異誕少女ノ魔女裁判   作:異誕少女ノ魔女裁判制作チーム

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2-2「素直な気持ち」

第2章2話

[レイview]

 

 

 屋敷に来てから数日が経っていた。

 寝起きする場所が違っても、私は朝のルーティンを欠かさないようにしている。

 

 ペティと私は朝6時きっかりに起きる。軽く挨拶を済ませた後、ペティは厨房へ朝食を作りに、私は医務室へ包帯を貰いに行く。

 先にクオレが医務室に居ることがあり、そこで他愛のない話をすることが多々あった。意外だったのは、クオレも胸部に包帯を巻いていたことだった。「これが無いと痛いので……」と言っていたが、下着は支給されなかったのだろうか。それとも、私と同じように敢えてそうしているのか。さすがにそこまで踏み込むことはできなかった。

 

 準備を終えて食堂へ向かう。その頃には、既にペティが料理を終えていることが多い。私が手伝えることと言えば、食器を並べて運ぶくらいなものだった。こんなことは、どんな従者であってもできて当然だ。ペティは毎回感謝してくれるが、私はイマイチそれを素直に受け取れなかった。

 

 7時頃になると、食堂は少女たちでいっぱいになる。念のため、誰が食堂に来たかをチェックしているが、みんなそれなりに規則正しく起きて朝食を食べにきているようだった。まったく来ない、なんて人は居なかった。つい昨日までは。

 

「……おはよう、ございます」

「ああ、おはよう」

 

 表情はまだ暗いが、今日のスミレは食堂に来られたようだ。ちらと周りの反応を伺ってみると、みんなが心配そうにスミレを見ていた。スミレは気まずそうに空いてる席へ座り、朝食を取り始める。誰も話しかけにいく人は居なかった。

 

(……少し、話を聞いてみるか)

 

 私は朝食の乗ったトレーを持ってスミレに近付く。

 

「隣、良いかな」

 

 スミレは何も言わずに頷いた。私はスミレの隣に座って手を合わせる。すべての食材と、調理してくれたペティに感謝を。

 今朝のメニューはシチューだ。切られたパンが横に添えられている。これに浸して食べろということだろうか。

 隣のスミレを見ると、スプーンでシチューを掬って食べてからパンを咥えていた。どうやら順に食べるだけで良いらしい。考えすぎかと小さくため息を吐いて、シチューを一口食べる。

 相変わらずペティの料理の腕には舌を巻くしかない。シチューがこれほど美味しいと思ったことはなかった。

 

 そこでふと、スミレの好物が分かっていなかったことを思い出す。様子を聞くついでに話題にしてみよう。

 

「八重沢スミレ、シチューは好きか?」

「え?」

 

 聞き返されてしまった。何か変なことを言ってしまっただろうか。

 

「……まぁ、好きっすよ」

 

(いや、これは……)

 

 スミレの反応ですぐに悟る。単にスミレは考え事をしていたらしい。無理もない。まだ本調子じゃないのは見て明らかなのだから。

 

「そうか……」

 

 おおよそ、まだイトやニーナのことを考えているのだろう。いっそこの場で事の発端となってしまったことを謝れば、気持ちの吐け口になれるのではないだろうか。そんな考えが浮かぶが、首を振って消し去る。それがスミレのためになる訳がない。

 

 それ以上の会話ができないまま、朝食を食べ終わってしまった。隣を見ると、スミレも食べ終わったらしい。今にも席を立ってどこかへ行ってしまいそうだった。

 

「待ってくれ八重沢スミレ、これだけは言わせてくれ」

 

 スミレが少し不思議そうにこちらを振り返る。私は、口から零れそうになる謝罪の言葉を飲み込んでなんとか言葉を紡ぐ。

 

「……私にできることがあれば、言ってほしい」

 

 一瞬、スミレは驚いたような顔をした。だが、すぐに申し訳なさそうに笑うと一言、「大丈夫っす」と呟いて背を向けてしまった。

 その背中にかける言葉は今の私には無い。今はただ見送ることしかできなかった。

 

 

 

 朝食後の自由時間。

 スミレの落ち込み具合を見ていると、段々とこちらも気が滅入るような感じがする。少し体を動かそうと、私は外へ向かっていた。

 

「……大家ウメか」

「何か用?」

 

