記憶喪失の最強の男を拾った話   作:九月

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4 決断

 

 

 

 目を覚まして、ミールワームの肉を用意しようと台所に向かおうとした。途中でリビングを通らなければならないのだが、フォゲッタは既にそこに座っていた。私物だったのだろうタブレットで何かを見ていた。

 それを追求する気も起きず、養育槽からミールワームを一匹引っ張り出す。まな板の上に乗せて包丁をあてがうと、体重をかけ一気に切った。

 

 

 

 コトン、とテーブルの上に皿が置かれる小気味よい音が、静かなリビングに響いた。四皿。それぞれ雑穀を煮詰めた粥とミールワームのステーキだ。食べ合わせは悪いかもしれないが、もう作って出せるのがそれくらいしかない。

 

 幸いな事にフォゲッタは美味そうに口の中にかき込んでいる。ステーキを切り分けながら私は、ぼんやりとした頭でご飯を口に運んでいた。

 

「アーキバスに身を寄せようかと思っててな」

 

 むせた。

 

「げほっ…え、なんで急に!?」

 

 フォゲッタは食事の前まで触っていたタブレットの画面をこちらに向けてきた。

 それはアーキバス本社から吸い上げたデータを保管できるものらしく、本社を含めたパイロット名簿の中にはヴェスパーの存在も認められた。何よりそのトップには、今この場にいるフォゲッタと同じような無愛想な真顔で写真に写っている、V.I フロイトの姿もあった。

 

 間違いなく、突然言い出したのはこれのせいだろう。

 記憶を亡くした自分と瓜二つの存在がAC部隊のリーダー、本来ならありえない話だが、生憎とここには一緒に落ちてきたAC、ロックスミスもある。

 仮に私が同じ立場に立っていて、かつあまり賢くない人間だとしても、その相関性……いや、本人であるという確証は確実に持てるだろう。

 

「どうしても行きたいの?」

 

「ああ。記憶を失う前の俺のことも知りたいしな」

 

 AC以外には無頓着な男でも、さすがに記憶を失う前の自分のことは気になるか。

 

 もう、引き留めるのは無理そうだ。

 

 勢いよく席を立ち、走って玄関を飛び出す。

 

「あ、おい」

 

 気の抜ける呼び止める声が聞こえる。

 無視した。ACを動かせなくしてしまえば、あの男は……()()()()は最悪の戦闘装置たり得ない。

 

 別に、両親を奪った解放戦線に与するわけではないが、戦争が長期化する間はここに危険は及びにくい。その為にも、圧倒的個人であるフロイトにACを与えることだけは避けたかった。

 

 格納庫の扉が開くのが遅い。

 

「おい」

 

 肩を掴んで振り向かせられ、その表情を見せつけられた。憤慨したようなものや、いつも浮かべていた物憂げに見える無表情は、何一つ見受けられない。

 

 

 

「…あなたって本当にACバカ」

 

「世話になった、スー」

 

 

 

 確かに、たった数日間とは言えど同じ屋根の下で暮らした人を相手に、本気で害そうと思えるほど私も彼も人間終わってはいないのだろう。同情さえあった。

 

 だから、格納庫の扉の隙間から顔を覗かせるロックスミスを見る彼の、これ以上なく嬉しげなその顔を見せられて、私は脱力してしまった。

 もう、止められないんだろうなと思ってしまった。

 

「この恩は忘れない。じゃあな。」

 

 フロイトは去っていく。

 ロックスミスが立ち上がり、格納庫の扉を開けて、上空を見据える。もう戻ってくることはないのだろう。

 

『行こう、ロックスミス』

 

 どこまでも自分の価値観で生きている男だ。だからこそ、どこか惹かれてしまうところもあったのかもしれない。ブースターの噴射炎とその残滓が、私の髪を靡かせた。

 

 

 

 家に戻った。

 

 静かなリビング、吹き付ける風、静かな食卓。

 フロイトは自分の分をしっかり完食していた。私が行動に移すのが遅かったのか、はたまた。

 

 少なくとも、これまで彼が一度も残さなかった料理からはもう、フロイトがどういう人間なのか測れなくなった。

 

「あ」

 

 口から思わず声がこぼれる。

 

