記憶喪失の最強の男を拾った話 作:九月
この男は……フォゲッタは、あまり屈強という言葉には届かないような体型の持ち主だが、想像以上に力は強いらしい。日頃から丸太の運搬で鍛えている私が押されるほどだ。
「えい」
「きゃあっ」
押された拍子に転んだ。
「よくも乙女を傷モノに……」
「悪かった。怪我は無いか? 立てるか?」
ふざけてわざとらしく演技をしてみせると、フォゲッタは心配そうに手を伸ばしてきた。ノンデリカシーだと思っていたのに、こういう所で気が利くというか、なんというか。
「だ…大丈夫、だけど。」
「なんだ、ならいいか」
掴もうとした手が引っ込められて、今度は本当に転んで脇を打った。痛みで悶絶している所を、こないだ見た生育中のミールワームみたいだと笑いやがったので、中指の関節を少し突き出した拳で同じ脇腹を小突いてやる。
ミールワーム二匹の完成だ。
こうしてフォゲッタが何処かに行こうとするのを止める理由は、至極単純。ACを乗り回したいと駄々を捏ねるのである。
ACを操縦されては、記憶を取り戻す一助となってしまうかもしれない。となれば、危険なのは真っ先に私だ。血祭りに挙げられても不思議では無い。
なので今、格納庫前で大手を広げて通せんぼをする私と、その脇を突いて通ろうとするフォゲッタの図とが出来上がっている。
「と、とにかく! …ACはダメ。あれは整備も済んでないし動かせないよ」
「ACなら勉強してたって前に言ったと思うが。新型機でも構造に大きな差異も無いし、見るべきところはわかりやすい」
「う……でも、外は危険だよ。AC飛ばしてるの見られたら撃墜されちゃうかも」
「人里から離れてるって自分から言ってたろ。なんなら熱源探知でバレてりゃ、ここに墜ちてきた時点で何かしら来るだろ」
うう、こいつ口も上手い…。
「ち、ちょっとだけ! ダメって言ったらすぐ降りてね。それならいいよ!」
「やった」
こいつ露骨に嬉しそうにしやがって…しかも満面の笑みだ。
フォゲッタの過去の話を聞くに、どうやら整備士としてもやれるくらいにはACについて勤勉だったらしい。それはそれで困る。なぜなら本格的に動かせるようになったら、こいつは必ず高く飛ぶ。
ルビコン解放戦線であれ、元の鞘であるアーキバスであれ、こいつの存在が周囲にバレることそのものが不味いのだ。
『聞こえてるか?』
持たせた無線機から声が聞こえる。ACに嬉々として乗り込んだバカの陽気な声が聞こえてきた。
「はい、聞こえてるよ。さっきも言ったけど───」
「ダメって言われたら降りる、だろ。 わかってる。こんなイイACに乗れるだけでありがたいってものだ」
有難みを感じるのがそこかよ、とは言わないでおく。機嫌を取れれば気疲れなど安いものだ。それに、どんなものであれ喜んでいる人の声色を聞くのは悪い気分ではなかった。
「フライト準備はいい?」
『待て。システム……ACS、ジェネレータ還流、各部位供給、全てよし、オールグリーンだ』
「よっし……行っていいよ」
『グリーンアイ、発進する!』
新しい名前をACにつけている。確かロックスミスの頭部センサーのカラーリングは緑色。そこを取り上げたものだろう。記憶を失った今では、機体と持ち主とを結びつけるものは何も持たないわけだし。
なにより、古い記憶を更新するという意味では悪くないか。このままフォゲッタとしての第二の生を、あの男には歩んで欲しいところではあるものだけど、そう上手くいくだろうか。
『飛んでるぞ! 速い…それに、滞空時間も長いな。エネルギーの循環が早いし、この感じだと吸収効率も高い。アーキバスもなかなか良いパーツを作る』
ACを飛ばしながらもペラペラと聞いてもないことをよく喋る。ACオタクなのは紛れもない事実だ。それに付随して飛ばす能力があるのもたちが悪い。
「飛び心地はどう?」
『最高だな。昔の動画で見たACとは随分違う。快適性は多分さほど向上してないんだろうが、戦闘機械としては格別に優秀だと思う』
記憶喪失の段階でも、乗っただけでここまで分かるものなのか。この様子だと整備士としてどこかの企業の内定を得たという話も本当そうだった。
『……あ、なんだ?』
「え、何?何??」
不安なことを呟き始めて思わず無線機に縋りついた。
『空域レーダーに機影が見えるな。数は2。そんなに速くない。五分で接触する』
「えっ、やばいじゃない! 早く降りて!!」
『おい、まだ乗って二分経ってない。もっと乗りたい』
「ダメ! ダメって言ったら降りる約束でしょ!」
『……わかったよ、スーには恩もあるからな』
大人しくとまではいかないものの、割とすんなり降りてくれた。正直駄々を捏ねられることまで覚悟していたのに、こう素直だと拍子抜けだが、手がかからないに越したことはない。
降りてくるグリーンアイを尻目に家の中から軍用双眼鏡を引っ張り出して、報告があった方向にレンズを向ける。