 その途中、廊下で特徴的なマフラーが目に入り声をかける。

 昨日ルナとすれ違った時にも思ったことだが、ウメともあまり会話をしていなかったような気がする。よくルナと言い合いをしているのを見かけるが、特にどちらも手が出るタイプでは無いため口出ししないようにしていた。それもあって、話すタイミングが無かったのかもしれない。

 

「今、時間はあるだろうか? 少し相談がある」

「私に相談……?」

 

 私は軽くスミレの状況と、スミレを何とか立ち直らせる方法を探していることをウメに伝えた。どこかへ行ってしまうこともなく、話を聞いてくれたウメは首を傾げて「ふーん」と相槌を打った。

 

「もう放っておいたら? そっちがなんかしてもどうにもならないんだし……」

「そういう訳にはいかない。彼女には立ち直って欲しいんだ」

「……ま、嫌なら、もう八重沢さんから無理やり聞き出すしかないね」

「それができれば――」

「――もうしてるって? まぁ、そうだろうね」

 

 小さくため息をついたウメは、「話は終わり」と言いたげに私の横を抜けて行ってしまう。

 私も小さくため息をつくことしかできない。

 

「…………歩み寄ってもダメなら、外にでも連れ出すしかないんじゃない?」

「何?」

 

 背中から声がして、踏み出しかけた足が止まる。振り返ると、背中を向けたままのウメが居た。

 

「そんな面倒なことしてないで、私に言ったみたいな素直な気持ちをぶつければ?」

「素直な、気持ち……」

 

 それ以上は何も言わずに、ウメは振り返ることなく手を振って階段を降りて行ってしまった。おそらく、監房に戻るのだろう。

 

 

 

「……っ」

 

 扉を抜け外へ出たと同時に、吹き付ける風が前髪を揺らす。思わず帽子を押さえて目を細める。

 ふと風に乗る葉に目が奪われて、それが宙を舞って消えるのが見えた。

 ホッと息を吐く。自然と空を見上げる形になって、不思議と肩の力が抜けていくような感覚になる。

 

「外に連れ出す、か……。そんな単純なこと、何故思いつかなかったのだろうな」

 

 

***

 

 

 正午の監房待機時間直前。大家ウメが監房に戻ると、そこには先に監房へ戻っていた柳谷アヤフミの姿があった。

 

「あっ、ウメちゃん! おかえり〜」

「……ただいま」

 

 ウメが監房に帰ってきたのを見て、アヤフミは下段のベットに腰かけながら優しく声をかける。

 そんなアヤフミの姿を見て、ウメは思わず頬を緩める。

 

「ウメちゃん、帰ってきてすぐでごめんだけど、今日のカウンセリングはどうする? アヤさんはいつでも大丈夫だけど」

「そうだね……今日は早いけど、今からお願いしてもいい?」

「もちろん! 座って座って!」

「分かった」

 

 アヤフミは、いつものカウンセリングを行うため、ベットを軽く叩きウメに隣へ座るよう促す。

 ウメは、アヤフミの言葉に素直に頷き、ゆっくりとベットに腰掛ける。

 ウメが隣に座ったのを確認したアヤフミは、彼女の両手に自身の両手を重ねた。

 

「それじゃあ、アヤさんのカウンセリングを始めるね。最近はどう? ルナさんにぐちぐち言われて辛くない?」

「それは大丈夫。あれくらいは適当に流せばいいから」

 

「そう、ならよかった。アヤさん、ウメちゃんが毎日つっかかられているから心配で……ウメちゃん、毎日同じような行動するの苦手だし」

「……まあね。でも、冬川さんもワンパターンじゃないから、意外となんとかなっているよ。だから、心配しないで」

 

 ウメの言葉を聞いたアヤフミは一瞬安堵の表情を浮かべるが、それでもウメに対する心配が尽きないようで、再び硬い表情に戻る。

 

「そうなんだ。でも、無理はしちゃダメだよ! アヤさんとの約束!」

「……もちろんそのつもり。無理して倒れたら柳谷さんに怒られちゃいそうだし」

「分かればよろしい!」

 

 ウメの納得した様子を見て、アヤフミは重ねた両手をギュッと握り、顔を綻ばせる。

 

「ところで、柳谷さんは大丈夫? 八重沢さんの件でいろいろやってるんでしょ? 辛くない?」

「……辛くないと言えば嘘になるけど、イトさんを失ったスミレさんの辛さを思えば、これくらい大丈夫だよ!」

「そっか……で、これからどうするか考えてるの?」

「うん、ウメちゃんにしているみたいにカウンセリングできればいいなって思っているけど……あんなに落ち込んでいるスミレさんの状態じゃ、とても話ができそうにないよ……」