「…恩返しして貰ってないじゃん」

 

 寂しさを紛らわせるためなのか。

 自分にもよくわかっていない。

 

 

 

 

 

 数日経った。

 

 ちびちびと切り分けて食べていたミールワームも、もう尽きた。貯蓄してあった食べ物も全て食べ尽くしてしまい、残っているのはあと半日持つかどうかのレーションくらい。

 

「よし……行こう」

 

 覚悟を決め、格納庫に向かった。

 MTが、綺麗に磨かれた砲弾を装填した中古のライフル片手に静かに鎮座していた。

 

 フロイトはどうやら、ACをメンテナンスする傍らでMTまでも整備していたらしい。本人の性質からして義理堅いというわけでもないだろう。()()でやっていたに違いない。

 

「こんなのが一宿一飯の恩になると思ってるのかな」

 

 笑いながら呟いた。

 多分彼にとって、そんな事は考えてもいないんだろう。それに今は、帰ってくるか分からないお返しのことを思うより、これからの事をどうにかしなければならない。

 

 MTに乗り込み、エンジンを点火する。今までよりずっと大きな音を鳴らして唸った。

 

「絶好調だなあ。フロイトの仕業か」

 

 ずっと、無縁だと思ってた。

 両親が死んだ時から私は世捨て人のように一人で生きた。仲の良かった友達も消えていって、付き合いの長いご近所さんも居なくなって、残ったのはボロ家だけ。戦争で失われたものは、命だけではなく、生きていくための場所もそう。

 

『メインシステム、通常モード起動』

 

 壊れかかったスピーカーからノイズ混じりのAI音声が聞こえてくる。エンジンも燃料も、全部最高の仕上がりだ。

 

「行ってきます」

 

 怖い。生まれ育った場所が離れていく。でもそうせざるを得ないのなら、そうするという選択を取れるのが人間のはずなのだ。まだ見えない未来に身を委ねるように、私は生家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜だ。ただ、この惑星における月に該当するだろう天体の、光量の多さゆえにさほど暗くはない。ACの暗視機能も含めれば、視界的には良好だ。

 

 銃声が響いている。三つ巴のルビコンにあっては、誰と誰が撃ち合っているのなんてわかりもしない。

 俺はブースターを切って降着姿勢を取りつつ、モニターモジュールに地図を映し出した。マッピングされた地点がいくつも連なっているところから察するに、墜落直前までの俺は……すなわちV.I フロイトとしての俺は、何らかの作戦行動に従事していたという事になる。

 

(更新は…四日前か)

 

 ロックスミスだが、通信能力がイカれているのかアーキバスとのネットワークリンクは途切れたままだ。墜落時の衝撃でどこかやったか、それか中継基地が存在しないからなのかはわからない。

 

 少なくとも今、ACのみで出来ることなど少ない。ACに出来ないこと…つまり、主戦場の裏方は、きっと別の存在の仕事なのだろう。

 

 ロックスミスが一際高いビルの屋上に降着する。眼前に広がるのは、度重なる戦闘で疲弊した都市だ。山間を切り開いて開拓されたのだろうビル群は、だが今は軍事設備としての……言わば駐屯地として再利用されているようだ。

 

 遠方から得られた機影に、ACに登録されているデータ情報を照合する。MT用の輸送機や、四脚MT、ガードメカ、それらが複数確認できる。

 

 彼らの所属は一目見た限りでは読み取れないが、アーキバスが使用している友軍識別信号は確認できない。解放戦線かベイラムか、そのどちらかだろう。

 

 手を出すまでもないか。

 踵を返し、別のエリアに向かおうと思った矢先。

 

 

 ヘリのローター音。そして銃声。マシンガン系統の速射音から、バズーカやらが発射される重い音も聞こえてくる。

 振り向き、カメラをズームした。

 

 戦闘……用でもなさそうだ。

 輸送ヘリが一機。単機で防御陣地に突入している。所属は…機種を解析するまでもない。輸送コンテナ外部に目立つように、解放戦線の象徴が描かれている。

 

