第2章4話
「あ!■■来た!」
うん、ただいま。今日はちょっと――なっちゃった。ごめんね。
「いいよ、全然。■■が来てくれるだけで、毎日が―――の」
■■、今日も―――読んでたの? また―の話?
「うん、今日はね、―――――って花を読んでたの。―に咲く花で、―――とか―の小さな花が、こう、――みたいに連なって咲くんだって。―――いよね。」
ふーん、――みたいって、どんな感じなんだろうね。■■、――ことあるの?
……あ、ごめん。そういうつもりじゃ―――。
「あはは、別に―――――ていいよ。」
……。
「――ことはないよ。――――には、ほとんど―――――から。でも、いつか――みたいな。―――――も、――も、―――――も……それに、【銀の結晶花】も」
……【銀の結晶花】、ほんとに――――――あると思う? ――の中では―――れているけど、――には―――ないんでしょ?
「うーん、―――ない。でも――たいな。――の花なんだから、―――に――あるって――たい。
それに、――って信じて――を見ていた方が、―――でしょ?」
■■って、ほんとに―好きだよね。私、■■の話を――――と、――――も――ないなって―えてきたよ。
「ほんと? ■■が――言ってくれるなら、私、――――の話したくなっちゃうよ!
じゃあ次はね、――の話をしよう! ――って、―によって――が――んだよ。―は――、―――は――、―は――……」
――――――
――――
――……
……ねえ、■■。
「ん?」
もし、ほんとに【銀の結晶花】が――たら、■■は――する? ――るだけで――の?
「うーん、――るだけでもいいけど……もし―れたら、―――な感触なのかなって―う。―たいのかな、―かいのかな。――――してるだけじゃなくて、きっと―か――なものが――と思うんだよね」
……そっか。
「……? あれ、それは……?」
こ、これは……えっと……
コホン。……これ、■■に―――。――だから、――てもいいけど。
「ううん! ――ないよ! とっても――な――ありがとう!」
喜んでもらえたなら――――。……何――――してるの?
「へへ……■■は私のことが―――なんだね!」
……は?
「―の―――の―――は【――――】とか【――】っていう―――もあるけど……実は【―――――――――――――】っていう―――があるの、えへへ。」
な……!
「あはははは! ふふふ……!」
■■……これが―――てわざと――――――が好きって話を―――――んでしょ……
「まあ、■■が私のこと――なのは―から――――けどね!」
この!
「わ! わひゃ――――――!――――ふぇ! ――に―――――するの!」
■■が私を――――のが―いんだよ!
「そんなに――ないでよ! ――だよ――!」
……。
「……ご、ごめんって。とにかく―――――ありがとう。――にするね」
最初から――言えばいいんだよ。
「……」
何か、夢を見ていた気がする。
誰かと誰かが話していた。とても大切な――
「――っ!!」
頭がズキリと痛む。まるで思い出すのを邪魔するように。
(……でも、あれは
なぜか思い出せない私の記憶。それに関わる何かであるのは間違いないはずだ。
私は頭痛に耐えながら、夢の内容を思い出そうとしてみた。
「【銀の結晶花】……?」
どんどんと消えていく夢の中で、1つのワードが引っかかる。
聞いたことがあるような、無いような……そんな名前の花だ。
「図書室で調べてみようかな」
これが何か分かれば、夢の内容を思い出せるかもしれない。
それに、もしかしたら私の記憶が無い理由も分かるかもしれない。
朝食を食べたらさっそく行ってみよう。
***
図書室は相変わらず、穏やかな空気が流れている。中央の桜の木がそうさせているのか、これも何かの魔法なのだろうか。
ともかく、数え切れないほどの本が置かれているここなら、何かヒントくらいは見つかるだろう。
(クオレさんは知らないって言ってたし……)
朝食の際にクオレに軽く聞いてみたが、『銀の……けっしょう、か? 何かの武器でしょうか』と首を傾げられてしまった。
何かは分からないが、武器ではない気がする。素直に音の響きから考えると、きっと花の名前だろう。
だからおそらく、植物図鑑的なものを探せば、それっぽいのが見つかる気がする。
(……とは言え、ここから探すの……?)