 

具体的な解決策が見つからないのか、アヤフミは肩を落としている。

 

「なるほどね……じゃあ、八重沢さんが話ができる状態になればなんとかできそう?」

「うん。カウンセリングさえできれば後はなんとかなる……と思う」

「……なら、私、八重沢さんと会って話してくるよ」

「……大丈夫? ウメちゃん、人とあまり関わりたくないんじゃ――」

「そうだね。でも、こういう時は事態を客観視できる第三者が介入するのがいいんでしょ? それに、これ以上八重沢さんに引きこもられて、柳谷さんが、友達が苦しんでいるのを見たくないし……だから、大丈夫だよ」

 

「……ありがとう、ウメちゃん。じゃあ、お願いするね。でも、八重沢さんに無理強いはしないでね! アヤさんとの約束だよ!」

「分かった」

 

「……それじゃあ、アヤさんのカウンセリング続けていくね!」

 

 ウメが頷いたのを見て安心したアヤフミは、カウンセリングを再開するのであった。 

 

***

[スミレview]

 

 

 もう、寝ているのか起きているのかも分からない。

 どのくらい時間が経ったのかも、今が昼か夜かも曖昧になってきた。

 胸の痛みはマシになるどころか、日に日に増すばかりだ。

 せめてもと、決して多いとは言えないイトとの思い出を反芻(はんすう)するように描くが、それはすぐに赤く染まり、あの時の絶望感に、喪失感に蝕まれる。

 

「……起きてる?」

 

 はっとして顔を上げる。鉄格子の扉の前に人影があった。

 

「なんだ、思ったより元気そうだね」

 

 正体は、長いマフラーが特徴的なウメだった。「入っていい?」と聞きながら、既に扉を押して部屋の中へ入っている。

 私はどうしていいか分からず、先程まで被っていた薄い毛布を深く被り直した。

 

「……ずっと、碧上さんのこと、考えてるんだ」

「――っ」

「それが悪いとは思わない。でも、いろいろ考えてたって、解決しない時は解決しないし、飽きるだけ。流れに身を任せた方が楽だし、飽きることもない」

 

 小さな椅子に座ったウメは、扉の向こうを見ながら独り言のようにそっと呟いた。

 

「……でも、考えちゃうんすよ。こうやって誰とも関わらないようにしたら、もうこれ以上傷付くことも無いんじゃないかって」

 

 気付いた時にはそう吐露していた。

 ウメの顔は見れないけれど、頷いてくれたのが分かった。

 

「そうだね。人と関わらないのは楽だよ。人と関わらなければ、面倒なことも起きないし」

「……」

「だから、別に良いんじゃない? 人と関わるのが嫌になったのなら、辞めればいい。またやりたくなったら再開すれば良いだけだし」

 

 そんな気軽なものなのだろうか。それとも、私が重く考え過ぎているだけなのだろうか。

 答えは出ず、返事ができないまま沈黙の時間が流れる。

 

 何も言えない私を見て何を思ったのか、ウメは立ち上がって扉の方へ歩いていく。

 

「……飽きないで考えられるのは、すごいと思う。でも、たまには流れに身を任せるのも、良いんじゃない?」

 

 それだけ言い残して、ウメは扉の向こうへ消えた。足音が遠ざかっていく。

 

(皆、こんなに心配してくれてるのに、私は……)

 

 でも、何もできない。いろいろな考えが頭の中を巡って、動けない。

 

(…………せめて、シャワーだけでも)

 

 だから何も考えず、まずは顔を洗うところから始めることにした。

 ふらふらと、誰も居ない廊下を歩く。

 

 

 

 そして、シャワーを終えた私はまた布団に戻って小さくなる。ただ、時が傷を癒してくれるのを祈ることしかできなかった。

 何もできないまま、今日も夜が更けていく。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 鍵の開く音で目が覚める。どうやら気絶していたらしい。ズキズキと痛む頭を押さえながら起き上がる。

 頭は重く、身体は怠い。風邪でも引いたかと思うほどの辛さだが、熱が出ている感覚は無い。思わずため息が出る。

 

 だが、どうにも人は慣れる生き物らしい。心の痛みはマシになってきている。まるで、心が擦り切れて無くなってしまったかのように、痛みを感じられなくなっているようだ。それが嫌で堪らなかった。

