異誕少女ノ魔女裁判   作:異誕少女ノ魔女裁判制作チーム

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2-3「新しい日常」

 ゆっくり眠って朝起きられる。そんな当たり前にできていたことが、どれほど幸せなことだったのかを噛みしめながら、クオレと朝食を食べる。ちゃんと眠れると思考が整理されて、なんとなく物事を前向きに考えられるようになった気がする。

 心境の変化として大きいのは、漠然とした【何かしなくちゃいけない】という使命感が湧いてきたことだろうか。どうやら人は、休みとなるとどこかへ行ったり何かをしたりしたくなるものらしい。記憶が無かったりするが、私も例外ではなかったようだ。

 

 朝食を食べ終わって、なんとなく外へ行こうかと玄関ホールに入ったタイミングだった。

 

 

――――ドゴンッ!!!

 

 

 上の階から大きな振動と大きな音が響く。誰のものか分からないが、小さく叫び声も聞こえた気がする。

 慌てて階段を登ると、すぐに違和感と共に音の正体が分かった。

 2階廊下の壁の一部が崩れていたのだ。そこに誰かが倒れこんでいるのが見えた。

 血の気が引くのを感じながら現場へ駆けると、後ろから足音が聞こえて来た。

 

「八重沢スミレか」

「あ、レイさん!」

「事故か、事件か?」

「わ、分かんないっす、見てみないと……」

 

 言いながら瓦礫の傍に近寄る。

 嫌な予感と激しい心臓の鼓動を感じながら、倒れる人影に近付く。

 

「……え?」

 

 するとそこには、ユウノを膝枕しているシルベの姿があった。

 

「あ、レイさん、スミレさん! いやぁ、すみません、朝からお騒がせしちゃって」

 

 頬をかく笑顔のシルベ。状況が飲み込めず、思わず隣のレイの方を見ると、さすがのレイもポカンとした顔をしていた。

 

「いや、その……大丈夫なのか?」

「うん、僕は平気。ユウノちゃんも見た感じ怪我はしてなさそうかな。気を失っちゃったみたいだけど」

「そ、そうか……」

 

 改めて見ると、確かにユウノは眠っているだけのようだ。とても苦しそうな顔をしているのが心配だが。

 

「オイオイ、屋敷を壊さないでくれよ」

「――っ」

「ツカイマか」

 

 ふっと風が吹くように、いつの間にか小さな猫が側に居た。まだこの存在には慣れそうにない。私は半歩下がって距離を取る。

 

「なんだよ、そのイヤ〜な目。プリチーなオレっちを見られて幸せだろ?」

「……それで、何の用だ?」

 

 レイは、ツカイマの言葉をバッサリ切り捨ててそう問いかけた。ツカイマはわざとらしくため息をつく。

 

「注意しに来たんだよ! あんまり不用意に屋敷を荒らさないで欲しいんだが」

「何か不都合でもあるのか?」

「不都合だ⁉︎ 当たり前のこと言わせるなよ! あんまり酷いようだと、看守を呼ぶからな!」

「――看守⁉︎」

 

 ガバッ! と勢いよくユウノが起き上がる。どうやら、看守というワードに反応したらしい。

 

「わ! ユウノちゃん、もう大丈夫なの?」

「え? わ、わわわっ⁉︎」

 

 周囲を見回して状況を理解したのか、ユウノは飛び退いて距離を取ると全力で頭を床に擦り当てた。

 

「ごごごごごめんなさい! 壊しちゃってごめんなしゃいぃ――‼︎」

「落ち着いて、ユウノちゃん! ユウノちゃんは悪くないよ!」

 

 シルベがなんとかユウノを落ち着かせ、ようやく何が起こったのかを話してくれた。

 曰く、向かいの娯楽室から見える窓が気になってこの辺りを調査していたら、壁が崩れたらしい。

 