見上げるほどのサイズの本棚にびっしりと詰められた本たち。背表紙に何も書かれていない本がほとんどなこともあり、どこに何があるのか、あまつさえ何順に並んでいるのかも分からない。
これらを1冊ずつ調べていたら、何日かかるか分からない。想像するだけでため息が出るほど、途方も無い作業になりそうだ。
(でも、やらなきゃ。私の記憶に関する唯一の手掛かりだし……)
きゅっと拳を握りしめて、覚悟を決める。
まずはやってみよう。
手の届く範囲の本を手に取って見る。装丁的にかなり古い本のようだ。
(……読めない)
ハードカバーの表紙に印字されたタイトルらしき文字列。それは、見たことのない言語で書かれていた。単に忘れているとかではなく、少なくとも常用されることのない未知の言語であるのは間違いないだろう。
(ユリさんが選んでくれた本は普通に読めたのに……)
さっそく心が折れそうになるが、首を振って次の本を手に取る。
また読めない表紙だが、先程の文字と似た並びであることに気付く。
(もしかして、名前順に並んでるのかな……)
図書室と言うだけあって、ちゃんと整理はされているらしい。本棚の上などに入り切らなかったのか、横倒しに積まれている本たちは見なかったことにする。
(……きっと見つかる。うん、頑張ろう……)
なんとか自分を励ましながら、本を手に取っては眺める。単調な作業だが本を眺めるのはなんとなく楽しく、いつの間にか時間が経っていた。気付けばもう監房に戻る時間だ。
今は一旦引き上げるしかない。私は看守に睨まれながら、図書室を後にした。
***
[ユリView]
昼食後、食器を返却したタイミングだった。
「……ユリさん」
「は、はいっ!」
隣に居るテミが名前を呼んだ。思わず返答の声が上ずってしまう。
いつもなら、ほとんど会話も無く図書室へ向かうはずだった。
「唐突な話ではあるのですが、今日は図書室では無く、いつもと違う場所に行ってみませんか?」
「いつもと違う場所……ですか?」
「ええ。この牢屋敷の外に行きたいんです。ユリさんにもぜひ、来ていただきたいと思いまして」
「えっと、それは……」
何か考えがあるのだろう。それが読めれば快諾できたのかもしれない。
【読心】を使えばあるいは、考えのすべてを理解できるのかもしれない。
『会って数日の人間』――いつかルナが放った言葉が、そう考える度に脳裏によぎる。
もし、仲良しだと思っているこの感情が一方的なものだったら? 【読心】が使えなかったら?
その行為が答えを教えてくれる。けれど、そんなものは見たく無かった。
だから私は迷うことしかできない。
返答に困っているのを察してくれたのか、テミがこう続けた。
「……何も、危険を冒すようなことはありません。あくまで、ここの敷地内にある屋外へ向かうだけですから」
それを聞いて、少しだけ冷静になれた。
また考え過ぎてしまったかもしれない。単に散歩に行こうと提案してくれているだけだ。
それに、ここで断って1人になれば、また監房に帰れないなんて現象に見舞われるかもしれない。結局、懲罰房行きになったあの現象の原因も分からないままだ。1人で居る方が危ない。
「はい……それなら、私も一緒に行きます!」
私の返答に安心したのか、テミの表情が明るくなった。
「それでは、行きましょうか」
***
屋敷から少し離れて森を抜けて、その先に私たちは来ていた。
「わあぁ……!! 綺麗……」
一面の花畑。穏やかな風と春の陽気に花が揺れている。まるで絵画の中に入ってしまったような美しい風景に、つい見入ってしまう。
「……そうですね。この景色を眺めるだけでも、少しは平穏な日々に近付けるでしょうから。それに――」
テミが呟くように言うが、続きが出てこない。
「それに……?」
気になってテミの顔を見る。テミはハッとして、私に微笑みを向けた。
「……すみません。花に気を取られて、話す内容を忘れてしまったみたいです」
「……っ」
