記憶喪失の最強の男を拾った話 作:九月
二機のACが空を飛んでいた。
両方共に実力者であることは疑いようもない。傭兵のために存在しているネットワーク、オールマインドに登録されたデータにはそれぞれ、各々の戦歴とも言うべきものが記載されており、一方は長年の実績を、もう一方は表し始めた頭角を物語っていた。
『仕事だ、G13』
壮年の男は告げた。G13と呼ばれたパイロットは無反応だ。ただ、その機体の持つオーラと言うべきか、何とも言い表しがたい闘志と言うべきものか、それは男にもはっきりと感じられた。
『621、前方のAC反応を叩くぞ。レッドガンの二番手、G2 ナイルが友軍についているとはいえ、ベイラム駐屯基地に単機で挑み、半壊させる相手だ。油断はするな』
もう一人の壮年の男……こちらはパイロットを621と呼ぶ。そちらの問いかけには、男側のコンソールに表示されるメッセージウィンドウに短く『了解』を意味するスタンプだけが送られていた。
意思疎通が取れないパイロットのために、男が用意した臨時の通信手段だった。
パイロットには名前がない。
故にこそ、ただナンバーでのみ呼ばれていた。
『……全滅か。仕方ない、連携を密にして臨むぞ』
ナイルのACに、時を同じくして621のACに、前方の友軍反応の消滅を示すアラートが表示された。
『621、お前の実力は確かだが、戦闘には万が一がついてまわる。その万一の際には撤退しろ』
男からの遠回しな言葉に、621は何も答えなかった。代わりに少しばかり、機体スピードが早まる。
警告音なんてものはない。
ただ、何かを感じ取った脳が全身に危険信号を送った。
ACに急制動をかけ、巡航オーバードブーストの推力を急遽、横方向に捻じる。
ナイルも僅かに遅れて機体を逸らすが、二人を襲う
それらの1発1発は微々たる火力だが、ベイラム製の重厚な対弾複合装甲を焼き切っていくには充分な火力だった。
『クソッ、捕捉していたのは向こうも同じか…!』
ナイルが巡航を止め、着地体制に入った。先行して回避に成功した621は、そのまま敵の攻撃元を特定し、機を更に高速で飛ばした。
『気付くのが早いな。あれを躱すとは』
目の前の飄々とした声色を放つACは、その場にいた621と、その飼い主、そして遅れてきたナイルには因縁深いものだった。
『V.I…だと!?』
ナイルが驚愕する。同時にロックオンしたミサイルを全弾斉射し、殺到させた。四連装ハンドミサイル、十二連垂直ミサイル、二連装高誘導ミサイル。そして極めつけのリニアライフル。
避けようのない弾幕。当たれば死は免れないはずのそれは、しかし敵ACにとっては自らを飾る花火にしかならないらしい。
『データは…ディープダウンか。多種多様なミサイルを装備した、支援特化型AC。なるほど厄介だな』
V.Iはそれを全て回避しながら、さらりと言って退けた。
ナイルはそれに驚愕するが、更に驚いていたのは621らであった。特に飼い主は見たものを信じられないとさえ感じていた。
『どういう事だ…なぜこの男が……?』
ハンドラー・ウォルターは言った。あの男が存在していることはありえないのだ。
数日前、降下直後であった621を強襲した大型戦闘ヘリ、それを邪魔だと容易く切り捨てた
現に621の駆るAC、LOADER 4には、数分以上の空中戦の末にロックスミスを撃墜した旨がデータとして残っていた。
にも関わらず、ロックスミスは生きていた。
『621、お前が再起不能に追い込んだV.Iだが、特殊な装備を持っている様子は見られない。だが、何かのカラクリがある可能性も捨てきれん。警戒して当たれ』
遅れて『了解』のスタンプ。
アサルトライフルを構える621のLOADER 4とミサイルの次弾を準備するナイルのディープダウンに対し、ロックスミスはブレードを発振して素早く切りかかった。
『ッ!!』
ディープダウンが寸前で回避し、その勢いを無理やり抑えながらリニアライフルをチャージして射撃した。
ナイルの乗るACに搭載されたFCSチップは、ミサイル拡充性能に富む代わりに直接戦闘能力を落としたモデルだが、至近距離の射撃を外すほどナイルはFCSには頼っていない。
敵機を自動追尾するオートターゲティングアシストについても、ベイラムの制御系はアーキバスの高性能機にも食らいつく高品質なものだが、ナイルはむしろ己が機体性能に甘んじることを嫌って使っていなかった。G2の称号とはレッドガンの精鋭の二番手ということを意味し、そして同じくG2を拝命するナイルもまた、それに応じた高い能力を持っていた。
『おっと』
一際甲高い音を立てて銃身から解き放たれた電磁砲弾は、威力もさることながら特に弾速に優れるもの。電磁力を利用して撃ち出す高火力実弾兵器であるリニアライフルは、至近距離で放てば必殺以上に
だが、命中の寸前でのクイックブースト。機体の急制動は身体に強い負荷がかかるが、逆に言えば肉体的に強靭であればある程度は軽減できる程度のもの。問題はV.Iは肉体的には年相応の青年のそれであり、なんら強化を施していないという点なのだが。
『今のを躱すか!』
当てる自信はあった。
むしろ、経験則からしてあの時点での射撃は確実に命中するタイミングだった。それをああも躱されては、重火器の面目は立たないだろう。無論、それを成せるのはひとえにV.Iの実力故だ。
『遅いな。重ACの強みであり、弱みでもあるか』
ぬるりと近寄ってくるロックスミス。彼の持つレーザーブレードは、度重なる冷却機構のアップデートにより素早いクールダウンが強みである。短い攻防の中で冷却を終えていたブレードを一際強く発振。