「そしたらやっぱり、ここに隠し部屋があったんだ!」

「す、すみません、躓いて手をついた拍子に……」

「なるほどな、大体分かったぜ」

 

 ツカイマは頷いて、少し部屋の様子を見てからまた頷いた。

 

「ま、壁が崩れやすくなってたのはこっちの管理不足だ。今回は許してやるよ」

「ほ、本当でふか⁉︎」

「部屋の中のものも好きに使って良いぜ。じゃあな」

 

 (きびす)を返したツカイマは、どこかへふっと消えてしまった。相変わらずの神出鬼没ぶりにため息が出る。

 

「部屋の中を使って良いって言ってたし、少し見てみない?」

 

 新しい部屋の発見に、興奮気味なシルベが鼻を鳴らしながらそう提案する。断る理由はない。私は頷いた。

 

「そうだな。なんとなく予想は付くが、ちゃんと見ておくに越したことは無いだろう」

 

 レイもそれに同意する。それを入室の許可と受け取ったのか、シルベは水を得た魚のように壁の穴を潜って中へ入って行った。

 私たちも追いかけて部屋の中へ入る。

 

「なるほど、これは……」

「音楽室……っすかね」

 

 少し細長い間取りの部屋には、所狭しと様々な楽器が並べられていた。その中でも特に大きな楽器 、ハープやピアノが目を惹く。

 オーケストラでも収容するつもりだったのだろうか、丁寧に椅子や譜面台まで用意されている。

 適当な楽器を手に取ってみるが、まるで弾ける気がしない。どうやら、音楽の才能は記憶に関係なく持ち合わせてはいなかったようだ。

 

「……ユウノちゃん?」

 

 シルベの声に顔を上げると、ユウノがピアノの前に座ってその蓋を開けていた。そして、指を動かして何音か弾いてみせる。

 

(何の曲だろう……?)

 

 どこかで聴いたことのある曲にも思えるし、そうでもないようにも思える。覚えてないだけかもしれないが。

 なんてことを考えているうちに、ユウノは本格的に旋律を奏で始めていた。耳心地の良い音が紡がれていく。

 

「こんな穴、ありましたっけ……?」

「でも、ここから音が聞こえていますね」

 

 部屋の外から話し声が聞こえる。

 ユウノのピアノの音を聞いて集まってきたのだろう。ほどなく数人が壁の穴から入ってくる。

 

「あ、スミレ様。ここにいらっしゃいましたか」

「クオレさん。……と、リチさんとユリさんとテミさん」

「こんにちわ~」

 

 ぞろぞろと入ってきた人たちにユウノは気付いたのか、手を止めて振り向く。

 

「あ、わっ……人が、いっぱい……」

 

 驚いているユウノにレイが近付く。

 

「……その、少しいいか? 勘違いかもしれないが……昔、コンサートに出ていなかったか? その時は確か、キミの妹が――」

「――あ、あっ、そうです! そうですけど、その話は……」

「……っ、そう、だな。すまない」

 

 2人のやり取りを聞いていたシルベが首を傾げる。私も正直、なんの話をしているのかよく分からなかった。

 

「もしかしてユウノちゃんって有名人なの? レイさんが知ってるなんて、きっとそうなんだよね?」

「え!? えーっと、うん……そう、かも?」

「やっぱり! すごいんだね、ユウノちゃん!」

「え~……えっへっへ……」

 

 そんな二人に皆が近付いてくる。リチがユウノに尋ねた。

 

「それで、何の曲を弾いてたの?」

「えっと……タイトルは無くて、私のオリジナル、なんです……」

 

 少しどよめきが起こる。口々に「すごい!」とユウノを褒めていることだけは分かった。

 

「……もしかして、絶対音感とかあるの?」

「え、ま、まぁ……」

「じゃあ、こういうのとか弾けるかな?」

 

 リチが鼻歌を歌う。それを聞いたユウノはすぐに、その旋律をピアノで弾いてみせた。

 