一瞬だけ見えたテミの憂いの表情。何を言おうとしたのか、察してしまった。
ここでの生活は『平穏な日々』とは程遠い。つい最近もあんなことがあった後だ。まだ飲み込めないことも多い。
テミもまた、普通に生活できるように無理をしているのかもしれなかった。残念ながら回答を持ち合わせておらず、黙ることしかできなかった。
視線を外す。2人で並んで眼前に広がる花々をぼんやりと眺める。
「……そう言えば、どうして
思い出したかのようにテミが呟く。
横を見ると、テミは花を見つめたままだった。私は頷く。
「……実は私、自然観察の趣味もあったんです。この牢屋敷に来てから、読書に
だからというわけでも無いですが、植物に関する本を読んでいる際にふと、花畑があったことを思い出しまして。それでユリさんを誘ってみました」
「そ、そうだったんですね……! 牢屋敷の外に花畑があるのは、魔女図鑑を見て知っていたんですけど……1人で行くのは、心細かったので……」
「私も同じです。……こんな場所で、1人で居るのは不安ですから」
「え? そうなんですか……?」
思わず聞き返してしまう。
テミは少し驚いたようにこちらを見た。それからすぐに優しく笑った。
「意外でした?」
「は、はい……テミさんはそういった風に見えなかったので……」
「私は別に、自分が強い人間だなんて思っていません。むしろ、誰よりも――」
悲しい顔は、もう見たくなかった。
「――て、テミさん!」
「――っ!? は、はい」
「い、今は、この景色を見て……ゆっくり、しませんか?」
「え……」
「きっと、裁判なんて慣れないことをしたから、不安な気持ちが強くなってしまったんです。だから……」
「……ありがとう、ユリさん。そうですね、今は少しだけ忘れて、楽しみましょうか」
***
[スミレview]
1日1回は外に出ないと気が滅入る。なんとなくそんな気がして、気分転換がてらに私は花畑に向かっていた。
安直だが、【銀の結晶花】が植物なら、どこかに生えているのを見つけられるかもしれない。それに、花を見ているうちに何かを思い出すかもしれない。
そんな期待をしながら森を抜ける。見晴らしの良い丘。花畑はそこにある。
気付けば、この場所の思い出が沢山できていた。どれも良い思い出のはずだが、まだ心がどこか痛んでいる気がする。
そんな思い出たちを時折振り返りながら、足元の花たちを注意深く観察する。
クリンソウ、ユリ、ヒガンバナ、不思議と名前が浮かんでくる。イトと見に来た時にも起こった現象だ。やっぱり私は花が好きだったんだ。そうじゃないと説明がつかない。
(あれ、あそこに居るのって……ユリさん?)
少し離れたところにユリの背中を見つけた。その隣にはテミが居る。長い青髪がそよ風で揺れていた。
「……こんちわっす」
近付いて後ろから声をかける。
「あわわっ……⁉︎」
「おっと」
ユリを驚かせてしまった。転びそうになったユリをテミが支えて事なきを得る。少し涙ぐんだ目で振り返るユリに、私は苦笑いすることしかできなかった。
「すみません、驚かせてしまって」
だがユリは私に気付くと、慌てて振り向いて頭を下げた。
「あ、わ、わわっ! わた、わたっ‼︎」
帽子が吹き飛んでいきそうなほどにお辞儀を繰り返すユリ。慌て過ぎるあまり、言葉が途切れ途切れにしか聞こえてこない。
「『あ、私の方こそ驚いてしまってすみません、気にしないでください』と言ってますね」
「え?」
テミが言うと、ユリは今度は頭が飛んで行きそうなほどに首を縦に振った。そう言いたかったらしい。
(本当に、テミさんはユリさんの翻訳係だな……)
仲良くないとできない芸当だ。微笑ましい光景に思わず頬が緩む。
「それでスミレさん、どうしたんですか? こんな場所まで」
テミが首を傾げる。
正直に夢の内容を話すか悩んだが、ここで嘘をつく必要は全く無い。
「……実は私、この牢屋敷に来るまでの記憶が無くてですね――」
「――そ、そうなんですか!?」
