憶を取り戻されると、ルビコニアンを蹂躙する最強のACバカの再臨であろうことは目に見える。
「まだ分からない。少なくとも記憶が戻るまでは居候したいんだが」
「気長だなあ、まあいいけど。あ、でも人が来ても顔出さないでね?」
「どうしてだ?」
「男女二人が屋根の下で同棲なんて噂立てられたくないんだよ、私は」
「なんでだ?」
フォゲッタは首を傾げた。
ACバカなのに、そういう所は疎いんだ。
スー
軍事的な知識は父親に叩き込まれている。
フォゲッタ(フロイト)
平常運転。