「そうか、ユウノちゃんは【絶対音感の魔法】を持ってるんだね!」

 

 突然、シルベが楽しそうに言う。

 絶対音感の魔法。そんなものもあるのか。

 

「え、あ、そ、そうなんです……えへへ」

「へぇ。……【絶対音感の魔法】は、一般的に言われる『絶対音感』とは何が違うんだ?」

 

 笑うユウノにレイが切り込む。

 

「そ、そうですね……私の場合、普通の絶対音感では分からない音も、音階として捉えることができる……とかですかね。扉の叩く音とか……」

 

 絶対音感がどれだけの能力を持つかは分からないが、なんだか凄そうだ。

 

「やっぱりすごいや! ねぇねぇ、この曲も弾いてよ!」

 

 興奮気味にシルベが鼻歌をユウノに聞かせる。それをユウノがピアノで再現する。しばらくそんなやり取りが続き、ピアノの音に包まれながら時間を過ごした。

 

【挿絵表示】

 

 

***

[レイview]

 

「そういえば、ペティに聞きたい事があるんだが……」

 

 監房にいなければならない時間。ふと思い出した私は、ペティに話しかける。

 ペティは不思議そうに続きの言葉を待つ。

 

「なんと言うか、その男勝り(・・・)な喋り方は昔からなのか?」

 

 私の問いに、ペティは思わず「あー」と声を出し、少し考えた後に話し始める。

 

「私のあのちょっと乱暴な言葉遣いは、ある時から使い始めたものですね」

「なっ……!?」

 

 想像もしていなかった丁寧な言葉遣いがペティの口から発せられ、思わず私は目を見開き驚いた。

 私の表情を見て、ペティも声を出して笑っている。

 

「……」

「いやごめん。なかなか見られるものじゃないからつい……ふふ」

 

 ひとしきり笑った後、ペティは「はぁ〜あ」とわざとらしくため息をついた。

 

「……まあ同室だし、レイにならいいか」

 

(……どういう事だ?)

 

 と疑問を浮かべていると、ペティが元の口調になって話し始める。

 

「例えがちょっと難しいが、このアタシは常に気を張ってる状態だと思ってくれればいい。

 ……実はアタシは、少し弱気になって、【ある事】を考え始めちまうと、そのまま押し潰されそうになっちまうんだ。

 そうならないために、少しでも強気な姿勢を保っておきたいのさ」

 

(……そういうことだったのか)

 

 普段は見せない、ペティの一面が垣間見えて驚いたが、今までの言動から少し納得もした。

 よく見ると、話しているペティの表情も、どこか憂いを含んでいるように感じる。

 

「その【ある事】がなんなのか……は、話してはくれないか。だが、もし私にも協力できることならば――」

 

 そう話すレイの言葉を遮るように、ペティは手を前に出し、話し始める。

 

「――レイならそう言ってくれると思ってたぜ。けど、こればっかりはどうにもならねえんだ。おそらく、一生解決することはねぇだろうと、半ば諦めもついている。

 ……まあ、こんな思わせぶりな話をしておいて、教えられねえってのは酷いとは思うがな」

「そうか……」

「すまねえな。まあ、誰にでも知られたくない事の1つや2つあるもんだと思ってくれ」

「いや、こちらこそすまない。……全てを話せる訳ではないのはお互い様だ」

 

 私は気まずくなって視線を逸らす。ペティも何も答えられず、沈黙が続く。

 沈黙に耐えきれなくなった私は、思わず口を開いた。

 

「……何故この話をしたか、理由を言う。実は、誰とは言わないがこんな話をしていてだな……」

 

 ペティがまた、頭にハテナを浮かべながら続きを待っている。

 

「『ペティちゃんって話し方はちょっと変だけど、かわいいよね~』なんて事を言っていてな……

 あとは、『料理もできて、周りへの気遣いもできて、ホントにカッコイイっす!』とか、

 『ペティ様は将来、さらに魅力的な女性になると思います。もちろん今も魅力的です』とか……」

「待て待て! ストップストップ!! てか誰が言ってるか隠す気ねえだろそれ!!!」

 