なぜかユリが少し興奮した様子で距離を詰めてきた。
いつになく目を輝かせている。そう言えば、魔法を見た時のシルベもこんな感じだっただろうか。
「ユリさん、落ち着いてください」
「あ、あわわ、す、すすすみません!」
「あはは……。……それで、今朝見た夢の中に【銀の結晶花】って単語が出てきまして。それが私の過去の記憶に関係してるんじゃないかって思って、探しに来たんです」
言い終えると、テミとユリは2人で顔を見合わせていた。
「【銀の結晶花】……ですか。聞いたこと無いですね」
「す、すみません、私も……」
「そう……っすよね」
分かってはいたが、様々な本を読んでいる2人の知識力でも知らないとなると、いよいよ存在自体が怪しくなってくる。聞き間違いだったとすら思えてきた。
「……ですが、その名前を聞く感じでは、花であることは間違いなさそうです。どこかに咲いているかもしれません」
「そそそそうです! だから、落ち込まないでください、スミレさん!」
2人して励ましてくれる。もしかして、また表情に出ていたのだろうか。
「ありがとうございます。頑張って探してみますね」
その場を離れようとする。が、ユリが1歩前に出て思わず足が止まる。
「私たちも手伝いますから!」
「い、いや、大丈夫っすよ。気持ちだけ、受け取っておきます」
残念そうにユリは少し肩を落として下がる。悪いことをした気持ちになるが、あるかもわからないものを探させるのはもっと申し訳ない。
2人に別れを告げて、花畑を歩く。
午後の陽気に眠気を誘われながら、花たちを愛でていく。
だが、それらしい花は見つからなかった。
気付けば、もう監房に戻る時間だった。
この広い土地で探し物をするのはまた骨が折れる作業だが、気分転換には良いかも知れない。なんとか続けられそうだ。
そんなことを思いながら帰路につく。
***
監房で1人、ベッドで横になる。
すると強い眠気に襲われた。まだ15時だと言うのに。
(あれ……あんなに外を歩いたのはいつぶりだっけ……)
しばらく引きこもっていたのもあり、随分と疲れを溜めてしまったようだ。
身体が鈍るとはこういうのを言うのかもしれない。
(……大丈夫、ゆっくり休めば)
やはり1人で探索するのは無理があるのかもしれない。
そんな考えが浮かぶが、すぐに振り払う。
(お願いなんてできない……ウメさんは『誰かに頼っても良い』って言ってくれたけど……)
結論は変わらない。
ここで折れては、いつまで経っても自分のことも知れないままだ。
(うん……明日も頑張るぞ)
決意を固め、目を閉じる。
明日に備えて今日は休むことにした。
***
穏やかなピアノの旋律が屋敷に響く。
朝の日差しが照らす音楽室で、ユウノがピアノを演奏していた。
鳥のさえずりさえも演奏に含まれているのかと錯覚するほどに爽やかな音色だ。
聞き入っているうちに演奏が一区切りついたらしい。ユウノが立ち上がってお辞儀をする。
数人の拍手が鳴る。
「レイに言われて来てみたが、想像以上だぜ。もうプロじゃねぇか、ユウノ!」
開口一番、ペティがユウノに親指を立てていた。
「えへへへっ……そ、そうですかねぇ~」
「ああ。流石は……」
レイは何かを言いかけたが、ユウノの視線に気付いたのか言葉を濁す。何を言おうとしたのだろうか。
「さすがは、【絶対音感の魔法】だね! 全部、オリジナル曲なんだもんね?」
引き継ぐようにシルベが言葉を続けた。ユウノは少し嬉しそうに頷いている。
「あ、は、はい! もしリクエストがあれば、既存の曲でも、ひ、弾きます」
隣に座っているアヤフミが、さらにその隣のクオレに耳打ちしている。
「クオレさん、何か知ってる曲とかある?」
「そうですね……」
(クオレさんは曲とかあんまり聴かなさそうだけどな……)
そう思いつつ見ていると、クオレが手を挙げた。
「ワタシの所属していた部隊に軍歌がありました。タイトルは分かりませんが、よく口ずさんでいたのを覚えています」
(ぐ、軍歌……?)