 ずっと、この痛みは引きずっていかなくてはならない。この痛みを忘れてはいけない。けれど、いつまでもこうしている訳にもいかない。身体が、心が、壊れてしまう前に動かなくてはならない。そんな矛盾した思いがずっと巡って、どうすれば良いか分からない。

 

 

 

 どのくらいぼーっとしていただろうか。もはや、考えるのにも疲れてしまっていた。結論の出ない思考を繰り返すのも、変えられない過去を思い返すのにも疲れてしまった。一体、これまで何をして生きていたのだろうかと、それが分からなくなってしまうほどに空虚だった。

 

「――――八重沢スミレ!」

 

 反射的に顔を上げる。この凛とした声の主は1人しか思い当たらない。

 鉄格子の扉の向こうを見ると、険しい顔をしたその人が立っていた。

 

「……レイ、さん?」

「――――ッ」

 

 レイは私の顔を見るや否や、「入るぞ」と言いながら扉を抜けて早足で近付いてきた。

 そして、私の腕を取る。

 

「な、なんすか⁉︎」

 

 思わず声が出る。掠れた酷い声だ。まるで、自分のものでは無くなってしまったような声に思わず口をつぐむ。

 そんな私に構わず、レイは腕を引いて立ち上がらせるとこう言った。

 

「とにかく、来てくれ」

 

 

 

 足をもつれさせながらもなんとかレイについていくと、いつの間にか屋敷の外に連れ出されていた。数日ぶりの陽の光に、思わず目を閉じて腕で顔を覆う。風の感覚も、それに乗る自然の香りも、数日ぶりだった。

 だが、今はそれを感じている場合では無い。ずんずんと進んでいくレイに慌ててついていく。

 

 息を切らしながら歩き続けていると、ようやく私はレイがどこに連れて行こうとしているかを察した。

 朝霧に包まれる木々の間を抜けると、突然視界が晴れる。眼前に広がった景色には見覚えがあった。

 色とりどりの花たちが、まるで私たちを出迎えるように風にそよぐ。イトと共に見た花たちが次々に目に留まる。嫌でも忘れかけていた喪失感を刺激される。あの時のイトの姿が、鮮明に見える。

 

「おーい! こっちだ!」

 

 ペティの声がする。どうして、こんなところでペティの声がするのか理解できなかった。

 声のした方を見ると、ペティ、クオレ、アヤフミの姿があった。ますます状況が分からない。

 

「お待ちしておりました、スミレ様、レイ様」

「さ、座って座って!」

 

 レイに背中を押され、クオレとアヤフミに手を引かれながら大きなレジャーシートの上に座る。すると、ペティがこれまた大きなバスケットを取り出した。

 

「へへっ、昨日から準備して気合い入れたから、少し作り過ぎちまったが……」

 

 言いながらバスケットを覆っていた布を払うと、中にはサンドイッチが詰め込まれていた。1つあたりは小さいが、5人分を優に超えているのは間違いない。「おぉ」と、感嘆の声が口々に溢れる。

 

「まぁその分、好きなだけ、遠慮せず食べてくれ!」

 

 ペティがバスケットからサンドイッチの乗ったトレーを抜き取ると、奥にはポットと弁当箱が入っていた。それぞれをレイとクオレが手に取る。

 

「私は紅茶を淹れてみたんだ。口に合えば良いが……。今、準備する」

 

 コップを並べながらレイがポットを開けると、湯気とともに良い匂いがふわりと香った。

 

「ワタシはこれを」

 

 クオレが弁当箱を開ける。すると、中にはたくさんのウインナーが入っていた。しかも、見ただけで分かるほどカリカリのタコさんウインナーだ。

 よく見ると、足が欠けていたり、サイズがバラバラだったり、4本足だったり、きっちり8本足だったりと、個性豊かなタコたちで溢れていることが分かる。

 

「アヤフミ様やレイ様に教わりながら、ういんなーを切ったものです。火入れに苦労しましたが……花が咲くように足が広がる様は美しく、少し食べるのが勿体無い気持ちです」

 

 クオレは1匹指先で摘むと、足部分を上にしてそれを眺める。まるで花を慈しむようにウインナーを見つめるクオレを見ていると、なんだかタコさんウインナーが赤とピンクの花のように見えてきた。

 

「面白い発想ですよね。言われてみれば、この8本足の子なんて、まさにお花って感じです」

 