 ペティに大声を出されて話を遮られてしまった。

 彼女の顔を見ると、サウナにでも入った後かのように真っ赤だった。

 

「お前ら、アタシのいない所でなんちゅう話をしてるんだ……。そういう話は本人の耳に入らないようにやってくれよ……」

 

 顔を隠すように下を向き、消え入りそうな声で呟く。

 

(……流石にやりすぎたか)

 

「……いや、すまない……悪い話じゃないと思って……つい……」

 

 と呟くように言い、ペティから視線を逸らした。

 だが、そこで俯いていたペティが突然ガバッと顔をあげ、声を張り上げる。

 

「よし! それならこっちも反撃だ!」

「!?」

 

 突然のことに私は面食らった。動けずにいる間にペティが捲し立てる。

 

「キリっとした立ち振る舞い、高身長で顔も良し!

 学ランみたいな服を着て『男装の麗人(れいじん)』ってやつか。世の女子たちが放っとかないだろう!

 そして、その刀と服を失くせば、出てくるのはスタイル抜群のポニテ美少女と来たもんだ。

 スミレが『かわいい服を着せたい』と言うのも至極真っ当な意見だと思うぞ!」

「びっ……美……少女……」

 

 今度は私が顔を真っ赤にする番だった。

 

「くっ……そんな事、面と向かって言われたのは……初めてだ……」

「ふふん、言っておくがお世辞とかじゃないぞ。……一般的な意見を代弁しただけだからな」

 

 なぜか言った方のペティもまた顔を赤くしている。

 

 お互いそれきり黙ってしまい、妙な空間が場を支配する。

 しばらくして、ようやく口を開いたのはペティだった。

 

「ま、そういう事で……この話はここだけのものにしておこう」

「賛成だ」

 

 ふう、と一息ついてペティが立ち上がる。

 

「ちょっと外歩いてくるわ」

「あ、ああ……」

 

 ペティが監房を出ていくのを見送り、私も一息つく。

 

「私も素振りでもしてくるかな……」

 

 監房を出て周囲の様子をうかがう。

 後ろめたいことは無いのだが、今はなるべく誰とも顔を合わせたくない。

 誰とも会わないことを願いつつ、外へと向かうのであった。

 

 

***

[スミレview]

 

 

 監房で過ごす時間が終わり通路を歩いていると、リチが監房から出ようとしていないことに気がついた。

 

「えーっと、リチさん? 自由時間っすけど、外行かないんすか?」

「ん~? 今はお人形作ってるからいいの~」

「人形?」

 

 リチの手元を覗き込むと、リチは針と糸を器用に使って何かを縫っていた。

 

「気になるの……?」

「は、はい、ちょっと気になるっす」

 

 リチは私に、作った人形をいくつか見せてくれた。

 

「この子が私のお気に入りなの……」

 

 そう言って見せてきた人形は、緑色の髪のリチにそっくりな人形だった。確か、花畑で会った時も持っていた人形だ。

 改めて見ると、縫い目も綺麗でとてもよく出来ている。手のひらに乗るくらいの大きさで、ふわふわの綿がつまっていて、服や細かい装飾品まで丁寧に作られている。

 

「すごい……作るの上手っすね……。ところで材料とかはどうしてるんすか?」

「食堂のテーブルクロスとかそこら辺のカーテンとか、枕の中身とかを使ってるの~」

「えぇ? それは大丈夫なんすか……?」

「ん~……今まで怒られてないし、大丈夫なんじゃないかな……」

「そ、そっすか……」

 

 若干不安になったが、一応は大丈夫らしい。少し黙って他の人形も眺めていると、リチがクスクスと笑った。

 