再度、眼前で振るったのだ。
『───』
だが、それは命中しなかった。
前衛のLOADER 4よりも後衛のディープダウンの方が火力で勝るなら、火力を吐き出される前に後衛を潰す。それは尤もな作戦である。
しかしながら、その前衛を疎かにしては不意を討たれ食い破られるのは必定だ。
『パルスシールドか。タキガワ・ハーモニクスのローエンドモデルだな』
ジェネレータからシールド発生装置に供給されたエネルギーがパルス障壁を作り出し、レーザー刃を相殺とまでは行かずとも、威力を高いレベルで減退させた。その隙にディープダウンが後ろに飛んで垂直ミサイルを連射しカバーする。
シールドを搭載する機体はこの場において一つ。
『お前は……データが無いな。だが交戦記録は残っている』
V.IのACにも、更新される前のLOADER 4のデータは記録されている。
シールド発生時の高出力パルス障壁が解かれ、全く同じタイミングで機体を一回転させたロックスミスのレーザーブレードと、LOADER 4のパルスブレードとが、ほぼ同時に互いの刃とぶつかり、今度は完璧に相殺した。
『注意しろ、621。一度撃破した相手とはいえ、油断はできん』
621にウォルターからの警告が入る。既に一度渡り合っている相手ではあるが、敵は変わらず
それと肩を並べる621も世界最高峰のAC乗りではあるが、企業所属でありながら好んで戦いに身を晒すヴェスパー首席と違い、621は首輪付きの傭兵であった。
『土壇場で動けるか。勘もいい。俺がやられたのも頷ける』
距離を取ってライフルとドローン、ライフルとミサイルとで射撃戦を繰り広げる621とフロイト。
同じくナイルもミサイルによる火力支援と、リニアライフルのチャージ射撃による横槍も狙ってはいる。
(俺が、ここまで相手にされんとはな)
己がAC乗りとしてはとある部下に後塵を拝するとはいえ、相手にされないまではいかないものの、手玉に取られると考えて僅かに歯噛みする。
(ミシガンと懇意だったという男。その猟犬共々、従人の器では無いという事か)
気付けばレッドガンの末席に名を連ねていた傭兵。G13は近々貸与予定であった訓練兵の戦死に伴って空いた番号ではあったが、突然空いた穴に入り込める実力者と、そのコネクションが総長に通じていた男だ。
何よりその実力は、ナイルの目の前であの最強と渡り合っているG13本人が証明していた。
一方が上空を取り、もう一方が地上から追走する。上の取り合いはACにとって重要な戦術だが、それには莫大なエネルギーを要求される。ブーストの挙動に推力を取られる関係で地に足をつけて戦うAC乗りは多く、ナイルもまたその一人だ。
しかし、眼前の二人は違う。空の奪い合いを、跳躍力に優れる訳でもない、滞空性に優れる訳でもないただの二脚で行っている。それでいて、ジェネレータの補充性能や復元性能など、挙動の一挙手一投足を理解しているかのように動く。
飛翔と下降を繰り返したりしていながらも、致命的な攻撃は互いに回避できるだけのエネルギーを残している。距離を離し、左右に大きく揺れることで互いのライフルは脇を逸れていく。どれもACという兵器やその動きを理解してないとできない芸当だ。
フロイト……V.Iの場合は更に凄まじい。
G13からのブレードを避けつつ、ミサイルの挙動をクイックブーストを用いない……つまりエネルギーを消耗しないやり方だけで全て避けきってみせるのだから。
射撃戦を演じる中、二人のACにアラート音が響く。新たなAC反応。それも友軍識別反応の見られない機──敵機だ。
『いつまでも撃ち合いには興じては居られないようだぞ、G13』
V.Iから距離を取ってディープダウンの近くに着地するLOADER 4。
『その通りのようだな。621、帰投しろ。契約を反故にした分の金は、俺が補填しよう』
飛び去っていくLOADER 4を尻目に、ナイルもまた別方向に転身した。
(…今回は、あれを味方に引き入れられて良かった、というべきか?)
逃げていく。互いに楽しい時間だと思っていたのだが、向こうにとっては違ったようだ。
それよりもこちらに見られた反応……ロックスミスにとっての味方の反応、それはつまりアーキバス所属の部隊の反応だろう。現実にそれは目の前に降りてきた。
『フロイト首席! よくご無事で…!』
ACの一機が話しかけてくる。
友軍ACの識別名はそれぞれインフェクションとガイダンス。話しかけてきたのはインフェクションに搭乗していた女パイロットだ。
「えーっと、ああ。なんでここに?」
曖昧な返事を返した途端、隣の四脚ACのパイロットが声を上げた。
『それはもちろん、首席をお探しするためです。閣下のご用命でもありましたから』
「首席。つまり俺をか。ご苦労なことだな、お前達も、その閣下とやらも」
冗談半分に笑いながら言って退けたのが、二人には衝撃だったらしい。マッピング情報の共有と同時に、アーキバスの前哨拠点の位置をマークしてもらう。
『閣下
「ああ。だっていつもは俺が苦労をかけているんだろう? なら労わってやるのが人だと聞かされたからな」
考えるのは
すぐに浮かんで消えた。
『と…とりあえず、閣下にご報告を。ここは引き上げましょう、首席』
奇妙な物事を見聞きした、とでも言わんばかりの静寂を切り上げるように、四脚の方が告げた。
「案内してくれるか」
三機のACが上空に飛び上がり、そのマーキングされたポイントまで一直線に進んでいった。