そういえば、クオレは奴隷として軍人をしていた過去を持っていることを思い出す。
言われるまで、そういう曲がこの世にあることすらも忘れていた。
「わぁ、ぜひ聞いてみたいな。ユウノさん、お願いできる?」
「あ、はい! 聞かせていただければ」
クオレが歌を口ずさむ。軽快で思わず身体が動いてしまいそうな曲だ。
頷いたユウノは、すぐにそれをピアノの演奏に落とし込んだ。
これは確かに魔法なのかもしれない。一部しか聞いていないはずなのに、まるで最初からその曲を知っていたかのように演奏して見せる。
「これは……すごいですね……。素晴らしい演奏です、ユウノ様。懐かしい気持ちになりました」
クオレも感心したように感想を言う。すると、ユウノの表情はより一層崩れてふにゃふにゃになっていた。
「ユウノちゃんは凄い! 毎日弾いてほしいくらいだよ!」
「へ?」
一通りの演奏が終わり、そろそろ解散しようというタイミングでシルベがそう言った。
ユウノは少し迷うような素振りを見せてから、表情を崩して頷いた。
「じゃ……じゃあ、しばらくは毎日、毎朝、演奏しようかな……なんて」
「良いね! 絶対聞きに来るよ!」
「う、うん。……へへへ」
(……なんだか、初めて会った時から随分と印象が変わったな、ユウノさん)
クオレにビビっていたあの頃と比べれば、今の柔らかい表情はとても可愛らしく思う。この生活に慣れてきたのもあるだろうが、シルベの存在が大きいのだろう。いつも一緒に居るし。
(さて、今日も頑張るか……)
朝のコンサートも終わったので、私は図書室へ向かうことにした。
今日も【銀の結晶花】について調べないといけない。
少しだけ重い足をなんとか動かして、音楽室を後にした。
***
相変わらずため息が出るほどに圧迫感のある本の壁を見上げる。
昨日の続きから、また読めない文字で書かれた本たちを眺める作業を始める。
(最初は珍しいから面白かったけど、さすがに内容も分からない文字をいつまでも面白いとは思えないな……)
絵が入っていればまだ良いが、文字ばかりの本が続くのはとても辛いものがある。
(ん……なんだこれ)
そんな中、やけにカラフルな本が目に留まる。パステル調の素朴な絵が描かれており、まるで絵日記のようだ。
(伝記……にしては、随分と可愛らしいな)
誰のものか分からないが、よく見ると日付が書いてある。かなり古い文章のようだ。
そこでようやく、これは読めない文字ではなく、読みにくい文字なだけだと分かる。クレヨンで書かれたようなヨレた文字をよく見ると、知っている文字で書かれていたからだ。
~~~
むかしむかし、あるところに、とっても可愛くて、とっても強い少女がいました。
その少女は、世界を壊すことにも、救うことにも、すっかり慣れてしまっていました。
ある日、1つの国の王さまが、少女の前にひざまずきました。
とても偉い人のはずなのに、床に額をこすりつけて、こう言ったのです。
「どうか、この国をお救いください」
少女はそれを見て、キャハハと笑いました。
とても、面白い格好でした。
だから少女は、少しだけ遊んであげることにしました。
雨を降らせました。
畑は息を吹き返し、作物は実りました。
病に倒れていた人々も、みるみるうちに元気になりました。
人々は泣いて喜びました。
「女神様だ」と言いました。
「奇跡の聖女様だ」と言いました。
その様子を見た少女は、昔の出来事を思い出しました。
もう一度あの遊びをやってみようと考えました。
早速、やってみました。
次の月、少女は何もしませんでした。
雨は降らず、畑は枯れました。
病人は、1人、また1人と死んでいきました。
国は、あっという間にぐちゃぐちゃになりました。
人々は祈りました。
そして、叫びました。
「助けてください」
「お願いします」
「なんでもしますから」
少女は、それを見て、思いました。
――ああ。やっぱり人って、可愛い。
やがて王様は、また少女の前にやってきました。
前よりも、ずっとみじめな顔で。
「どうか……どうか……」
少女は、にっこり笑ってこう言いました。