 無謀な試みだ。

 確かに防御用機銃は搭載されているし、それらは近隣のガードメカを薙ぎ倒す程度の火力はあるようだ。

 しかし、弾薬は無限ではないし、束ねたバレルとていつかはオーバーヒートして駄目になる。なにより、MTまでがいる戦場に護衛無しでは、数分と持つまい。クアッドローターのどれか一方に直撃すれば、そのまま姿勢制御能力を失い墜落する可能性だって高い。

 

 ACの状態をチラリと見遣る。残弾は…使い切っているわけではない。レーザーブレードも生きていて、そこそこの規模のMT中隊程度なら容易に撃退できるだろう。

 

 ()()の顔が脳裏に浮かぶ。

 僅かに逡巡し、己の中で言い訳をしてロックスミスを走らせた。

 

 こんないい機体、戦わせなきゃ損だからな。

 

 

 

 

 

 

 ドアガンが近くの防御用メカを打ち砕いていく。

 ヘリは耐久性の高い優れた機種を選定したが、蓄積していく損傷には抗いがたい。搭載コンピュータが損傷箇所に応じてダメージコントロールを試みはするものの、より強力な火器を持つMTやらが来ては長くは持たない。

 

(ここまでか…?)

 

 もとより無茶な作戦だったのを承知で無断決行したものだった。護衛を募りはしたものの、無謀だと突っ撥ねられ、傭兵などの助力は得られずじまいだった。

 

 せめて、せめて一人だけでも。

 同じ釜の飯を食った親友だけでも助けたかった。

 

 警告音が、アーシルの乗るヘリのコクピットに響いた。

 

 ふと、何かが見えた。

 

 

 

 

 

 爆発。

 それはヘリではなく、近くのMTが爆ぜた際に生じたものだ。その場の全員が、何が起きたのかと確認する間もなく、ヘリを取り囲もうとしていたMTの上空に、二機の小型ドローンが飛翔してきた。

 

 光、いや、レーザーだ。二本の光条がMTを貫き、敢え無く吹き飛ぶ。動力系に引火でもしたか、末端が多少残るくらいの残骸ばかりが散らばっていた。

 

『なっ、なんだ!?』

 

 MTを一撃で葬り去るほどの、高火力のレーザー兵器。そんなものがこの辺りに配備されているなどと、ベイラム兵も、解放戦線も聞いていなかった。

 それはすなわち、第三勢力。

 このルビコンにおいて、第三勢力となればひとつしか存在しない。特に、ACを運用する勢力ともなれば。

 

『アーキバスか!? 機体解析急げ!』

 

 迎撃しながらMTが再合流して体制を立て直そうとする。ヘリはその隙に、潜入していた同志がマークする救出ポイントに急いだ。

 

 アサルトライフルと思われる、中型砲弾の速射が多数、MTに突き刺さる。姿勢は崩していないものの、装甲貫徹力き押されて危険域である。

 死に体の仲間を守るべく、シールドを持つMTがカバーの前に出て援護をし、ミサイル持ちが何機か同時にロックオン、発射した。

 だが、ACは全て回避した。横方向へのクイックブーストによって得た推力は、ミサイルを容易に振り切った。

 

 

 MTの真骨頂は、集団戦闘における効率的な役割分担であり、個としては強力なACや重MTに、群としてMTが立ち向かえる戦法であるからだ。

 しかし、目の前のそれは、その例外に当てはまる存在。

 

『解析結果出たぞ! ……V.I フロイト!?』

『ヴェスパーのトップが、なんでここに…!!』

 

 

 

 ベイラム兵士の士気が崩れつつあるのを尻目に、アーシルはヘリをポイントにつけた。注意が向いていなかったことも味方して運良く見られてはいないようで、見張りの兵士を仕留めた解放戦線の歩兵と共に、救出された二人の同志が収容される。

 

 二人とも、幸運にも命に別状はないようだ。

 残るは一人だが……。

 

 アーシルはちらりとACを見る。救出ポイントはもう一箇所。防衛部隊が集まりつつあるようだが、あのACがどこまで気を引いていてくれるだろうか。何よりこちらに牙を向かないとも限らない。

 

 しかし、舞い降りた幸運を前にくだを巻いて足を止めている暇もない。この捕虜救出作戦の、最大の目的……帥父ドルマヤンを救出しなくては。

 

 

 

 