…まだしっかりとは見えないものの、空中にACのブースタ炎らしいものは見えた。
それはつまり、ACが向かってきているということに他ならない。解放戦線のACか、はたまたアーキバスか。あるいは、そのどちらでもない…ベイラムの強襲部隊の可能性だって否定できない。
特に後者は言い逃れの余地なく殺されるだろうことは明らかだ。彼らは現地人もアーキバスも目の敵にするし、ルビコニアンを拷問してコーラルの位置を吐かせるなんて非道な真似さえするらしい。特に今はアーキバスAC部隊の首席までこの空間にいる。それも記憶を亡くした状態でだ。
ベイラムからすれば、井戸の情報を知ってる可能性のあるルビコニアン一人を生け捕りにした上でアーキバス最高戦力の一人を労せずして殺せるまたとない好機なのだ。
「フォゲッタ、聞こえてる?」
『まだ降りてる途中だ。なんだ?』
「近付いてきてるっていう連中、もしかしたら私たちの敵かもしれない」
『敵か。グリーンアイの実戦のまたとない機会──』
「隠れといてって言ってるのよバカ!」
本当にACに関しては知能指数の下がる男だ。いや、知識が豊富ではあるから少し違うか。
とりあえず、格納庫に隠れていてもらわなければならない。着地したグリーンアイがカモフラージュされた格納庫の中に入っていく間、私は双眼鏡で接近しつつある機影の正体を確かめようと目を凝らしていた。
そして、それは見えた。
いちばん嫌な相手。
「ベイラムレッドガン部隊…!」
ルビコニアン全員に配信された危険なAC部隊の中に名を連ねている、ベイラムの擁立する作戦部隊。MTやその他戦闘兵器を含めてのレッドガンらしいが、その最大の戦力となるのはやはりACだ。
そしてそのACが、ブースターの噴射炎の光を煌めかせながら接近しているのだ。それも二機。両方とも中量の二脚型に見える。
二脚というのはオーソドックスな形と聞いた事がある。それ故に使用者も多く、実力も玉石混交らしい。その《石》であれば幸運かもしれないが、それでもACが二機。
こっちは戦力になるか怪しい記憶喪失と、そもそも実戦を知らない戦力としては下の下。まともにかち合っては敗北必至だった。
「私も隠れるから出てこないで!」
『わかった』
聞き分けが良くて結構。おかげでやり過ごせそうだ。家の中に隠れてさえしまえば、少なくとも廃墟は演じられる。切った木は全て家の裏に隠れていて、ぱっと見るだけでは生活感を覚えられないはずだ。
『レーダーの反応が近いな。もう来るぞ』
「動かないでね、本当に」
釘を刺しておく。反応はないが、聞いてくれているだろうと信じる。
轟音が響いてきた。何かしらのジェット推進機が飛翔する音。そんなものを出す物体はここにはACしかない。
ふたつ重なる音だ。それはつまり。
『おい、ここだったよな』
『ハッ! 間違いありません、先輩!』
『よォし。』
少しノイズ交じりの声が無線機から聞こえてきた。それは本来ありえない。通信というのは周波数を合わせなければならず、それが合致していないと相互に聞き取ることはできないからだ。
だが、レッドガンACからの声は聞こえている。これは傍受しているのでなく、向こうがわざと声を聞かせてきているからに過ぎない。
『よく聞けよ、土着ども。ここでACの反応があった。大人しく出てくりゃテメェらは殺さないでいてやる』
喉を鳴らし、家の奥に走って、あるものを取り出した。女手には重いが、家ごと爆破されでもしたら溜まったものではない。それならこれを差し出して九死に一生を得るか試してみる方が余程マシだ。
それを引き摺りながら、玄関の外に出る。階段を一段降りる度に、重いコンテナがごん、ごんと音を立てる。頑丈なのと、中身が衝撃を受けても問題ないものなので大丈夫だろう。
『おっ……テメェはさっさと隠れやがったガキだな。このヘッドブリンガーの眼は誤魔化せねえぞ』
「見えてたのかよ…」
悪態をつく。ヘッドブリンガーと名乗ったACが、左手のマシンガンをこちらに向けながら膝を着く。少し前傾姿勢になったかと思うと、頭が後ろにスライドし、コクピットがせり上ってパイロットの姿が見えた。
見えたと言っても逆光のせいでシルエット以上のものは見えそうにないが。
「んで、そいつは何だよガキ。」
男が引き摺ってきたコンテナを指差す。隣に立つACはこちらにハンドガンらしい短銃を向けている。
「命乞いの用意!」
それだけ言うと、コンテナから離れた。
「命は乞うものじゃねえ、特にテメェらのは俺が好きにするんだよ。んで中身は?」
手を広げて何も持っていないことをアピールしながらもう一度叫んだ。
「コーラルの貯蓄! ウチにはもうそれしかない!」
近くの井戸で採れたコーラルは、元から少なかった。
それでコーラルが採れなくなった井戸の近辺からは人が消えていって、残ったのは親が遺した家だけがあった私だけ。
「ほぉ…献上ってヤツか。ガキにしちゃ殊勝だな。おいレッド! この辺スキャンしとけ!」