「あなたの願いは何? どんな願いでも叶えてあげるわ」
王さまは、嬉しそうに口を開きました。
「国を……民を……」
そこまで言ったところで、
少女は、王さまの首を、折ってあげました。
だって、
もう十分遊んだのですから。
もういらなかったのです。
少女は、くるりと背を向けました。
「キャハハ! 世界って、本当に退屈で、本当に
~~~
(【銀の結晶花】とは関係なさそうだな……)
思わず読める本だったからと目を通してしまったが、時間の無駄だった。
片付けをしている最中に出てきた漫画を読んでしまうような、あの感覚に近い。
「す、スミレさん!」
と、背中から声をかけられて振り返ると、そこにはユリとテミがいた。
「ユリさん、それにテミさんも……どうしたんすか?」
「私たちも手伝いますよ、スミレさん」
「そそ、そうです! 【銀の結晶花】、探してるんですよね!?」
2人がずいずいと迫ってくる。とても断れる空気ではない。
「助かるっすけど……その、良いんすか? まだ、本当にあるかも分からないのに」
「ええ、もちろんです。困っている時はお互い様でしょう?」
「ほ、本を探すなら、きっと私たちの方が得意ですし、お、お役に立てるかと」
「分かったっす。じゃあ……お言葉に甘えて」
3人がかりともなると、作業の効率はかなり上がった。
ユリによると、やはり本は名前順に並んでおり、大雑把にジャンル分けされて配置されているらしい。
植物や動物、念のため魔法に関する本を中心に、3人で分担して探すことにした。
「何してるの~?」
午後、再び図書室で本を探していると、リチが楽しそうに入ってきた。
「あ、リチさん。実は――」
テミがざっくりと経緯を説明してくれる。
私が記憶喪失だったことを知らなかったリチは「そっか、大変だねぇ」と背中を
「じゃあ、私も手伝うよ~」
「え、良いんすか?」
「もちろん。それに、おしゃべりしながら作業できるんでしょう?」
断る理由はもちろん無い。
さらにメンバーが増えて、どんどんと図書室の開拓が進んでいった。
(……あの3人も、すごく仲が良いよな……)
作業の合間、テミ、ユリ、リチが楽しそうに話している様子をよく見かけた。そう言えば3人とも、よく図書室にいた気がする。それで仲良くなったのかもしれない。
***
それから数日、ユウノの朝のコンサートを聞いてから図書室にこもって作業するのが日課となった。
4人での作業となってからは、色々な本が見つかるようになった。
興味深かったのは、魔法について書かれている書物だった。
「【願いを叶える魔法】……そういうのもあるんすね」
「代償に、【魔女因子が無くなる】と書いてますね」
「ど、どうなっちゃうんでしょうか……魔法が使えなくなるだけなら、良いんですが……」
「願い事かぁ……私なら、もっとたくさんの人とお話できるようになりたい! って、お願いするかなぁ」
テミ、ユリ、リチが口々に感想を言う。こういう時間が、ちょうど良い休憩となっていた。
「スミレさん」
また何か見つけたのかと、私を呼ぶテミのもとへ皆が集まる。
「植物図鑑なのですが……」
「これはまた、随分と古そうな……」
ボロボロは言い過ぎかもしれないが、紙が変色してしまっている大きな本をテミが持っていた。
「このページを見てください」
そう言ってテミが開いたのは、ビリビリに破られてしまった痕跡があるページ。
「ここの部分を、誰かが破いて持って行ってしまったようです」
「酷い……本にこんなことを……」
ユリが涙ぐんでいる。確かに見ていて痛々しい。
「う~ん……。でもそれって誰かに見られたくないものがあった……ってことだよね~?」
「……!」
ぼんやりとリチが呟く。
言われてみればそうだ。イタズラで破いたと言うには、ページが丸ごと無くなっているのは違和感がある。
「もしかして、ここにあったんじゃないですか? 【銀の結晶花】の記載が……」
破られていないページを見ると、バラ科の植物の並びだった。もしかしたら、似たような見た目の花なのかもしれない。
「きっと、存在はしているのかも……」
言葉にしてみると、なんだか希望が見えた気がしてくる。
