私はイトちゃんを殺した。彼女は平穏を乱す者だから。
彼女が看守を庇った時から、私は殺そうと決めていた。
みんなは見ていないかもしれないけれど、看守を庇った時以外にも、彼女は不審な動きを見せていた。
だから、私たちをここに閉じ込めた黒幕とつながりがある可能性は高い。
彼女を殺す理由は、それで十分。
私は、アヤフミちゃんと一緒にイトちゃんを心配しているふりをして、医務室を訪れた。医務室に入る口実として、朝食を紙袋に入れて持ってきた。
アヤフミちゃんもスミレちゃんも良い子ね。私と違って、本気でイトちゃんを心配していたのだから。
殺すのは簡単だった。眠っているイトちゃんに凶器を突き刺す。それだけ。
私の魔法は【感情を色で捉える】魔法。そう言ったけれど、あれは嘘。
本当の魔法は【分解】。触れた物を細かく分解する魔法よ。
生物に効果は無いけれど、それ以外の物なら分解できる。そんな魔法。
この魔法を使って、私はガラス瓶を分解した。叩きつけて割るのとは違って、音はほとんど鳴らない。
そうして、分解したガラス瓶の中で一番大きいガラス片を手に取ってから、イトちゃんの喉元に突き刺した。
もちろん、直接ガラス片を握ったら手をケガしちゃうから、近くにあったタオルを巻いて握った。
その後、自殺に見せかけるためにイトちゃんの体を壁に立てかけてから、手に傷をつけて、近くにそのガラス片を置いておいた。
それから、シャワールームで返り血を洗い流して、着ていた服をダストシュートに捨てた。着替えた後、『八重沢さん、ごめんなさい』と偽の遺書も書き置きしたの。
まさか、知らない間に名前呼びをする仲になっていたのは予想外だった。2人は本当に仲が良いのね。
このままだと私のアリバイがなくなっちゃうから、イトちゃんのスマホともう1つの瓶を使って偽装工作をした。
内容はほとんど裁判中に話した通りだけれど、1つ違うところがあるよ。
確かに、ガラス瓶は衝撃を加えれば壊れることもあるけれど、1回落としたぐらいじゃ壊れないかもしれない。
だから、【分解】の魔法を使って事前に少しヒビを入れていたの。そうすれば、落ちた時に確実に割れるからね。
その後は、人が多いところに行って、アリバイがある状態でイトちゃんのスマホに一瞬電話をかければいいだけ。
【分解】の魔法なんてバレる訳が無い。そう思っていたのだけれど、まさかシャワールームが防音で、たまたまガラスの粉のようなものがあったなんてね。
運が悪かったのかな? 神様に見捨てられちゃったのかもね。
これが、私がイトちゃんを殺した方法。後悔はしていないよ。
***
彩果ニーナが、碧上イトを殺した犯人だった。
達成感はまるでなかった。
犯人を突き止めたからと言って、イトが生き返る訳ではない。その事実が、私の身体に重くのしかかる。
当然、犯人として一番多くの票を集めたのは、ニーナだった。
重い空気が支配する中、ツカイマの声が裁判所内に響く。
「……さて、オマエらのスマホの画面に丸いボタンが出ているよな? そのボタンを好きなだけ、 心ゆくまで長押ししてくれ。
……オマエら自身が選んだ、魔女の処刑だ」
スマホを取り出してみると、中央に『処刑』と書かれたボタンが表示されていた。
「え、わ、私たちが押すの……?」
ユリが、戸惑いの声をあげる。私も息を呑んだ。
「当然だろ? オマエらが選んだ魔女なんだからな」
(ニーナさんは、イトさんを殺した殺人鬼なんだ……処刑されて当然……だ……)
そうは思っていても、手が震えて、中々ボタンを押すことができない。
「……オイオイ、さっさと押してくれよ。全員押さねえと処刑できねえからさ」
「……っ」