「ふふ、スミレちゃんも作ってみる……?」

「え、私が? いや、裁縫とか全然やったことないっすよ……多分」

「やってみたら意外とできるかもよ~? 簡単なのから教えるから、一緒にやってみない?」

「じゃ、じゃあやってみようかな……ここだと暗いですし、ラウンジの方とか行きません?」

「えぇ……そうしましょう」

 

***

 

「上手上手~そうやって丸く切った布を2枚作ったら、こっちにある綿を詰めて……」

 

 今は、ラウンジの机の上で、リチの言われたとおりにやってみているところだ。

 たまにアドバイスを聞きつつ、黙々と作業を続けている。

 

「……スミレちゃん、初めてやったにしてはすごく上手ね……。縫い目も細かくてまっすぐだし」

「なんか手が覚えてるみたいで、意外と上手くできたかも」

 

 私は照れくさくなって、少し笑った。

 

(やってみると結構楽しいかも……)

 

 それからしばらく作業を続けた。

 

「あ、できた……かな?」

 

 丸い顔に目が2つあるだけのシンプルな人形だが、ちゃんと顔に見える。リチの作る人形ほど細かくはないが、初めてにしては悪くない出来だ。

 

「あの、リチさん、教えてくれてありがとうございました!」

「お礼はしなくても大丈夫。私も楽しかったから……。じゃあ次は、もうちょっと難しいのをやってみる? 胴体もつけるやつ~」

「やってみたいっす!」

 

 

 

***

 

 

「あ、ウメさん!」

「……八重沢さん。何か用?」

 

 監房に戻る途中、ウメのマフラーが目に留まって声をかける。少しだけ面倒くさそうにウメが振りむいた。

 

「えっと、この間のお礼がしたくて」

「お礼? ……私、何かしたっけ」

「監房に来てくれたり、レイさんにアドバイスしてくれたり……私のためにいろいろ動いてくれたんですよね?」

 

 確認の意味も込めてそう問いかける。ウメは「……そんなことか」と呟いて、そっぽを向いてしまう。

 

「別に、放置しておくと面倒だと思っただけ……」

「でも私は! そんなウメさんの行動に救われたんです……! だから、ありがとうございました……!」

 

 めいいっぱい頭を下げる。少しでも気持ちが届くように。

 顔を上げると、何も言わないウメと目が合う。ウメはまた視線を逸らした。

 

「……話、終わったならもう監房に戻って良い? 飽きてきた」

「え? あ、は、はい」

 

 ウメは私に背を向ける。今にも歩き出して行ってしまいそうだ。

 気持ちは伝わらなかったのだろうか。私は少し顔を伏せる。

 

「……また辛くなったら、他の人を頼ると良いよ」

「へ?」

「例えば……柳谷さんとか。彼女、カウンセリングが得意なんだ」

「柳谷……アヤフミさんっすね。そういや、同室なんでしたっけ」

「うん。話、聞いてもらえば?」

 

 振り返らずウメは手を軽く上げて、「それだけ」と言って歩いて行ってしまった。

 まだ掴みどころがないが、少しだけ心の距離が近付いた気がする。

 

 

***

[テミview]

 

 

 鍵の閉まる音で顔を上げる。監房の鉄格子が閉まった音だ。こうなれば、出ることも入ることも叶わない。

 もう慣れてきた現象だ。この部屋を見慣れてきてしまったように、この生活に段々と慣れてきていることを実感する。

 

(……あれ?)

 

 そんな景色に違和感を覚える。

 

(ユリさんは……?)