4人で頷いて、もっと情報が無いか探してみることにした。
***
[レイview]
日課にしている屋敷の見回りの最中、珍しく誰も居ないラウンジで1人、暖炉の炎を見ているクオレの姿が目に入って立ち止まる。
彼女が1人で居るのも、何もせずそこに居るのも珍しい。気になった私は、声をかけてみることにした。
「どうしたんだ、クオレ」
「……レイ様」
振り向いてお辞儀をした後、クオレは再び炎に目を向けた。やはりそれが気になるらしい。
「……綺麗だと、思いまして」
「暖炉の火が、か?」
「そうです。……火は見慣れていたと思っていましたが、この静かな揺らぎは、とても綺麗だと感じます」
言われて改めて暖炉の火を見る。木に宿り不規則に燃える炎に、特別な何かは無いように思えた。
だが、そこで思い出す。クオレは元
つまり、彼女の言う『火』とは【戦火】のことだ。確かにそれと比べれば、ここの炎は静かで
どうやら、クオレは過去を思い出しているらしい。戦闘兵器だった頃の自分と、今の自分のギャップを感じ始めているのかもしれない。その気持ちには心当たりがあった。
そして、その解消法も。
「クオレ、少し付き合ってくれ」
「はい……ワタシは何をすれば?」
「少し身体を動かしたい気分なんだ。相手になってくれないか?」
「……レイ様と、戦えと?」
クオレは相変わらずの無表情ながら、少し困った顔をしていた。警戒している感じでは無い。困惑しているのだ。私は少し笑って頷く。
「ああ。だが、何も殺し合おうというわけじゃない。……キミは模擬戦の経験はあるか?」
「模擬戦……はい。訓練の一環で数度」
「流石だ、なら話は早い。……シルベ」
先程から、遠巻きに様子を伺っていたシルベに声をかける。慌てた様子のシルベは観念したのか、すごすごと物陰から出てきた。
「……気付いてたの?」
「当然だ。話は聞いていたな? 模擬戦の審判を頼みたい」
「いやでも、審判なんて僕、やったこと無いし……」
「難しいことはない。近くで見ていれば良い」
「本当に? ……まぁ、2人の戦う所は見たかったし、良いよ」
「決まりだ。行くぞ、クオレ」
「はい」
***
場所は移って玄関先の広場。
相変わらず天気が良い。だが、人が通りかかる気配はない。ここほど身体を動かすのにちょうど良い場所は他に無いだろう。
「クオレ」
「はい」
クオレとの距離は2m程度。手を伸ばしても届かない。だが、声は聞こえる距離。
「言っておくが勿論、魔法は使って良い」
「……良いのですか?」
「殺す気で来てもらって構わない。キミの全力を見せてくれ」
「分かりました」
クオレは相変わらずの無表情で頷く。横で聞いていたシルベが、心配そうに私の腕をつついた。
「大丈夫なの? 僕、途中で止められそうにもないんだけど」
「心配するな。死ぬ気はない」
「そうじゃなくてさ……」
シルベはあまり納得していない様子だったが、時間も惜しいので離れるように指示して距離を取らせる。
そして数歩下がって、クオレとの距離は3m程となった。交戦距離としては十分だろう。
「……シルベ、合図を頼む」
「え? 合図って何?」
「なんでも良い。タイミングも任せる」
少し困ったように、シルベはクオレの方を見ていたが、クオレはただ頷くだけだった。
「……よし、じゃあ、はじめ!」
シルベの掛け声と共に私は地面を蹴る。
クオレの反応は早く、既に腰につけた小瓶から血液を抽出して得物を形作っていた。
(迷いが無い。やはり手慣れているな)
一息で距離が詰まり、射程圏内にクオレを捉える。強く踏み込んで刀を引き抜く。
「……ッ」
血液で作ったクオレの二振りの短剣が刀と交わる。
その瞬間、クオレは両手の短剣を手放して後ろへ下がった。
宙を舞った短剣は両断されていた。
その奥に、驚くクオレの顔が見える。
「よく
まだ、こちらの攻撃を緩めるには早い。離れた分、さらに踏み込んで刀を振りかぶる。
「さすがです、レイ様」
クオレの対応は早い。空中に浮かせていたもう二本の短剣を操って、クオレは私の攻撃を弾いてみせた。攻撃を明確に逸らされている。やはり一筋縄ではいかないようだ。