震えをなんとか抑え、ボタンを押す。
その時間は、私たちの意思を確認するかのように長く、自身の手で処刑しているという感覚が染み付いていく。
「はいおつかれ! そんじゃ、これから魔女の処刑を執行するぜ」
ツカイマが宣言すると、ガラガラと音を立てて裁判所中央の床が開き始める。
もともとあった台座は床の下に消えて、入れ替わるような形で新しい台座がせり上がってくる。
新しい台座の中央には大きな十字架が立っていた。あれが、処刑台なのだろうか。
ニーナは看守に両手首を掴まれ、処刑台へと引き摺られようとしている。
だが、後ろ足でブレーキをかけて抵抗をしていた。全く
「お願い……まって。止まってよ……っ」
ニーナは惰性で立ち、手を引かれるまま足を前に出す。引かれて進む距離と歩幅が合わずに、バタバタと音を立てて歩く。ボサボサになった髪が俯いた表情を隠していた。
「……」
「……」
全員が、黙ってその様子を見ている。
看守に体を掬われ、足が宙に浮く。ニーナは処刑台のすぐ側まで来てしまっていた。
看守はニーナを処刑台に乗せ、拘束を始めた。処刑台から外れないように脚と腰周りをベルトできつく締めていく。
彼女が締め付けられる様子は遠目から見ても分かるほどにきつく、鬱血しているであろうことが容易に想像できた。
その逆に、上半身は処刑台から外れない程度に軽く締められていた。両腕だけ動かせる仕様。そこには、一体どんな意味があるのだろうか。
看守がサーベルを抜き放ち、ニーナを切りつける。顔、腕、胴体を満遍なく切り刻んでいる。綺麗だった顔も血で汚れていった。
「……っ!!」
サーベルが大きく振るわれ、ニーナの右肩から左脇腹にかけて深く刃が通り、鎖骨もあばら骨も切断され血飛沫が舞っている。
「うっ……」
あまりにも残酷な光景に、誰かが吐きそうになっている。
血に濡れた刃がニーナの髪と口内を斬り、口内に深い傷を負ったニーナは吐血した。ニーナの表情を隠していた髪も床に落ち、表情があらわになった。
その双眸に光は宿っていない。時々痛みに声を漏らすが、特に暴れる様子はない。
「ねえ……平穏を乱すって……なんなの……? そんなの、勝手過ぎる……」
アヤフミは困惑しているような、悲しんでいるような表情を浮かべ、口を開いた。
「こんなサイコパス野郎の思考なんか、分かる訳ないですよ」
ルナは、吐き捨てるように呟く。
対するニーナは、相変わらず1ミリも反省の色が見えない態度だった。
「私はこうなっても……っ、殺した価値はあると思っているわ……!
看守を庇うやつなんか要らないもの。平穏の邪魔よ……!
平穏を乱す者は……っ、排除しなくちゃ……!!」
「……違う」
私は、思わず口を開いていた。
「……何?」
「違う……違うんですよ……」
私は、話し続ける。他の少女たちの視線も、こちらに向く。
「イトさんは、いつだってみんなのために行動してたんです……。私は、そんなイトさんに助けられてきた」
「あなたは……っ、騙されていたのよ……!
何より、あの看守を庇っていたことが……っ、決定的じゃない……!!」
(そうだ、イトさんが看守を庇った理由。それをニーナさんは知らないんだ)
「……ニーナさん、イトさんの魔法を知っていますか?」
「……知らない……わ。それが、なんだっていうの」
「イトさんの魔法は、他人の行動が、良い結果になるか、悪い結果になるかが分かる、『運命を視る』魔法、なんです」
「……!」
私が顔を上げて、ニーナを睨みつけると、ニーナの表情が歪み始めていた。
「イトさんは……! 他人からどう思われようと、その魔法を使って、みんなを助けようとしていたんです……!