 フォークでそれを突き刺して、アヤフミは笑う。

 だが、ますます話が分からなくなってきた。これは一体、何が始まろうとしているのだろうか。

 

「あの……これ、どういう集まりなんすか? どうして連れてこられたのか、あんまり分かんなくて……」

 

 尋ねてみるも、4人はキョトンとした顔を見合わせるだけだった。

 

「ま、とりあえず食え! せっかくレイが淹れてくれた紅茶が冷めちまう」

「は、はぁ……」

 

 そう言われては強く出られない。仕方なく疑問を飲み込んで、皆で手を合わせる。

 まずは、紅茶の入ったカップを手に取る。まだ温かいそれを飲んでみると、とても良い香りが鼻を抜けた。何の種類か見当もつかないが、良い葉を使っているのは間違いないだろう。

 

「……紅茶には一家言(いっかげん)あるんだ。気に入ってくれたなら嬉しく思う」

 

 次に、四角いサンドイッチを1つ手に取ってみた。卵やハムが挟まれたシンプルな物から、バターやフルーツが挟んであるおしゃれな物まで用意されていたが、私が選んだのは小エビの挟まれた物だ。一口かじってみると、一緒に挟まれていたアボカドソースのクリーミーさと小エビの風味が合わさっており、予想以上に美味しい。気付けば、手に持っていたサンドイッチは無くなっていた。

 

「ははっ、そう慌てんな! たくさんあるから、好きなだけ食べてくれ」

 

 最後に、弁当箱の中で所狭しと並んでいるウインナーを摘む。たまたま拾い上げたのは、足の欠けてしまったものだった。切るのに失敗してしまったのだろうか。改めて見てみると、確かに花に見えなくもない。そう思うと一層可愛らしく思えてくる。口に入れると、ウインナーの香ばしさと塩辛さがちょうど良く感じることができ、噛み締めるたびに肉汁が口の中で弾けた。

 

「これは、美味しいですね。食べる決心をして良かったです」

 

 一通り食べ進めて、みんなの手が止まり始めた頃。濡れタオルで手を拭きながら一息ついていると、ふとどうしてこんなところでピクニックなんてしているのかという疑問が再び降ってきた。

 

「……あの、そろそろ教えてくれないっすか? 結局、これは何の集まりだったんです?」

 

 問いかけると、クオレ、ペティ、アヤフミの視線がレイに集まっていることに気付いて視線を追う。そこには、少し困った様子のレイが居た。

 

「ええと……そうだな、これは……私の気持ちと言うか、みんなの気持ちと言うか」

「え?」

「おいおい、それじゃあ誤解されちまうだろ」

 

 レイが視線を逸らす。ペティはそれを鼻で笑っていた。

 まだあまり話が見えてこず、首を傾げることしかできない。

 

「……コイツ、すげぇ心配してたんだぜ、スミレのこと。あいつらに話を聞くために屋敷中歩き回ってよ」

 

 ペティが呆れたように肩をすくめると、クオレとアヤフミが頷いた。

 

「そ、そうだったんすか……」

「そんでようやく思いついたのが、このピクニック大作戦だったって訳だ」

「……大家ウメの提案でな。外で美味しいものを食べられれば、少しは気分転換になるだろうと」

「ウメさんが……?」

 

 それを聞いて、ウメが監房にわざわざ来て話をしてくれたことを思い出す。あれは、レイからの相談を受けて来てくれたのかもしれない。ようやく合点がいった。

 

「レイさんだけでなく、皆さん心配していましたよ。もちろん、今日ここに来られなかった方々も」

 

 そう言って、アヤフミはどこからか1冊の本を取り出した。小さくて、少し薄い。表紙には可愛らしい絵が描いてあった。

 

「これは……?」

「シルベさん(づて)に事情を聞いたユリさんやテミさんが、スミレさんにと元気が出る本を選んでくれたんですよ」

 

 受け取って少しページをめくってみると、それは絵本のようだった。絵がたくさん描かれた楽しそうな本だ。

 

「……あの2人、他人を気遣えるほど余裕があったとは思えなかったが」

「ふふっ……シルベさんが随分頑張ったみたいですよ?」

「そうだったのか……」

 

 こんなにもたくさんの人に心配をかけてしまったという申し訳ない気持ちと、こんなにもたくさんの人から元気を貰えたことへの感謝の気持ちで、頭と心がぐちゃぐちゃになってしまった。

 閉じた本の表紙に雫が落ちて、慌てて本を胸に抱き寄せる。

 