 手応えは感じられる。テスト飛行の時とは比べ物にならないほど、操縦桿が手に馴染んだ。ロックスミスの予備マガジンはさほど多くないものの、このまま順当にMTを破壊していけば、弾切れ前に戦線を離脱できるだろう。

 

 なにより、戦いが楽しい。

 弾丸が機体を掠めるか否か、その瞬間を味わえるのが心地良い。OSの動作制御系が、展開されたブレードに応じてブースタを強制噴射させた。

 そのまま、勢いに乗じて通りざまにMTを切りつけ、振り抜いた。高威力の短射程レーザーに装甲を焼かれたMTは、そのまま吹き飛び動かなくなる。高火力の火器は、MTに使うには勿体ない。対集団で使うか、温存するか。

 

 昔の記憶がフラッシュバックする。

 エキスパートリーグを戦う多くのAIAC、多種多様な装備に戦略。初めてACに触れた鮮烈な体験。

 

 だが、意識はすぐに眼前の戦況に引き戻される。目の前の敵が考慮に値しない最小単位だとしても、火力集中を受ければ容易く破壊される。ACとは個でしか無い。群としての強みは持たないのだから。

 

「そこのヘリ」

 

 解放戦線の輸送ヘリに回線を無理やり繋げる。短距離のレーザー通信であれば、ネットワークを用いずとも可能なのは、スーとの通信で証明している。

 

『……V.I、どういうつもりかはわからないが』

 

「気紛れに動いているに過ぎない。俺は勝手にやる」

 

 少しの沈黙の後、呆気に取られたような笑いが聞こえてくる。

 

『……そうしてくれ。私達もそうさせてもらう』

 

 通信は切れた。敵同士、連携を取り合うよりはこの方が気楽で良い。何より今は、目の前の戦闘に集中したかった。

 

『帥父ドルマヤンを救出する。そのまま気を惹いていてくれ』

 

 解放戦線からの状況共有が届く。戦闘の傍ら、データベースから名前を検索した。

 

 ドルマヤン…ドルマヤン……あった。

 アーキバスから懸賞金がかけられている。捕らえる、あるいは殺傷した部隊員に褒賞が出るという事らしい。その額は160000c。確かに、末端の兵士が受け取れる可能性のある額としては破格もいい所だ。生活の質を間違えなければ、一生寝て暮らせるだろう。

 

 だが、ACパーツを一つ二つ買えば消える額だ。特に良いパーツなど16万程度では足りない。思うに、兵士の戦意高揚の為の設定額のはずだ。ACパイロットにとっては旨みの少ない額でも、兵士をやるだけの一般人には夢の詰まった金になる。

 

『帥父…よくご無事で』

 

 MT部隊を引き受けている間に、どうやら救助は済んだようだ。

 

 帥父……。

 聞き慣れない単語だが、半ば信仰に近いコーラルへの信奉や、その信奉者らの先達であること、そして何よりACに乗って戦っていたという情報からするに、帥でありながらコーラル信奉の師父である事とを掛け合わせたものだろうことは想像できる。

 

「もういいか? 早く行った方が良いと思うが」

 

 レーダーを見ながら言った。

 

 それは、複数の敵反応。

 暴れすぎ、ないし無茶をしすぎか。ここは現在ベイラムの勢力圏であることを踏まえれば当然ではあるか。

 

『これは…ACが二機!?』

 

「データ照会が遅いな…」

 

 流石に遠方の機体反応だけではすぐに正体は明かせられないだろう。それよりも近寄っているドローンを撃ち落としながら、ヘリの傍に機体を寄せた。

 

『V.I、貴方には感謝しているが……何の腹積もりだろうか?』

 

「深謀遠慮など俺には向かん。そういうのは他のやつのやる事だ」

 

『打算も何も無しに…?』

 

 無駄話を続けるつもりは無かった。一方的に通信を切ると、そのまま接近しつつある敵反応に向かって機を進める。

 解放戦線のヘリが離脱していく。

 

 AC同士の戦い。

 それに俺は心を踊らせた。

 

 

 





 スー
 ルビコン解放戦線に身を寄せる決断をする。

 フロイト(フォゲッタ)
 気紛れすぎる。
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