あの時だって、看守を庇ったんじゃないんです! レイさんを、庇ったんです……!」
「……っ」
「レイさんが看守に攻撃をしてしまったら、反撃されてレイさんは死んでしまう。だからレイさんの攻撃を止めるために庇った……」
「そう……だったのか……」
レイは俯き、声を漏らす。
「でも、そんなことしたら――」
「――そしてきっと、自分が非難されることも分かっていた。それでも、自分じゃなくて、他人のために動いたんです」
「ち、違う!! そんなの嘘よっ!!」
「『平穏を守るため』。ニーナさんはそう言いました。でも――」
「そうよ! 私は平穏を――」
「――そんな平穏を壊したのは、あなたじゃないですか……っ!!」
「そんな……嘘……」
その言葉を聞いたニーナは、絶望していた。
先程までの反抗的な態度は、なくなっていた。
「な、なんだ……あれ……」
「あれが魔女化……なのか……?」
ニーナの手が黒ずんでいき、鋭利な爪がメキメキと音を立てて急速に伸びていく。
さらに、彼女の顔には亀裂が入っていた。
「私は……また……自分で平穏を壊してしまったのね……」
彼女の心の奥底にあったもの。
私たちは、彼女の禁忌へと、踏み込んでしまった。
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私は、平穏を乱されることを何よりも嫌っていた。
友人と馬鹿をやったり、補導されるようなことは絶対にしなかった。
「あの子があの子の悪口を言っていた」、「あの子が浮気していた」。
そういった陰口やうわさでさえも、私は許せなかった。
ある日、私はいじめを受けている少女を見つけてしまった。
その少女はいじめっ子たちに殴られ、蹴られ、泣いていた。いじめっ子たちは私が来たことですぐに逃げ出していった。
平穏とはかけ離れた、目の前に広がる現実。腹の底から怒りが湧き上がっていた。
許せないと思いつつも、平穏を崩してはいけないと思い、なんとか怒りを沈めた。
いじめられていた少女の手当とケガの具合を知るために、私は彼女の肌に触れた。
彼女は痛がり、 小さな声を漏らす。涙が頬を伝って私の制服が濡れた時、 私はハッとして顔を上げた。 彼女は、その痛みに、顔を少し歪めていた。
私は、咄嗟に「ごめんね」と謝りながら――
――口角が、少しだけつり上がっていた。
私が彼女を助けたことで、 今度は私がいじめられるようになった。私は、そのストレスに潰されそうになっていた。
そんな時、いつも彼女は私を抱きしめてくれた。その温もりが好きだった。私は彼女のことが、段々と好きになっていった。
でも、抱きしめられるたびに、あの時の彼女の痛みに歪んだ顔を思い出す。
もう一度、あの可愛らしい表情を見たい。何度かそう思ったけれど、「嫌われるかもしれない」と理性が止めていた。
そんなある日、彼女が 「私に遠慮なく吐き出して良いですから」と言った。
関係は
その日から、私は度々彼女に暴力を振るうようになった。溜まっていたストレスを、すべて彼女にぶつけていた。
それからしばらくして、いじめの主犯格が私と彼女の「人に見られたくない写真をネットにばら撒く」と言い始め、「言うことを聞け」と言ってきた。
お金稼ぎのために利用するつもりらしかった。
その夜。私はいじめの主犯格を殺した。
私の魔法である【分解】を使えば地面を分解することができたから、そこに死体を遺棄した。
本当は死体をバラバラにしてやりたかったけれど、この魔法で人を分解することはできないようだった。
人を殺したという事実は、平穏からはほど遠いもの。
でも、コイツは平穏を乱すもの。そんなゴミを片付けたと思ったら、一気に良いことをした気分になった。
これで「平穏が守られる」と。
いじめの主犯格を殺してから、私がいじめられることはなくなった。私は平穏を守ることができたのだ。
私は、そのことを実感して気分が高揚していた。
それでも私は、彼女に暴力を振るい続けた。
『ストレスを吐き出すため』。そうやって自分に言い聞かせてきたが、本当は分かっていた。
私はただ、泣いて怯える彼女の顔を見るのが楽しかった。本当は、ただの娯楽だった。
その快感は、一度味わったら忘れることはできなかった。
ある日、彼女が他の女のところへ行ってしまった。 「もう耐えられない。 さようなら」と言い残して。
その時になって、私はようやく気付いた。自ら平穏を壊す選択をしてしまっていたのだと。
いじめの主犯格を殺した日から、平穏を守れたことに酔いしれて思考が鈍っていたのだと。
いや、彼女を助けて暴力を振るい始めた時から、既におかしかったのかもしれない。
だから私は、好きな人に暴力を振るいたいという欲求を心の奥底に押し留めた。平穏を守るために、自分を押し殺した。
でも、いじめの主犯格を殺したことは正しかった。それは間違いではなかった。
だって、いじめられることが無くなったのは事実なのだから。
だからこそ、私は【平穏を乱すもの】をこれからも排除する。
……ああ、でも、もし叶うのなら、彼女にもう一度抱きしめて欲しい。