「……スミレ様、泣いているのですか?」

 

 クオレに指摘され、手で目尻を拭うが、涙が後から後から溢れて止まらない。

 

「ごめん……みんな、心配かけて……」

 

 なんとか声を絞り出す。アヤフミがそっと背中をさすってくれた。

 

【挿絵表示】

 

「ありがとう、みんな……」

 

 そのおかげで、最後まで言葉を紡げた。

 クオレ、ペティ、レイがそれぞれ頷いてくれる。

 

「……だが私はいいんだ。礼なら大家ウメに言ってやってくれ。彼女の助言が無ければ、この場は無かった」

「何言ってんだ。アタシらを集めたのはあんただろ、レイ。あいつらを、そしてアタシらを動かしたのはアンタだ」

「……私は、ただ――」

「――まったく、素直じゃねぇなぁ! まだ気にしてたのかよ、自分があの事件の原因なんじゃ無いかって」

「……っ」

 

 イトは、レイの赤い糸を視て看守の前に立ち塞がった。レイの行動を止めるために。結果的にそれがニーナの不信感を高めてしまい、イトは殺害された。その時のことを言っているのだろう。

 

「アンタはイトに救われたんだ。そんな風にテメェを責めるためにイトは行動した訳じゃねぇ」

「……そうですよ、レイさん。イトさんも、そんなことを望んでいないと思います」

「キミまでそう言うか、柳谷アヤフミ……」

 

 そんなことを望んでいない。それは私にも刺さる言葉だった。いつまでも落ち込んで、それでイトは喜ぶだろうか。

 

「分かってはいる。……だが、これで贖罪が済んだとは思っていない」

「レイ……」

「私は、あの2人(・・)の空けた穴を埋めてみせる。……だから、キミたちの力を、貸して欲しい」

「……へっ、当たり前だ。なぁ、クオレ、アヤフミ。スミレも」

 

 頷き、袖で目元を擦る。

 ようやく、ちゃんと皆の顔を見ることができた気がする。顔を上げると、皆の笑顔があった。

 

「もちろんっすよ!」

 

***

 

 その後、ツカイマが飛んできて『そろそろ監房に戻る時間だぜ』と告げてきたので、慌てて片付けをして監房に戻ってきた。

 

 外の空気に触れたおかげか、美味しい料理のおかげか、皆の顔を見たおかげか、なんだか少しだけ心が軽くなった気がする。

 少しだけ穏やかな気持ちでベッドに身体を預けて上を見る。

 

 イトはもう返ってこない。その声を聞くことも、姿を見ることも、笑い合うこともできない。

 けど、それを嘆いて悲しむことを、イトはきっと望んでいない。

 

「……私、もう少しだけ、頑張ってみようかなって、思うんです」

 

 誰も居ないベッドに語りかける。

 

「きっともう、事件なんて起きずに、普通に暮らせると思うんです。だから……」

 

 だから、イトの居ない世界でも、頑張って生きてみたい。

 言葉は口に出せなかった。

 

 

***

 

 

 ここ数日ほとんど眠れていなかったことに気付いたのは、意識を取り戻して慌てて体を起こした時だった。

 スマホで時間を確認すると、もう13時を過ぎていた。すっかり意識を失い、眠ってしまっていたらしい。

 慌ただしく食堂に向かうと、まだ数人が昼食を取っているのが見えた。

 

「おう、スミレ! 待ってたぜ」

 

 ペティがトレーを持って声をかけてくれる。そこには、今日の昼食らしいピラフが乗っていた。美味しそうな匂いにお腹が鳴る。

 

「ハハッ、随分と顔色良くなったんじゃねぇか? ちょっと安心したぜ」

「えへへ……おかげさまで……」

 

 自然と笑顔になった。

 

「……これからは、毎日飯には必ず来いよ! 約束だからな!」

「や、約束……できるだけ頑張るっす」

 

 曖昧に回答してしまった。

 私の悪い癖だ。ここは断言すべきだと、頭では分かっているのだが。

 

「おいおい、そこは断言してくれよ!」

「すいません……でも、もうできるだけ心配はかけないようにするっす」

 

 案の定指摘されてしまった。ぐうの音も出ない。

 

 ペティはトレーを置くと、笑いながら厨房の方へ消えて行った。

 少し、食堂の雰囲気が柔らかくなったのを感じる。皆がどれだけ心配してくれていたのかを改めて実感した。

 