もう片方のACが目配せをしたかと思うと、そのまま周辺をゆっくりと見渡し始めた。
ヘッドブリンガーがマシンガンを置き、コンテナをACに格納すると、そのまま銃を握り直す。
「さて、テメェに聞きてえのはコーラルがあるかどうかじゃねえ。この辺をACが通ったはずだな?」
「それは…」
見逃してはくれないか。あと使える手は誤魔化しくらいだが、素直に聞くとは思えなかった。
「確かに通った! アーキバスの連中のACよ!」
嘘は言ってない。実際にACは来た。それがどの方向に行ったかまでは言及していないだけで。
「そうか…おいレッド、どうだ?」
もう一人のACに状況を尋ねる男。少し間が開くが、膝立ちだったヘッドブリンガーが立ち上がる。コクピットが見えなくなり、スピーカーから声が聞こえてくる。どうやら中に入ったらしい。
『おいガキ、最後に聞いてやる。ACはどの方角に向かった?』
向こう、と言わんばかりにある方向を指差す。それは先日から何度も砲火の轟音を鳴り響かせている巨大要塞、通称《壁》の方である。スピーカー越しに強い舌打ちが聞こえてきた。
解放戦線が士気高揚の為に放送しているラジオでは、日夜に渡って解放戦線の壁防御部隊とベイラムやアーキバスの攻略部隊とでの激戦が繰り広げられており、そして壁はそれらに連戦連勝だという。
つまり壁はこいつらにとって文字通り、厄介な障壁であり続け、それを聞かされたこの男がいい思いをしないのも本当のところだろう。
「もういいでしょう? 出ていってよ!」
『………仕方ねえ。レッド、行くぞ。ミシガンのクソ親父に手土産もあるしな』
そう言うと二機のACは飛び立って行った。機嫌が良かったのか、幸運にも殺されなかったと思いたい。ただし、コーラルの貯蓄を完全に失ったのは痛かった。
家畜であるミールワームはコーラルを栄養として育つ。今いるミールワームであれば問題なく食事にできるが、生まれてきたばかりのワームに関してはもう育てようがない。
数日もすれば、食糧難に陥る。
『行ったか?』
フォゲッタからの声が聞こえた。電子音混じりのそれは、多分スピーカー越しの音声だろう。
「もう行ったよ。出てきて大丈夫」
『ああ』
そこから僅かに間を置いて、格納庫の扉が開く。膝を着いたACからフォゲッタが飛び降りてきた。家の前で立ち尽くす私に、声をかけるべきかわかっていないようだ。
今後どうするかなんて分からない。
両親が死んでからこっち、ずっとひとりでなけなしのコーラルをやりくりして五年間生きてきた。それが二人に増えたかと思えば、コーラルが無くなって。しかもそれが、たった三日の間に立て続けに起こったのだから。
「さっき
またACうんちくだよ、なんて思って、言葉に疑問を抱いて視線を隣に立つフォゲッタに向けた。
「今なんて?」
「ベイラムのパーツはいいパーツ」
それよりも前だよ、と言うと、少し同じようなやり取りを繰り返した上に、彼の脳内で既に希薄なものとなっていたらしいそのワードが捻り出された。
「……データ照合?」
「それ! どこからデータを引っ張ってきたの?」
「どれって…ロックスミスからだが」
今度は聞き覚えのある…というよりこの場においての禁句が聞こえてきてギョッとした。それはつまり、フォゲッタが自分の素性を思い出したということになるのだから。
続く言葉を待つが……
「いやあ、勝手に名前をつけるものじゃないな。元の持ち主に失礼だった。悪いな、ロックスミス」
脚をごんと小突いて謝る姿に、少し考えた。
多分思い出したわけではないのだろう。コンソールを操作してデータを引っ張り出した時に、機体の登録番号や機体名も照会されたといったところ…のはず。
「それがその機体の名前なの?」
「元々のパイロットがそう名付けていたらしい。これからは俺もこいつのことをそう呼ぼうと思ってな」
新しい名前を定着させて記憶を彼方に追いやる作戦は、これでダメになった。どうするか…。
それに、問題そのものはまだ解決していない。食糧難ということは、解放戦線が駐屯するベリウス中部方面に身を寄せる必要が出てくる。だが、解放戦線と元々敵対していた男を抱えていくわけにはいかない。
顔を知る人間がいないとも限らず、そこで疑われればフォゲッタどころか私までおしまいだ。
しかし、企業に下っては私の方がまずい。
ベイラムは論外として、フォゲッタの元鞘であるアーキバスを尋ねたところでこの男が私を庇ってくれなきゃ私だけ死んだも同然なわけだし。
「…それで、これからどうするんだ?」
「え?」
「スキャナーで見てたぞ。コーラル入のコンテナ、飯に使う分まで差し出したんじゃないか。食う物がなくなったらここを出ていくしかないんじゃないのか?」
それを考えていたところだった、なんて反論もする気力になれない。とりあえず寝て、明日考えよう。
踵を返して家の中に戻り、布団を頭から被って震えながら休んだ。眠れたかどうかはよく覚えていなかった。