あの時のように。
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「っ……ぐっ……!」
ニーナは、痛みに耐えきれず声を漏らしている。二重の意味で苦しんでいる様子が見て取れた。
全く焦点が合わず、目が泳ぎ、酷く錯乱しているようだった。
かと思えば、ニーナの視線が急に一点に向いた。目が見開き、驚愕とも恐怖とも取れる表情を浮かべている。
「――!? ごめんなさ……い。うぐっ……! あれが……原因だってことは……っ……理解してる…だから謝らせてほし――」
(……? 誰に言って……)
ニーナは誰もいない虚空を見つめ、手を伸ばそうとしている。
その間も、看守は絶えず彼女を斬り続けていた。
「せめて……最後に抱きしめさせて……くれないかしらっ……」
ニーナは腕を動かし、虚空を抱きしめようとした。
その瞬間、腕が宙を搔く。当然だ。そこには何も存在しないのだから。
そんな様子に目もくれず、看守は最後の一撃というように、彼女の胸に刃を突き刺した。
「ぁぁぁぁぁぁああああああああ――――――――っ!!」
断末魔をあげ、桜色の髪が黒く染まっていく様子が見えた。爪はさらに伸び、顔の亀裂も深くなっていく。
ニーナは看守同様に、得体の知れない何かへと成り変わってしまった。
獣のような咆哮をあげながら、異形と化したニーナは苦しみ続けていた。
「な、なあ、魔女は死なないんだろ……? それなら処刑はいつ終わるんだよ……?」
ペティが、弱々しい声をあげる。
誰も答える者はいない。その間も、ニーナからは血が流れ続け、処刑台を赤く染めていく。
私は、その様子を見ていられず、下を向いて唇を噛み締めた。
「彩果ニーナは、無事になれはてとなった。今から、彩果ニーナを永遠の牢獄へ閉じ込める」
ツカイマがそう言うと、処刑台は地下へと音を立てて消えていった。
ニーナの咆哮も、少しずつ小さくなっていく。
事の一部始終を脳に刻みつけられた一同の瞳には、一切の光が宿っていなかった。
***
[レイview]
皆がショックで呆然としている中、私はシルベの元へ近付く。
「忽那シルベ。少し良いか?」
「……うん、どうしたの?」
「どうしても確認したい事がある。少し付き合って欲しい」
「もちろんいいけど……どうして僕なの?」
「それは……『確認したい事』が、キミの【裁判中の発言の真偽】についてだからだ」
「キミの発言によると、この辺りに【光る粒のようなもの】があった。間違いないな?」
「うん。僕は一度見たものを忘れないんだ。ここにあったのは間違いないよ」
シャワールームの入口の方はタオルが敷かれており、隅の方に水たまりができている。
その水たまりの近くを観察すると、何か光るものが見えた。私はしゃがんでそれに手を触れてみる。
「え、危ないよ? ガラス片かもしれないし」
「…………やはりな」
「え……?」
私は拾ったその粒を指先で軽く弄ぶ。確かにこれがガラス片なら今頃、指先はズタズタだろう。だがそうはならなかった。
「忽那シルベ、キミが見たのはガラス片ではない。これはただの砂粒だ」
「そ、そんな。僕が見間違えたって言うの?」
「ああ。……だが、これが【光る小さな粒】なのは間違いない。それが【ガラス片】かどうかはともかくとして。だからキミの言葉は嘘じゃない」
「えっと……よかった、のかな?」
「見間違えるのも無理はない。光っていたのは砂に紛れた砂鉄だったようだ」
「あ、そうなの? 近くで見ても良いかな?」
私がシルベに砂鉄の粒を渡すと、シルベは「わぁ、これが砂鉄かぁ」と感心したように声を漏らしていた。
水たまりに視線を戻した私は、改めてその中の粒を観察してみる。
最初からここでガラスを割っていた事を知っていなければ、この粒をよく観察しようという発想には至らない。たまたま目に入った【光る粒】をシルベが記憶していただけ。この状況から導かれる答えはそれしかない。
私は頷いて立ち上がった。
「……でも、どうしてこんなことを確認しに来たの?」
「それは……」
それは、本当に“彼女”がそんなミスをしたとは思えなかったから。
実際、彼女は魔法で瓶を分解してイトを殺害したと自供した。ならばシャワールームで見たという【光る粒】が何かが気になるのは当然の事だろう。
「……今回は運が良かっただけだった。それを確かめたかったんだ」
この証言が無ければ、議論の結末がどうなっていたか想像もつかない。
つい、あのひらめきと行動力を持った彼女が味方であったならと、想像してしまう。たが、現実はそうはならなかった。
「レイさん……」
「すまない。……どうしても真相が知りたかったんだ。付き合ってくれて感謝する」
「いいよ、そんなの。それより、少し休んだ方が良いんじゃないかな? あんまり顔色が良くないみたい」
ハッとして、近くにあった洗面台の鏡を見る。なんて情けない表情をしているのだろう。思わず私はそれを鼻で笑う。
「……彼女が開けた穴を埋めるのは大変だぞ。手伝ってくれるか? 忽那シルベ」
「もちろん。……僕にできることなら、ね」