 トレーを置いてくれた席に座ると、視界の端で誰かが出ていくのが見えた。それを目で追うと、さっきまで食堂の入口の影に居たらしいレイの姿があった。食堂へ入った時に近くに居たようだが、全然気付かなかった。

 

「スミレ様」

「うぁっ!?」

 

 声をかけられ振り向くと、自身のトレーを持ったクオレがいつの間にか向かいの席に座っていた。近付いてきた音も気配も気付かなかった。

 

「あ……すみません、驚かせてしまって」

「いやいや。……あれ、クオレさんも昼食まだだったんすか?」

「はい。その……良ければ、ご一緒させていただきたいのですが」

「も、もちろんすよ!」

 

 これと言って会話も無いが、誰かと食べるご飯は美味しいと改めて感じられた。小さな子供のようにスプーンを握るクオレを見ながら、ようやく私は少しだけ笑うことができた気がした。

 

***

[レイview]

 

 

「だが、なかなか……良いものだな。たまにはこうして一息入れるのも悪くない」

 

 陶磁器が軽く当たる音がする。耳当たりの良いそれは、このティーセットの質の良さを示す。手触りの良さは言うまでもない。

 茶葉の香りは筆舌に尽くし難い。適度な温度管理によって生み出されるこれを知る人は少ないはずだ。この屋敷の管理人は、この手のものに相当なこだわりがあったに違いないだろう。

 

「……おい、何もここでそんなくつろぐこたぁ無ぇだろ」

 

 ペティの呆れた声が聞こえる。目を開けると、ペティがこちらをジトっと見ていた。

 

「『一流は場所を選ばない』とは、よく言ったものだと思わないか? どんな場所に居ても最善を尽くせる。そうありたいと私は思う」

 

 澄んだ紅の水面を慈しむのも悪くない。揺らぐたびにほんのりと変わる色合いに気付けると尚良い。口に含むと、その繊細な多面性がより感じられる。

 

「いや、良いように言うけどよ。厨房で足組んで優雅にティータイムって、前世は執事か?」

「執事……? ふむ……まぁ、そうかもな?」

「アタシに聞くな。知らん」

 

 執事というよりはボディーガードのはずだが、言われてみれば執事だったのかもしれない。

 

「てかよ、なんでティーカップ2つも用意してんだ? アタシ、頼んでないよな」

「む……」

 

 テーブルの上にはティーポットと、ティーカップが2つ。まだ湯気の立つそれは誰にも触れられていない。

 

「……せっかくだ。キミも一息入れたらどうだ、ペティ」

「あー……いいよ。アタシは茶葉の違いとか分かんねぇし」

「そうか? ……ならば仕方ない。残りは魔法瓶にでも詰めておくか」

「雰囲気ぶち壊しだな……」

「そう思うなら、飲んでくれても良いんだぞ?」

「へいへい、また後でな」

 

 穏やかな時間が過ぎていく。

 

***

[スミレview]

 

 

 午後、特にやることも思いつかなかった私は、なんとなく娯楽室に来ていた。

 

「うぁ〜! また負けた〜!」

 

 入ってすぐ、頭を抱えるシルベの声がした。近付いてみると、ユウノとチェスをしているようだ。チェスのルールはよく分からないが、盤面を見るとほとんど白一色でユウノが圧勝しただろうことだけは分かる。

 

「あ、スミレさん!」

 

 悶え苦しんでいるシルベと目が合ってしまった。軽く会釈する。

 

「あ、ど、どうも……」

 

 ユウノも頭を下げていた。相変わらず布を被っているが、表情は初めて会った頃よりも穏やかに見える。

 

「ユウノさんって強いんすね、チェス」

「え? い、いえ、強いってほどでは〜……」

 

 言いながらも「うへへ……」と笑っていた。照れているようだ。

 

「そうなんだよ、ユウノちゃんってばすっごく強くって!」

 

(ちゃん呼び⁉︎ いつの間に……)

 

 なんだか2人はとても仲が良さそうだ。シルベが褒めるので、ユウノはますます身体を揺すって照れている。

 

「皆様お集まりで、何をされているのでしょうか」

 

 突然聞こえた声に肩が震える。慌てて後ろを振り返ると、そこにはクオレが居た。

 

「あ、クオレさん! 今、ユウノちゃんとチェスをしてるんだけど、なかなか勝てなくて……」

「なるほど、チェスですか」

 

 反応から推測すると、どうやらクオレはチェスを知っているみたいだ。

 