 

 気付かぬうちにベッドに戻っていたのかと確認してみるも、そこはもぬけの殻だった。まさか、かくれんぼをしようなんて訳がない。一応ベッドの下を覗いてみたが、当然居なかった。

 

(……この時間は監房に居ないといけないはず。あのユリさんが、そんなルールを守らない訳がない。もしかして、何かあったんじゃ……)

 

 嫌な予感があの時の記憶を呼び戻す。フラッシュバックするのは、イトの凄惨な姿。それがユリに重なる。

 

(まさか……そんな訳ない)

 

 悪い考えを振り払うように首を振って、ベッドに潜る。

 監房時間が終わるまで外に出られないのがこんなに嫌になるなんて思わなかった。本を読む余裕も無く、長い長い監房時間をただ耐えるしかなった。

 

 

 

 鍵の開く音で顔を上げる。鉄格子の扉の鍵が開いたのだ。それは、監房時間が終わったことを示す。

 慌てて扉を抜け、監房の外へ飛び出す。

 向かったのは、リチとルナの居る監房。リチが最後にユリを見た可能性が高いと思ったからだ。

 

「リチさん!」

 

 鉄格子にしがみ付くようにしてリチを呼ぶ。

 びっくりした様子でリチが口元を押さえる。ルナは面倒くさそうに一瞥して、ベッドに戻ってしまった。構わずリチに話しかける。

 

「ユリさんを見ませんでしたか⁉︎」

「ん〜? 見てないかな……。ユリちゃんに何かあったの?」

「それが……」

「どうした、摩多音テミ。キミがそこまで取り乱すなんて珍しい」

「そうだぜ、まずは落ち着けよ、な?」

「あ、レイさん、ペティさん……」

 

 隣の監房からレイとペティが出てくる。

 改めて、3人にユリが監房時間までに帰って来なかったことを説明した。

 

「――だから、何かあったんじゃないかって……」

「なるほど、事情は分かった」

 

 レイは頷くと、申し訳なさそうにしながら頭を下げた。

 

「すまない、実は監房時間前に清條ユリを見ていたんだ」

「え? ゆ、ユリさんは無事なんですか⁉︎」

「彼女は看守に連れて行かれていた。恐らく、行き先は懲罰房だ」

「なっ……」

 

 それを聞いて、ペティがレイの肩を叩く。

 

「おいおい、そりゃあ何かの間違いだろ。助けてやれなかったのか?」

「無茶を言うな。忘れたのか? その行為は――」レイは一瞬だけ目を伏せる。「――生憎、一度止められていてな。禁止事項だ」

「……そうだったな。悪い」

 

 2人が何か言い合っているが、あまり聞いていられる状況ではなかった。頭は既に懲罰房に行かないといけない使命感でいっぱいだった。

 

「と、とにかく、懲罰房にユリさんは居るんですね?︎」

「可能性があるだけで、まだそうとは――」

「――行きましょう、すぐそこですから」

「お、おい、テミ!」

 

 レイの制止も聞いている余裕が無い。足は懲罰房に向かっていた。

 すぐに、閉ざされた鉄扉の前に辿り着く。扉を押したり引いたりしてみるが、開く様子は無かった。見ると、大きな南京錠がかけられていた。

 ほどなく追いかけてきたらしいリチ、レイ、ペティが合流する。困ってレイの顔を見るが、レイはペティと顔を見合わせていた。

 

「何だオマエら、揃いも揃って。……もしかして、興味あんの?」

「んな訳あるか」

 

 いつの間にか近くにいたツカイマに、ペティが冷たく吐き捨てる。だが、ツカイマは慣れた様子でそれを鼻で笑っていた。

 

「ツカイマ……さん。その、ユリさんって……」

 

 藁にもすがる思いでツカイマに問いかけると、「あ」とツカイマは口を開ける。

 

「いっけね。通知出し損ねてたぜ」

「清條ユリは居るのか? 居ないのか?」

「落ち着けって。ソイツは確かに懲罰房に居る。……今回はオレっちのミスだし、ついでだから見せてやるよ」

 