数度刃を交え、クオレが刀を強打し後方へ飛ぶ。勢いを崩された私は、その隙に刀を構えなおす。
数秒もいらない。すぐに足を出そうとした。
「……いつの間に」
だが足は前に出ない。いつの間にか赤黒い
(なるほど、そういう使い方もできるのか……)
足枷を断ち切るのは造作もない。しかし、それで稼いだ数秒は形勢を逆転させるには十分だった。
クオレの方に視線を戻すと、既にクオレは新たな短剣を作り終えたようだ。それをこちらに投げていた。
(途中で形を変えたのか……! これは避けられない……)
致命傷を避けるために刀を振り抜く。頬や足に針がかすめて、鋭い痛みが走った。
「――っ! 大丈夫ですか、レイ様!?」
「まだ勝負は終わってないぞ、クオレ!」
動揺したクオレに叫ぶ。まだ足りない。近付くために走り出す。
ハッとしてクオレは再び短剣を構えると、空中で待機させていた短剣を飛ばして迎撃を試みた。
まっすぐに飛んでくる短剣。また、あの攻撃が来ると予想できた。
(タネが分かれば対策のしようはある。……アレを使うか)
短剣が分裂する前に捌けば良い。
刀を
(――
「――ッ」
斬撃が血の短剣を弾いて軌道が変わり、クオレに向かう。
明らかに届かない距離にあった短剣を処理されたクオレは、防御に回ることしかできなかった。手に残っていた短剣で、迫る攻撃を弾き返す。
その間に距離を詰める。刀を振り抜けばクオレの首を切り飛ばせるところまで踏み込む。
「――――」
刀の切っ先は確かにクオレの首筋に向けられていた。後少しでも動かせば殺せてしまう。
「……私の方がほんの少しだけ、遅かったかな」
「いいえ……ほとんど差は無かったかと」
背中に突き付けられた鋭利な感覚に思わず笑みがこぼれる。クオレの手は既に空いており、それを
「えーっと……これは、引き分け、ってことなのかな?」
シルベがおそるおそるといった風に言う。
緊張の糸は切れ、私とクオレはほとんど同時に武装を解除した。
「そうなるな。……クオレ」
残った血液を小瓶に詰め直していたクオレが小首を傾げる。
「キミほどの強敵と戦えてとても有意義だった。また手合わせ願いたい」
右手を差し出す。
それを見て、クオレは意味を理解したようだ。自身の右手を差し出して重ね合わせた。
「はい、もちろんです。ワタシはそのために居るのですから」
「いやぁ、でもすごいものが見れたなぁ」
シルベはまるで、映画でも見た後のような感想を口にしていた。
「別に凄い事は無い。そうだろう、クオレ」
「同意します。ワタシにとって戦いはすごいものではありません」
「そうかなぁ。僕にはとてもできないし、すごいと思うけど」
「そうですか……」
クオレは少し困ったように頷いていた。
価値観の違いとも言えるし、環境の違いとも言える。このやり取りの結論は出ないだろう。
「……そう言えば、驚いたことならありました」
そう思った矢先、クオレが手を叩く。
足を止めて振り向くと、クオレの手には赤黒い小さな塊が置かれていた。
「……それは?」
「レイ様に切断されたワタシの血です」
「あれ? どうしてこれだけ小瓶に戻さなかったの?」
シルベが問いかけると、クオレは静かに首を振った。
「戻せなかったのです。まるでこれだけがワタシのものでは無くなってしまったように、どうすることもできなかったのです」
それを聞いて、思い当たる事があった。
おそらくクオレの血がクオレの言うことを聞かなくなった理由は、クオレとのつながりが絶たれたため。
つまり、その血とクオレは切断されてしまったのだ。
(……魔法は使っていなかったはずだが)
考えても、それを確かめる術はない。ましてや魔法の事は誰にも相談できない。
「よほどレイ様の刀の切れがすごかったのだと思います。こんなこと、今までありませんでしたから」
だが、クオレはよどみなくそう言ってのけた。思わずクオレの顔を見る。
嘘偽りの無い瞳がこちらを見ていた。感情は読めないが、何かが伝わってくる。そんな感覚だ。
「……そうだな。今日は調子が良かったのかもしれない」
だから、そう結論付けることにした。