「私はできないんすけど、クオレさんってチェスできるんすか?」

「はい。その昔、友人に教わった遊びの1つです」

「え、クオレさん、チェスできるの⁉︎ じゃあお願い、僕と代わってくれないかな!」

「へ……シルベちゃん?」

 

 ユウノが困惑する中、シルベは席を立ち、クオレを座らせる。座高差のある2人が向かい合う。

 

「ぴぃ……」

 

 クオレと目が合ったのか、ユウノが鳴いていた。そういえば、監房で初めて会った時の印象が最悪だったことを思い出す。ユウノはまだ、クオレのことを勘違いしたままなのかもしれない。

 

「だ、大丈夫っすよ、ユウノさん。クオレさんは、怒ってる訳でも睨んでる訳でも無いんです」

「へ? え、えっと……」

「ほら、クオレさん、笑顔作って!」

「笑顔。…………こう、でしょうか」

 

 口角の少し上を指先で押すようにして、クオレは表情を作ってみせた。目が笑っていないので怖いが、どちらかと言うと可愛い印象が勝っている気がする。

 

「ほ、ほら、見てください! 敵対の意思の無い、何よりの証拠です!」

「ふ、ふふっ……」

「え?」

「あ、ご、ごめんなさい!」

 

 慌ててユウノは手を振るが、ちらっとクオレの方を見て困ったように笑った。

 

「わ、笑ってしまってごめんなさい。けど……ふふっ、私、クオレさんのこと、少し勘違いしていたみたいです」

 

【挿絵表示】

 

 ユウノは表情を崩す。だが、状況がよく分かっていないのか、クオレは両頬に指を添えたまま首を傾げていた。

 

 

 

 なんとかユウノの誤解を解いて、ようやくチェスが始まった。2人はお互いの手を探り合いながらも、迷いなく手を進めているように見える。

 

「あ……」

 

 少しの膠着(こうちゃく)状態の後、クオレのコマがユウノによって倒されてしまう。そこから続け様に、お互いのコマの取り合いが行われた。

 ふと、ユウノの顔を見ると、少し焦っているのか表情は固く、一方でクオレは相変わらずの涼しい顔で眉一つ動かさない。

 

 なんて観察をしているうちに盤面は進み、いつの間にかクオレのコマがユウノを追い詰めていた。

 

「チェック」

 

 クオレは静かに宣言する。ユウノがコマを動かすが、間髪入れずにクオレは次の手を打った。

 

「これでチェックメイト、ですね」

「……参りました」

 

 勝負がついたらしい。ユウノが顔を伏せる。

 

「うわぁ! すごい、すごいよクオレさん! とってもつよいんだね!」

 

 心なしか満足げな表情のクオレの手を取って、シルベは腕を振る。本当に嬉しそうだ。その明るい笑顔を見ていると、なんだか癒される気がする。

 

(……?)

 

 ふと、横から冷たい視線を感じて目で追うと、布の奥からユウノの瞳が2人を捉えていた。

 

(気のせい……かな)

 

 睨んでいたようにも見えたが、感情は読み取れなかった。既にユウノは笑顔でクオレを称えていた。そこに棘はなく、純粋にクオレの実力を認める賛辞が述べられている。

 

「今度、僕にチェスを教えてくれないかな、クオレさん!」

「はい。ワタシで良ければ」

 

 そんな話をしている2人に、ユウノがおずおずと手を挙げた。

 

「え、えっと、その時は、是非私も……」

「ええ、もちろんです」

 

 クオレは迷いなく頷いた。ユウノは少しホッとしたように息を吐いていた。断られると思ったのだろうか。

 

「スミレ様もどうでしょうか。チェス、ご興味ありませんか?」

「え」

 

 まさか誘われると思っておらず変な声が出てしまった。

 そういえば、昼食の時もクオレから誘ってくれたことをふと思い出す。もしかしたら気を遣ってくれているのかもしれない。

 

「じゃあ……お願いしようかな」

 

 もちろん断る理由は無い。

 私が頷くと、クオレは嬉しそうに頷き返した。微笑んでるようにも見える。なんとなく、表情と感情が分かるようになってきているのを感じた。

 

(表情に出ないだけで、感情豊かな子なんだな、きっと)

 

 いつか笑顔を見てみたいと、ふとそう思った。いつになるかは分からないけれど、きっと見られる日が来ると、そんな予感がしていた。

 

 

 

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