 ツカイマが尻尾をひと振りすると、廊下の角から看守がヌッと現れた。嫌でも身体が緊張してしまうのを感じる。

 身構えているうちに看守は懲罰房の扉に近付き、ほどなくして鍵の外れる音がした。扉についていた南京錠が解除されたようだ。

 看守はそのまま扉を押して中に入っていく。ツカイマの方を見ると、小さく顎を振ってみせた。進めということだろうか。

 

(ここが懲罰房……嫌な空気……)

 

 監房よりもさらにジメジメしていて薄暗い。覗き窓が付いた重そうな鉄扉が並んでいる。

 周囲を観察しながら歩いていると、看守が1つの扉の前で止まった。そして、何も言わずにそこで佇む。そこにツカイマがついっと飛んでくる。

 

「ほら、オマエらも見てみろよ。今回は特別だぜ?」

 

 言われて覗き窓から中を見てみると、そこには――

 

(ゆ、ユリさん……⁉︎)

 

 ユリがやけに分厚い本を見ながら、書き写しをしている姿があった。

 目立つ外傷は見当たらない。状況はともかく、ひとまず無事だったことに安堵する。

 

「……あれは、何だ?」

 

 レイがツカイマに問いかける。

 

「見て分からねぇか? 規則を破った罰を課してるんだよ」

 

 想像していた罰と違い、困惑している私たちを尻目にツカイマは口を開く。

「罰の内容は収容される囚人の行動によって変わるんだ。コイツは、時間外に外に居ただけだからまだ可愛いもんさ。乱闘騒ぎや脱獄なんてしようもんなら……。……まぁせいぜい気をつけるんだな! さ、出てった、出てった!」

 

 見学は終わりと言いたげに、ツカイマは看守を使って私たちを懲罰房から追い出した。

 

「……ま、アタシたちは何もできないわけだし、無事に出てくるのを祈るしかねぇな」

「そうだな。……だが、懲罰房行きが想像よりも酷な罰則かもしれないと分かったのは収穫だ。より一層、規則には注意して行動するようにしなければ」

 

 ペティとレイが頷き合っている。そんな2人を見ていると、横からの視線に気付く。チラッと視線をやると、リチが私を覗き込むようにして見ていた。

 

「……大丈夫?」

「え? まぁ……。ですが、どうして彼女が懲罰房に行くことになったのか、気になってしまいまして」

「そっか……そうだよね。ユリちゃんが帰ってきたら、聞いてみよう」

 

 今は気分を変えたい。リチと共に図書館へ向かうことにした。

 だが、ユリの居ない時間がこんなにも何か足りない感覚になるとは思わなかった。

 

(……早く、帰ってきてください、ユリさん……)

 

***

[スミレview]

 

 

 監房に戻って少し息をつく。

 数日前までイトが居たベッドを見上げながらぼーっとしていると、机の上に置いてある本が視界に入り、以前ユリから借りた本を最近読んでいないことを思い出した。

 

「久々に読んでみようかな……」

 

 ベッドに座って本を開く。今は上巻を読み終わり、中巻の中盤あたりだ。

 

「……」

 

 黙々と読み進めていき、時間が過ぎていく。

 

『少女は、段々と夢の色が黒く変わっていくのに気付いた。そして、夢の中で出会う少女の顔が、段々と歪んでいることにも気が付いた』

 

 序盤に出てきた『呪い』の話以降は比較的明るい話だったため、不穏な話が久々に出てきて少し驚く。

 

『だが、夢の中の少女は以前にも増して宝物をくれた。――煌めく藤色の欠片、枯桜の最後の灯火、苔むした緋色の星屑――。どれも綺麗で、どれも素敵だった』

 

『なのに、あの少女は、私にもっと、もっと黒い呪いを――』

 

 そこまで読んだところで、視界が真っ暗になった。

 

「――あ」

 

 一瞬声が出たが、すぐに口を塞ぐ。知らない間に消灯時間になっていたようだ。

 

(続きは、また今度読もうかな……)

 

 私は手探りで机を探して本を置き、ベッドに横たわって眠りについた。

 

 

 

 

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